デジタル活用でベトナム市場を開拓
三井住友海上ベトナムの取り組み

2026年1月6日

ベトナム経済は2020年の新型コロナウイルスのまん延により一時的に景気が停滞したものの、安定的な成長を続けている。近年では外需(製造業の輸出増)と内需(国内消費の伸び)が成長エンジンとなり、2024年のGDP成長率は7.1%とASEAN諸国の中で最も高い。

保険市場に目を向けると、生命保険(以下、生保)、損害保険(以下、損保)ともに、国内の経済成長に伴い市場が拡大してきた。日系保険各社もベトナムに進出しており、このうち大手損保会社である三井住友海上火災保険(以下、三井住友海上)は、2009年に単独出資(出資比率100%)の保険会社「三井住友海上ベトナム(MSIG Insurance Vietnam、以下MSIGベトナム)」を設立した。本稿では、ベトナムの保険市場の特徴や、MSIGベトナムの市場開拓の取り組みについて、同社副社長の清水真氏、副社長兼ホーチミン支店長の岩井大輔氏、ディレクターの黒川祥氏にヒアリングした(ヒアリング日:2025年11月11日)。


左から黒川氏、清水氏(MSIGベトナム提供)

岩井氏(MSIGベトナム提供)

ベトナム進出は約30年前、駐在員事務所からスタート

三井住友海上が初めてベトナムに進出したのは、1994年(進出当時の社名は三井海上火災保険)で、首都ハノイ市に駐在事務所を開設した(翌1995年にはホーチミン市にも開設)。その後、2009年には前述のとおり、ベトナムで日系損保会社では初となる100%独資の保険会社MSIGベトナムを設立した。ベトナムの保険市場に注目した理由は、進出当初から現在に至るまで、経済や市場の成長が続き、開拓の余地が十分にあったからだという。


MSIGベトナム設立10周年のセレモニーの様子(MSIGベトナム提供)

生保市場は近年縮小傾向、損保市場は安定的に成長

図は、ベトナムにおける生保と損保の2015年から2024年までの保険料収入の推移を示している。双方ともほぼ右肩上がりで順調に推移しており、市場規模では生保の方が大きい。

図:ベトナムにおける過去10年間の保険料収入の推移
生命保険は2015年14.5億ドル、2016年19.1億ドル、2017年25.1億ドル、2018年32.7億ドル、2019年40.5億ドル、2020年49.6億ドル、2021年60.4億ドル、2022年67.6億ドル、2023年59.5億ドル、2024年56.6億ドル。損害保険は2015年12.1億ドル、2016年14.0億ドル、2017年15.8億ドル、2018年17.8億ドル、2019年20.2億ドル、2020年21.5億ドル、2021年22.4億ドル、2022年26.3億ドル、2023年27.1億ドル、2024年29.7億ドル。

出所:CEIC(世界の経済統計データベース)を基にジェトロ作成(データ抽出時点:2025年11月19日)

生保は、近年では銀行が保険商品を販売する「バンカシュアランス(銀行窓販)」が主流になっているが、2022年以降は保険料収入が減少している。その要因として、新型コロナ禍によるベトナム経済の景気後退に加え、2022年に顧客のニーズに沿わない不適切な販売や強引な契約勧誘が横行し、生命保険商品に対する顧客の不信感が拡大した影響も指摘されている(注1)。これを受け、ベトナム政府は保険会社の健全性確保と消費者の保護を目的に、保険業法の改正に関する通達(Law Insurance Business No.08/2022/QH15)の発効(2023年1月1日施行)や保険ビジネスに関する新たな政令(Decree 46/2023/ND-CP)の施行を通じ、銀行窓販に関する厳格なルールを設定した。具体的には、「顧客説明義務の強化」や「販売プロセスの記録義務化」などがある。

一方、損保はこの10年間で安定的な成長軌道を描いており(図参照)、ニーズの中心は企業向けの保険商品である、と黒川氏はいう。日本では自賠責保険(注2)が法令による強制加入保険となっているが、ベトナムでは自賠責保険に加え、火災保険および工事保険が強制加入保険となっている。従って、企業分野での損保のニーズは火災保険が最も多く、これに貨物保険が続く。黒川氏によると、ベトナム国内では「法的に賠償責任を負う」文化が十分に浸透していないという。例えば、自動車対自動車の交通事故が発生した際、当事者間でのやり取り(その場で少額の現金を手渡し)で解決されるケースが時折存在する。

また、近年ではサイバー犯罪の横行に向けた対応として、サイバー保険への加入を勧める事例もある。ベトナムのサイバー犯罪の検知件数はアジアの中でも上位に入っている。現地紙によると、ベトナムでは2025年上半期に1億5,500万件のデータ漏洩(ろうえい)と450万件のアカウント侵害が記録され、世界で最もサイバー犯罪の影響を受けた上位10カ国の1つ、と報じられている(注3)。こうした中、ベトナム国内では、企業のサイバー対策への意識が高まっているようだ。実際には、サイバー保険の加入にまでは至らないが、各社とも保険商品を提案する際、サイバー犯罪の被害損失に備えたニード喚起を実施しているという。

医療保障のニーズは高まるも医療環境に課題

ベトナムでは医療保険市場も潜在的な成長性を秘めている。表のように、ベトナムの年代別人口(2024年7月時点)では30代以下の割合が60.5%(日本は36.2%)と、若年層中心の人口構造であるため、国民の医療保険に対するニーズは低かった。しかし、2020年に全世界でまん延した新型コロナウイルスの影響を経て医療保障のニーズが高まり、企業が福利厚生の一環として医療保険を付保する動きが広がったという。

ベトナムには、加入率が90%を超える国民皆保険制度が存在するが、日本のようにどの病院でも、医療費の自己負担割合が「3割」で治療を受けられるわけではない。保険適用の範囲が有効なのは公立病院に限られており、医療設備が整う私立病院で受診した際の医療費は、非常に高額になるという。公立病院と私立病院の医療サービス体制の差はいまだ大きく、公立病院は医療機器や医療スタッフの数がニーズに対して十分ではないケースもある。市内の中核病院では患者が集中するため、常時、受診患者で混雑している、と黒川氏は語った。

表:ベトナムと日本の年代別人口(単位:1,000人、%)
年代 年代別人口 構成比
ベトナム 日本 ベトナム 日本
10代以下 14,946 8,820 14.8 7.1
10代 15,819 10,985 15.7 8.9
20代 13,180 12,196 13.1 9.9
30代 17,019 12,785 16.9 10.3
40代 14,349 16,318 14.2 13.2
50代 11,611 18,209 11.5 14.7
60代以上 14,066 44,440 13.9 35.9
合計 100,988 123,753 100 100

出所:国連 世界人口推計2024(World Population Prospects 2024)を基にジェトロ作成

付帯サービス・デジタル活用型の保険販売で新規顧客開拓

最後に、デジタルを活用したMSIGベトナムの新たな市場開拓への取り組みを紹介したい。同社はこれまで日系企業をメイン顧客としてきた。しかし近年、ベトナムでの日系企業による新規大型投資が減少傾向にあり、日系企業を中心としたマーケットのさらなる拡大は容易でない、と黒川氏は述べた。

この状況を踏まえ、同社は顧客層を地場および非日系企業に広げるとともに、個人向けの保険商品の提供にも取り組んでいる。この際、企業が提供する商品やサービスに付帯させて保険を販売する手法、すなわち、顧客が海外旅行を手配する場合、旅行会社が提供する旅行プランと合わせて海外旅行保険を購入できる、といったサービスが例として挙げられる。また国内の販売網では、地場の保険会社がベトナム国内に広範な支店網を持つのに対し、同社の拠点は4カ所にとどまる。地場企業のように広範な販売網を駆使した人海戦術で保険を販売するのではなく、例えば「eコマース」のようなネットショッピングサービスを通じて幅広い顧客層を囲い込むパートナー企業とタッグを組む。そして、デジタルによる販売手法を活用することで、保険商品を販売する仕組みを同社は構築している。

デジタルを活用した市場開拓の取り組みは、2つに大別される。地場パートナー企業の製品やプラットフォームと連動した「B2B2C」と、自社のファシリティーを用いて直接顧客に保険を販売する「D2C(注4)」である。前者のパートナーの業態は、ショッピングサイト、旅行代理店、銀行・ノンバンク、電子決済サービス、オンライン投資プラットフォーム、など多岐にわたる。

ベトナムの損保市場は生保市場に比して規模は小さいが、過去10年間で着実に成長を遂げてきた。もっとも、ベトナム国内における地場保険会社の存在感は強く、長い年月を経て築き上げてきた確固たる販売網を有している。日系保険会社がこれらの地場保険会社と正攻法で競うのは困難である。このような市場環境下で、日系保険会社が新規参入していくには、MSIGベトナムの「デジタルによる保険販売」のような新たな販路開拓手法による顧客の囲い込みが重要になってくる。


注1:
VNエクスプレス紙」(2023年8月22日外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)参照。
注2:
正式名称は、自動車損害賠償責任保険。交通事故による被害者を救済するための法律に基づき、全ての自動車に加入することが義務づけられている強制保険。
注3:
ベトナムエコノミー紙」(2025年9月4日外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)参照。
注4:
「ダイレクトトゥーコンシュマー」の略称。自社が運営するEC(電子商取引)サイトなどで、消費者に商品を直接販売するビジネスモデルを指す。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
野本 直希(のもと なおき)
2016年大手生命保険会社入社、2025年から現職。