シェムリアップのスマートシティー案件に日本の関与を(カンボジア)

2025年12月18日

シェムリアップ州でのスマートシティー実装プロジェクト

カンボジアのシェムリアップは、アンコール遺跡群を擁する一大観光都市であり、未来志向の都市づくりに挑戦している。2018年にはASEANスマートシティー・ネットワーク(ASCN)(注1)の一環としてモデル都市に選定され、プノンペン、バッタンバンとともに、カンボジアにおけるスマートシティーの構想都市となっている。2022年5月からは、国際協力機構(JICA)の技術協力を受け、シェムリアップ州が主導、カンボジア政府も支援するかたちで、約3年間のプロジェクトのフェーズ1が実施された。さらに、カンボジア政府は2023年8月に「第1次五角形戦略(注2)」を策定し、「デジタル経済・社会発展」を優先課題として掲げている。同戦略のもと、シェムリアップのスマートシティープロジェクトは、同国のデジタル社会の発展に貢献する重要プロジェクトに位置付けられている。

日系企業の参画から見える共創力と継続関与の重要性

フェーズ1の最大の目的は、シェムリアップが抱える都市課題について、シェムリアップ・スマートシティー・ロードマップ(注3)を用いて整理し、必要な個別プロジェクトを試行することだった。その中核を担ったのが、2024年に設立された「スマートシティー協議会」である。協議会は産・官・学の代表者で構成され、製造業やIT・サービス業など、カンボジアに進出する日系企業も参加した。協議会ではさまざまな意見や提言を受け入れ、都市課題の解決策について議論が行われた。その結果、フェーズ1で実行に移された個別プロジェクトも複数存在する。協議会の中で、特に重要視された課題は、増加する観光客を受け入れるための都市機能強化と、それに対応する行政サービスのデジタル化であった。

課題解決策の1つとして、人工知能(AI)機能付きCCTV(注4)の設置が進められた。このCCTVは、インターネット経由で検知された違法駐車を交通警察に直接報告するもので、この仕組みにより現場の警官が状況を判断し、迅速に対応にあたることができる。観光都市であるシェムリアップでは、観光客が安全に往来できる環境整備が不可欠である。歩道に乗り上げるような違法駐車はなくすべきとの認識のもと、施策の導入が決まった。このCCTV導入では、カンボジア国内で10年以上にわたり機械警備サービスを提供してきた日系企業フォーバルが選定された。同社は、セキュリティー分野のテクニカル・ワーキング・グループ(TWG)の中心メンバーとして、CCTVの実装機能、設置場所、運営方法などについて、導入を判断する交通警察や州政府と協議を重ねながら提案を行った。フォーバル・カンボジア社長の水越健晴氏は、「単体プロジェクトとしては小規模だが、新たな事業を行う大きなきっかけとなる可能性がある。カンボジアの発展と安全、安心に貢献する意義は大きい」と話す。設置されたCCTVは、現在も交通警察によって運用されており、この成果を踏まえ、より高機能なCCTVへの一部更新が検討されている。また、本プロジェクトの一環で、フォーバルが提案した「非常警報ボタンシステム(注5)」が採択された。公共の場で運用され、実際に急病人の救助につながった事例も報告されている。こうした施策は、都市課題の解決に向けて、現地政府や関係機関と協働しながら実践的なソリューションを展開するものである。さらに、海外で事業展開を目指す日本企業にとって、地域社会に寄り添った提案と継続的な関与が信頼関係構築に不可欠であることを示す好例となっている。

行政サービスのデジタル化も、シェムリアップのスマートシティー化における重要なテーマである。フェーズ1では、「データプラットフォームの構築」が主要施策として実施された。この取り組みでは、フェーズ1で収集した都市情報を一元的に管理できるデータプラットフォームを整備し、都市課題に対する解決策を提供するためのデータ連携基盤が整備された。基盤の構築にあたっては、日系のデータプラットフォーム企業が技術協力として参画した。シェムリアップ州が主体となって都市課題を自ら見つけ、それに対する解決策を日系企業が提案し、共同で実装するかたちで本プロジェクトが進行した。

JICAカンボジア事務所で本プロジェクトを担当する菊池櫻子氏は、「シェムリアップ州政府をはじめとする現地担当者が、積極的に都市課題と解決策を考えている。フェーズ1は、関係省庁やプライベートセクターがつながることでキャパシティービルディングが進み、さまざまな分野でのスマートシティー化に向けた体制が構築された」と話す。本プロジェクトは、都市機能、行政サービスなどの分野における課題解決を通じて、持続可能な都市づくりのモデルケースとなることが期待される。

日系プロサッカークラブもシェムリアップの観光課題に向き合う

シェムリアップのスマートシティープロジェクトでは、フェーズ1においてさまざまなTWGが開催されたが、その1つである、観光促進を目的としたTWGが2025年3月に開催された。同会合では、シェムリアップに滞在する観光客の平均滞在日数が短いことによる機会損失が課題として指摘された。州政府は、この課題を解決すべく「Stay Another Day」をキーワードとして掲げ、観光客の滞在期間を延ばす取り組みを進める方針が固められた。この方針に共感し、地域の魅力向上に貢献しているのが、シェムリアップにホームスタジアムを構える日系プロサッカークラブの「Angkor Tiger FC」である。同クラブは、2015年設立(注6)のカンボジアリーグ1部に所属するプロサッカークラブで、チームのマネジメントスタッフ、監督、そして3人の日本人選手が所属(2025年10月現在)する、カンボジアで唯一の日系クラブである。同チームの試合は、カンボジア国内でも高い集客力を誇る。

Angkor Tiger FCは、夕刻にプロサッカーの試合を開催することで、観戦を目的とした観光客の滞在日数の延長や、シェムリアップ訪問回数(リピーター率)の増加により、ホテルやレストランなどシェムリアップの観光産業全体の収益拡大に貢献することを目指している。また、試合前のイベント開催や出店などにより、来場客が試合以外の時間でも楽しめる工夫も行っている。同クラブのChief Operation Officer(COO)の木米貴久氏は、「試合プラスアルファで来場客を楽しませる施策が、スタジアムに足を運ぶモチベーションにつながると考えている。シェムリアップは、カンボジア唯一の日系サッカークラブの本拠地であり、日本商品のプロモーションの場となる可能性もある」と話す。


Angkor Tiger FC Chief Operation Officerの木米貴久氏(ジェトロ撮影)

同クラブは、これらの取り組みにより、中長期的には、商圏(サポーター層)をカンボジア全域、そして海外に広げていくことを視野に入れている。一方、その実現には足元の基盤固めが不可欠であり、特にスタジアム機能の拡充が重要な課題となっている。木米氏は、「スタジアムの客席の増設や、エンターテイメント施設を併設することで、試合日の滞在時間延長と試合日以外の集客を実現し、シェムリアップの観光都市としての価値向上と活性化に貢献していきたい」と話す。

スマートシティープロジェクトのフェーズ2と日系企業の携わり方

2025年5月まで実施されていたフェーズ1に続き、2025年8月からは、新たな3年間を対象とする「フェーズ2」が開始されている。フェーズ2では、フェーズ1で構築された体制や試行・実証された個別プロジェクトを基盤に、「観光」「交通」「安心・安全」の3分野を中心として、実装段階に移行する方針だ。具体的な施策内容は、今後の協議で決定される予定だが、JICAの事業評価報告書では、フェーズ2の主な活動として、次の6項目が記載されている(参考参照)。

参考:シェムリアップにおける都市課題解決のためのスマートシティーアプローチ(フェーズ2)

  1. シェムリアップ州におけるスマートシティーコンソーシアムの機能を強化する
  2. シェムリアップにおけるスマートシティーロードマップの実現に向けて、産官学民の関与を促進するためにデータ公開を促進する
  3. ステークホルダー間でのスマートシティーに関連するSRPA(注)の連携や機能を強化するために、ワークショップやセミナーを実施する
  4. スマートシティーロードマップにのっとり、特定の都市課題に対処するために、SRPAの能力と実施体制を強化する
  5. スマートシティーに関連する都市課題に取り組むために、SRPAの能力を強化するためのワークショップやセミナーを実施する
  6. スマートシティーロードマップを達成するために、好事例を他都市に広める 

注:SRPAはGovernment of Siem Reap Provincial Administrationの略で、シェムリアップ州政府のこと。
出所:実装プロジェクトフェーズ2評価報告書(JICA)からジェトロ作成

JICAの菊池氏は、「プロジェクトの軸は決めつつも、さまざまな可能性に柔軟に対応する必要がある。プロジェクト開始時点で具体的な施策を固めず、シェムリアップ州政府などの当事者とともに課題を設定し、解決策を検討していただきたい。スマートシティーの実装にあたって、州政府が民間企業のアイデアを求めており、日系企業にも協議会や実証事業への参画を期待している」と話す。

シェムリアップのスマートシティープロジェクトをはじめとする政府開発援助(ODA)案件は、カンボジア国内に多数存在しており、高い技術力を持つ日系企業への期待も高い。また、ODA案件はインフラ整備にとどまらず、観光、環境、デジタル技術といった分野においても日系企業の貢献余地が今後、さらに広がることが見込まれる。「課題を共に考え、共に解決する」姿勢が、ODA案件におけるビジネスチャンスの扉を開くうえで不可欠だ。


注1:
ASEAN加盟都市間でスマートかつ持続可能な都市開発の促進を目的に、2018年のASEAN会合で発足した協力プラットフォーム。官民連携や域外パートナーとの連携による都市課題解決のためのプロジェクト創出を、資金調達の面などから支援している。
注2:
2023年8月に、フン・マネット首相によって発表された国家発展のための中長期的な政策ロードマップ。2030年までに上位中所得国、2050年までに高所得国になるという国家目標の達成を目指し、「経済成長」「雇用創出」「公平性」「効率性」「持続可能性」の5つの柱に焦点を当てている。
注3:
同ロードマップは、JICAがシェムリアップ州のスマートシティー構想発展のため作成支援し、2023年に公開された。
注4:
Closed-Circuit Television(クローズド・サーキット・テレビジョン)の略で監視カメラシステムのこと。
注5:
近くの交番に信号を発信する緊急ボタンやビデオ付き音声インターフォンなどの機能を兼ね備えた警報タワー。強盗や暴力などの犯罪や火災、事故や救急などの非常通報ができ、緊急時の迅速な対応が可能となる。
注6:
2017年に本拠地をプノンペンからシェムリアップに移転。当初は「Cambodian Tiger FC」というチーム名称であったが、同年に現在の「Angkor Tiger FC」に改名された。
執筆者紹介
ジェトロ・プノンペン事務所
宮嶋 紀輝(みやじま かずき)
2023年、ジェトロ入構。本部プラットフォームビジネス課を経て、2025年7月から現職。