期待が高まる南部経済回廊(SEC)
タイ湾とアンダマン海の連結を目指す南部のインフラ投資計画(1)

2019年4月12日

タイでは、東部経済回廊(EEC)に続く政策として、南部経済回廊(Southern Economic Corridor : SEC)が注目を集めている。SECの中で「Western Gateway」として整備されるラノーン県やそれにつながる鉄道新線計画は、インドやバングラデシュなどへ輸出する日系企業にとっても魅力的だ。一方で、以前から南部にはタイ湾とアンダマン海をつなげる「タイ運河」の建設を目指す動きもある。本稿では、この2つのタイ南部の両岸(タイ湾とアンダマン海)を連結するインフラ投資計画の現状を2回に分けて報告する。

地域格差の是正を狙った南部経済回廊(SEC)

2014年のクーデターにより成立したプラユット政権は、「中所得国のわな」を回避すべく「タイランド4.0」というビジョンを掲げ、タイ経済および産業の高度化に力を入れている。その突破口となるのが、既に自動車関連産業を中心とした産業集積のある東部臨海工業地域であり、当該地域をEECと定め、付加価値の高い産業である12の重点産業(次世代自動車、スマートエレクトロニクス、バイオ、メディカルウェルネスツーリズムなど)の誘致を図っている。

また、現政権は民政化に向け、総選挙を2019年3月24日に実施した。プラユット首相は総選挙に挑むに当たり、所得格差縮小を目指す政策に取り組んできており、その1つとして、2017年10月に始まった国民福祉カード は、主に年間所得10万バーツ(約35万円、1バーツ=約3.5円)以下の低所得者に配布された。「トンファー」と呼ばれる小規模小売店における生活必需品の購入や公共交通機関の利用に対し、限定的に使用できるもので、低所得者に焦点を定めた所得面での格差是正を目指したものであった。

一方、タイでは地域格差も深刻な問題であり、首都圏と地方の経済格差は日本などに比べて大きい。国家経済社会開発委員会(NESDC)によると、2015年のバンコク都1人当たりGDPは51万3,397バーツであるのに対し、一番低い東北部では、7万906バーツと7倍以上の開きがあった(注)。そのため、現政権は地域格差の縮小を訴えるべく、2016年末からバンコク以外の都市で移動閣議を開催し、その都度、閣議が開催された県や都市を中心とした経済政策(主に高速道路建設や鉄道の複線化工事といったインフラ整備計画)を公表してきた。

このような中、EECに続く地域開発政策の1つとして発表されたのが、SEC政策である。SECは、2018年8月22日にチュンポーン県で開催された移動閣議においてプロジェクト概要が承認された。その後、NESDCが事業可能性調査を実施し、2019年1月22日に当該調査結果が閣議了承され、116事業に1,086億バーツの予算が付与された。SECは、南部地域が持っている観光や地政学的なポテンシャルを生かす政策が打ち出されているのが特徴であり、一部の日系企業からも関心が高まっている。

SEC、4つの構想の下に4県から展開

SEC政策とは、南部のタイ湾側の県とアンダマン海側の県を結ぶ開発構想であり、インフラ投資を含む総額2,000億バーツにも及ぶ事業概要だ。南部での生産が多い天然ゴムやヤシといった農業資源に加え、豊富な観光資源を生かし、SECは地域の特色に合わせた戦略的な開発プランを策定することで、EECに続く、地域に根差した高付加価値な産業の創出を目指すものである。まずはチュンポーン県、ラノーン県、スラタニ県、ナコン・シ・タマラート県の4県をSECに指定し、当面はこの4県から開発を進め、最終的には南部全体に拡大していこうとする計画である(図参照)。

図:SECに指定されている南部4県
SECに指定されているチュンポーン県、ラノーン県、スラタニー県、ナコン・シ・タマラート県は、東のタイ湾、西のアンダマン海に挟まれた位置にある。

出所:ジェトロ作成

SECでは、4つの構想の下、南部地域の特性を生かした事業が打ち出され、予算化される仕組みになっている。その構想とは、(1)タイ湾とアンダマン海をつなぐ観光やヘルスケア産業の育成、(2)ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ(BIMSTEC)諸国向けの貿易の拠点とする「Western Gateway」政策、(3)天然ゴムやヤシを中心とした環境に配慮した農業の促進、(4)生活の質を高めるスマートシティー開発、の計4つだ。このうち、日系企業にとって最も関心の高いのは(2)Western Gateway政策である。Western Gatewayとは、タイ湾側のチュンポーン県からアンダマン海側のラノーン県に抜ける鉄道新線を建設し、鉄道の終着点に当たるラノーン県にある既存の港を拡張し、同県をインドやバングラディシュ、ミャンマーなどBIMSTEC諸国向けの物流拠点にする計画である。バンコクやEECからラノーン港まで鉄道を活用した物流ルートを創出することで、BIMSTEC諸国との貿易を円滑にすることが目的だ。それが可能となれば、レムチャバン港から輸出する場合に、混雑するシンガポールや狭く海賊に遭遇するリスクのあるマラッカ海峡を経由する必要がなくなり、リードタイムの短縮やリスクなどの低減を図ることが可能になる。

鉄道複線化、新設計画とラノーン港の拡張計画

SEC政策のうち、鉄道複線化計画とラノーン港拡張計画についてみてみる。タイ政府は現在、国内の鉄道の複線化を進めており、2024年までにはバンコクから東北部でラオス国境に面するノンカイまで続く東北線の複線化が完了する予定である。SECにおいて新設される鉄道は、南部線のチュンポーン駅を拠点にラノーン港を結ぶため、チュンポーン駅はマレーシアに向かう南部線とラノーンに向かう線路が交差するターミナルになる。


チュンポーン駅の全景(ジェトロ撮影)

チュンポーン駅から山岳部を通り、アンダマン海側に抜け、拡張工事が予定されているラノーン港に直接接続すれば、バンコクやEECから鉄道輸送された貨物を直接コンテナ船に積み替えることが可能となり、BIMSTEC諸国などへ輸出が容易になる。BIMSTEC諸国は、今後経済発展が期待される地域でもあることから、タイ政府としてもこの商流がもたらすビジネスチャンスに対する期待が大きい。


ラノーン市内(ジェトロ撮影)

鉄道が接続する予定のラノーン港は現在、タイ港湾公社(Port Authority of Thailand)によって2003年から管理されている。ラノーン港は、タイとミャンマー国境を流れるクラブリ川の河口近辺に建設されており、水深8メートルの2つのバースがある。レムチャバン港やバンコク港と比べるとかなり小規模な港であり、現在、ラノーン港からBIMSTEC諸国向けに輸出される製品は一部の電子部品に限られている。また、タイから輸出品を運搬した船舶もラノーン港に戻る際にBIMSTEC諸国から輸送するものはなく、片荷の状況だ。


ラノーン港、川の向こうにミャンマーを臨む

今後ラノーン港拡張計画が予定通りに進めば、現在あるバースが2つから3つに増え、コンテナヤードを造成、浚渫(しゅんせつ)して水深18メートルの深海港とし、25万トン級の船舶も入港できるようにする計画だ。また、拡張した3つ目のバースには鉄道引き込み線を建設し、貨物ターミナルとなる予定である。


注:
同種の統計として、内閣府が公表している平成27年度の1人当たり県民所得では、東京都が537万8,000円であったのに対し、沖縄県は216万6,000円と約2.5倍の差にとどまっている。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
阿部 桂三(あべ かつみ)
2016年より、ジェトロ・バンコク事務所勤務。