バタム島、シンガポールとインドネシア結ぶデジタル開発拠点へ

2019年5月10日

シンガポールに近いインドネシアのバタム島北部に、情報通信技術(ICT)分野の専門団地「ノングサ・デジタル・パーク」の第1期分の工事が完成して約1年。同団地では現在、シンガポールを拠点とする保険会社やフィンテック関連産業など約50社が、インドネシアの豊富なエンジニア人材を活用してソフト開発などを行っている。2020年3月には、団地内に米アップル社のデベロッパーアカデミーが開所し、地元のデジタル人材の育成が本格化する見通しだ。バタム島はこれまで、電機・電子や造船関連企業の集積地として発展してきたが、同島で始まったデジタル分野の新たな産業育成の動きを探る。

保険会社やフィンテック、ソフトやシステムのオフショア開発

シンガポールから、インドネシア・リアウ諸島州のバタム島北部ノングサ地区のリゾートホテルが集積する地区に2018年3月、ICT分野の専門団地「ノングサ・デジタル・パーク(NDP)」の第1期分の工事が完成した。バタム島は従来、主にシンガポールを補完する電機・電子や造船分野を中心とする製造業の集積地として発展してきた島だ(詳細は3月27日付地域・分析レポート、ジョホールとビンタン・バタム -シンガポール経済圏を行く(2)参照)。NDPは、シンガポールのソフトウエアやシステムのオフショア開発拠点となりつつあるほか、スタートアップの集積拠点となることも目指している。


バタム北西部に一部開所したノングサ・デジタル・パーク(ジェトロ撮影)

NDPの敷地総面積は約160ヘクタール。同団地を開発・運営する企業は、インドネシアの複合企業チトラマス・グループだ。チトラマスはノングサでリゾートホテルなどを経営するほか、造船関連企業が集積するカビル工業団地を運営する。同グループ傘下には、映画やアニメ、テレビ制作などを行う総合メディア制作会社インフィニティ・スタジオ(本社:シンガポール)があり、2005年から同島に制作スタジオを設置して映画やアニメの制作を行っている。NDPは、このインフィニティ・スタジオと同じ敷地内に立地する。

同団地には3月現在、香港の保険大手のAIAや地場保険大手のFWDのほか、シンガポールを本社とするスタートアップでロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)を提供するグリーマティック(Gleematic)や、フィンテック関連スタートアップのリキッドペイ(Liquid Pay)、物流テックのハウリオ(Haulio)など約50社がシンガポールに代わるソフトウエアやシステムの安価なオフショア開発拠点としてNDPを活用している。

オフショア開発拠点としてのメリットはコスト競争力、一方で課題も

同団地をオフショア開発拠点として利用する最大のメリットの1つは、豊富なエンジニア人材だ。チトラマスはNDP開設にあたり、シンガポールのオンライン人材紹介会社グリンツ(Glints)と提携。グリンツはこれまでに、上掲のグリーマティックやリキッドペイ、FWDなどの入居企業に、エンジニアやデベロッパーなどの人材をあっせんしている。シンガポールでは、ICT分野のデベロッパーやエンジニアの人材が不足しており、その給与も東南アジアの中で最も高額だ。同国のソフトウエア、ウェブ、マルチメディアのデベロッパーの平均基本給は2017年時点で、月5,402シンガポール・ドル(Sドル、約44万8,400円、1Sドル=約83円、出所:注)。グリンツのウェブサイトによると、バタム島でデベロッパーを雇用するコストは月平均500~1,000Sドルと、シンガポールより圧倒的にコスト競争力がある。

シンガポールに近いという立地も、NDPの強みだとしている。チトラマス・グループで同団地開発を担当するマルコ・バルデッリ取締役は「従来、ソフトウエア開発のアウトソース先は、インド、ベトナム、フィリピンだ。ただ、オフショア開発の内容が複雑さを増す中で、実際に顔を見ながら打ち合わせをする必要性が高まっているが、これらの国々は(シンガポールから)遠すぎる」と説明する。バタムであれば、シンガポールから朝のフェリーに乗って、バタムで打ち合わせ、昼食までにシンガポールに戻ることもできる。必要なら、バタムの開発人材をシンガポールで研修させることも可能だ。

NDPにも課題はある。インドネシアでは外資が企業を設立する場合、投資額合計が100億ルピア(約8,000万円、1ルピア=約0.008円)で、このうち払込資本金が25億ルピア以上の条件を満たす必要がある。このため、事業規模の小さな外資系スタートアップが同島に企業を設立することは厳しい。また、最大のメリットである豊富な人材も、オフショア開発に必要なスキルを必ずしも持ち合わせているわけではない。そこで、NDPでは地元のデジタル人材の育成に力を入れている。同団地では国内外の教育機関と提携して、プログラミングや英語の研修も行っている。9月には米アップル社のアプリ開発人材を無料で育成する「アップル・デベロッパー・アカデミー」が設置され、2020年3月から研修コースを始める予定だ。アップルがインドネシアにアカデミーを開設するのは、ジャカルタ、スラバヤに次いで3カ所目となる。

バタムをインドネシアとシンガポールを結ぶ「デジタルの架け橋」に

今後、NDPは東南アジアで最もスタートアップのエコシステムの整備が進むシンガポールに近接しているというメリットを生かして、同団地内にインドネシアのスタートアップを誘致していく方針だ。さらに、インドネシアでデータ需要が急拡大していることから、データセンターを設置することも視野に入れている。

NDPの開発は、デジタル・エコノミーを推進するインドネシアとシンガポール両国の政府支援も受けている。2018年3月20日に開催されたNDPの第1期完成式典には、インドネシアのルトノ・マルスディ外相とシンガポールのビビアン・バラクリシュナン外相が出席。バラクリシュナン外相は同完成式典で、「このプロジェクトを通じてバタムを、シンガポールとジャカルタ、バンドン、ジョクジャカルタ、バリおよび他のインドネシアの急成長するデジタル・コミュニティーをつなげる『デジタルの架け橋』となることを支援したい」と語った。


注:
シンガポール人材省、給与調査(2017年6月時点)
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。