英国の取り組みに見る「女性の健康」
フェムテックのエコシステムが発展、ユニコーンも誕生
2025年7月17日
フェムテック(Femtech)とは、Female(女性)とTechnology(テクノロジー)をかけあわせた言葉で、女性の悩みをテクノロジーの力で解消するために生まれた分野だ。
月経管理アプリ「Clue」創業者イダ・ティン氏が2012年、ベルリンでこの用語を生み出した。それから10年余りが経過し、男女共同参画が進むが、女性がより一層役割を果たせる社会を実現するために、女性の体や健康に関する問題は引き続き取り組むべき課題だ。
昨今、モバイルアプリやウェアラブル端末、生理用品のサブスクリプションサービスなど、テクノロジーや新しいアイデアによってこの課題を解決しようとする社会の動きは年々広がりを見せ、市場の拡大も見込まれている。
筆者が日本人を対象に実施したアンケート(注1)では、「フェムテックという単語で思い浮かぶもの」という質問に対し、回答した女性の5割強が「月経関係アプリ」を挙げた。年代別の内訳をみると10代から30代の女性のうち、8割以上にそうしたアプリの利用歴があることがわかった。アプリの利用目的としては、ほとんどの女性が月経周期やピル服用管理を挙げた。
近年では、「ウィメンズヘルス(Women's Health)」という言葉も使われ始めており、フェムテックの概念がさらに広がり、女性全般の生活や健康に関わる技術を包括している。
本稿では、女性の健康課題に対して先進的な取り組みをみせる英国社会を例に取り上げ、日本における今後のフェムテック市場の展望を考察する。
英国では女性の健康サービスへのアクセスに高評価
英国では、働く女性の割合が7割を超えており、上場企業の女性役員の割合も高い(2025年4月10日付ビジネス短信参照)。これに起因して、 女性の社会進出促進の一環で健康経営(注2)における女性の健康に対する意識の高まりが著しい。
女性の健康に関連した英国の健康経営の特徴の1つが、更年期障害に対する注目度の高さだ。2015年には英国国立保健医療研究所(NICE)が、当人やその家族、医師などに向け、「更年期ガイダンス」を発表した。2018年には、職場や学校で女性更年期への理解を深めるための動きとして、「#Make Menopause Matterキャンペーン」が始まった。2020年にはイングランドの義務教育科目〔人格・社会的健康教育(Personal, social, health and economic education:PSHE)〕の中で、女性更年期を取り扱うようになった(「BBC」2020年8月28日)。また、2023年4月1日からは「ホルモン補充療法(HRT、注3)前払い制度」を導入。一定期間(通常12カ月間)にわたるHRTの処方薬に対して、毎回の処方料を支払う必要がなくなり、年間約20ポンド(約3,920円、1ポンド=約196円)の個人負担が節約できるようになった。
先に紹介した日本人対象のアンケート調査では、「英国の方が、女性の体や健康に関するサービスなどにアクセスしやすい」という回答があった。こう答えた英国在住女性は、その理由として「ピルの処方」を最も多く回答し、「大学での生理用品配布」「頻繁な情報提供」なども評価された。英国でピルは、入手に診察が不要な上、薬局や病院などで多くの場合無料で処方される。例えば、セクシュアルヘルスロンドン(SHL/ロンドン在住者が無料で利用できるオンライン性健康サービス)で入手できる。SHLはピルに加えて、無料の性感染症検査キットやパッチ、様々な種類の避妊ツールや緊急避妊薬を提供している。即日無料処方で、自宅配送もしくは薬局受け取りを選択できるほか、性病や女性特有疾患の在宅検査も申し込むことができる。また英国では2021年にタンポン税が廃止となっており、女性用生理用品に賦課していた5%の付加価値税(VAT)をゼロにする措置により、消費者が生理用品にアクセスしやすくなっている。
日本でも官民で取り組み進む
日本の経済産業省は、働く女性の妊娠、出産、更年期などのライフイベントに起因する望まない離職などを防ぎ、企業の人材多様性を高め、価値創造につなげることを目指した「フェムテック等サポートサービス実証事業費補助金」を導入し、女性の就業継続支援を後押ししている。例えば、丸紅では、自社で働く女性たちへの福利厚生メニューの1つとしてセミナーやオンライン診療サービスを提供している。2020年10月には、自民党が「フェムテック振興議員連盟」を結成しており、政府のフェムテック分野や健康経営に係る関心は高まっている。また、サイバーエージェントでは、「マカロンパッケージ」という、女性が出産・育児をしながら働ける職場環境を整えるための制度を導入。女性特有の体調不良で使える「エフ休」という休暇制度や、不妊治療中の通院休暇、相談制度などにより、97.1%と高い産休・育休後の復帰率を実現している。
一方、日本では女性の健康への理解の遅れが課題として残る。ユネスコの包括的性教育の枠組み「国際セクシュアリティ教育ガイダンス(2009年公開、2018年改訂)」では、5歳~8歳児に向けた「性と生殖に関する健康」が学習目標に定められている。しかし日本では、性教育の扱い方を制限するいわゆる「はどめ規定」により、学校での性教育が限定的となり、妊娠や避妊、性行為に関する教育が不十分となっていると指摘されている。これにより、女性特有の性周期に関する正しい知識を習得する機会が制限され、女性の健康やライフプランへの影響を見過ごすことにつながるリスクがある。
欧州初のユニコーンも輩出
米調査会社ピッチブックによると、2025年5月1日時点で、世界には2,004社のフェムテック企業が存在し、北米887社、欧州539社、アジア397社となっている。またフェムテック・アナリティクス(FemTech Analytics、注4)によると、2022年の時点でフェムテック企業の半数弱が米国の企業だったが、英国は米国に次ぎ2番目にフェムテック企業が多い国だった。
英国でフェムテック企業の成長を後押しする支援機関には、次の例がある。
- フェムテックラボ(Femtech Lab、注5)
12週間にわたるアクセラレーションプログラムを提供。
成功を収めたフェムテック起業家をはじめ、医療・金融・法律などさまざまな業界の著名人を集めたワークショップを提供している。 - ヘルス・イノベーション・ネットワーク(HIN、注6)
国営医療サービス(NHS)のイノベーション部門。2023年に、「アクセラレーティングフェムテック(Accelerating FemTech)」という、英国を拠点とするアーリーステージの企業や大学からスピンアウトした企業、起業家精神のある学識者に向けた、アクセラレーションプログラムの第一回を実施。
2024年11月~2025年3月には第2回が実施された。
英国の主なフェムテックスタートアップ企業例は、表のとおり。中でもフロー・ヘルスは2024年に、フェムテック分野で欧州初のユニコーン企業になった(2024年8月7日付ビジネス短信参照)。
企業名 | 提供するサービス |
---|---|
デイ(Daye) |
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エルビー(Elvie) |
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ミクリマ(Micrima) | 非電離放射線とAIを用いた乳がん検査ツールを提供。 |
ハーティリティ・ヘルス(Hertility Health) | 自宅でのホルモン、不妊検査を提供。複数種類のホルモン検査の中から個人に合わせた試験を提供。 |
ビラ・ヘルス(Vira Health) | モバイルアプリ「ステラ」を提供し、更年期障害をサポート。個人に合わせた治療計画を提案。 |
フロー・ヘルス(Flo Health) | モバイルアプリ「フロー」を提供。生理痛やおりものなど、70以上の体のサインを追跡し、AIにより正確に生理周期と排卵時期を予測。プライベートなトピックを話し合ったり、質問をしたり、サポートを受けたりできる安全なプラットフォーム機能も搭載。2024年に欧州初のフェムテックユニコーン企業になった。 |
出所:各企業ウェブサイト
フェムテック企業の資金調達には課題も
従来、「ヘルステック」は「メンテック(Mentech、Men(男性)とTechnology(テクノロジー)をかけあわせた言葉)」と同義であったのに対して、フェムテックは見落とされてきた存在であったと、エリナ・バレーバ氏はコメントしている(「フォーブス」2024年2月9日)。バレーバ氏は、AIにより生理周期を考慮したタスクやストレスの管理を補助するアプリ、エッセンスアップ(Essence app)の共同開発者だ。
フェムテック企業は女性が起業に関わることが多いが、英国ビジネス銀行(BBB)やハーバード大学の研究報告は女性起業家が投資を受けることの難しさを指摘している。ハーバード大学の研究では、女性起業家は女性投資家からの投資を受ける傾向にあるが、女性による女性への投資は起業家としての能力ではなく性別による投資だと見なされ、新たな潜在投資家からの資金調達を難しくするとされる。またBBBの報告によると、女性のみのチームへのベンチャーキャピタル(VC)の投資額は全体の10%で、男性のみのチームへの投資額の割合である67%を大きく下回る。
女性の健康に関わる企業などに投資しているグローイングウェルパートナーズ(Growing Well Partners)のロサーナ・ラビンズ・マネージングパートナーは「私は創業者に、男性投資家へピッチをする際、まず自社のソリューションの市場成長性を明示することから始めるように勧めている。フェムテック創業者にとって、解決しようとしている問題に関する個人的なエピソードから始めるのは自然なことであり感情的に訴えるものではあるが、投資家が市場規模について暗黙の(ネガティブな)憶測をしてしまう可能性がある」としている。先の日本人対象のアンケート調査においても、「ヘルステック」については男性の85%が自身に関係があると感じていたのに対して、「フェムテック」については半数以上となる53%が無関係と感じると回答した。
- 注1:
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調査手法は、次のとおり。
- 調査期間:2023年2月28日~3月10日
- 回答者数:214人
- 回答者の内訳:(1)男性68人(日本在住33人、英国在住32人、その他3人)、(2)女性146名(日本在住92人、英国在住54人)
- 注2:
- 従業員等の健康管理を経営的な視点で捉え、戦略的に実践すること。
- 注3:
- HRT療法(hormone replacement therapy)とは、外部からエストロゲン(女性ホルモン)を補充する治療法。エストロゲンが減少することによって起こる更年期障害や骨粗しょう症などの症状を改善・予防するもの。
- 注4:
- FemTech Analyticsは、調査分析を通じた女性の健康とウェルビーイングに関連するテクノロジーの支援に特化した英国企業。
- 注5:
- Femtech Labは、フェムテック企業の成長を後押しするアクセラレーター。女性の健康とウェルネスに特化したスタートアップや、専門家、投資家が集まる。
- 注6:
- HINは、NHSのイノベーション部門であり、イングランド全土にわたる15の地域健康イノベーションネットワークの集合体。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロンドン事務所
榊原 達也(さかきはら たつや) - 2023年10月からジェトロ・ロンドン事務所勤務。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロンドン事務所
増井 薫乃(ますい ゆきの) - 2023年1月~3月、ジェトロ・ロンドン事務所にインターンとして在籍。