英国発ティミア、音声AI技術で挑む日本市場戦略
2026年9月8日
2020年にロンドンで設立されたティミアは、わずか15秒の音声データを基に、心身の健康状態や疾患リスクを可視化する音声バイオマーカー技術を開発するディープテック(社会課題の解決を目指す先端技術分野)企業だ。日本市場へは、まず薬事規制の対象外である安全管理・通信分野を足掛かりに参入し、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の審査を経て承認を取得した後には、医療分野への事業拡大を予定している。同社製品は最近、英国の医薬品・医療機器規制当局(MHRA)により「クラスI」医療機器として登録された(注1)。現在は、ジェトロの支援も受けながら、さらなる成長を続けている。ティミア共同創設者兼最高経営責任者(CEO)のエミリア・モリンパキス氏に、同社の開発技術や日本市場参入に向けた事業戦略、欧州・日本のヘルスケア市場の特徴について聞いた(取材日:2026年6月14日)。
音声情報から健康状態や疾患リスクを明らかに
- 質問:
- ティミアの技術の特徴は。
- 答え:
- ティミアは2020年にロンドンで設立されたディープテック企業だ。当社は、人の声から心身の状態変化を可視化する「音声バイオマーカー技術(注2)」を専門としている。 わずか15秒の音声から対象者の精神状態を分析し、うつ病や不安障害の兆候などの包括的なメンタルヘルスの評価に加え、眠気、疲労、ストレスといったウェルビーイングに関する兆候の検出まで可能にする技術だ。さらに、声と神経系の密接な結びつきを活用し、呼吸器疾患(COPDやぜんそく)、心血管疾患(高血圧)や2型糖尿病などの身体的健康リスクの推定にも成功している。現在は医療分野にとどまらず、自動車・建設・鉱業など安全管理が重視される産業において、音声通信を活用した健康・安全インテリジェンス領域(注3)の音声バイオマーカー技術を提供している。さらに最近では、大規模言語モデル(LLM)(注4)プロバイダーや通信会社とも提携した。さまざまな音声コミュニケーションを活用し、真にユニバーサルなインフラ領域での技術展開を目指している。
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ティミア共同創設者兼CEOのエミリア・モリンパキス氏(ジェトロ撮影) - 質問:
- 会社設立の背景と企業名の由来は。
- 答え:
- 自分が研究者時代、うつ病を発症した親友が適切な支援を受けられず、自死を図り、その現場に直面した衝撃が設立の契機となった。優れた研究知見が実世界で応用されなければ意味がない、という強い危機感から、客観的なメンタルヘルス評価システムの構築を決意した。従来の精神医療分野で標準的な治療方法の1つである、自己申告に基づく問診に対し、音声バイオマーカーによる客観的測定データの活用により、サービスの需給ギャップを埋めることを目指した。近年の音声AI(人工知能を活用した音声解析技術)の爆発的普及に伴い、現在は当初の想定を超えて通信インフラの監視機能など、安全が重視される分野へ事業を急拡大している。
- 企業名は精神医学で精神状態を意味するギリシャ語「thymia(ティミア)」に由来する。良い状態(Euthymia)や悪い状態(Dysthymia)など、人の精神状態を把握・測定する事業の原点を示している。
医療分野に先駆けて、安全管理・通信分野に応用
- 質問:
- 日本市場におけるビジネス機会、理想的な協業パートナーについてどう考えるか。
- 答え:
- 医療分野から始まったが、現在の最大市場は安全管理と通信の領域だ。医療機器としての承認の取得は、世界のどの市場でも共通の課題だ。そのため、現在は製薬会社に加え、通信・ITインフラ企業、自動車メーカー、運輸会社などの非医療分野を最優先パートナーとし、薬事規制の対象外である疲労やストレスなどの追跡技術を提供して、市場への参入を進めている。これらの領域は将来的に医療提供者向けのサービスへと通じる。従って、この先行参入により日本で信頼を築いた後、PMDAの承認が取得できた段階で、病院などの医療提供者との具体的な協議へ移行する方針だ。
- また、日本のビジネスでの最大のカギとなるのは、PMDAの承認取得以上に「信頼と関係構築」の重要性だと感じる。欧米とは全く異なる特有のビジネス文化や言語を理解する現地人材の配置と、経営陣自らの文化理解が不可欠だ。関係構築には時間を要するが、一度築いた信頼関係は非常に強固であり、他地域に比べて日本企業は収益の安定性が格段に高いと考えている。総じて、日本市場は参入のハードルは高いが、非常に大きなやりがいと機会のある市場と捉えている。
- 質問:
- 英国をはじめ欧州市場におけるヘルスケア分野、医療向けAI規制の特徴は。
- 答え:
-
英国の医療分野は、国営医療サービスであるナショナル・ヘルス・サービス(NHS)が主流だが、病院運営を担うNHSトラストや地域単位で保健医療サービスの計画・予算配分・委託を行うインテグレーティッド・ケア・ボード
(Integrated Care Board:ICB)などは別に存在しており、組織構造が流動的かつ極めて細分化されている。スタートアップ企業にとっては、NHSという単一のパートナーではなく、約200の個別組織への営業活動が必要なため、参入難易度が高く、英国の医療分野は初期のアプローチ先としては推奨しない。一方、そのほかの欧州地域は民間領域が圧倒的に多く営業しやすい。欧州地域全体で医療AIの規制要件は非常に厳格だが、そのアプローチ方法には若干の違いがある。現在、医療AIの規制枠組みが整備されつつあり、AIモデルへの入出力の調整による継続的なモデル改善が認められるなど、AIの展開において重要な進展がみられる。
高品質なアクセラレーションプログラムとネットワーク構築の重要性
- 質問:
- 欧州市場におけるアクセラレーターについて。
- 答え:
- 資金調達の観点では、英国をはじめ欧州地域ではヘルステックはベンチャー・キャピタル (VC)にとって最もリスクの高い投資分野の1つとみなされており、米国に比べて投資獲得は容易でない。しかし、共同創業者のステファノ・ゴリアと出会う機会となったアントレプレナー・ファースト(Entrepreneur First)(注5)など、内容の質が非常に高い欧州発のアクセラレーションプログラムが存在する。これは、異なるバックグラウンドを持つ人材のマッチングやネットワーク構築に極めて有効であり、強く推薦できる仕組みだ。政府の支援不足や欧州独自の資金保留規制など、初期段階のスタートアップ企業特有の留意点も存在する。そのため日本から参入するスタートアップ企業にとっても、これらのプログラムは欧州市場での販路開拓における有力な支援基盤となるだろう。
- 質問:
- 英欧との比較から見る日本市場の特徴は。
- 答え:
- 日本市場は、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC) の関心が非常に高い一方、取引サイクルが米国と比較して大幅に遅い点は英国・欧州市場と共通している。特にヘルスケア分野の営業サイクルにおいては、英国・欧州市場以上の信頼構築が必要なため、さらに長期化する傾向にある。ただし、特に英国や米国での規制承認実績が日本市場参入に前向きに評価されるケースも存在する。最大の違いはビジネス手法そのものにあり、独自の商習慣(エチケット)にある。個人的な失敗談として、日本の製薬会社と面談した際、意思決定権を持つ日本語しか話さない上級役職者ではなく、英語を話す若手担当者へ説明を向けてしまったことがある。その結果、その会議はなかったこととなり、日本語を話す担当者を据えて最初からやり直すこととなった。
- 現在は、ジェトロの支援に加え、複数の日本企業と非常に良好で強固なパートナーシップを構築できている。日本市場は最大級の成長機会であり、今後は米国と同時期、あるいはそれ以上の早期段階で日本子会社を設立する方針だ。
日本市場に対する認識の変化とビジネス機会の拡大
- 質問:
- ジェトロは2025年9月17~18日、経済産業省、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と 、「Global Startup EXPO 2025(注6)」を共催し(2025年09月24日記事参照)、ティミアを招聘(しょうへい)した。同エクスポへの参加を経て、日本市場に対する見方に変化はあったか。
- 答え:
- 当初は日本の製薬業界などに伝統的で保守的な先入観を抱いていたが、2025年のGlobal Startup EXPO(GSE)への参加、そして過去2年間で8回に及ぶ訪日を経て市場への見方は一変した。日本では大企業がイノベーションやAI、とりわけ音声AIに対して予想以上にオープンかつ旺盛な関心を示し、想定外の業界も含めて、現在数多くの商談が取引に向けて進展中だ。また、欧米とは異なり、日本の商習慣で驚いたのは、企業の規模を問わず一様にNDA(秘密保持契約)の締結を重視することだ。総じて、これらのイベントは単一のイベントにとどまらず、多様な大手企業との継続的な関係構築や、自社だけでは想像もつかなかった幅広い分野での成長機会を開拓する上で、極めて有益で実り多い転機となった。
- 質問:
- ジェトロの活動に対する提案、今後の期待などは。
- 答え:
- ジェトロのサポートは非常に優れていると思う。要望に応じた的確なパートナー企業とのマッチング力は、自社のVCネットワークを通じた紹介実績を上回る。また、ビジネスエチケットの助言や現地サポートに加え、日本常駐メンバーが増加する中で、現地法人設立前にオフィススペースの提供を受けられる点は非常に有益だ。
- 当社のようなAI企業にとっては市場の進化スピードが極めて速いため、新たな分野への迅速な事業展開が不可欠だ。そのため、新たなビジネス機会が次々と生まれるAI市場において、ジェトロ側もわれわれのスピード感に合わせた新領域への迅速な対応をさらに強化してくれることを期待しつつ、今後も音声AI導入を目指す多くの日本企業との関係構築を目指していく。
- 注1:
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英国の医療機器規制における低リスク区分(詳細はMHRAウェブサイト
参照)。 - 注2:
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心身の状態を示す指標とするため、音声に含まれる特徴を解析して用いる技術。
- 注3:
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健康状態や安全上のリスクに関する情報を分析・評価し、意思決定を支援する技術・サービス領域。
- 注4:
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大量のテキストデータを学習し、人間のように自然な文章を生成できるAIモデル。
- 注5:
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起業家の育成や共同創業者のマッチングに特化した、英国初のグローバルなスタートアップアクセラレーター。
- 注6:
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大阪・関西万博と連携して開催された国際スタートアップイベント。ディープテック分野を中心とし、5つのテーマ(「地球との共存」「人口に頼らない社会」「豊かな生活」「健康と長寿」「新技術のルールメイク」)に沿って展示会とピッチセッションを開催。国内外のスタートアップを招聘し、世界規模の課題解決に向けた共創の場を提供した。英国からは、日本市場への進出を進めるホクストン・ファームズ、ティミア、ニューボンド)の3社を招いた。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロンドン事務所
パリー 真理奈(ぱりー まりな) - 2024年11月からジェトロ・ロンドン事務所勤務。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロンドン事務所
吉村 庸子(よしむら ようこ) - 2026年1月からジェトロ・ロンドン事務所勤務。





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