統計データから要因を分析
急成長を遂げたインド生命保険市場(1)

2025年9月16日

インドの生命保険市場は、外資系企業を含む民間保険会社の参入が可能となった2000年以降、目覚ましい成長を遂げてきた。大手日系生命保険会社である日本生命や第一生命ホールディングス(以下、第一生命)などもインドに合弁会社を有しており、着実に収益を伸ばしている。

本稿では、インドの生命保険市場が急成長した要因について、政策面・経済面・技術面といった複合的な側面から統計データをもとに分析する。次稿では、大手日系生命保険会社の中で最も早くインドの生命保険市場の成長性に着目し、進出を遂げた第一生命へのヒアリングを基に、インドでの今後の海外事業戦略について取り上げていく。

2014年から10年で生命保険料収入が約2.5倍に

現在、インドの生命保険会社は、国営のライフ・インシュランス・コーポレーション・オブ・インディア(LIC)と民間生命保険会社25社の計26社で構成している。

民間企業(外資を含む)の参入が可能になった2000年までは、LIC1社だけだった。しかし1999年、保険規制開発庁法(IRDA法)を制定。2000年にインド保険規制開発局(IRDAI)が設立し、同年から民間参入が可能になった。それ以降、地場企業・外資系企業ともに増加し続けて現在に至る。

大手の日系生命保険会社もインドの保険市場に着目。第一生命は2007年9月、スター・ユニオン・第一ライフ(Star Union Dai-ichi Life Insurance)を設立した。その後、日本生命が2011年10月、インドの生命保険会社リライアンス・ライフ・インシュアランス(Reliance Life Insurance、注1)に出資する形で進出を遂げた。また、直近では第一生命が、2025年6月にフランスのIT大手キャップジェミニと、グローバル・ケイパビリティー・センター(GCC、注2)を設立するための複数年契約を締結したことを発表した(第一生命ニュースリリース参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(594KB))。

図1は、インドにおける生命保険の保険料収入総額の推移を示している。本稿では他国の水準と比較が行えるよう、単位をルピーからドルに換算(注3)の上、記載する。2023年の保険料収入総額は995億9,000万ドルで、2014年の393億7,000ドルから約2.5倍と大きく伸展した。

図2でLICと民間生保会社の保険料収入を確認すると、LICは570億9,000万ドル(2014年から約2倍)、民間生保会社(計25社)は425億ドル(2014年から約4倍)だった。ともに大きく伸展していること、特に民間生保の成長が著しいこと、が読み取れる。

図1:生命保険の保険料収入総額
2014年393.7億ドル、2015年440.3億ドル、2016年502.億ドル、2017年550.6億ドル、2018年609.8億ドル、2019年687.5億ドル、2020年754.5億ドル、2021年831.1億ドル、2022年939.0億ドル、2023年995.9億ドル。2014年度から2023年度にかけて保険料収入が2.5倍増加。

注:各年度の期間は、4月~翌3月を指す。
出所:IRDAI「Hand Book on Insurance Statistics 2023-2024」を基にジェトロ作成

図2:LIC(国営)と民間生保会社(計25社)の保険料収入総額
LIC:2014年度287.6億ドル、2023年度570.9億ドル、民間生保会社(計25社)2016年度106.1億ドル、2023年度425.0億ドル。

注:各年度の期間は、4月~翌3月を指す。
出所:IRDAI「Hand Book on Insurance Statistics 2023-2024」を基にジェトロ作成

政府の保険加入促進・規制緩和で外資の参入が活発化

インドの保険市場が急成長してきた要因の1つに、インド政府による保険加入の促進がある。IRDAIは2022年11月、「インシュランス・フォー・オール」を掲げ、2047年(インド独立100周年)までに全国民への保険の提供を目指している。

加えて、保険分野で外国直接投資(FDI)の出資比率の上限を引き上げたことも、成長の要因だろう。民間生命保険会社の参入が自由化された2000年の出資上限は26%までしか出資を認めていなかった。2015年に49%、2021年に74%まで引き上げ。2025年2月には100%の出資まで認めると発表した。今後はより多くの外資系生命保険企業がインドに参入し、競争が加速することが予想される。

安定的な経済成長、国民所得の増加による保険需要の高まり

インドの経済成長が生命保険業界にもたらした影響も大きい。表1は、2024年実質GDP総額の上位5カ国の成長率を表している。インドの成長率は近年、おおむね毎年6~9%前後で推移してきた。例外は、2019年度(2019年4月~2020年3月)と2020年度(新型コロナウイルスのまん延があった時期)くらいだ。他国に比べ成長率が安定的で、しかも高いことが分かる。

表1:実質GDP成長率の推移(2024年実質GDP総額上位5カ国)(単位:%)(△はマイナス値)
年・年度 米国 中国 ドイツ 日本 インド
2014年 2.5 7.5 2.2 0.3 7.4
2015年 2.9 7.0 1.7 1.6 8.0
2016年 1.8 6.8 2.3 0.8 8.3
2017年 2.5 6.9 2.7 1.7 6.8
2018年 3.0 6.8 1.1 0.6 6.5
2019年 2.6 6.1 1.0 △ 0.4 3.9
2020年 △ 2.2 2.3 △ 4.1 △ 4.2 △ 5.8
2021年 6.1 8.6 3.7 2.7 9.7
2022年 2.5 3.1 1.4 0.9 7.6
2023年 2.9 5.4 △ 0.3 1.5 9.2
2024年 2.8 5.0 △ 0.2 0.1 6.5

注:インドは年度(4月~翌3月)。
出所:IMF「World Economic Outlook(2025年4月版)」を基にジェトロ作成

GDP成長率に比例して、インド国民1人あたりの所得も増加している。図3に見られるように、2023年は2,580ドル。2014年の1,540ドルと比較して約1.6倍になった。

また、図4はインド準備銀行(RBI、中央銀行)が公表している「インドの家計における生命保険の支払総額」の推移だ。これまでのピークは、2020年度の683億4,000万ドルだった。新型コロナ禍で保険需要が高まった結果と言えるだろう。もっとも2022年度も656億8,000万ドルで、おおむね同水準まで伸びている。2019年度(新型コロナ禍前)の406億3,000万ドルと比較すると、約1.6倍だ。近年の安定的な経済成長によってインド国民1人ひとりの所得が増加し、生命保険に充てるための余剰金を生むようになったと考えられる。

図3:1人あたり国民所得の推移
2014年1,540ドル、2015年1,580ドル、2016年1,670ドル、2017年1,790ドル、2018年1,970ドル、2019年2,070ドル、2020年1,900ドル、2021年2,170ドル、2022年2,390ドル、2023年2,580ドル。1人あたり国民所得が2014年から2023年にかけて1.6倍増加。

注:各年度の期間は、4月~翌3月を指す。
出所:世界銀行データを基にジェトロ作成

図4:家計に占める生命保険の支払総額の推移
2014年度359.2億ドル、2015年度317.0億ドル、2016年度425.2億ドル、2017年度412.8億ドル、2018年度465.0億ドル、2019年度406.3億ドル、2020年度683.4億ドル、2021年度584.3億ドル、2022年度656.8億ドル。

注:各年度の期間は、4月~翌3月を指す。
出所:RBI「Handbook of Statistics on the Indian Economy (2022-2023)」を基にジェトロ作成

デジタルの普及に伴い、オンライン加入手続きが加速

インドでは2010年代から、急速にデジタルの活用が普及していった。そのきっかけの1つが、2014年にインド政府が掲げた振興策「デジタル・インディア」計画だ。さらに、スマートフォンの普及や、2020年の新型コロナ禍に伴う非接触需要の高まりなどが後押しした。その活用は生命保険業界にも波及。近年ではインシュアテック企業(注4)が先頭に立って、生命保険の加入手続きをオンラインで実施するケースが増えている。

米コンサルティング会社のボストンコンサルティンググループ(BCG)とインドインシュアテック協会(IIA)が共同で発表したレポート「India Insurtech Landscape and Trends」によると、2024年11月時点で150社以上がインドのインシュアテック業界を構成する。うち「ポリシーバザール・インシュランス・ブローカー(Policybazaar Insurance Broker Private Limited)」「アコ・テクノロジー&サービス(Acko Technology & Services Private Limited)」の2社(表2参照)は、ユニコーン企業(注5)だ。同レポートでは、2023年における当該業界の収益にも言及。総額7億5,000万ドルで2018年からわずか5年で約12倍と、著しく成長したことが分かる。

表2:インシュアテック企業の事業内容(一例)
企業 設立年 事業内容
ポリシーバザール・インシュランス・ブローカー 2008年 インド最大の保険比較サイトを展開。1,600万人以上の顧客が利用し、生命保険や自動車保険などさまざまな保険商品を提供。設立以降、累計4,200万件以上の保険商品を販売。
アコ・テクノロジー&サービス 2016年 西部ムンバイに拠点を置くデジタル保険会社。商品構成は、自動車保険、バイク保険、医療保険などが中心。店舗販売せず、完全オンラインで販売。

出所:各社サイトを基にジェトロ作成

政策的・経済的・技術的要因で市場が成長

ここまでの内容をふまえると、インドの保険市場が急成長してきた背景には、(1)政府の保険促進・規制緩和(政策)や、(2)経済成長による所得の増加(経済)、(3)デジタル活用の普及によるオンライン手続きの加速(技術)といった複合的な要因があると考えられる(図5参照)。これらは引き続き安定的に推移すると見てよい。インドの生命保険市場は今後もさらなる成長が見込め、2035年には、中国に次いでアジア第2位の規模になると予想される(2025年6月9日付ビジネス短信参照)。

次稿では、第一生命へのヒアリングを通じて、同社がインドに進出した背景や、GCC(前出)の設立を踏まえた今後の海外事業戦略の方向性について取り上げていく。

図5:インドの生命保険市場が急成長を遂げた要因
政策的要因:政府の保険加入促進、FDIの規制緩和。経済的要因:安定的な経済成長、国民所得の増加。技術的要因:デジタル活用の普及、オンライン手続きの加速。

出所:ジェトロ


注1:
2015年11月に出資比率を26%から44%に引き上げたことに伴い、リライアンス・ニッポンライフ・インシュアランス(Reliance Nippon Life Insurance Company Limited)に社名変更し、現在に至る。
注2:
人件費や賃料といったコストが低く、かつ優秀な人材が豊富な国に多国籍企業が設立する特定のビジネスプロセスや機能を担う拠点を指す。
注3:
1ルピー=0.012ドルで換算。
注4:
保険(Insurance)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた「InsurTech」を事業の軸とする企業。人工知能(AI)、ビッグデータ、モノのインターネット(IoT)などの技術を活用して、保険業界の業務を効率化し、新たな保険商品を開発・販売する。
注5:
企業評価額が10億ドル以上で、設立10年以内の非上場企業を指す。

急成長を遂げたインド生命保険市場

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執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
野本 直希(のもと なおき)
2016年大手生命保険会社入社、2025年から現職。