先端技術など、英国市場の優位性をめがけた投資も

2019年9月24日

英国への投資は近年、ソフトバンクグループによる英国半導体のアーム買収や、ベルギーのビール大手アンハイザー・ブッシュ・インベブの同業SABミラーの買収など、大型投資が目立つ一方、企業による英国への投資件数は減少傾向にある。英国のEU離脱(ブレグジット)によるサプライチェーンの阻害懸念は、欧州の電動化シフトへの対応を迫られる国内の自動車産業にさらなる逆風となっている。他方で、先端技術などに対する企業からの投資はなおも続いており、英国の投資先としての強みとなっている。

投資金額は増加も、件数ベースでは減少傾向

英国国民統計局(ONS)によれば、2018年の英国の対内直接投資(国際収支ベース、ネット、フロー)は441億9,800万ポンド(約5兆9,667億円、1ポンド=約135円)と、前年の994億2,700万ポンドから大きく減少した。一方で、直近10年間の対内直接投資の推移を見ると、ブレグジット国民投票が実施された2016年以降の3カ年は、いずれも2015年以前を金額ベースで上回っている(図1参照)。

図1:対内直接投資(国際収支ベース、ネット、フロー)(100万ポンド)
2009年6,217、2010年42,310、2011年16,637、2012年29,658、2013年35,770、2014年36,427、2015年30,086、2016年199,009、2017年94,427、2018年44,198

出所:国民統計局

また、100万ポンドを超えるクロスボーダーM&A(国境を越える企業の合併・買収)をみても、図2に示すように、同様の傾向が表れている。

図2:100万ポンドを超えるクロスボーダーM&A
(国境を越える企業の合併・買収)(100万ポンド)
2009年31,984、2010年36,643、2011年32,967、2012年17,414、2013年31,839、2014年15,041、2015年33,335、2016年189,968、2017年35,227、2018年78,787

出所:国民統計局

他方で、国際通商省(DIT)の発表によれば、対内直接投資件数は2016年度(2016年4月~2017年3月)をピークに減少している(表参照)。特に、新規投資や事業拡大の案件が減少傾向にあり、雇用創出数も2014年度(2014年4月~2015年3月)と比較すると3割以上減少した。金額と件数の傾向が乖離(かいり)する要因として、2016年のビール世界最大手であるベルギーのアンハイザー・ブッシュ・インベブによる同業SABミラーの買収(約710億ポンド)や英国・オランダ合弁の石油メジャーであるロイヤル・ダッチ・シェルによるBGグループ買収(約540億3,400万ドル)、2018年には米国メディア大手コムキャストによる同業スカイの買収(約297億ポンド)といった、英国市場をターゲットとするものではなく、業界のグローバル化や再編の中での大型買収案件が続いたことにより金額ベースでは大幅に引き上った一方で、ブレグジットの先行き不透明感から多くの企業が英国への投資を手控えしていることが推察できる。

表:各年度の対内直接投資件数と雇用創出数(件、人)
項目 2014年 2015年 2016年 2017年 2018年
新規投資 1,058 1,130 1,237 1,179 1,035
事業拡大 740 821 822 714 554
M&A 190 262 206 179 193
合計 1,988 2,213 2,265 2,072 1,782
雇用創出数 84,603 82,650 75,226 75,968 57,625

注:ここでの年は会計年度で、4月から始まる1年間。
出所:国際通商省

自動車産業への影響が大

合意なき離脱(ノー・ディール)となった場合、現在、EUとの間で複雑なサプライチェーンを構築し、ジャスト・イン・タイムでの部品供給が必要となる自動車産業には大きな影響が発生する可能性がある。英国産業連盟(CBI)によれば、実際にノー・ディールとなった場合の部品供給に係る通関手続きなどについては、十分な対策がとられていないとされており、企業にとってはいまだに懸念が大きい状況にある。

ホンダが2019年2月に、2021年中に英国やトルコの現地法人での完成車生産を終了する方針を発表し、労使間協議を開始した。生産終了の理由としては、環境規制の強化や、電動車両への関心の高まりを受けた、電動化へのグローバルな生産体制の適正化としているが、裾野の広い産業なため、部品メーカーなどの関連企業への影響も懸念されている。例えば、プレス部品大手のユニプレス(本社:神奈川県横浜市)は、主要納品先がホンダだった英国2工場のうち1工場を閉鎖することが、5月17日に報じられた。また、自動車部品大手のケーヒン(本社:東京都新宿区)が8月に、英国子会社を2021年12月に解散すると発表した。同社英国子会社は、2014年に現地での生産活動を中止し、欧州顧客向けの物流・販売拠点として継続していたが、主要顧客であるホンダの生産終了を受け、英国国内における事業の必要性が消滅したとしている。同じ8月には自動車用ホースなどを製造するニチリン(本社:兵庫県神戸市)も、英国子会社での生産を2020年6月30日に停止することを発表した。ニチリンは、ブレグジットの不透明感の高まりと最大顧客であるホンダの生産終了を決定理由として挙げている。

ホンダと同じく、完成車メーカーでは、日産自動車が2月に、英国工場での生産を計画していた次期型エクストレイルの生産を九州工場に移管することを発表した。本決定については、グローバル投資の適正化の一環であり、別車種の生産は英国工場で継続するとする一方で、ブレグジットに関して見通しが立たない状況は日産にとって、事業計画策定に当たっての一助とはならないとし、不確実性が高まっている英国の事業環境について苦言を呈した。

インドのタタ・モーターズ傘下のジャガー・ランドローバー(JLR)は、従業員4,500人を解雇する計画だ。これは、内燃車需要の減退などを受けた動きとされるが、ブレグジットによる不確実性が英国の生産拠点としての競争力を失わせていると同社は見ている、と報じられている(2019年1月10日付のBBC、「ザ・タイムズ」紙など)。

欧州の自動車産業を見ると、完成車メーカー各社が指摘するとおり、環境規制の強化と電動化へのニーズの高まりが、大きく産業に影響している。英国自動車製造販売者協会(SMMT)の発表によると、2018年7月までの英国の自動車登録台数では前年比で電気自動車(EV)が大きく伸びる一方で、特にディーゼル車が2割近く減少しており、排出規制や消費者の環境配慮への意識の高まりが、販売に影響を及ぼしている様子がうかがえる。こうした市場の大きな変化の中で、欧州への輸出に大きく依存する英国の完成車メーカーはブレグジットへの対応も進める必要があり、より苦しい事業環境に置かれている。

産業政策に後押しされた高い技術や人材集積を求める進出の動きも

ブレグジットにより、EUとの間での経済活動の断絶が発生する可能性がある中、英国政府は自国経済の強化を図っている。ビジネス・エネルギー産業戦略省(BEIS)は、2017年11月27日に産業戦略白書を発表した。今後、イノベーションや高度人材の育成、国内インフラの整備などを経済の基盤にしていくことを目指し、人工知能(AI)・データ経済、クリーン成長、将来型モビリティー、高齢化社会などの先端技術が活躍する分野を、重点産業として振興する。また、各分野で産学協同の研究開発を推進する「カタパルト・センター」が国内各地に設置されているほか、産業戦略の下、技術開発や導入支援に多くの予算を充てるなど、積極的な産業育成を進めている。従前からの高水準な教育機関の存在や公用語としての英語、雇用の流動性などの英国の強みは、ブレグジット以降も企業を引き付ける魅力になっている。さらに政府は、産業戦略の一環としてAIや洋上風力、鉄道、ライフサイエンスなど複数の重点産業と「セクターディール」と呼ばれる産官連携の成長戦略を定めている。セクターディールを締結した産業は、産業全体の強化や高度化などに関して具体的な政府の支援施策や官民合わせた投資金額の目標などが示されており、企業にとって魅力的な投資環境を構築している。

日本企業による英国進出の事例も見られる。とりわけ大きな動きがあるのは、前述の産業戦略で重点分野ともされているAI・データ経済の礎となるIT分野だ。2016年9月5日にはソフトバンクグループが、英国半導体のアームを約240億ポンドで買収し、対内直接投資を大きく押し上げた。NTTは2019年7月1日に、ロンドンに海外事業統括拠点を開設した。強固なインフラ、人材の流入による多様性と専門性に富んだ労働市場などの優位性を評価したとしており、メディアはブレグジットがあってもIT関連事業には影響が小さいと判断したことも一因、と報じた。系列のNTTデータは、2018年6月1日に英国のITスタートアップであるマジェンティスの買収に合意したと発表、同年6月24日には、6,800万ポンドを投じる、英国拠点の新規設立や拡大を発表した。NTTコミュニケーションズは2018年10月16日に、英国内にデータセンターを建設することを発表した。またNECは、2018年1月9日にITサービスのノースゲート・パブリックサービス、同年8月1日にはソフトウエア企業のi2Nの買収を発表している。

非日系企業による大型案件としては、米国のデジタル決済大手のバンティブが2018年1月16日に、英国の同業ワールドペイを買収するなどの案件があった。また、米国のITソリューション企業のセールスフォースは2018年6月12日に、データセンターの拡大を含め、英国事業に5年間で25億ポンドを投資する方針を発表している。電子商取引分野では、米国のアマゾンは、2018年6月6日に同年内に英国内で2,500人の新規雇用を行うと発表したほか、2019年にはさらに2,000人の追加雇用を行うと2019年7月3日に発表している。

その他の産業戦略下での重点分野でも、活発な日本企業の動きがみられている。2018年12月6日にセクターディールが発表された鉄道分野では、日立が2019年7月31日に、鉄道運転会社のアベリオから、英国中東部を走る都市間高速鉄道の新型車両165両を供給する内定を獲得したと発表した。受注額は4億ポンドで、2022年に運行を開始する予定だ。英国が、洋上風力分野で国際的に主導的な立ち位置を構築するため、2019年3月7日にセクターディールを発表した洋上風力発電分野(2019年3月14日付ビジネス短信参照)でも、プロジェクトへの投資が目立つ。三菱商事は、洋上風力発電の海底送電事業を拡大し、運営する大規模洋上風力プロジェクト企業の株式の30%を2018年11月29日に関西電力に売却するなどし、日本企業の参入を後押している。また、その関西電力は2018年8月13日、東京電力と中部電力の合弁会社JERAは同年12月28日に、英国の洋上風力プロジェクトへの出資参画を発表している。

2017年12月6日にセクターディールの第1弾として公表されたライフサイエンス分野でも、英国の先端技術への投資が相次ぐ。2018年8月10日にはアステラス製薬が遺伝子治療のバイオベンチャー企業キューセラを買収、同年12月13日には大塚メディカルデバイスが医療機器ベンチャーのヴェリアンを買収するなど、新技術の獲得を狙う動きが見られた。さらに、2019年7月8日にはエーザイが、スコットランドのダンディー大学とがん領域創薬研究に関する共同研究契約の締結を発表している。

こうした分野に加えて、2018年12月12日にはカレーのCoCo壱番屋がロンドンに1号店をオープンするなど、英国市場自体の消費者需要を狙った進出もあり、今後も英国の強みに目を向けた企業の動きは続くとみられる。

執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
木下 裕之(きのした ひろゆき)
2011年東北電力入社。2017年7月よりジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て2018年3月から現職。