インバウンド客からのフィードバックを輸出に生かす(日本、世界)

2025年11月5日

インバウンド客(訪日外国人)は日本にやってくるリアルな海外消費者だ。つまり、日本企業からすればB to Cの海外エンドユーザーだ。彼らは商品の試験者としてのリアルな反応を映し出す。こうした海外消費者の声やフィードバックを起点に、気づきやヒントを得るマーケットインの考え方は、商品の提案戦略に重要な意味を持つ。

インバウンド客が増える瀬戸内国際芸術祭の開催時期に合わせてジェトロが実施した四国産酒類の受容性調査では、延べ17社の酒類メーカーがさまざまな国籍の人々から自社製品へのフィードバックを受けた。コメントや助言が具体的なゆえに得られる納得感が、企業の行動変容へとつながる可能性がある。

直接の会話から言外のニュアンスや背景を深掘り

瀬戸内国際芸術祭は3年に1度開催される日本最大規模の国際芸術祭だ。2025年は6回目で、春・夏・秋の3会期を合わせて107日間にわたっての開催だ。香川県と岡山県の沿岸と瀬戸内海の島しょ部を会場とし、日本人だけでなく、インバウンド客も訪れる。日本銀行高松支店によると、新型コロナウイルス禍直前の2019年の開催では、経済波及効果は約180億円(前回比30%増)で、そのうち23%がインバウンド客だった。2025年は新型コロナ禍の影響がない初めての開催となった。日本政府観光局(JNTO)の統計によると、2024年のインバウンド客数は約3,687万人で、2019年比15.7%増(約3,188万人)だった。2025年は瀬戸内国際芸術祭でインバウンド客数のさらなる増加が予想される。

ジェトロは夏会期期間中の8月21~23日に、香川県の高松駅前で、四国産酒類のインバウンド客への試飲アンケート調査イベント(受容性調査)を開催した。クラフトビール、ワイン、ラム、果実リキュールを製造する10社(香川県4社、愛媛県4社、徳島県1社、高知県1社)が参加した。3日間合計で約150人のインバウンド客が試飲してアンケートに回答した(注1)。同様に、8月26日、28日、30日、31日の4日間に高松空港で、出国直前のインバウンド客向けに7社(徳島県4社、高知県2社、香川県1社)の商品で受容性調査を実施した(2025年9月5日付ビジネス短信参照)。約460人のインバウンド客(就航路は上海便、香港便、ソウル便、台北便)から回答を得た。

一般的なエンドユーザーの生の声を収集する目的ならば、インバウンド客の訪問が集中する東京か大阪で受容性調査を実施すればよい。しかし、今回は「四国を訪問した人々」という、より絞られたペルソナ(注2)群で四国産酒類への認知度や商品評価を得ることを目的に、実施場所を選んだ。取得する情報の活用目的にあわせて、ヒアリングの実施場所を決定したことで、より具体的な情報を得られた。例えば、高松駅前での調査では、入国と出国のどちらも高松空港を利用する割合が全体の約3割で、四国を直接の訪問先と定めているインバウンド客が多いことが分かる(表1参照)。また、地域で出会った商品を土産として購入したい割合は64.4%に上る(表2参照)。訪問地の商品を買いたいと感じる人々に対して、その土地の商品を提案して反応を確かめることは、回答者のペルソナの解像度を高める有効な手段だといえるだろう。

表1:四国産酒類の受容性調査対象インバウンド客の入出国空港 (単位:人、%)

入国
空港名 人数 割合
高松 55 36.9
羽田 31 20.8
関西 21 14.1
成田 18 12.1
その他 15 10.1
岡山 5 3.4
福岡 2 1.3
那覇 2 1.3
合計 149 100.0
出国
空港名 人数 割合
高松 53 35.6
関西 34 22.8
羽田 19 12.8
成田 19 12.8
その他 16 10.7
岡山 4 2.7
福岡 2 1.3
決めていない 2 1.3
合計 149 100.0

注:2025年8月23~25日に高松駅前で実施。
出所:ジェトロ

表2:地域で出会った商品を土産として購入したいと思うか。(単位:人、%)
回答項目 人数 割合
是非購入したい 42 28.2
購入したい 54 36.2
どちらでもない 20 13.4
あまり購入したくない 23 15.4
購入したくない 10 6.7
合計 149 100.0

出所:ジェトロ

事前に用意したアンケート項目を基本としつつも、彼らとの直接の会話を通じて言外のニュアンスや背景を深掘りすることができた。四国産酒類を試飲したインバウンド客の生の声の一部を紹介する。

  • ビールは父親の晩酌に付き合って飲みたい。父親への土産も買った。夕飯後のリラックスタイムや、疲れてゆっくりしたいときに飲みたい。

    四国産クラフトビールを購入した台湾人女性(ジェトロ撮影)
  • クラフトビールが気に入ったので3本購入した。IPAがおいしかった。韓国人には、私が買ったビールが合うと思う。

    四国産クラフトビールを試飲後に購入を決めた韓国人男性(ジェトロ撮影)
  • ワインのデラウェア種はバランスが取れていて、おいしい。ラム酒は香りが良い。ビールはIPAがとてもおいしい。

    小豆島産ワインを試飲後にデラウェア種を検索する米国人女性(左、ジェトロ撮影)

フィードバックの具体性こそが納得感と行動変容につながる

加えて、受容性調査に参加し、目の前のインバウンド客の反応を確認した日本企業のコメントを紹介する。自社商品への直接のフィードバックは具体的で納得感があり、その信頼性から行動変容のきっかけとなる可能性がある。

  • 外国消費者からの「スーツケースに入らない」といった購買阻害要因や、「ゆずや、うどんなど、日本独自の素材が魅力的」といった生の声から、現場に即した具体的な示唆が得られた。
  • 海外販路に興味があったが、どこから手をつけたらいいのかわからなかった。試飲を通じて味わいの感想を知ることができ、今後の商品開発につなげることができると考える。
  • 普段のイベントでは簡易アンケートしか取れないが、今回のように質問数が多くて解像度の高い調査は、メーカーとして新たな発見があった。
  • 7割超の消費者から「自国で販売されたら購入したい」や「免税店で購入したい」との回答が得られた。今後の輸出や空港販売、EC展開の可能性を裏付ける結果となった。

バイヤーも求める最終消費者の声

B to Bで商品を輸出する日本の中小企業は、輸出実務を商社のような第三者に任せることも少なくない。そのような場合、自社の商品がなぜ引き合いを受けたのか、どのように現地で販売されるのかという情報を得ることは容易ではない。エンドユーザーから離れたところで、自社商品の販売の手応えが分からぬまま、輸出商社に日本国内で商品を納品するだけという状態になってしまいがちだ。ある日本メーカーは、商社経由で輸出された自社の菓子が現地の小売店の店頭で販売されるのだろうと考えていたが、実際は現地のECサイトでオンラインだけの販売だったという事例があった。

また、輸出に取り組む企業にとって、海外バイヤーの意見は重要だが、バイヤーの意見だけが商品に対する市場の反応を総括しているとは限らない。その国・地域を訪れたことがなく、国民性や生活習慣などの想像がつかない場合は、特定のバイヤーの言葉が当該地域の市場全体の情報と捉えられることが多い。もちろん、あらかじめバイヤーが一般消費者向けのニーズ調査(受容性調査)を行っておき、その結果をエビデンス(証拠)として意見を述べているならば信頼性がある。しかし、例えば、特に商品自体が市場にとって新顔という場合、バイヤーも十分な情報を持っておらず、売り上げが出る予想のもとで仕入れを行っていることが多い。

海外の最終消費者(エンドユーザー)による商品への評価は、バイヤーも求める情報だ。なぜなら、消費者が購入してくれるかどうかを把握してから調達する方が安心だからだ。その点でいえば、インバウンド客はエンドユーザーに近い存在だ。しかも、彼らは実際に日本にいて、商品やサービスに対してリアルな評価やフィードバックをもたらしてくれる。彼らの意見をマーケティングや商品改良のヒントに活用しない手はないだろう。

インバウンド客に「売れた」という成功体験がビジネスマインドを国際化させる

既述のとおり、日本企業が自社商品を海外のエンドユーザーに「売っている」、または「利用してもらっている」と感じることができるチャンスは多くない。もちろん、知らず知らずのうちに売れているかもしれないが、実感を得られないのが現実だろう。しかし、インバウンド客は自分の目の前で反応を示してくれる。「おいしそうに試食をしている」「どのように使えばよいか分からない様子だ」「一見するものの、手に取ることは少ない」といった細かい反応から、エンドユーザーを身近に感じられる。特に実際に販売できたときは、「外国人消費者に直接売れた」という実感を得られる。これは一種の成功体験に近い。自身からは遠い存在だった海外消費者への販売体験は、企業の担当者レベルのビジネスマインドの国際化につながり、海外ビジネスの一歩を踏み出す後押しとなる可能性がある。


注1:
高松駅前での受容性調査の様子や、瀬戸内国際芸術祭を訪れるインバウンド客のコメントは「世界は今 -JETRO Global Eye」『インバウンド観光客からのヒント 瀬戸内の酒 認知度UPへ』外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。
注2:
製品やサービスの販売ターゲットとなる仮想の顧客(人物や企業)。
執筆者紹介
ジェトロデジタルマーケティング部ECビジネス課
志賀 大祐(しが だいすけ)
2011年、ジェトロ入構。展示事業部展示事業課、ジェトロ・メキシコ事務所海外実習、お客様サポート部貿易投資相談課、海外調査部米州課、ジェトロ・メキシコ事務所などを経て2024年10月から現職。