大統領の貿易観を強く反映した通商政策(米国)
マシュー・グッドマンCSISアジア経済上級アドバイザーに聞く

2018年7月26日

ワシントンのシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)政治経済担当部長兼アジア経済上級アドバイザーのマシュー・グッドマン氏に、1962年通商拡大法232条(以下、232条)および1974年通商法301条(以下、301条)に基づく追加関税賦課措置に代表される米国の通商政策を取り巻く現状や11月に控えた中間選挙の展望などについて聞いた(6月27日)。


マシュー・グッドマン氏(ジェトロ撮影)

自動車は不公平貿易の象徴との思い

質問:
301条に基づく対中追加関税賦課および、232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品への追加関税賦課、ならびに自動車と同部品の輸入を対象とした安全保障調査など、トランプ政権の保護主義的な通商政策の背景には何があるか。中間選挙を見据えて、支持層を強固にするための戦略的な動きか。
答え:
トランプ大統領は30年以上にわたり一貫して、米国は通商分野において他国に搾取され、不利益を被っていると考えている。この大統領の貿易への見方や考え方が一連の保護主義的な通商政策の根本にある。中間選挙を見据えた共和党支持層に向けたアピールという戦略的な側面もあると思うが、あくまでもそれは要因の1つとみている。
トランプ大統領は他国が米国にとって問題のある通商政策を取っていると主張しており、その一部は正しいかもしれないが、政策の全体像としては正しく分析されていない。トランプ政権は2国間の貿易赤字を問題にしているが、貿易赤字は決して不公正さを直接反映しているわけではないため間違った議論である。貿易赤字の要因については、2つの点を考慮しなければならない。1つ目は米国の強い消費ニーズと米国内の生産量との間にギャップがあること。2つ目は2国間の貿易収支には、グローバルサプライチェーンの影響は加味されないことだ。貿易統計上、輸出国以外の国が加えた付加価値は、輸入国側の統計には反映されない。例えばiPhoneの部品は米国を含めた世界中で生産され、最終的に中国で組み立てられる。中国がiPhoneに加える付加価値はあくまでも全体の数パーセントだが、1台数百ドルのiPhoneの輸入額は全て中国から輸入されたものとして貿易統計では計上される。そのため、中国に対する貿易赤字は中国の付加価値に比べて大きくなる。
232条に基づく自動車・同部品に対する安全保障調査は、中間選挙に向けた戦略的な動きではないと考える。トランプ大統領が、自動車貿易に対して長年抱え続けている正しくない認識が反映された結果だ。彼の中で自動車は不公平な貿易の象徴であり、貿易不均衡を是正したいという思いがある。しかし大統領のアプローチは、1980年代の古い製造業の在り方を反映したものであり時代遅れである。大統領は自動車・同部品への追加関税賦課により、米国内での自動車製造業が回復し、他国からの投資もさらに増加するという絵を描いているかもしれないが、個人的にはその見方は幻想だと考えている。追加関税を賦課した結果、逆に米国経済は低迷し、自動車メーカーは米国以外の市場に目を向け始める可能性もある。また、仮に米国内で自動車をはじめとする製造業の生産量が増加したとしても、将来的な雇用増加につながるとは考えにくい。なぜなら製造過程の多くは自動化され、日々技術革新が起こっているため、今後も大量の労働力は必要とされないと見込まれるためだ。
質問:
追加関税により想定される主な影響は何か。一連の米国の通商政策が他国からの報復関税を招き、米国自身が大きな損害を受けるとの調査結果も発表されているが、これに対しての見方は。
答え:
一連の通商政策は、結果として米国に非常に有害な影響をもたらす。少なくとも4つの大きな問題がある。1つ目に、追加関税賦課によるコスト上昇は、最終的に消費者である一般市民のコストとなる点。2つ目に他国からの報復関税を招く点。既にカナダ、メキシコ、EUなど日本を除く主要な同盟国の多くは報復関税を賦課すると発表している(注1)。これは米国からの輸出に大きな損害を与え、米国経済にも悪影響を及ぼすだろう。3つ目に通商政策をめぐるあつれきが、通商以外の分野における他国との協力を難しくする点。例えば中国の知的財産権侵害や不公平な貿易慣習に対しては、他国と協調して中国に対し圧力をかけていくことが望ましいが、通商政策をめぐり米国と他国との対立が強まっている現状では難しいだろう。4つ目に安全保障を理由に掲げた通商政策は、他国にも安全保障を理由とした保護主義的な通商政策を許すことになる点。この動きはWTOを基盤とした貿易システムを脅かすことにつながりかねない。

「中国製造2025」の動きを加速させる可能性も

質問:
301条に基づく追加関税措置は中国の不公正な貿易慣習、知財侵害といった問題を解決するために有効な手段か。
答え:
追加関税の賦課は決して有効な手段ではない。いくら関税を賦課しても中国の不公正な貿易慣習を是正することはできないだろう。また、米通商代表部(USTR)は301条調査報告書の中で、中国政府による製造業振興策「中国製造2025」を脅威と位置付け対抗姿勢を示しているが、報復関税の応酬ならびに外国投資委員会(CFIUS)による中国からの投資規制に対する厳格化は、逆に「中国製造2025」の動きを加速させる可能性がある。例えば中国の大手通信機器メーカー中興通訊(ZTE)が米国の経済制裁法と輸出規制に違反してイランと北朝鮮に通信機器を輸出していた問題に関連して、同社への米国製品の供給禁止措置などが4月に発表された(注2)。米国製部品の供給が停止したことによりZTEは一部事業の停止にまで追い込まれた。中国は「他国に頼らず、自国内で基盤となる技術産業を育成しなければならない」という危機意識をさらに高めたはずだ。中国製品・投資を締め出す米国の動きと中国の危機感を反映し、中国内での産業育成の動きは以前に増して加速していくだろう。
質問:
232条に基づく自動車および同部品の輸入に対する安全保障調査の結果、追加関税が賦課される可能性は高いか。また、仮に追加関税が賦課される場合、実施時期はいつごろと考えるか。
答え:
ホワイトハウスと政権の動きを見る限り、トランプ政権は自動車・同部品への追加関税賦課措置を強く推進する意向だと感じる。調査結果については9月から10月、早ければレーバーデー(9月3日)ごろに公表される可能性がある。繰り返しになるが、本件の根底にあるのはトランプ大統領の「米国が長年にわたり不利益を被っている、他国に搾取されている」という考えだ。中間選挙を見据えた戦略的な側面もあるだろうが、それはあくまでも理由の1つで、中間選挙を主目的とした動きではないとみている。また既に鉄鋼・アルミニウム製品、一部の中国製品に対し追加関税が賦課されていることからもわかるとおり、トランプ大統領は一度決めたら実行する人だ。政権が主張するように強い経済基盤がなければ米国の強い安全保障は確保できないという考え自体は間違いではないが、米国の安全保障にとって必要不可欠であるとの理由から、232条を用いて自動車産業を守るという政権の考えは理解し難い。
しかし、追加関税に反対する動きが強い場合、自動車・同部品への関税賦課を見送る可能性はある。2つの動きに注目している。1つ目が金融市場の反応。この数カ月間、貿易戦争のリスクを危惧して金融市場は敏感に反応している。追加関税の影響による株式の下落など、金融市場への悪影響が顕著で許容できない水準になれば、政権へのプレッシャーとなるだろう。2つ目が共和党の支持層を含めた、消費者からの強い反発が起こった場合。鉄鋼・アルミニウム製品への追加関税賦課による影響は米国内の消費者レベルでは限定的だったが、自動車・同部品への追加関税賦課は最終的に販売価格の上昇というかたちで直接的に消費者に影響を及ぼす。そのためトランプ大統領の支持層を含めた消費者から強い反発を受ける可能性がある。

実行するという政権のスタンスが明確に

質問:
232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品への追加関税賦課対象に、それまで猶予対象とされていたEU、カナダ、メキシコが6月1日から追加されたことをきっかけに、米国への報復関税の応酬が始まり、世界を巻き込む本格的な貿易戦争に突入してしまったように感じるがどのようにみるか。
答え:
鉄鋼・アルミニウム製品への追加関税賦課対象にEU、カナダ、メキシコが追加されることは可能性としては考慮していたが、それでも実際に課税対象となったことは驚きだった。新たな手段を用いて通商政策を推し進めるトランプ大統領の強い考えを、深刻に感じさせる出来事だった。同措置が取られるまでは、専門家の間でも、あくまでも米国が有利な条件を引き出すための交渉戦術とみる向きもあったが、それが吹き飛んだ。同盟国に対してもブラフ(はったり)ではなく、本当に実行するというトランプ政権のスタンスを明確にした。今後のトランプ政権の通商政策の出方を占う上でも大変重要な動きだった。
質問:
報復関税の対象は共和党の支持基盤の州の製品を含む広範な品目に及び、米国の輸出に深刻な影響を及ぼすと試算されている。大統領自身の支持層からの反発も予想されるが、今後のトランプ政権の対応をどう考えるか。
答え:
経済、政治的要因の両面で考えても、トランプ大統領と共和党にとって有利ではないと考える。しかし私はトランプ大統領の支持基盤層の強さを過小評価していない。この程度のネガティブ要素であれば自身の支持層は離れないと、トランプ大統領は支持者の忠実さを信じているのかもしれない。問題は大統領自身よりも共和党への反発だ。中間選挙に影響を与えるとしても、直接的な影響を受けるのは改選される上院議席の3分の1と下院議席であり、大統領自身の進退にはその時点では影響しない。報復関税の影響を強く受ける州の候補者は、支持層からの反発に遭い苦しい戦いを強いられることになるだろう。
質問:
中間選挙では何が争点となるか。通商政策は重要視されるか。
答え:
トランプ大統領が強調するであろうポイントは2点。1点目は堅調な経済状況。大統領就任以来、経済成長率は上昇し、税制改革の実施、失業率の低下・新規雇用の拡大、規制緩和といった点を強調するだろう。2点目が安全保障への脅威に対するトランプ政権の断固たる姿勢。北朝鮮の非核化問題や移民問題といった課題に強い姿勢で取り組み、「安全なアメリカ」を実現していると主張するだろう。安全保障を理由として他国に通商政策の見直しを求めているものの、通商政策を前面に主張してくるかは疑問である。ただ、不公平な貿易ルールに対してより健全な米国の立場を確保するために取り組んでいると主張する可能性はある。

注1:
232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品への追加関税賦課に対するカナダ、メキシコ、EUの報復関税については、それぞれビジネス短信2018年6月4日記事2018年6月6日記事2018年6月21日記事参照。その他、中国なども報復関税措置を実施している(2018年4月2日記事参照)。
注2:
措置の詳細については、ビジネス短信2018年4月20日記事を参照。なお、その後商務省は、ZTEに対する措置を解除する発表をした(2018年6月8日記事参照)。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所(戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員)
須貝 智也(すがい ともや)
2010年、ジェトロ入構。貿易投資相談センター(2010~2013年)、徳島事務所(2013~2016年)、地方創生推進課での勤務を経て、2017年10月から現職。米国連邦政府の政策に関する調査・情報収集を行っている。