欧州から見たIMECへの期待と現実

2025年4月25日

インド・中東・欧州経済回廊(IMEC)構想に参加する欧州連合(EU)とその加盟国であるイタリア、ドイツ、フランスは、インド、中東地域との経済関係強化、中国への経済依存軽減と供給網(サプライチェーン)強靭(きょうじん)化、エネルギー安全保障の強化などをもくろむ。地域紛争の解決の見通しが立たない中、各加盟国の思惑の違いもあり、計画を進める上で解決すべき課題は多い。

EUがIMECに参画する狙い

2023年9月のG20サミットで発表されたIMEC構想には、欧州からEUとその加盟国であるイタリア、ドイツ、フランスが参加意思を明らかにし、同構想実現に向けた覚書に署名した(インド政府プレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。本稿では、EUおよび各加盟国の狙いとその後の進展状況について、在欧州有識者へのインタビューに基づき、中東とインドへの戦略的な視点を中心に紹介する。

2023年9月にIMEC構想が発表された際、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、同構想が「最先端の接続インフラを通じて、欧州、中東、アジアの3地域を結び、地域間の経済関係を新たなレベルに引き上げ、国民や企業に商品、エネルギー、データへのアクセスを改善する」との期待を示した(欧州委員会プレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。EUが特に期待する分野として、 (a)インドからUAE、サウジアラビア、ヨルダン、イスラエルを横断する鉄道路線と港湾の接続によるヨーロッパへの貨物輸送、(b)エネルギー・インフラ開発、グリーン水素製造と同水素のパートナー国への輸送、(c)海底ケーブルによる電気通信・データ転送の強化が挙げられた。

フォン・デア・ライエン委員長は構想発表後、中東、インドとの個別対話の中で、IMECを重視する姿勢を示す。まず、2024年9月に開催された第1回EU湾岸協力会議(GCC)サミットで、同氏は「(両地域は)クリーンエネルギーの新しいバリューチェーンと市場を開発するために協力すべき時を迎えており、相互接続とインフラ投資によって中東地域が欧州、アジア、アフリカを結ぶクリーンエネルギーのハブになることが可能」と述べた。IMEC構想が中東地域でのエネルギー協力強化につながる点を強調した(欧州委員会プレスコーナー参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。エネルギー分野の協力強化は、輸出拡大を図る中東諸国と利益が一致する(2024年11月8日付地域・分析レポート参照)。

また、2025年2月のインドEU首脳会議では、会議後に発表された共同文書で、両者はIMECの実現に向けた具体的な措置を講じることに合意したと明らかにした(欧州委員会プレスコーナー参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。合意内容には、「太陽に関する国際的な同盟(ISA)」「災害に強いインフラのための連合(CDRI)」「基準と調達、産業移行のためのリーダーシップ・グループ(LeadIT 2.0)」「世界バイオ燃料同盟(GBA)」の各枠組みにおける協力を深めることが盛り込まれた。また、IMECのイニシアチブの状況を評価するため、パートナー諸国との検討会議を開催することを決定し、所期の目標の実現に向けて一歩前進を記録した。

対中経済的依存の軽減が主要政策課題に

一方、EUのIMEC参画の狙いについて、欧州の有識者は構想発表当時から、より幅のある見方を提示してきた。『The infinite connection: How to make the India-Middle East-Europe economic corridor happen外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます』の執筆者である欧州外交問題評議会(ECFR)のアルベルト・リッジ政策研究員は「狙いには、インドや中東など東部市場の獲得、中国への経済的依存の軽減、供給網(サプライチェーン)の強靭化、エネルギー安全保障の強化、インドとの関係強化が含まれている」と説明する。このうち、市場獲得とエネルギー安全保障強化を除く3つの要素は相互に結びつく。行き過ぎた中国へのサプライチェーンの依存を見直し、その代替先としてインドや中東諸国の役割を強化するとの見方である。

中でも、中国への経済的依存について、欧州委員会はEUの重要課題の1つとして、見直す必要性を明確にしてきた。IMEC構想が発表される約半年前の2023年3月、フォン・デア・ライエン委員長は「対中関係はデカップリングではなく、リスクを取り除く(de-risk)ことに焦点を当てるべき」と発言した(欧州委員会プレスコーナー参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。対中関係を維持しつつ、中国政府が標榜(ひょうぼう)する経済・産業力に基づく対外影響力の拡大を是正する姿勢を明確にした。『IMEC: The Road That Should Not Be Taken外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます』の著者である欧州国際政治経済研究所(EPICE)のデューティ・パンディヤ研究員も「EUがIMECに関心を持つのは主要地域との外交関係を強化し、中国へ過度に依存するリスクを軽減したいという願望によるもの」とし、対中政策の意味合いを重視する。

欧州政策研究センター(CEPS)のセレン・アリエンチ研究員は、中国への依存軽減の必要性に加え、中東湾岸諸国での中国の影響力拡大への警戒感が存在することを指摘する。EUは2021年12月に発表した「グローバル・ゲートウェイ」で、EU域外向けの新たなインフラ支援戦略を明らかにした(2021年12月3日付ビジネス短信参照)。同戦略は中国の「一帯一路」構想に対抗するもので、中東地域はその対象地域の一角を占める。同氏は、中国が湾岸諸国との間でエネルギー資源貿易の拡大やエネルギー開発協力を増やしているとし、「EUが中東で直面している最大の課題は中国だ」との見方をする。

代替先としてのインドへの期待

新たなサプライチェーン構築を検討する上で、EUのインドに対する期待は高く、過去数年間にわたり、EUはインドとの関係強化を重視してきた(表参照)。2022年4月には欧州委員会とインド政府はEUインド貿易技術評議会(TTC)の設置に合意(2022年4月27日付ビジネス短信参照)し、翌年5月に第1回閣僚級会合を開催した(欧州委員会プレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。同評議会は貿易、経済、技術分野における共通の課題に取り組み、協力関係を強化するための政治主導のハイレベル対話の枠組みだ。EUが同評議会を立ち上げたのは、米国に次ぐ2カ国目であり、EUのインド重視の姿勢がうかがえる。既述したサプライチェーン強靭化や中東でのパワーバランスといった課題を考慮すれば、必然的な選択だと言える。『WHY IMEC NEEDS TO CHANGE COURSE IN THE EUROMEDPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.31MB)』の著者の1人である欧州政策研究センター(CEPS)のファニー・ソービニョン研究員は「欧州にとってインドとの関係強化は極めて重要な意味を持つ」という。「欧州とインドは、貿易やテクノロジーを含め、信頼の構築や海外との関係構築の面で長い道のりを歩んできた。インドには地政学的な信用が大いにある」とインドを評価する。

表:EUインド間の経済対話の動き
内容
2020年 7月 第15回EUインド首脳会議で2025年に向けた野心的なロードマップに合意
2021年 5月 第16回EUインド首脳会議でFTA交渉再開を決定
2022年 4月 フォン・デア・ライエン委員長とモディ首相が面談し、貿易技術評議会設置に合意
6月 FTA交渉が再開
2023年 5月 第1回貿易技術評議会を開催
9月 G20サミットでIMEC構想を発表
2024年 11月 G20サミットでフォン・デア・ライエン委員長とモディ首相が面談
2025年 2月 フォン・デア・ライエン委員長がインドを訪問しモディ首相と会談
2月 第2回貿易技術評議会を開催

出所:欧州委員会、インド政府から作成

欧州ならではの課題

IMEC構想には発表時以来、鉄道インフラの整備、経済合理性の裏付け、資金確保など多くの課題が指摘されてきた。欧州では、これに加盟国の利害対立が加わる。IMECに署名したイスラエル、ヨルダンに加え、トルコ、レバノン、シリアを含めた東地中海諸国は、歴史的背景からEUの外交政策上、重要な地域の1つとして位置付けられてきた。ソービニョン氏は「EUの東地中海地域の政策の焦点である移民と安全保障は、各加盟国内の政治状況によって扱うのが困難な問題」だと説明する。同氏は「欧州委員会とEUのIMECの北方回廊に対する戦略的メッセージの提供は、加盟国間で混乱を招きかねない。おそらくより明確な戦略を組織内に持っているものの、欧州の人々に対し、政治的に慎重になる必要があり明確に発信していない」との見方を示す(注1)。

一方、EUとともに、構想参加を決めたイタリア、フランス、ドイツのIMECへの対応には、小さくない差が見受けられる。同3カ国の中で、最も積極的な姿勢を見せているのがフランスだ。フランス政府はIMEC特使として、エネルギー大手エンジーで長年CEO(最高経営責任者)を務め、直前までサウジアラビアのアル・ウラ地域開発支援を担うフランス政府機関の責任者だったジェラール・メストラレ氏を任命し、関係国との折衝を進めてきた。既に自ら主要国を訪問しており、例えばインドとの対話は3回を数える。リッジ氏は「フランスとインドの両国首脳は(2025年2月の首脳会談で)、マルセイユ港を回廊の主要な入り口とする方針で一致した」と進捗を説明する。ソービニョン氏は両国の歴史的なつながりを強調する。「長年にわたりインドの人々の耳に最も多く届く欧州の声はフランスを通じたものだった。彼らは緊密なパートナーシップを構築しており、武器輸出実績もある」とし、両氏とも、フランスがインドとの対話で重要な役割を担うとの見方を示す。

一方、イタリア、ドイツでは、政策の方針や体制がまだ十分整備されていない。そうした中、フランス元老院(上院)公聴会(2025年4月2日)で、メストラレ特使は欧州諸国との連携を進める意向を明らかにした。今後しばらく、欧州ではフランス政府のかじ取りが計画進展の重要な鍵を握りそうだ(注2)(フランス元老院ウェブサイト参照(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。


注1:
欧州議会のアフロディティ・ラティノポロ(Afroditi Latinopoulou)議員(ギリシャ)が2025年2月27日、欧州委員会に対してIMECの実現加速に向けた取り組み、同回廊の保護策、中国以外の第三国への新たな経済的依存の回避策について問う公開質問状が公表された。欧州委員会の情報開示状況については、依然として十分ではない状況が続いている(ラティノポロ欧州議員公開質問状外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。
注2:
ジェラール・メストラレ特使は2025年4月2日、フランス元老院(上院)の公聴会でIMEC特使としての活動を報告しつつ、構想の意義を説明した。議員からは、構想の実現可能性、地政学的リスクの評価、輸送の安全性、欧州委員会、他加盟国の動きと連携、フランス企業への恩典、経済合理性、開発資金確保など幅広い質問が寄せられた。
執筆者紹介
ジェトロ・リヤド事務所長
秋山 士郎(あきやま しろう)
1995年、ジェトロ入構。ジェトロ・アビジャン事務所長、日欧産業協力センター・ブリュッセル事務所代表、対日投資部対日投資課(調査・政策提言担当)、海外調査部欧州課、国際経済課、ジェトロ・ニューヨーク事務所次長(調査担当)、海外調査部米州課長、海外調査企画課長などを経て2021年11月から現職。