地域統括会社誘致が成長局面に突入(サウジアラビア)

2025年8月7日

サウジアラビア政府が地域統括会社(RHQ)を優遇する政府調達制度を導入し、1年半が経過した。当初、適用除外となる事例が報じられたが、2025年に入り本格的な運用が始まった。RHQライセンスの発給数は2030年目標としていた500件を既に突破し、所管する投資省は制度のさらなる充実を図る。本稿では制度全体の最新動向を紹介する。

設立件数は順調に増加

政府は2024年1月1日、RHQを保有しない外国企業の政府調達への参加を制限する新制度を施行した。これは、政府が2021年2月に発表したRHQ誘致策の一部に位置付けたもので、周辺国などに劣後するRHQ誘致の巻き返しを目的に導入されたものだ。当時、少なからぬ外国企業が中東地域統括会社をアラブ首長国連邦(UAE)のドバイやアブダビ、バーレーンのマナマなど周辺都市に構えつつ、サウジアラビア政府調達案件に応札していた。政府はこの状況を問題視し、RHQを自国に誘致し、国内での資金循環を通したGDPへの寄与、上質な雇用の創出を企図した(2022年3月16日付地域・分析レポート参照)。

政府がこの計画を発表した当初、対象となる外国企業から不満の声が聞かれた。ライセンス制度の全体像や政府調達ルールへの影響などが不透明だったこと、既進出会社も対象に含まれたこと、設立インセンティブが不十分なことなどが理由だった(2022年10月24日付地域・分析レポート参照)。政府はこうした不満を軽減するため、(1) RHQ向け税制特例(2024年2月22日付ビジネス短信参照)、(2)経営陣へのプレミアム居住ビザ(注1)の供与など、インセンティブの追加で応え、新たな調達制度の運用は2024年1月から予定通り開始された(参考1参照)。

参考1:地域統括会社設立インセンティブ

インセンティブ内容
サウジアラビア人雇用義務(サウダイゼーション)の免除(10年間)
駐在員の配偶者の就労許可の供与
子女の居住上限年齢を18歳から25歳に引き上げ
職業資格認定制度(Professional Accreditation)の免除
ビザの発給制限の適用除外と早期取得
フルセットサービス(ビジネスおよび個人生活上のサポート)
政府調達への参加(2024年1月以降)
法人税免除(30年間)(注)
プレミアム居住ビザの供与(経営幹部3人分)(注)
サウジアラビア国民に限定された職業のための就労ビザの発給(注)

注:政府が制度発表後に追加したインセンティブ。
出所:サウジアラビア投資省資料からジェトロ作成

新たな入札制度が導入されて1年半が経過する中、RHQライセンス取得企業数は確実に増加を続けている。ジェトロ・リヤド事務所と日・サウジ・ビジョンオフィスが2025年7月9日に主催したウェビナーで、サウジアラビア投資省はライセンス発給数が既に642件に上ることを明らかにした(注2)。当初2030年までの目標とされた500件を2024年中に早くもクリアし、目標は1,000件に倍増された。

さらなる成長に向け、制度見直しに着手

RHQ制度では、対象となる多国籍企業の定義や設立要件が定められている(参考2参照)。要件には、RHQが担うべき役割のほか、「15人の雇用義務」「3人の上級管理職の雇用」など、設立時に順守すべき内容が含まれている(2022年3月16日付地域・分析レポート参照)。

これら要件について、これまで投資省は誘致対象になる多国籍企業の事情を考慮し、制度の柔軟な運用に努めてきた。例えば、15名の社員の中には、配下となる事業会社から転籍させ、兼任させることを認めている。また、設立するRHQの管轄範囲も、中東地域に限らない。企業の事業戦略に応じて自由に設定することが可能だ。一方、投資省は中東諸国に複数のRHQを設置することについて原則認めない(注3)。既に他国にRHQを設置する企業や、事業が多岐にわたり事業部門ごとにRHQを分けたい場合などは、投資省との間で認識の擦り合わることが望ましい。

なお、2025年2月に施行された新投資法で、政府は従来のライセンス制度から登録制度に見直した。ただしRHQに関しては、今後もライセンス制度が存続する(2025年6月5日付ビジネス短信参照)。

参考2:RHQライセンス取得要件

ライセンス取得要件
親会社が本社所在地、サウジアラビア以外の2カ国以上に支店または子会社を2拠点以上もつ多国籍企業グループ。
サウジアラビア国内で登記された子会社・支店であること。
独立した法人格を有する。
実態を伴い、地域統括機能を担う。
統括業務を主とし、商行為を行わない。
経営戦略立案、管理機能に加え、3種以上の周辺業務を所管。
15人以上のフルタイムスタッフを雇用。
3名以上の幹部社員〔最高経営責任者(CEO), 最高財務責任者(CFO)など〕を採用。
ライセンス取得後、6カ月以内に業務を開始すること。また、1年以内に要件を充足すること。

出所:サウジアラビア投資省資料からジェトロ作成

投資省は、RHQ誘致をさらに効果的に進めるため、以前からRHQ誘致に取り組んできたシンガポール、中国(上海)、マレーシアなどの先行事例を比較研究し、自国の政策立案に活用している。具体的には、地域統括会社誘致戦略を基盤整備局面、成長局面、持続局面に分けて整理し、自国の状況が早くも基盤整備局面から成長局面に突入したと分析する。

投資省は成長局面に対処すべく、制度自体のさらなる発展に取り組んでいる。その1つが、RHQの機能強化を促す枠組み作りである。既にRHQが有する戦略立案、企画・監督などの機能に加えて、物流、社内外向けサービス、製造、研究開発(R&D)などの活動のハブ機能を担わせる構想だ。

また、2030年までの目標だった500件を既に達成したことを受け、新たな目標として、(1)誘致目標の1,000件への引き上げ、(2)フルタイム雇用創出目標の7,500人から3万6,000人への引き上げ、(3)フォーチュン・グローバル500企業およびフォーブス・リストの多国籍企業の40〜50%を誘致すること、などを明らかにした。新目標実現に向けた具体的な取り組みとして、例えば次の構想などを掲げた。

  • 金融分野や企業向けサービス分野で、RHQの下でオフショア向けサービスを促進する。
  • 国際機関や国際NGOなどを誘致する。
  • メディア・出版企業を誘致する。
  • 中東地域でのバリューチェーン拡充支援。
  • 生活の質の改善など。

政府調達での優遇的取り扱いを本格運用

さて、政府調達におけるRHQ優遇措置については、2024年1月に制度が開始された後も適用除外となる事例が報告されていた。しかし、2025年に入り政府関係者は本格的に施行が開始したと説明する。

サウジアラビア政府は従来、国内経済および国内企業への裨益(ひえき)を目的に、政府調達時にローカルコンテンツの高い企業を優遇してきた。(1) 入札価格におけるローカルコンテンツ・スコア、(2) 最低ローカルコンテンツ基準、(3) ローカル製品への価格プレミアムの付与、(4) 義務的リスト、(5) 産業の現地化と技術移転、(6) 輸入額に対する一定の地域経済参画義務などを通じたローカルコンテンツ推奨策が、既に導入されている。

ローカルコンテンツ政府調達庁(LCGPA)によると、2024年の政府調達で国内供給を義務付けた製品は1,200超に上る。充足した企業に与えられる証明書は9,000超を記録した。政府調達案件のうち、1,393案件でローカルコンテンツを要件とした結果、政府案件全体でローカルコンテンツ比率は47%を占め、国内の6,400以上の工場が供給主体となった。

RHQ設立企業にのみ政府調達への参加を認める当該制度は、国内供給の増加をもたらす制度として、政府関係者は期待している。今後は原則、100万リヤル(約4,000万円、1リヤル=約40円)を超えない案件、サウジアラビア国外で実施される案件を除き、RHQを持たない外国企業は一部例外を除き、応札に参加ができなくなる。

RHQを持たない外国企業が応札可能となる条件は、(1)技術的に受容可能な提案が当該企業だけの場合、または(2)該当企業・関連当事者による提案が技術面で最も優れ、かつ次点に比べて25%以上安価な場合、のみとなる(注4)。また、応札可能なRHQを有する企業が1社だけの場合、緊急事態の場合にも、RHQを持たない企業が入札に参加できる(2023年1月13日付ビジネス短信参照)。

ほかに、戦略的パートナーシップの確立、ステークホルダーの関与、政策提言などの面で、RHQ保有企業を優遇する姿勢を明らかにしている。

RHQ設立要否の判断基準は

最後に、日本企業のRHQ設立状況を見つつ、設立要否の判断基準を整理しておく。

投資省関係者によると、2025年7月9日時点で日本企業へのRHQラインセンス供与数は18件に上る。企業名や産業分野などの情報については公表していない。この点は、他国企業についても同様だ。

日本企業でこれまでに設立を公表した企業の業種は、横河電機、トレンドマイクロ、シスメックス、日立製作所、ダイキン工業、みずほ銀行、武田薬品工業、テルモ、コニカミノルタなど幅広い。いずれも政府機関や関係機関との取引を有する点でほぼ共通している。同ビジネスの維持・拡大が設立を促す重要な構成要素であることに疑いはない。

一方、RHQを設立するには追加雇用に加え、オフィススペース、財務諸表作成、監査などさまざまなコストが必要になる。従って、政府調達を含む実ビジネスで、コストを上回る便益が得られるかどうかが、設立要否を判断する上で基本的な判断材料になる。

RHQ設立の経済合理性を判断する際、以下の3点を考慮することも重要である。まず、競合先の動向である。前述した政府調達ルールに基づけば、仮に競合先が一社も設立しない場合、仮に設立しても一社応札の状況が生まれる。競争入札が成立しない結果、RHQ非保有企業を含む、一般競争扱いになる可能性が高い。

次に、再委託先やEPC(注5)向けサプライヤーなどとして関与する場合、現状、RHQを必須とされていない。しかし、投資省関係者はこうした外国企業についても、もともとRHQの設立を求めたい意向を示していた。今後、いずれかの時点で制度改定が行われ、制度の対象となる可能性が残っている。

最後は、政府機関以外による自主規制の動きだ。調達時に地域統括会社を優先する動きは、政府機関のみならず、政府系企業の間に広がりつつある。例えば、サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコは同社独自の調達制度であるIKTVA(In-Kingdom Total Value Add)で、RHQを保有する企業を評価する際、加点する制度を既に導入している。公共投資基金(PIF)傘下の医療品調達会社である国家統合調達会社(NUPCO:National Unified Procurement Company)も同様の方針を明らかにしている。サウジアラビアでは、政府やPIFが出資する企業は依然として多い。こうした企業の調達方針の動きをしっかりフォローすることが肝要と言えよう。


注1:
プレミアム居住ビザは、2019年に導入した外国人就業者向けの査証。保有者には、スポンサーなしでの就業や、不動産購入を含む投資活動など認める。2024年1月、政府は投資家や起業家向けなど、新たに5分野で同ビザを発給すると発表した。
注2:
日本を含む国別・地域別内訳、業種別内訳については非公開。 2025年6月時点でのヒアリングによると、業種別では企業向けサービス、ヘルスケア、情報通信(IT)分野でのライセンス発給が多い。
注3:
同一企業でも管轄地域が異なる場合や、事業部門ごとにRHQを設立する場合は、その限りではない。
注4:
この場合、RHQを有する企業は価格点で25%優遇される。
注5:
EPCは、Engineering, Procurement, and Constructionの略称。建設、エネルギー、インフラなどのプロジェクトで、設計、調達、建設を一括して請け負う企業のこと。
執筆者紹介
ジェトロ・リヤド事務所付
秋山 士郎(あきやま しろう)
1995年、ジェトロ入構。ジェトロ・アビジャン事務所長、日欧産業協力センター・ブリュッセル事務所代表、対日投資部対日投資課(調査・政策提言担当)、海外調査部欧州課、国際経済課、ジェトロ・ニューヨーク事務所次長(調査担当)、海外調査部米州課長、海外調査企画課長などを経て2021年11月~25年7月までリヤド事務所長。