短距離無線通信規格「スパークリンク」の普及に動く(中国)
2025年12月24日
「星閃(スパークリンク、SparkLink)」(注1)は中国発の短距離無線通信規格だ。中国の工業情報化部直属のシンクタンク「中国信息通信研究院(CAICT)」や華為技術(ファーウェイ)などは2020年、「国際スパークリンク連盟」(以下、連盟)を立ち上げ、普及促進を図っている。連盟発足から約5年を経て、中国国内で製品への実装が徐々に広がるとともに、標準化に向けた動きも見られる。
本稿ではスパークリンクの特徴や規格が生まれた経緯、普及や標準化の現状について整理・分析する。
多様なデータ伝送ニーズに対応
スパークリンクは、複層構造を持つ通信プロトコルだ。機器を接続するアクセス層には、(1) 同期低遅延ブロードバンド〔Synchronous Low Latency Broadband(SLB)/低いレイテンシー(データ伝送時の遅延度合い)や高い同時接続性、高精度な同期などに特徴〕と、(2)同期低消費電力ブロードバンド〔Synchronous Low Energy(SLE)/低コスト・低消費電力が特徴〕という異なる通信モードが存在する。このコア技術は、2021年に中国でファーウェイが特許出願。登録が完了したのは、2025年だ(出願番号:CN115379428A、特許番号CN115379428B)。当該特許出願の明細書にある次の記述から、技術特性の異なる複数の通信モードを併せ持っている点が、スパークリンクが擁する技術面の核心的特徴ということが分かる。
- 現在、短距離無線通信技術は、無線LAN(Wireless Fidelity、Wi-Fi)やブルートゥースなどを含む。高帯域幅のデータ伝送をサポートするものもあれば、低消費電力のデータ伝送をサポートするものもある。
現行の電子機器でアプリケーションを実行する際には通常、アプリケーションの事前設定に基づいて、1種類の短距離無線通信技術を選択して通信する。しかし、実際には、異なるタスク(例えば、音声タスクや映像タスク)、あるいは同一タスクでの異なる利用場面(例えば、映像タスクにおける標準画質動画の再生と高画質動画の再生)では、必要になる消費電力や帯域幅の異なることが多い。そのため、同一アプリケーションの各タスクに同じ通信技術を採用すると、資源の浪費やデータ伝送の異常など、問題を引き起こす可能性がある。こうしたことから、現状の短距離無線通信では、タスクの多様化したデータ伝送のニーズを十分に満たすことができない。
(中略)本出願は、短距離無線通信プロトコルのアーキテクチャーを提供するものだ。既存技術では短距離無線通信技術がタスクの多様化したデータ伝送のニーズを満たせないという問題を、ある程度解決できる。
また、既存技術が有する課題の克服に加え、米中デカップリングも本規格が生まれる要因の1つとなったとみられる。複数の報道によると、2019年(連盟発足からさかのぼること1年前)、米国は輸出管理規則(EAR)上の「エンティティー・リスト」にファーウェイを掲載(2019年5月16日付ビジネス短信参照)。これを受け、国際的な規格団体(Wi-Fiアライアンスなど)が同社に対し団体での活動を制限する措置を取った。措置そのものは、ほどなくして解除に至った。しかし、一時的とはいえ西側諸国主導の通信規格で活動を制限された出来事が、ファーウェイが自社主導で通信規格を立ち上げる取り組みを加速するきっかけになった可能性がある。
車載ネットワークへの応用も進む
連盟によるとスパークリンクは、既述の通信プロトコルの複層性以外にも、技術的特性を備えている。たとば、(1)低レイテンシー、(2)高スループット(転送データ量)、(3)高い同時接続性、(4)高い信頼性、(5)高干渉耐性、(6)高精度測位などだ。それぞれの性能が求められる領域を中心に、製品への応用が徐々に拡大している。
ファーウェイは2023年9月、初のスパークリンク対応製品としてスタイラスペンを発売した。2025年6月時点では、累計200以上の製品が採用されている。各種家電やPC周辺機器、カーエレクトロニクス、生産設備などが、主な応用領域だ。
例えば低レイテンシーの特性を生かした製品として、eスポーツ向けマウスやキーボード、ゲームパッドがある。カーエレクトロニクスでは、スパークリンク通信を活用したデジタルキー(注2)を量産車に実装している。同じく自動車関係で、アクティブノイズキャンセリングや車載用インフォテインメント(情報と娯楽を融合したサービス)、バッテリー・マネジメント・システム(BMS)などに応用することも検討中という。これまでワイヤーハーネスが担ってきた車載電子デバイス間の有線通信を、スパークリンクの無線通信で置き換える可能性を示唆する声もある。

国内外で標準化を推進
連盟を中心に、標準化も進んでいる。「ICT国際標準化推進ガイドライン」によると、技術標準はその成立プロセスや性質によって、(1)デファクト、(2)デジュール、(3)フォーラムに分類される。現状ではスパークリンクはあくまで有志企業による標準策定の枠組みに位置付けられる「フォーラム標準」に該当する。
一方、連盟には、通信・自動車・家電などの分野にわたり、中国の主要企業が軒並み名を連ねる。例えば、レノボや中国移動(チャイナモバイル)、北京新能源汽車、中興通訊(ZTE)、ハイアール、美的集団など。2025年6月時点で、1,200以上の企業・団体が連盟に加盟している。今のところ外資系企業の参加は限定的だが、2025年8月には、連盟の日本支部「スパークリンク・ジャパン」を設立。日本でも、普及を図っている。

スパークリンクの通信技術を組み込んだ「商用車全周囲視界システム技術要件および試験方法」「セットトップボックス汎用リモコンの技術要件および測定方法」は、それぞれ中国政府の所管部門により「業界標準」(注3)として認定済みだ。商用車全周囲視界システムならびに車のデジタルキーに関しては、中国の国家標準制定に向け申請手続きを進めている。
国際標準の領域でも、動きがある。国際電気通信連合(ITU)で国際標準を検討・策定するワーキンググループで、中国代表団がスパークリンクの標準化に関する提案しているのだ。中国の国家標準やITUが定める国際標準は先に示した標準3類型のうち、(2)の「デジュール標準」に該当し、実際に標準として認定されると影響力はより大きくなると予想できる。
また、ファーウェイはさまざまな製品分野で独自の「鴻蒙(harmony、以下ハーモニー)OS」の展開を進めている。ファーウェイがスパークリンクのコア技術を握っていることから、ハーモニーOSとの親和性は当然高いはずだ。今後は、ハーモニーOSとスパークリンク関連技術がパッケージ化され、両者の普及を相互に促進するといった展開も見えてくる。
現状では、スパークリンクは基本的に中国国内での連盟参加企業およびユースケースを増やし、足場固めしている段階だ。換言すると、本格的な国際展開にはまだ距離がある。しかし、中国メーカーの海外展開にあわせてスパークリンクの普及が加速するシナリオもあり得る。短距離無線通信技術は幅広い製品に実装されているだけに、その動きに注視が必要だ。
- 注1:
- 「星閃」に対応する英文名称としては、ほかに「ニアリンク(NearLink)」がある。媒体によって両者が混在していて、区別は明確でない。 本稿では、連盟の日本支部「スパークリンク・ジャパン」の表記にならい、「スパークリンク」を用いる。
- 注2:
- デジタルキーとは、スマートフォンなどの電子デバイスを使って自動車のドアを開閉する機能を指す。
- 注3:
-
中国で言う業界標準は、国家標準を制定していない場合に、関連業界の範囲内で技術的要求を統一するために制定する基準。国務院の関連行政主管部門が策定し、国務院の標準化行政主管部門に届け出される。
公的部門による策定・届け出のプロセスを経る必要があるという点で、日本で言う「業界標準」と概念が異なっている。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・広州事務所
小野 好樹(おの こうき) - 2016年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部、ウズベキスタン・タシケント事務所、市場開拓・展示事業部を経て、2020年9月から現職。




閉じる






