山東省の日系企業、事業拡大から効率化へ(中国)
山東省進出日系企業の実態把握

2025年10月31日

ジェトロと山東省政府は2025年10月10日、「ビジネス環境改善に向けた政経対話会2025(山東省・日本企業セッション)」(2025年10月17日付ビジネス短信参照)を開催し、日系企業が直面している経営課題などについて、集中的に協議した。

同対話会でジェトロが紹介した「山東省進出日系企業のビジネス環境に関する実態把握」からは、山東省進出日系企業は、現在の山東省のビジネス環境への満足度が高い一方で、事業姿勢は慎重化しており、攻めから守り、拡大から効率化へ向かう合理的な経営判断をしていることが読み取れた。

この調査は山東省の日本人会の会員企業415社(有効回答66社)に対して、2025年8月14日~29日に実施し、取りまとめたものだ。同調査は2023年11月が初回、2024年10月に第2回を実施し、今回が3回目になる。

本稿では、調査結果と日系企業が抱える課題について報告する(注)。

2025年の事業、製造業で当初予定から規模を「縮小」が約2割減

同調査によると、2025年の事業見込みについて、当初の「計画通り」に進めることができたと回答した企業は75.8%で、前年調査より8.2ポイント上昇した。当初の計画よりも「拡大」したとの回答は6.1%だった。「縮小」したとの回答は15.2%で、前年調査より7.8ポイント減少した。

業種別では、製造業で「計画通り」と回答した企業は76.2%で、前年調査より18.1ポイント上昇した。「縮小」は9.5%で、前年調査より20.7ポイント減少し、堅調な回復を示した。一方、非製造業で「計画通り」と回答した企業は75%で、前年調査より5.6ポイント縮小した。「拡大」と回答した企業はなく、「縮小」は25%で前年から12.1ポイント上昇した。

山東省の日系企業は、2025年度に入って全体的に事業環境が改善していると認識している(後述)。しかし、事業見通しについては製造業と非製造業で明暗が分かれる。製造業では顕著な回復を示す一方で、非製造業では慎重な事業運営を強いられる企業が増加しており、回復格差が鮮明になっている。

図1:2024年および2025年の事業見通し

2025年
2025年の事業見込みは「計画通り」が75.8%、「拡大」が6.1%、「縮小」が15.2%、「その他(米国関税政策の影響あり、売上未達)」が3.0%となった。 製造業では「計画通り」が76.2%、「拡大」が9.5%、「縮小」が9.5%、「その他(米国関税政策の影響あり、売上未達)」が4.8%となった。 非製造業では「計画通り」が75.0%、「拡大」が25.0%、 となった。
2024年
2024年の事業見込みは「計画通り」が67.6%、「拡大」が8.1%、「縮小」が23.0%、「その他(前年増益、予算未達)」が1.4%となった。製造業では「計画通り」が58.1%、「拡大」が9.3%、「縮小」が30.2%、「その他(前年増益、予算未達)」が2.3%となった。非製造業では「計画通り」が80.6%、「拡大」が6.5%、「縮小」が12.9%となった。

出所:ジェトロ青島「山東省進出日系企業のビジネス環境に関する実態把握」

中期事業展望で事業姿勢が慎重化、製造業で「移転・撤退」の回答も

2026年以降の中期事業展望について「現状維持」と回答した企業は66.7%で、前年調査から1.8ポイント上昇した。「拡大」は19.7%で、前年調査から8.7ポイント減退した。「縮小」は9.1%で、前年調査より3.7ポイント上昇し、事業姿勢の慎重化がより鮮明になった。

業種別では、製造業で「移転・撤退」の回答もあった一方、「拡大」は21.4%で、前回調査から8.8ポイント後退した。非製造業では「縮小」の回答も新たに見られた。

過去3年間の推移を見ると、「拡大」は2023年の36.4%から一貫して減少し、現在の19.7%に至っている。一時的な調整ではなく、継続的な動きだといえよう。特に2023年から2024年にかけて「現状維持」が21.5ポイント上昇し、この時期に企業が明確に「攻めから守りへ」の戦略転換を決断したことが分かる。

図2:2026年以降の中期事業展望

2025年
2026年以降の中期事業展望について、2025年度の結果は「現状維持」が66.7%、「拡大」が19.7%、「縮小」が9.1%、移転・撤退」が1.5%、「まだ分からない」が3.0%となった。製造業では「現状維持」が61.9%、「拡大」が21.4%、「縮小」が9.5%、「移転・撤退」が2.4%、「まだ分からない」が4.8%となった。非製造業では「現状維持」が75.0%、「拡大」が16.7%、「縮小」が8.3%となった。
2024年
2025年以降の中期事業展望について、2024年度の結果は「現状維持」が64.9%、「拡大」が28.4%、「縮小」が5.4%、「まだ分からない」が1.4%となった。製造業では「現状維持」が58.1%、「拡大」が30.2%、「縮小」が9.3%、「まだ分からない」が2.3%となった。非製造業では「現状維持」が74.2%、「拡大」が25.8%となった。

出所:ジェトロ青島「山東省進出日系企業のビジネス環境に関する実態把握」

調査結果から、単年度業績の改善傾向とは裏腹に、回答企業の中期見通しの慎重化が明らかに読み取れる。特に製造業で「移転・撤退」の回答が現れたことは、中国事業に対する根本的なリスク評価の変化を示唆している。これは、(1)米中関係の緊張、(2)サプライチェーンの多様化圧力、(3)中国市場の構造変化などが、企業の長期戦略に深刻な影響を与えた結果と考えられる。また、「現状維持」が主流の一方、「拡大」への積極性は明らかに後退しており、同省日系企業の中国事業に対するスタンスが転換点を迎えている可能性がある。

攻めから守り、拡大から効率化へ

また、日系企業は中国事業について今後どのような改善・見直しに取り組むのか、複数回答で尋ねたところ、首位は2024年と同じく「中国市場/中国企業向け営業の拡大・強化」だったが、前年調査より6.5ポイント低下している。前年2位の「新規商品の自主開発」も前年調査より14.4ポイント減で、順位を3位に下げた。他方、「工場や倉庫の自動化」が34.8%になり、前年調査から15.9ポイント上昇し、2位になった。「事業のさらなる多様化」「日本人駐在員の縮小、現地職員への切替え」も、それぞれ3.5ポイント、2.6ポイント拡大した。

過去3年間の推移では、「中国市場/中国企業向け営業の拡大・強化」が2023年の65.7%から一貫して低下しており、累計で12.7ポイント減になっている。これは中国市場を重視する姿勢が継続的に低下していることを示している。回答企業の状況から、山東省日系企業は中国事業で、従来の「中国市場での拡大・開発重視」から「効率化・リスク分散重視」へ、明確な戦略転換期を迎えていると捉えることもできる。特に自動化投資の急激な増加と新規開発投資の大幅削減は、中国事業を「成長エンジン」から「効率的な製造・輸出基地」に再定義する動きを示している可能性がある。

図3:今後の中国事業での改善・見直し
今後の中国事業での改善・見直しについて、「中国市場/中国企業向け営業の拡大・強化」が2024年度は59.5%、2025年度は53.0%、「工場の自動化、倉庫の自動化」が2024年度は18.9%、2025年度は34.8%、「新規商品の現地での自主開発」が2024年度は43.2%、2025年度は28.8%、「部品や材料などの調達先のさらなる多様化」が2024年度は27.0%、2025年度は27.3%、「現地調達率のさらなる引き上げ」が2024年度は25.7%、2025年度は24.2%、「日本人駐在員の縮小、現地職員への切り替え」が2024年度は21.6%、2023年度は24.2%、「第三国市場/第三国企業向け営業の拡大・強化」が2024年度は21.6%、2025年度は22.7%、「環境対策強化(工場のグリーン化等)」が2024年度は18.9%、2025年度は19.37%、「事業のさらなる多様化」が2024年度は16.2%、2024年度は19.7%、「在庫水準の引き上げ」が2024年度は4.1%、2025年度は4.5%、「現時点では想定事項はない」が2024年度は5.4%、2025年度は3.0%、その他(省内での別法人の立ち上げ)」が2024年度は2.7%、2025年度は1.5%となった。

出所:ジェトロ青島「山東省進出日系企業のビジネス環境に関する実態把握」

ビジネス環境への総合満足度では、「満足」と回答した企業は75.8%で、前年調査より10.9ポイント上昇した。「非常に満足」と回答した企業は3.0%だ。両者を合わせた肯定的な評価が78.8%になり、3年連続で上昇した。

図4:ビジネス環境への総合満足度

2025年(n=66)
2025年度の総合満足度は、「非常に満足」が3%、「満足」が76%、「不満足」が21%となった。
2024年 (n=74)
2024年度の総合満足度は、「非常に満足」が1%、「満足」が65%、「不満足」が34%となった。

出所:ジェトロ青島「山東省進出日系企業のビジネス環境に関する実態把握」

高い満足度と中期事業見通しの慎重化という一見矛盾する結果は、回答企業が「現在の事業運営環境」と「将来の戦略的リスク」を明確に分けて評価していることを示唆している。つまり、日常的な事業活動には満足しながらも、長期的な事業戦略には慎重なアプローチを取るという、極めて合理的な判断を行っていると解釈できる。これは山東省にとっては、現在の政策方向性の正しさを示す。同時に、日系企業の長期的なコミットメントの確保には、さらなる予見性や安定性が必要なことを示唆している。

インフラ・制度改善から、地政学的リスクへの不安と生活品質向上へ

この調査では、山東省政府や地元政府への要望・フォローアップを希望する事項について、複数回答で質問した。前年の要望事項25項目のうち、17項目で改善要望を求める割合が、前年より減少した。その一方、「交通マナーが悪い」(54.5%)、「反スパイ法などの規制に伴う生活不安」(34.8%)、「人件費上昇に対する支援」(33.3%)などで改善要望の割合が前年比で上昇した。

特に今回から選択肢に盛り込んだ「反スパイ法などの規制に伴う生活不安」の改善要望の多さは、法制度環境の変化が企業の中国事業に対する不安材料になっていることを示している。一方で、交通マナー改善が最大の要望になったことは、基礎的な事業環境が改善し、高次の生活品質に関心が向いていることを示していると考えられる。

総じて、回答企業の中国事業に対するスタンスが「積極的拡大期」から「リスク管理重視の安定運営期」へ移行していることを表しているといえそうだ。

図5:当局への改善要望
政府への要望フォローアップを希望する事項について聞いたところ、「交通マナーが悪い(路上駐車の横行への対応が不足)」が2024年度は36.5%、2023年度は54.5%、「中国反スパイ法などの法規制などに伴う生活不安」が2024年度は0%、2025年度は34.8%、「人件費上昇に対する支援(減税、補助金など)」が2024年度は27.0%、2025年度は33.3%、「身分証明証の利便性(常時携帯、高速鉄道乗降時、病院受診時、等での不便)」が2024年度は40.5%、2025年度は31.8%、「豪雨時の排水能力の強化」が2024年度は33.8%、2025年度は27.3%、「日本との間の定期直行便の新設・増便」が2024年度は36.5%、2025年度は27.3%、「山東省の産業助成政策(補助金など)の説明会開催または説明情報の発信」が2024年度は13.5%、2025年度は18.2%、「工場立入検査・緊急措置の際の合理性(環境・安全・消防)」が2024年度は21.6%、2025年度は18.2%、「新規法令・通達情報の円滑な入手」が2024年度は21.6%、2025年度は18.2%、「外国人の中国駐在にかかる就労許可、査証・居留証取得にかかる迅速化・柔軟な対応」が2024年度は24.3%、2025年度は15.2%、「効果的なビジネスチャンス発掘機会の提供」が2024年度は16.2%、2025年度は15.2%、「交通インフラの一層の拡充(高速鉄道路線拡充)」が2024年度は6.8%、2025年度は15.2%、「税関などが出入国者の所持するスマホやパソコンなどを閲覧することへの不安」が2024年度は0%、2025年度は12.1%、「ワーカー確保に対する支援(人材が確保できない)」が2024年度は14.9%、2025年度は10.6%、「医療サービスにおける外国人対応体制」が2024年度は12.2%、2025年度は10.6%、「日本文化を理解した新規人材(帰郷予定留学生)の早期確保支援」が2024年度は10.8%、2025年度は7.6%、「電力使用制限時の前広な通知、柔軟な運用、早期抑制、再発防止」が2024年度は9.5%、2025年度は7.6%、「青島日本人学校の安全確保」が2024年度は25.7%、2025年度は7.6%、「展示会出展への支援(大規模展示会出展時の継続補助)」が2024年度は9.5%、2025年度は7.6%、「移転・立ち退き要請に際する配慮(猶予、補償金、斡旋等)/再開発計画のゆとりある提示」が2024年度は4.1%、2025年度は6.1%、「その他2024年度は8.1%、2025年度は4.5%、「空港での取扱い貨物の範囲拡大」が2024年度は2.7%、2025年度は4.5%、「多様性のある企業誘致施策の展開」が2024年度は5.4%、2025年度は4.5%、「工場運営、生活維持のための電力などエネルギーの安定供給」が2024年度は8.1%、2025年度は3.0%、「カーボンピークアウト政策の生産活動への影響」が2024年度は5.4%、2025年度は3.0%となった。

出所:ジェトロ青島「山東省進出日系企業のビジネス環境に関する実態把握」

企業運営に関する改善・要望項目では、「人件費上昇に対する支援」が33.3%で最優先課題に浮上し、「ワーカー確保に対する支援」の10.6%と合わせると、4割を超える。その他の項目は、回答率が低下したものが多い。ただし、「豪雨時の排水能力の強化」と「工場立入検査・緊急措置の際の合理性(の確保)」が依然として改善事項の上位に入っている。

山東省への要望は従来、インフラ・制度改善要望が中心だった。しかし、地政学的リスクの高まりを受けて生活不安が発生し、生活品質向上への期待が高まるなど、変化している。

表:企業運営に関する改善・要望項目(単位:%)(-は値なし)
人件費上昇に対する支援(減税、補助金など) 豪雨時の排水能力の強化 工場立入検査・緊急措置の際の合理性(の確保)(環境・安全・消防) ワーカー確保に対する支援(人材が確保できない) 電力使用制限時の前広な通知、柔軟な運用、早期抑制、再発防止 工場運営、生活維持のための電力などエネルギーの安定供給 カーボンピークアウト政策の生産活動への影響 移転・立ち 退き要請に 際する配慮(猶予、補償金、斡旋等)/再開発計画のゆとりある提示
青島市(47) 22.7 18.2 10.6 4.5 4.5 3.0 3.0 3.0 47.0
煙台市(7) 6.1 4.5 3.0 3.0 1.5 1.5 13.6
威海市(4) 3.0 1.5 1.5 1.5 1.5 6.1
日照市(3) 1.5 3.0 3.0
済南市(2) 1.5 1.5
東営市(2) 1.5 1.5
濰坊市 (1) 1.5 1.5 3.0
総計(66) 33.3 27.3 18.2 10.6 7.6 6.1 3.0 3.0

出所:ジェトロ青島「山東省進出日系企業のビジネス環境に関する実態把握」

なお、実態把握に加えて、ジェトロ青島事務所は山東省進出日系企業と共同で、山東省政府に対して25件の具体的な課題と産業協力の提案を提示した。

これに対し山東省政府からは、対話会後にまとめて書面で日本側にフィードバックするとの回答を得ている。今後提供を受ける回答結果は、「投資環境の改善に関する意見交換会(官民対話)の概要」に「2025年10月10日 山東省政府と進出日系企業との意見交換会」として掲載予定だ。


注:
前年調査からの変化が10ポイント以上の項目は、統計的に有意な変化といえる。
執筆者紹介
ジェトロ・青島事務所長
皆川 幸夫(みながわ ゆきお)
1992年、ジェトロ入構。ジェトロ・北京事務所、海外開発協会(出向)、海外展開支援部主幹、日本台湾交流協会(出向)などを経て、2024年8月から現職。