開発進むスバンの現状と可能性(インドネシア)
既存工業団地や新港からのアクセスが魅力

2025年5月7日

インドネシア政府が長年抱える課題の1つに、地域間の経済格差の解消がある。インドネシアの経済活動はジャワ島に集中していると言われるが、ジャワ島内をみても地域間格差が存在し、首都ジャカルタが所在する西側に集中した経済構造となっている。

そこで政府は、こうしたジャワ島内での地域間格差を是正しようと、鉄道網などのインフラ整備を進め、工業団地を開発するなどしている。こうしたなかで、既存の工業団地や新しい港へのアクセスが良い、新たな工業団地の開発が進む地域が出てきた。日系企業などの新たなビジネス展開先になる可能性もある。

本レポートでは、スバン地域について、報告する。当地域は西ジャワ州に位置し、既存の工業団地や開発の続く新港パティンバン港から、アクセスが良い。

ジャカルタをはじめとするジャワ島西部に集中した経済構造

インドネシア統計庁(BPS)のデータによると、2024年の州別名目域内総生産(GRP)では、(1)ジャカルタ特別州が、367兆9,359億ルピア(日本円で約3兆3,482億円、1ルピア=0.0091)で首位だった(表1参照)。これに、(2)東ジャワ州(316億兆8,296億ルピア)、(3)西ジャワ州(282兆3,339億ルピア)、(4)中部ジャワ州(181兆7,777億ルピア)が続く。またバンテン州(87兆3,626億ルピア)が7位に入った。上位10州の半数をジャワ島内の州が占めたかたちだ。

表1:2024年の域内総生産上位10州(単位:億ルピア)
順位 州名 域内総生産
1 ジャカルタ首都特別州 3,679,359
2 東ジャワ州 3,168,296
3 西ジャワ州 2,823,339
4 中部ジャワ州 1,817,777
5 北スマトラ州 1,146,920
6 リアウ州 1,112,482
7 バンテン州 873,626
8 東カリマンタン州 858,431
9 南スラウェシ州 696,253
10 南スマトラ州 663,962

出所:インドネシア中央統計庁データからジェトロ作成

ジャワ島内の州同士を比較すると、4位の中部ジャワ州のGRPはジャカルタ特別州の約半分だった。7位のバンテン州は、ジャカルタ特別州の4分の1にとどまった。

最低賃金をみると、州内の格差も大きいことがわかる。西ジャワ州の2024年の州別最低賃金は205万7,485ルピアで、中部ジャワ州と同等だ(表2参照)。一方、県・市別にみると、工業団地が集積し日系企業の拠点が多いブカシ県・市、カラワン県などで最低賃金が500万ルピアを超える。全国的にトップクラスだ。

表2:ジャワ島内の州における州別最低賃金および主な県・市の県・市別最低賃金(単位:ルピア、円、%)
州名と県・市名 2024年の
最低賃金(月額)
日本円換算(注) 2023年からの
増加率
ジャカルタ首都特別州 5,067,381 46,113 3.30%
バンテン州 2,727,812 24,823 2.50%
階層レベル2の項目チレゴン市 4,815,103 43,817 3.39%
階層レベル2の項目タンゲラン市 4,760,290 43,319 3.83%
階層レベル2の項目南タンゲラン市 4,670,791 42,504 2.62%
階層レベル2の項目タンゲラン県 4,601,988 41,878 1.64%
階層レベル2の項目スラン県 4,560,894 41,504 1.51%
西ジャワ州 2,057,485 18,723 3.57%
階層レベル2の項目ブカシ市 5,343,430 48,625 3.59%
階層レベル2の項目カラワン県 5,257,834 47,846 1.58%
階層レベル2の項目ブカシ県 5,219,263 47,495 1.59%
階層レベル2の項目デポック市 4,878,612 44,395 3.92%
階層レベル2の項目ボゴール市 4,813,988 43,807 3.76%
階層レベル2の項目ボゴール県 4,579,541 41,674 1.31%
階層レベル2の項目プルワカルタ県 4,499,768 40,948 0.79%
階層レベル2の項目バンドゥン市 4,209,309 38,305 3.97%
階層レベル2の項目スカブミ県 3,384,491 30,799 0.97%
階層レベル2の項目スバン県 3,294,485 29,980 0.63%
中部ジャワ州 2,036,947 18,536 4.02%
階層レベル2の項目スマラン市 3,243,969 29,520 6.00%
階層レベル2の項目クンダル県 2,613,573 23,784 4.20%
階層レベル2の項目スマラン県 2,582,287 23,499 4.08%
階層レベル2の項目クドゥス県 2,516,888 22,904 5.83%
階層レベル2の項目バタン県 2,379,702 21,655 4.28%
ジョグジャカルタ特別州 2,125,898 19,346 7.27%
階層レベル2の項目ジョグジャカルタ市 2,492,997 22,686 7.24%
階層レベル2の項目スレイマン県 2,315,976 21,075 7.25%
階層レベル2の項目バントウル県 2,215,463 20,161 7.26%
階層レベル2の項目クロン・プロゴ県 2,207,737 20,090 7.67%
階層レベル2の項目グヌンキドゥル県 2,188,042 19,911 6.77%
東ジャワ州 2,165,244 19,704 6.13%
階層レベル2の項目グレシック県 4,642,031 42,242 2.65%
階層レベル2の項目シドアルジョ県 4,638,582 42,211 2.66%
階層レベル2の項目パスルアン県 4,635,133 42,180 2.66%
階層レベル2の項目モジョケルト県 4,624,787 42,086 2.66%
階層レベル2の項目スラバヤ市 4,275,479 38,907 4.42%

注:1ルピア=0.0091円で算出。
出所:現地報道から
ジェトロ作成

進出日系企業は、こうした最低賃金の相対的な高さや賃金上昇への対応に苦慮している。インドネシアで労働組合は、最低賃金の上昇率や物価上昇率などを基に、一律での賃金上昇を要求することが多い。そのため、在インドネシア日系企業は難しい交渉を迫られるケースもある。ジェトロの「2024年海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア)」では、インドネシアの投資環境上のリスクとして、65.1%の企業が人件費の高騰を挙げた。

地場大手が持続可能なスマート都市を開発

西ジャワ州スバンは、賃金が比較的安く、建設が進む新しい港や既存工業団地からのアクセスが良いロケーションとして注目されている。地場大手企業スルヤチプタ・スワダヤが大型開発に乗り出している。西ジャワ州カラワンでも工業団地を運営する同社は、スバン地域で、2020年、都市開発計画「スバン・スマートポリタン」の第1期開発を開始した。工業用地に加え、商業用地や住宅用地も開発する。「スマート」と「持続可能性」がキーワードだ。

開発計画には、(1)工業用地(1,069ヘクタール)、(2)商業用地(98ヘクタール)、(3)住宅用地(163ヘクタール)、(4)緑地帯など(282ヘクタール)、(5)施設およびインフラ(307ヘクタール)、(6)公共エリア(32ヘクタール)、(7)計画拡張エリア(766ヘクタール)を含む。

土地のレンタル価格は1平方メートルあたり125ドル。西ジャワ州の工業団地の平均価格(150ドル~217ドル)と比較して安価だ。第1フェーズ(1,400ヘクタール)の開発を始めたのが、2020年第4四半期。2023年第3四半期には、土地の引き渡しを始めた。


スバン・スマートポリタンのイメージ(同社提供)

立地の良さと優良インフラへのアクセスが魅力

同社でセールス・テナントリレーション担当ゼネラル・マネージャーを務めるビナワティ・デウィ氏に、2024年12月16日、ジェトロはインタビューを行った。デウィ氏は同工業団地およびスバンの魅力として、(1)ブカシやカラワンなど既存工業団地や新港パティンバン港からのアクセスの良さ、(2)賃金の低さと労働者の質、(3)(中部ジャワ州と比較した際の)都市インフラの高さを挙げた。

まず、アクセスについて。スバンは、ジャカルタから東に約120キロ、車で2~3時間の位置に所在する。ブカシ、カラワンの既存工業団地からのアクセスは、高速道路を利用して車で1~2時間ほどだ。加えて、同社工業団地から北に40キロほど進んだ地点では、新港パティンバン港の開発が進んでいる。インドネシア最大の貿易港である、ジャカルタの北に位置するタンジュン・プリオク港は、ジャカルタ首都圏における物流取扱量の増加に伴い、将来の需要に対応できない見通しだ。パティンバン港は、この不足を補うため、日本の円借款を活用して開発を進めている。第1-1期の開発期間は2018~2021年で、カーターミナルの開発が進められ、カーターミナルは商業運用開始済みだ。カーターミナルを運営するPatimban International Car Terminalには、日本企業(豊田通商グループ、トヨフジ海運、日本郵船、上組)が出資する。第1-2期の開発は、2022~2025年で、カーターミナルを拡張し、コンテナターミナルを開発している。第1-2期の開発が完了次第、コンテナターミナルが稼働する予定だ(2024年11月22日付ビジネス短信参照)。スバン地域は工業団地や新港からのアクセスがよい点が強みだ。

次に、賃金については、既述の通り、スバン県の2024年の最低賃金は329万4,485ルピアと、ブカシ市(534万3,430ルピア)、カラワン県(525万7,834ルピア)、ブカシ県(521万9,263ルピア)と比較し、いまだ安価だ。ビナワティ氏は、「スバン県の賃金は、企業が工場をスバンに展開する十分な動機の1つになる」と期待した。


パティンバン港での海底掘削(ジェトロ撮影)

なお、ジャワ島内には、スバン・スマートポリタン以外にも、政府が開発に力を入れている、コスト面で優る新興工業団地が複数ある。バタン工業団地(Grand Batang City)がその一例だ。しかし、同氏は、そうした工業団地を上回る優位性が、スバンやスバン・スマートポリタンにあるという。「教育機関の多さに起因する人材の質の高さや、優れた道路網をはじめとするインフラなどが優位性として挙げられる。経済的に発展した西ジャワのソフト・ハード両面のインフラへ容易にアクセスできる点が魅力だ」と述べた。

一方で、スバン・スマートポリタンからパティンバン港に直結する高速道路は、これまで2026年第1四半期に開通を予定していたものの、第3四半期以降への延長が発表された。パティンバン港のコンテナターミナルは2025年末に完成予定だ。更なる工期の遅れが発生すると、パティンバン港へのアクセスの良さというスバンの魅力が薄れてしまうことになる。

既に工場を進出事例も

こうしたスバンの利点に着目し、他社に先行して工場移転や拡張を行う企業事例もある。ビナワティ氏によると、2024年12月時点で複数企業がスバン・スマートポリタンと契約を締結した。その中には、日本の三和無線も含まれる。同社は2024年9月18日、スバン工場の落成式を開催した(Surya Internusa資料参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(140KB))。総投資額は1,000万ドルにのぼるという。月産300万~350万ユニットを生産する予定だ。そのほか、中国EV大手のBYDが2026年1月の生産開始を目指し工場建設計画を進めている(SURYACIPTAウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。また、スバン・スマートポリタン内ではないものの、当地で工場建設を進める例がある。ベトナムのEV大手ビンファストがその一例。スバンに自社工場を建設中で、2025年内の稼働を目指している。

地域間の経済格差是正を目指すインドネシア。ジャワ島内では、西ジャワ州のスバンで大規模な開発が進んでいる。地場企業による工業団地開発のほか、外資系企業による大型投資も入ってきている。開発が進むスバン地域を取り巻く状況に注目が集まる。

執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課リサーチ・マネージャー
尾﨑 航(おざき こう)
2014年、ジェトロ入構。生活文化産業企画課、サービス産業課、商務・情報産業課、デジタル貿易・新産業部 EC・流通ビジネス課を経て、2020年9月からジェトロ・ジャカルタ事務所で調査担当として勤務。2023年12月から現職。