カンボジア、初の統一商法典制定を本格検討

2026年7月27日

カンボジア政府は商事関連法を体系的に整理し、統一商法典として編さんする取り組みを進めている。企業活動の円滑化や投資環境の改善、法体系の整合性向上を目的としており、2026年6月にこの取り組みをテーマとする初の公開セミナーを開催した。本稿では、統一商法典の制定の背景やASEAN主要国との法体系の比較を交えながら整理するとともに、カンボジア司法省顧問で法整備支援に携わった坂野一生氏へのインタビューを通じて、統一商法典の必要性や制度設計上の論点、日本企業への影響を考察する(取材日:2026年6月26日)。

統一商法典制定プロジェクト、初の公開セミナーを開催

政府はプノンペン市内で6月24日、「商法典(Commercial Code)セミナー」を開催した。セミナーは、法制度改革委員会の委員長を務めるボンセイ・ビソット副首相が主催し、ソック・シパナ上級大臣のほか、政府関係者、国際機関、商工会議所、大学などの専門家ら約400人が参加した。今回のセミナーは、政府が進める商事関連法の体系化と統一商法典の編さんに向けたプロジェクトについて、公開で議論する初の大規模イベントとなった。

現在、カンボジアでは商取引に関する法律が個別に整備されているものの、商業法規を体系的に集約した統一商法典は存在しない。このため、外国企業は、会社法、消費者保護法、電子商取引法などの複数の法令を横断的に把握する必要がある。政府はこれらの法令を体系的に整理し、再編するプロジェクトを進めている。

ビソット副首相は、統一商法典の制定について「フン・マネット政権の五角形戦略(注) に基づく制度改革の一環であり、企業活動の円滑化や投資誘致に資するものだ」と説明した。また、「今後は数年以内に国会通過を目指す」とした。

セミナーには、パリ第一大学のアンヌ=ソフィー・ラフィット=ミラール(Anne-Sophie Laffitte-Milard)教授や国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)のリーガル・エキスパートである髙橋一章氏も登壇し、法典編さんの経験や商法制度のあり方について議論した。

域内比較からみて合理性のあるカンボジアでの商法典制定

ASEAN主要国を比較すると、タイ、ベトナム、インドネシアなど大陸法系の国々では、商法典や商法、民法などを中心に、商取引に関する基本的なルールが体系的に整備されている。一方、シンガポールやマレーシアなどの英米法系諸国は、商法典を持たず、判例や個別法に基づいて商取引を規律する仕組みが採られている。大陸法系の影響を受けるカンボジアが商法典の制定を進めることは、域内の法制度の比較からみても一定の合理性があるといえそうだ。

表:ASEAN主要国の商法典
国名 商法典の有無 整備状況
カンボジア なし 商事関連の単行法により規律、統一商法典は未制定(制定を検討中)
インドネシア あり オランダ法由来の商法典
ラオス なし 民法・会社法などの個別法により商事事項を規律、包括的商法典は存在しない
マレーシア なし 英米法系、統一商法典はなく個別法中心
ミャンマー なし 英領インド・植民地期由来の契約法などに加え、Myanmar Companies Law 2017などの個別法により商事事項を規律
フィリピン あり (多くは特別法に置換されつつも)Code of Commerceを基礎とする商事法体系
シンガポール なし 英米法系、統一商法典はなく判例法・個別制定法(Companies Act、Sale of Goods Act、Bills of Exchange Actなど)で商取引を規律
タイ あり Civil and Commercial Code(民商法典)に商事規定を包含
ベトナム あり 商法(Law on Commerce)が商事一般法として機能

出所: MAR & Associates

カンボジアの法律に詳しいMAR & Associatesの村上暢昭弁護士は、「商取引を規律するルールが複数の法令に分散しており、日系企業は横断的な確認を迫られる。分野によっては、法令間で整合しない可能性もある。コンプライアンスや事業上の予測可能性という観点からは、整合的な商法の存在は有益だ」と指摘する。一方で、「この点を巡る法律論が十分に成熟しているとはいえず、実務上の問題が大きく顕在化している段階でもない。統一商法典の意義は、目下の紛争解決よりも、将来の法的な安定性の基盤づくりにある」とも指摘する。

坂野司法省顧問に聞く 商法典制定の意義

カンボジアの商法典制定の背景や今後の論点について、カンボジア司法省顧問の坂野一生氏に話を聞いた。坂野氏は1990年代後半から日本政府によるカンボジアの法整備支援に携わり、民法や民事訴訟法の制定支援を行ってきた専門家だ。


カンボジア司法省顧問 坂野一生氏(同氏提供)
質問:
カンボジアに統一商法典はなぜ必要か。
答え:
カンボジアには、商業規則および商事登記に関する法律(1999年)、商業企業法(2005年)、担保取引法(2007年)、ファイナンシャルリース法(2009年)など商事関連法が既に複数存在する。これらの単行法を商事に共通する一般ルールとして商法典に体系化することで、商事の共通ルールを明確にし、民法典と並ぶ私法の柱として、法体系の整合性と安定性を高めることが期待される。また、編さんにより法律用語や定義の統一も可能となる。これは、同一の法律用語が一貫した意味を持ち、同じ概念を複数の異なる言葉で表現することを防ぐ点で極めて重要だ。また、複数の法律が互いに重複したり、矛盾したりすることも防ぐことができる。
ただし、民法典との関係には留意が必要だ。民法典が私法の一般原則を定める一般法であるのに対して、商法典は商取引特有の迅速性と柔軟性を反映する必要がある。商人や商取引に関する特別規定として機能するとともに、商事実体法の一般法としての役割も果たす。
質問:
商法典の制定により日本企業にどのようなメリットがあるか。
答え:
契約や会社に関する規律が統一されれば、商取引の予見可能性や透明性が向上し、紛争を未然に防ぐことが期待される。国際基準に整合した商法典は、外国投資家にも安心感を与える。その結果、カンボジアの信頼性を高め、より大きな経済的機会をもたらすであろう。また、既存の複数の単行法との調整が進むことで、企業が複数の法律を横断的に確認する負担が軽減される。基本的なルールは商法典で確認し、個別分野の特則は関連法令で確認するという構造が明確になれば、利便性が高まる。加えて、運送契約や海上取引など、国際商取引に不可欠な分野が商法典に組み込まれれば、日本の物流・製造業にとって大きな利点となり得る。
質問:
カンボジアの民法は、日本の支援を受けて成立した。統一商法典はどのような特色をもつ法体系になるか。
答え:
現在、カンボジア政府は、商法典に何を組み込むか、全体をどのような構造にするかなどについて検討を進めており、現時点では最終的な法体系の予測は難しい。6月24日に実施したセミナーでは、既存の商事関連法を全て組み込むのは避けるべきとの意見が主流であった。知財関連法や競争法、破産法などは既存の法律をそのまま生かしつつ、商事の主体や商行為の基本ルール、商事における代理や商事に特有の契約について商法典に規定を置くのがよいとの意見だ。私自身は、民法典の起草に関わった経験から、商法典には「何を含め、何を除外するか」という包括性と選択性のバランスが重要と考える。また、商法典を実体規定のみに限定するのか、手続き的・行政的規定も含めるのかという議論が必要だ。制度が未整備の分野については、特別法や後続法に委ねるのが適当と考える。

注:
成長・雇用・公平・効率・持続可能性を基本理念する国家開発戦略。2030年までの上位中所得国、2050年までの高所得国入りを目指し、経済の多角化や投資・事業環境の改善を重視する。統一商法典の制定は、分散した商取引ルールを体系化して法的な予見可能性を高め、企業活動や国内外からの投資を促進する、同戦略を制度面から支える法整備と位置付けられる。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・プノンペン事務所長
若林 康平(わかばやし こうへい)
2004年、ジェトロ入構。産業技術・農水産部、ジェトロ盛岡、展示事業部、ジェトロ・ムンバイ事務所、中小企業庁創業・新事業促進課(海外展開支援室)、企画部を経て現職。