中国内陸部で日系企業に事業拡大の動き
中国中西部の最新動向

2019年10月15日

中国全体の経済成長には減速傾向がみられる中、中西部の内陸地域は、ハイテク・IT産業などを中心に、引き続き好調で他地域より高い成長が続く。また、進出日系企業の数は沿海部の都市には及ばないものの、サービス産業などで活発な事業拡大の動きがみられる。

ジェトロ・武漢とジェトロ・成都の両事務所では、中西部を代表する3都市である湖北省武漢市、重慶市、四川省成都市の最新動向について、経済概況や企業動向、消費市場、自動車産業などテーマ別に全3回にわたり報告していく。

第1回の本稿では、各市の経済概況および日系企業の動向や課題について紹介する。

武漢市、主力の自動車産業から広がりみせる

武漢市は湖北省の省都であり、中国中部エリアの中心都市だ。2018年の域内総生産(以下、GRP)は前年比8.0%増の1兆4,847億2,900万元(約22兆2,709億円、1元=約15円)となり、中国全体のGDP成長率(6.6%)を1.4ポイント上回った。

製造業の動向について、一定規模以上の企業(注1)の工業付加価値額の伸び率をみると、主力産業の自動車製造業が前年比1.1%減となったのに対し、コンピュータ・通信・電子機器製造業(12.5%増)、医薬品製造業(9.4%増)、電気機械・設備製造業(7.4%増)などが堅調に推移している。武漢市は自動車のほかに、半導体やIT、新エネルギー、新素材、スマート製造といったハイテク産業を重点分野に据え、産業発展政策を打ち出している。うち半導体では、長江存儲科技(長江ストレージ、本社:武漢市)が中国企業として初めて3次元NAND型フラッシュメモリーの量産を開始するなど注目を集めている。

消費に関連する指標をみると、2018年の社会消費品小売総額は前年比10.5%増の6,843億9,000万元となったほか、都市住民1人当たり可処分所得は9.1%増の4万7,359元と、いずれも約10%の成長率を維持している。2018年の1人当たりGRPは13万5,136元で、北京市(14万元)や上海市(13万5,000元)といった中国沿海部の大都市に匹敵する水準となっている。

武漢日本商工会の会員数は154社(7月時点)で、年10社程度のペースで増加している(表1参照)。業種では、自動車関連が約70社と最も多く、約半数を占める。2019年4月には東風ホンダの第3工場が稼働し、今後は東風日産や吉利汽車の武漢工場の稼働が控えていることから、引き続き自動車部品関連での日系企業進出が活発だ。このほか、製造業では、電子部品から新素材、IT産業、工作機械に至るまで、近年は幅広い業種での進出がみられる。また、小売業・サービス業では、イオンモールが2014年の1号店開業を皮切りに、武漢市内に現在3店舗を展開しているほか、ローソンは2016年の1号店開業以来、2019年6月までに市内に330店舗がある。また、上海市に次ぐ2番目の都市として2016年に進出した温泉施設を運営する極楽湯は、2018年から宿泊施設も開業するなど、積極的にビジネス拡大を図っている。

重慶市、自動製造機械設備や自動運転システム関連などスマート分野の進出も

重慶市はかつて四川省の1都市だったが、1997年に中国で4番目の中央直轄都市に格上げされた。主力産業は電子産業と自動車産業で、西部エリア有数の工業都市だ。2018年のGRPは前年比6.0%増の2兆363億1,900万元(約30兆5,448億円、1元=約15円)と、中国全体の成長率(6.6%)を0.6ポイント下回った。

一定規模以上の企業(注1)の工業付加価値額の伸び率をみると、自動車産業が前年比17.3%減と落ち込みが目立ち、下押し要因となった。他方、主力の電子情報産業は13.6%増となったほか、材料産業(11.0%増)、医薬品産業(9.3%増)などが好調だった。また、一定規模以上の企業の主要製品の生産量では、産業用ロボット(68.8%増)、液晶ディスプレー(56.2%増)などで増加が目立ち、量から質のものづくりへと転換期を迎える中で新興産業の成長が顕著となった。

消費に関する指標をみると、2018年の社会消費品小売総額は前年比8.7%増の8,770億元、都市住民1人当たり可処分所得は8.4%増の3万4,889元だった。1人当たりのGRPは5.1%増の6万 5,933 元だ。

重慶市に進出している日系企業は約160社で、自動車関連、機械・機器などの製造業、金融、小売り・流通業、物流などのサービス業が中心だ(1月時点、在重慶日本総領事館調べ)。重慶日本商工クラブの会員企業数は93社(4月時点)。足元では、重慶市が重視するスマート技術・製品に関連する日系企業の活動も活発で、川崎重工業が自動製造機械設備を、日立オートモティブシステムズが自動運転システムに必要な部品を製造している。小売業では、ローソンが2010年の市内1号店開業以来、地元消費者に支持されならが規模を拡大し、9月時点で約220店舗を展開している。

成都市、「5+1」産業が成長のエンジンに

成都市は四川省の省都であり、約1,600万人の人口を抱え、重慶市と並んで西部エリア有数の市場規模を誇る。主要産業は重慶市と同じく電子情報産業と自動車産業だ。2018年のGRPは前年比8.0%増の1兆5,342億7,700万元(約23兆141億5,500万円、1元=約15円)だった。

一定規模以上の企業(注1)の工業付加価値額の伸び率を見ると、石油化学産業が前年比14.5%減少し、自動車産業も1.0%増と微増にとどまった。他方で、冶金(やきん)産業(22.8%増)、電子情報製品製造業(14.3%増)、機械産業(13.9%増)、食品・飲料・たばこ産業(11.6%増)などで2桁増となった。近年、四川省は「5+1」産業〔「5」は、(1)電子情報、(2) 設備機械製造、(3)食品・飲料、(4)先進材料、(5)エネルギー・化学工業を表し、「+1」はデジタル経済を指す〕の発展を重視し、関連企業の誘致や支援に取り組んできたこともあり、これらに関連する産業の伸びが顕著となった。

消費に関する指標では、2018年の社会消費品小売総額が前年比10.0%増の6,802億元、都市住民1人当たり可処分所得は8.2%増の4万2,128元だった。1人当たりのGRPは6.6%増の9万 4,782 元となった。

四川省に進出している日系企業は約370社で、自動車関連、IT・電子関連、小売り、飲食などが中心となっている(1月時点、在重慶日本総領事館調べ)。成都日本商工クラブの会員企業数は133社だ(4月時点)。近年は中国企業の有機ELディスプレーの工場が成都市や綿陽市に立て続けに設立されており、生産に必要な材料や設備機械を提供する日系企業の進出が増えている。また、小売業や飲食業では、西南地域で初として成都に店舗を構える企業や、北京や上海といった沿海部の大都市を経由せず、中国初の進出地として成都を選ぶ日系企業も多い。イトーヨーカドーは1997年に1号店を成都市内にオープンして以降、店舗拡大を続け、9月時点で省内に9店舗を展開している。

図1:武漢市、重慶市、成都市におけるGRPの推移
武漢市は、2016年で第一次産業が319億元、第二次産業が5,227億元、第三次産業が6,295億元、2017年で第一次産業が408億元、第二次産業が5,861億元、第三次産業が7,141億元、2018年で第一次産業が362億元、第二次産業で6,378億元、第三次産業で8,108億元。重慶市は、2016年で第一次産業が1,303億元、第二次産業が7,755億元、第三次産業が8,500億元、2017年で第一次産業が1,340億元、第二次産業が8,597億元、第三次産業が9,564億元、2018年で第一次産業が1,378億元、第二次産業が8,329億元、第三次産業が1兆656億元。成都市は、2016年で第一次産業が475億元、第二次産業が5,232億元、第三次産業が6,463億元、2017年で第一次産業が501億元、第二次産業が5,998億元、第三次産業が7,390億元、2018年で第一次産業が523億元、第二次産業が6,516億元、第三次産業が8,304億元。

出所:各市統計局発表

表1:日本商工会組織法人会員数の推移
都市名 2005年 06年 07年 08年 09年 10年 11年 12年 13年 14年 15年 16年 17年 18年
武漢 54 62 70 72 76 89 102 124 137 145 137 152 160 150
重慶 36 41 42 49 49 55 76 68 68 78 109 89 92 93
成都 61 69 83 83 80 79 96 117 135 136 141 138 130 134

注:武漢の会員企業数は、会員企業の規定変更に伴い2018年に一時的に減少した。
出所:中国日本商会資料を基にジェトロ作成

アンケート結果からみる内陸地域の進出日系企業の課題と展望

ジェトロが実施した「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査-中国編-(2019年2月)PDFファイル(9.6MB)」では、内陸地域の進出日系企業が抱える共通の経営課題として、「従業員の賃金上昇」や「人材の採用難」が上位に挙がった(表2参照)。

「従業員の賃金上昇」は、沿海部の省・市と同様に、湖北省(67.9%)、四川省(79.3%)においても経営課題として挙げる企業の割合が最大だった。

「人材の採用難」については、特に技術者の採用難を課題に挙げる企業の割合が重慶市で68.8%と、全回答項目で最も高い割合となり、四川省(55.6%)、湖北省(51.6%)でも半数を超える企業が課題と回答した。これらは沿海の工業地域である広東省(39.0%)や江蘇省(46.3%)などの回答割合を上回っている。一般的に、高度な専門知識や経験を有する技術者の養成には長い年月を要するが、内陸地域への工場の進出ラッシュが急速に進んだことから、人材の育成と供給が追い付いていない状況が推察される。

実際に、武漢エリアに進出している日系企業(製造業)からは、「自動車関連を中心にここ数年で一気に工場が増えたため、従業員の採用が難しくなっている」「今後も工場の進出が増えることから、人の採用がますます難しくなるのではないか」といった声が聞かれる。

近年、武漢市や重慶市では、第5世代移動通信システム(5G)や人工知能(AI)、ビッグデータなどのスマートテクノロジーを活用した製造業のモデルチェンジに取り組んでいる。両市ではハイテク産業の発展計画策定をはじめ、産業用ロボットの導入や、既存の生産ラインの高度化を図る企業に対する優遇政策を実施している。今後、こうしたスマート製造設備の導入が進むことによって、人材の採用難の改善、生産性の向上につながることが期待される。

「今後の事業展開の方向性」に関して、「拡大」と回答した企業の割合は重慶市で71.4%、湖北省で61.8%となり、両地域がアンケート実施都市の中で1位と2位を占めた。四川省でも51.7%と中国全体平均(48.7%)を上回り、内陸地域における高い事業拡大意欲が示された(図2参照)。上述のとおり、特に小売業・サービス業での店舗拡大の動きが顕著だ。重慶市に進出している日系企業(小売り・流通業)からは、「人件費の高騰による影響は少なからずあるが、ビッグデータなどを活用した事業戦略の立案、業務効率化を進め、今後も事業規模を拡大していく」といった声が聞かれた。

図2:進出日系企業都市別事業拡大意欲
中国全体では、「拡大」が48.7%、「現状維持」が44.8%、「縮小もしくは移転・撤退」が6.5%。重慶市では、「拡大」が71.4%、「現状維持」が25.0%、「縮小もしくは移転・撤退」が3.6%。湖北省は「拡大」が61.8%、「現状維持」が34.6%、「縮小もしくは移転・撤退」が3.6%。北京市は「拡大」が56.6%、「現状維持」が42.2%、「縮小もしくは移転・撤退」が1.2%。江蘇省が「拡大」が54.6%、「現状維持」が40.9%、「縮小もしくは移転・撤退」が4.6%。浙江省は、「拡大」が52.4%、「現状維持」が47.6%、「縮小もしくは移転・撤退」が0%。四川省では「拡大」が51.7%、「現状維持」が44.8%、「縮小もしくは移転・撤退」が3.5%。上海市では「拡大」が49.1%、「現状維持」が46.6%、「縮小もしくは移転・撤退」が4.3%。天津市では「拡大」が46.4%、「現状維持」が53.6%、「縮小もしくは移転・撤退」が0%。福建省では「拡大」が45.8%、「現状維持」が45.8%、「縮小もしくは移転・撤退」が8.3%。遼寧省では「拡大」が42.3%、「現状維持」が43.7%、「縮小もしくは移転・撤退」が14.1%。山東省では「拡大」が40.7%、「現状維持」が50.0%、「縮小もしくは移転・撤退」が9.3%。広東省では「拡大」が36.6%、「現状維持」が50.9%、「縮小もしくは移転・撤退」が12.5%。

出所:2018年度アジア・オセアニア進日系企業実態調査

表2:進出日系企業経営上の上位の問題点

湖北省
順位 項目 回答率
1位 従業員の賃金上昇 67.9%
2位 競合相手の台頭
(コスト面で競合)
51.8%
3位 人材(技術者)の採用難(製造業のみ) 51.6%
4位(以下同率) 人材(一般ワーカー)の採用難(製造業のみ) 45.2%
4位 限界に近づきつつあるコスト削減(製造業のみ) 45.2%
4位 調達コストの上昇
(製造業のみ)
45.2%
4位 品質管理の難しさ
(製造業のみ)
45.2%
重慶市
順位 項目 回答率
1位 人材(技術者)の採用難(製造業のみ) 68.8%
2位 品質管理の難しさ
(品質管理の難しさ)
62.5%
3位 競合相手の台頭
(コスト面で競合)
53.6%
4位 従業員の質 46.4%
5位 調達コストの上昇
(製造業のみ)
43.8%
四川省
順位 項目 回答率
1位 従業員の賃金上昇 79.3%
2位 限界に近づきつつあるコスト削減(製造業のみ) 66.7%
3位 人材(技術者)の採用難(製造業のみ) 55.6%
3位 調達コストの上昇
(製造業のみ)
55.6%
5位(以下同率) 新規顧客の開拓が進まない 48.3%
5位 競合相手の台頭
(コスト面で競合)
48.3%

出所:2018年アジア・オセアニア度進出日系企業実態調査

成長性とリスク、双方を踏まえたビジネス展開を

武漢市、重慶市、成都市をはじめとする内陸地域では、産業の高度化に加え、高速鉄道や高速道路といったインフラ整備が進み、各都市の発展が相互作用するかたちで急速に発展を遂げた。「一帯一路」(注2)や「中部崛起」(注3)、「長江経済ベルト」(注4)といった国家発展戦略における重点都市でもあり、今後、中国の成長を牽引していく都市として位置付けられている。

上述のとおり、武漢市や成都市のGRPは中国平均を上回るペースで成長を遂げており、中国平均を下回った重慶市でも、進出日系企業は成長性や潜在力の高さを踏まえ、事業展開を拡大していく強い意向を示している。このように、内陸3都市では、今後の事業展開の方向性に関して前向きな日系企業が多い結果となった一方で、「賃金の上昇」や「競争相手の台頭」のほか、新たに「人材の採用難」という課題も生まれている。中国経済の重心が東から西へと動きつつある中で、日系企業はこうしたリスクを考慮に入れながら、内陸部の成長をビジネスに取り込んでいくことが求められるだろう。


注1:
その年の主な業務による売上高が2,000万元以上の工業企業。
注2:
中央アジアから欧州に続くエリアを「陸のシルクロード(一帯)」、南アジアや中東、アフリカを通じて欧州に続くエリアを「海のシルクロード(一路)」とし、中国主導で進められる沿線国との貿易や投資交流を活発化させる経済圏構想。
注3:
中国中部エリアの産業振興や経済発展を目指す地域発展戦略。
注4:
上海市や南京市、武漢市、重慶市、成都市といった長江流域都市で、電子情報、高級設備、自動車、家電、アパレルを中心とした産業クラスターを形成し、産業の高度化を目指す発展戦略。
執筆者紹介
ジェトロ・武漢事務所
片小田 廣大(かたおだ こうだい)
2014年、ジェトロ入構。進出企業支援・知的財産部進出企業支援課(2014~2015年)、ビジネス展開支援部ビジネス展開支援課(2015~2016年)を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・成都事務所
寺田 俊作(てらた しゅんさく)
2015年、ジェトロ入構。デジタル貿易・新産業部EC・流通ビジネス課(2020年)などを経て現職。