ALADIから生まれたメルコスール
ラテンアメリカ統合連合の今(2)
2025年10月29日
南米南部共同市場(メルコスール)は、1991年に締結されたアスンシオン条約に基づき、南米南部のアルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイがEUに類似した共同市場の創設を目指して設立した地域経済統合だ。メルコスール諸国間の貿易自由化は、ラテンアメリカ統合連合(ALADI)の経済補完協定(ACE)第18号として規定されており、ALADIの枠組みの下で、ラテンアメリカの統合を漸進的に発展させるための新たなプロセスとして位置づけられた。メルコスールを創設したアスンシオン条約の締結から30年以上が経過しているが、メルコスールの関税同盟はいまだ完成していない。また、域外との自由貿易協定(FTA)の締結が遅れるなど、課題も多い。メルコスールの現状と課題について解説する。
ALADIのACEをベースとした経済統合
メルコスールは、南米南部の共同市場形成を目的としたアスンシオン条約に基づく経済統合だ。アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイの間で1991年3月26日にパラグアイのアスンシオンで締結された。域内の貿易を自由化し、域外の産品には対外共通関税を設定する、いわゆる「関税同盟」だ。2012年7月にベネズエラが加盟したが、その後の同国の政治混乱で、2016年12月にアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイの外相が、ベネズエラの加盟資格停止を通知した。他方、ボリビアが2015年に加盟国間で署名された加盟議定書の批准書を2024年7月8日に寄託したことで、2024年8月に正式加盟のステータスを得た。同国は今後、最長4年間の猶予期間を経て、対外共通関税などメルコスールの現行規定を採用していくことで、実質的な加盟国となる。
メルコスールを創設するアスンシオン条約そのものは、ALADIの協定ではない。ただし、前文において、「アスンシオン条約の締結は、1980年のモンテビデオ条約の目的に従い、ラテンアメリカの統合を漸進的に発展させるための新たな進展」と位置付けている。そして、関税同盟形成のプロセスを加速化するため、1991年11月29日にALADIの枠組み(注1)でACE18号を締結し、関税同盟形成の土台とした。当初のACE18号は、1994年末までの財の域内貿易の自由化および対外共通関税の設定に向けたプロセスしか定めていない。しかし、その後のメルコスールの会合における合意を追加議定書として盛り込むことで、投資促進・保護、知的財産権、紛争処理、競争政策、サービス貿易など様々な内容を含む協定となった。
メルコスールには3つの意思決定機関がある。最高意思決定機関の共同市場理事会(Consejo de Mercado Común: CMC)には、各加盟国の外相と経済担当相が参加し、域内統合に向けた政策を決定する。CMCにおける合意事項は「決定(Decisiones)」として定められる。共同市場グループ(Grupo Mercado Común:GMC)は、メルコスールの日常的な業務を監視する役割で、各国の外務省、経済担当省、中央銀行の代表が参加する。GMCの合意事項は「決議(Resoluciones)」として定められる。メルコスール通商委員会(Comisión de Comercio del Mercosur:CCM)は、GMCの補助機関で、関税同盟の深化や域内・域外通商政策に関するルールの各国における適用を監視する目的がある。CCMにおける合意事項は「指針(Directivas)」として定められる。なお、各意思決定機関における合意は、全会一致を原則とする。3つの意思決定機関に加え、メルコスールには、302の作業部会がある。GMC, CMCの傘下のさらに傘下といった具合にグループが分かれており、様々なテーマについて議論が行われている。
1991年のアスンシオン条約は、文書の保存に加え、GMCの活動を支援する事務局をモンテビデオに設置することを定めた。その後、1994年に締結されたオウロ・プレット議定書に基づき、メルコスールの正式な機関としての事務局(Secretaría Administrativa)が定められ、GMC以外の全ての機関に対する支援がその役割として定められた。1996年にCMCが1996年の決定第4号を採択し、ウルグアイに事務局を置くことを正式に採択、同決定が翌年5月末にウルグアイの法律16,829号として国内法制化された。
共同市場創設を目指すも、不完全な関税同盟にとどまるメルコスール
メルコスールは、EUをモデルとした共同市場の形成を視野にいれている。アスンシオン条約の第1条は共同市場について、財やサービス、生産要素の自由な移動を含むと定義している。また、対外共通関税の設定のみならず、共通の通商政策の採用や国際的・地域的な経済・通商フォーラムにおける立場の調整、マクロ経済・産業政策の調整も行うとしている。
しかし、実際は発足から30年近く経つ現在でもそこまでの進展はみられておらず、EUのような共同市場は形成できていない。域内貿易の自由化だけでみても、当初1994年末に設定された域内関税の撤廃は完全には実現していない。域内貿易自由化を定めるACE18号は、自動車・同部品と砂糖(粗糖)を対象としておらず、現状ではこれらについてACE18号に基づく関税削減は行われていない。自動車・同部品については、別のACEを加盟国間でそれぞれ締結することで、相互に関税を削減している(表参照)。ただし、数量制限の枠内での撤廃や均衡係数の設定など、完全な自由貿易には至っていないのが現状だ。
| 締約国 | ALADIの協定番号 | 対象 |
無関税輸入枠 (2025年時点) |
備考 |
|---|---|---|---|---|
| ブラジル・ウルグアイ | AAP.CE(ACE)2号 | 自動車・同部品 | 無し | ブラジル→ウルグアイ |
| 自動車・同部品 | 無し | ウルグアイ→ブラジル | ||
| アルゼンチン・パラグアイ | AAP.CE(ACE)13号 | 自動車 | 無し | アルゼンチン⇔パラグアイ |
| 自動車部品 | 4,500万ドル | パラグアイ→アルゼンチン | ||
| 自動車部品 | 無し | アルゼンチン→パラグアイ | ||
| アルゼンチン・ブラジル | AAP.CE(ACE)14号 | 自動車 |
均衡係数(注) を規定 |
アルゼンチン⇔ブラジル |
| 自動車部品 |
均衡係数(注) を規定 |
アルゼンチン⇔ブラジル | ||
| アルゼンチン・ウルグアイ | AAP.CE(ACE)57号 | 自動車 | 2万台 | ウルグアイ→アルゼンチン |
| 自動車部品 | 6,000万ドル | ウルグアイ→アルゼンチン | ||
| 自動車・同部品 | 無し | アルゼンチン→ウルグアイ | ||
| ブラジル・パラグアイ | AAP.CE(ACE)74号 | 自動車 | 3,000台 | ブラジル⇔パラグアイ |
| 自動車部品 | 6億2,000万ドル | パラグアイ→ブラジル | ||
| 自動車部品 | 制限無し | ブラジル→パラグアイ |
注:ブラジルからアルゼンチンへの輸出額のアルゼンチンからブラジルへの輸出額に対する比を規定。
出所:ALADI
関税同盟を形成するための対外共通関税(AEC)でみても、完全な統一は実現できておらず、各国の裁量下で独自に関税率を設定している品目が少なからず存在する。CMCの2010年決定第 58 号(同 2021 年決定第 11 号により改正)に基づき、ブラジルとアルゼンチンはそれぞれ 100 品目(期限 は2028 年 末まで)、パラグアイは 649 品目(期限は2030 年末まで)、ウルグアイは 225 品目(期限 は2029 年末まで)の範囲内で対外関税を引き上げ、または引き下げることができる。例外品目は、6 カ月ごとに全体の2割を上限に入れ替えることができる。さらに、メルコスール加盟国は2025年4月11日に開催された外相会合において、各国が持つAECの例外品目リストに最大で50品目を追加することで合意、CMCの2025年決定第1号として定められた。これらの例外品目に加え、資本財(BK)についてはCMCの2021年付決定第8号に基づき、AECと異なる税率を設定することが各加盟国に認められている。さらに、CMCの2011年決定第39号に基づき、国際経済情勢に起因する貿易不均衡に対応することを目的に、一時的にAECを上回る税率を最大100品目まで暫定的(12カ月まで、情勢に変化がなければさらに12カ月延長可)に設定できる制度もある。
AECが完全に統一されていないこと、関税収入の用途や分配方法(注2)が定められていないこともあり、メルコスールは関税同盟として完成していない。EUのように完成された関税同盟は、域内貿易自由化と対外共通関税の設定に加え、税関システムの統合を通じ、一度域外から対外共通関税を支払って通関し、内国貨物化された域外産品は、その後、域内他国に輸出された場合でも改めて関税を支払うことはない。メルコスールでは一度対外共通関税を支払ってメルコスール域内に輸入された貨物であっても、その後、域内他国に輸出された場合、再度他国で関税が課されてしまう。
対外通商交渉は4対1の原則、加盟国間で意見の相違も
メルコスールは、不完全ながら関税同盟で、対外共通関税を設定していることから、第三国・地域との通商交渉は、加盟国(現時点では4カ国)が一体となって行うことになっている。この方針は、アスンシオン条約やメルコスールとしての組織や機能を定める1994年締結のオウロ・プレット議定書にも盛り込まれている。さらに、2000年のCMC決定第32号において、(1)第三国・地域との通商協定の交渉は4カ国が共同で行うこと、(2)2001年6月30日以降は、ALADIの枠組みで新たに関税を譲許する協定はメルコスールとしてのみ署名できること、を再確認した。
メルコスールは、アスンシオン条約で「ラテンアメリカの統合を漸進的に発展させるための新たな進展」と位置付けられていることもあり、当初はALADIの枠組みで第三国との貿易自由化を進めてきた。1996年に発効したチリとの貿易を自由化するACE35号、1997年に発効したボリビアとのACE36号、2003年に発効したメキシコとの自動車協定(ACE55号)、2005年に発効したコロンビア、ベネズエラとのACE59号、2006年に発効したペルーとのACE58号、2007~2009年に発効したキューバとのACE62号、2024年に署名した(未発効)パナマとのACE76号などがある。ALADIの協定ではあるが、ACE55号とキューバとの協定を除き、実質的にはFTA(自由貿易協定)として機能している。
他方、中南米以外の国・地域との貿易協定の締結は遅れている。2009年12月にイスラエルとのFTA、2017年9月にエジプトとのFTAが発効しているが、FTAはこの2本のみだ。その他、インド(2009年)、南部アフリカ関税同盟(SACU、2016年)との間で一部の関税を削減する特恵貿易協定を締結している。世界経済・貿易におけるアジアの台頭が目立つ現在において、アジアとのFTAは2023年12月に署名済み(未発効)のシンガポールとのFTAのみだ。
メルコスール加盟国の中にも、ウルグアイなど積極的な域外とのFTA交渉を志向する国がある。ウルグアイは2021年にメルコスールの対外通商交渉の遅れに不満を示し、中国との間での2国間FTAの締結を目指すとし、対中FTAの締結が与える影響についての調査を実施した。同調査を担ったのは、ウルグアイ産業会議所(CIU)貿易委員会だ。CIUは、対中FTAの影響を検証し、調査結果をCIUのウェブサイトに掲載した(CIU資料「POSIBLES IMPACTOS SOBRE LA INDUSTRIA MANUFACTURERA NACIONAL ANTE UN EVENTUAL ACUERDO COMERCIAL CHINA-URUGUAY」参照(スペイン語)
(5.6MB))。CIU傘下の企業の中には、賛成する企業と反対する企業がそれぞれ存在したが、産業会議所としては「賛成」で、対中FTA推進を支援するという立場をとった。ジェトロが2025年6月下旬に実施したCIUへのヒアリングによると、これは、人口360万人とウルグアイの国内市場は小さいが、対中FTAによってウルグアイの輸出市場が大きく拡大し、メルコスール市場を見据えた中国企業の投資拡大に期待したからだという。ウルグアイの対中FTA交渉は、他のメルコスール加盟国からの反対に加え、中国政府がその後ウルグアイとの2国間協定に関心を失った(注3)こともあり、実現しなかった。なお、メルコスール加盟国との間で、第三国が2国間でFTAを締結した事例は存在する。2004年7月15日に発効したメキシコ-ウルグアイFTA(ALADIのACE60号)だ。メルコスールは前述の2000年のCMC決定第32号に基づき、2001年6月30日以降は2国間でALADIのACEを締結してはいけないことになっている。なぜ、締結できたのか。それはメルコスールとメキシコの間で、将来的なメルコスールとメキシコの間のFTAの形成に向けた枠組み協定(ACE54号)を2002年に締結していたからだ。同協定は、メルコスールとメキシコの間でFTAを締結するまでの間、両地域間の貿易を深化させる協定の締結を2国間であっても認めている。
日本にとってメルコスールは、3億人弱の人口を有する、日本がFTAを締結していない残された巨大市場だ。日本とブラジルの経済界は、日本とメルコスールとの間のFTA交渉開始を強く望んでいる〔第26回日本ブラジル経済合同委員会共同声明(2025年9月9日付)
〕。メルコスールでは今まで、加盟国で自由貿易に後ろ向きの左派政権などが誕生することで、4カ国の歩調が乱され、域外とのFTA交渉が停滞することが多かった。現在のメルコスールは、全ての加盟国で日本とのFTA交渉には前向きなため、日本側の準備が整えば、4対1の交渉もスムーズに進めることが期待できる。2024年12月にメルコスールとEUとのFTAが実質合意に至ったため、今後、EU製品が日本製品と比べてメルコスール市場で有利な立場になると見込まれる。日本としても、EUに大きく劣後しない対応が求められる。
- 注1:
- ALADIとALADIの枠組みで締結される様々な協定については、前編「歴史ある中南米経済統合の枠組み」参照。
- 注2:
- EUでは、関税収入がEUの伝統的独自財源として定められているが、EU理事会決定2020/2053に基づき、関税収入の75%がEU予算として納付され、残りの25%分を徴収した国が徴税コストとして保持することとなっている。
- 注3:
- CIUによると、中国政府はウルグアイ1カ国の市場規模が小さいことから、ブラジルやアルゼンチンを含めたメルコスール4カ国とのFTA交渉をより志向するようになった。
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- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部米州課主幹(中南米)
中畑 貴雄(なかはた たかお) - 1998年、ジェトロ入構。貿易開発部、海外調査部中南米課、ジェトロ・メキシコ事務所、海外調査部米州課を経て、2018年3月からジェトロ・メキシコ事務所次長、2021年3月からジェトロ・メキシコ事務所長、2024年5月から調査部主任調査研究員、2025年4月から現職。単著『メキシコ経済の基礎知識』、共著『グローバルサプライチェーン再考: 経済安保、ビジネスと人権、脱炭素が迫る変革』、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』など。




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