不良品を「作らない」「出さない」努力を継続(マレーシア)
進出日系メーカーの品質管理事例(2)

2018年6月22日

マレーシアの日系メーカーを悩ませる品質管理。前編では現地サプライヤーのマネジメントや、工場内の設備や機械の工夫の取り組みを紹介した。後編ではワーカーや工程、そして品質管理のとりでである測定・検査を取り上げる。難題である不良品を「作らない」「工場から出さない」ために、低コストで実行できる方策とは。

人材育成は品質の基礎づくり

前編では、品質管理の要素である「5M」の中で、材料(Material)、機械(Machine)の取り組みについて紹介した。本編では人(Man)、方法(Method)、測定・検査(Measurement)の3要素を取り上げる。

3つ目のMである「人(Man)」でも多くの企業が課題を抱えている。多民族国家であるマレーシアで、日系企業はマレー系、中華系、インド系のほか、近隣国からの外国人労働者など、さまざまな文化的背景を持つ従業員を雇用している。そのため品質などの抽象的な概念を、画一的に全ての従業員に浸透させるのは難しい。

日系メーカーの大部分が、「人」の要素を重要と認識し、何らかの取り組みを行っている。労働集約的工程作業では、人為的ミスを無くすことは難しいが、作業員を育成し、能力・スキルを向上させることで極力ミスを減らすことに力点が置かれる。

作業員の人材育成においては、(1)個人の能力の把握、(2)育成目標の設定、(3)必要な研修・訓練の実施というサイクルを回すことが重要だ。人材育成・研修を専門とする部署を設置している日系企業もある。非鉄金属メーカーのD社は教育部門を設置し、従業員の作業レベルの把握、研修カリキュラムの作成・実施などを専門に行う。全社的な品質管理研修、ミスが目立つ従業員に対する再研修などを行い、従業員に品質の重要性に対する理解を促すとともに、能力レベルの安定、全体的な底上げを図っている。従業員を外部研修に参加させることもあり、その際には政府の人的資源開発基金(HRDF)の還付制度(注)を利用している。

品質に関する重要な作業工程を定め、社内認定制度を導入している事例も多い。電子部品メーカーのE社は、日本本社および海外拠点を含めた全社共通の社内認定制度を取り入れている。C社(前編参照)では認定を取得した従業員には特別手当を支給している。D社では従業員の名札にバーコードを張り付け、特定の機械については社内認定制度の合格者の名札(バーコード)をスキャンしないと稼働しない設定にしている。

また、人が行う作業を一部機械化することで品質を保つ事例もある。A社(前編参照)では、手作業ではむらが出やすい工程に絞って機械を導入している。例えば、力の必要な作業、接着剤の塗布、ネジ留め、検査などが挙げられる。現在は日本本社の専門チームが機械を開発しているが、将来的にはマレーシア拠点で機械の開発・改良を行うことも視野に入れている。

近年、マレーシア人の製造業離れやジョブホッピング、外国人労働者の雇用の厳格化などにより、進出日系メーカーでは人材確保で苦労している。そのため、従業員の多能工化を目指す傾向があるが、労務分野を専門とする弁護士によると、マレーシアの雇用契約では職務記述書で仕事内容を明確に定めることが一般的で、「職務記述書にない仕事はやりたがらない傾向が強い」という。また、現場で複数工程を一定基準でこなせるようになるには時間がかかる。社内認定制度を行っているC社では、複数の認定に合格している作業員はいるものの、実際に多能工として労働はさせていないという。

工程の「見える化」でミス減らす

4つ目のMである「方法」については、日系メーカーでは作業員が行う工程を標準化し、ミスが起こりにくい体制や環境づくりなどの対策をしている。B社では、組み立て作業を行う作業台にタブレット端末を設置し、組み立て工程ごとに使用部品や取り付け位置を端末の設計図上に表示している。作業員が設計図の手順を参照する際、その工程に使用する部品が入っている棚のランプが光る。ランプが点灯している棚から部品を取り、指示通りに組み立てを行っていく。工程を「見える化」することでミスを減らし、経験の浅い従業員でも一定のレベルの作業が可能となる。

自動車部品メーカーのF社では、部品や中間在庫の先入れ、先出しの徹底のため、それぞれのパレットにセンサーを取り付け、搬出の順番を間違うとアラートがなる仕組みを導入している。A社では、製造ラインを構成する作業台や機械などを可動式にし、製品に応じた最適なレイアウトに随時変更している。従業員の能力や意識だけに頼らないシステムの導入や作業方法の見直しなどを模索する必要がありそうだ。

測定・検査は品質管理のとりで

最後のMは「測定・検査」だ。日系製造業では機械による検査と人による官能検査の両方を実施するのが一般的で、3つ目のMである「人」とも密接に関わる。

ほとんどの日系メーカーでは、完成品の全量検査に加えて、工程内検査も複数回行っている。C社では、検査の機械化を重点的に進めているが、「品質維持のためには、目視などによる官能検査も欠かせない」(C社担当者)という。製造部門とは別に品質管理の専門部署を設置し、完成品の品質チェックのほか、生産ライン上にわざと不良品を流すことで工程内検査の精度を確認している。

D社では、日本本社と同じ測定・検査機械をそろえた研究開発(R&D)センターを設置している。同センターでは、周辺国の拠点で発生した不良品も含めた分析を一元的に行っており、品質管理の技術的サポートもしている。マレーシア拠点が担当することで「日本本社よりもリードタイムを短くできる」(D社担当者)という。

品質は顧客が最も気にすることであり、企業の信頼の源泉でもある。多品種小ロットでの生産が多い日系企業は、費用対効果を検討しながら、自社に合う品質管理手法を採用している。「品質はコスト」という言葉があるように、機械やシステムの導入など高い費用を必要とする対策もあるが、本稿で紹介した事例の中には、コストをかけずに工夫して実施できる方法も多い。

C社社長によれば、品質管理の方策には2種類しかないという。「1つは不良品を工場から出さないこと、もう1つは不良品を作らないこと」だ。シンプルなようだが、この終わりのない難題に対して、マレーシアの日系メーカーは「5M」の各要素を常に見直しながら改善の取り組みを続けている(表参照)。

表:品質管理における在マレーシア日系製造業の取り組み(一例)
Material (材料)
  • 品質の要となる部品(主に精密部品)は日本から調達
  • 品質が安定しないサプライヤーの部品は全量工程前検査
Machine (設備・機械)
  • IoTを導入し、稼働状況をリアルタイムで監視
Man (人)
  • 作業員の品質に関する意識醸成、能力向上など人材育成
  • 社内認定制度の導入
Method (方法)
  • ミスが起こらない組立方法の検討、標準化
Measurement (測定・検査)
  • 全量検査
  • 機械検査と官能検査(人による検査)の併用
  • 品質管理を専門に行う部門の設置
出所:
各社ヒアリングを基にジェトロ作成

注:
人的資源の開発を促進するために人的資源開発基金(HRDF)法を1993年に施行(2001年改正)。業種、マレーシア人従業員数、資本金などで一定の条件を満たす企業に対し、従業員給与の0.5~1.0%を毎月拠出することを義務付けており、企業が行う従業員に対する研修に必要な費用や物品の購入などに対し、拠出した金額を上限として還付される(ビジネス短信2016年12月2日記事参照)。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)(2010~2014年)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)(2014~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2017年)を経て、2017年9月より現職。