シリア復興ビジネスの最前線、トルコの動向
2025年10月17日
2011年から続いていたシリア内戦が、2024年12月のアサド政権崩壊をもって終了した。シリアの隣国で、経済分野にとどまらず同国と関係の深いトルコは、復興需要を見込み、いち早くシリアでのビジネスに取り組んでいる。本稿では、トルコとシリアの関係について、統計などを基に概観したうえで、トルコのシリア内戦後のビジネスアプローチやトルコの強みについて、有識者の見解とともに紹介する。
トルコとシリアの関係
シリア内戦前、シリアと国境を接するトルコにとって同国は経済関係を含め最も関係の深い国の1つだった。両国間には、テロ問題やティグリス・ユーフラテス川をめぐる水利問題がある一方、多くの分野で協定が調印されていた。両国はクルド分離主義組織「クルド労働者党(PKK)」などのテロ組織対策に関するアダナ協定に1998年に調印し、2国間自由貿易協定(FTA、2007年に発効し2011年に一時停止)やビザ免除協定(2009年署名、2016年ビザ免除停止)が発効するなどの関係があった。両国の経済関係強化に向け、政府高官が相互に訪問し会合が度々開催された。また、2国間にとどまらず、ヨルダン、レバノンを加えた4カ国間のFTAとビザ免除協定の締結も決定していた。しかし、2011年にシリアで始まった内戦は、トルコも深く関与するかたちとなり、両国の経済関係に影響を及ぼした。
トルコ南部のガジアンテプ、キリス、ハタイ、マルディンなどの地域(図1参照)は、対シリア貿易の物流拠点でシリア難民も多い。また、国境ゲートはトルコ南東部キリス県オンジュプナル、ハタイ県ジルヴェギョズ、シリア側はバブ・アル・ハヴァなどにある。

出所:ジェトロ作成
シリア内戦後のトルコのアプローチ
トルコは、シリア内戦終了後すぐにシリア復興に向けてアプローチを開始した国の1つで、政府高官訪問や会合を再開し、2025年1月にはFTA再開について合意している(2025年2月4日付ビジネス短信参照)。現在、トルコでは官民ともに、インフラ整備、建設、食品を中心とした多くの分野でのシリア復興需要への期待が高まっている。すでに、トルコ企業によるシリアビジネス円滑化のためのシリアでの工業団地建設や、金融システムの復興に向けたトルコ国営銀行支店開設、エネルギーインフラの改善や教育インフラの再建などの計画が進められている。2025年1月には、ターキッシュエアラインズが2012年4月から停止していたシリア便を再開したほか、8月には両国間の国際直通道路輸送が13年ぶりに再開した。空路での移動は、陸路よりも安全で速いトルコ・シリア間移動を可能にするだけでない。路線が復活することで「紛争が終了し通常の状態に戻った」という意味合いを示すため、他の国からの印象も大きく変わる、と話す有識者もいる。
トルコ統計機構(TUIK)の統計によると、トルコからシリアへの2024年の輸出額は21億8,279万ドルで、前年比6.4%増と横ばいだった(図2参照)。同年のトルコのシリアからの輸入額は4億3,757万ドルで、前年比20.4%増で、2022年から増加傾向が続いている(図3参照)。国際貿易センター(International Trade Center)の統計によると、シリアの輸入の57.5%はトルコが占め、輸出も全体の47.4%がトルコ向けで、2024年のシリアの輸出入はトルコに依存していたことがうかがえる。シリアのトルコからの輸入品目は石油、植物油などの食料品、鉄鋼、プラスチックなど多岐にわたる生活必需品が大宗を占めている。また、輸出品目の大半がオリーブオイル、綿などの農業製品だった。TUIKによれば、2025年1~7月におけるトルコからシリアへの輸出額はすでに17億9,692万ドルに達しており、前年同期比53.6%増だった。2025年に入ってから、トルコからシリアへの輸出が拡大する一方、2025年1~7月におけるシリアからの輸入額は1億4,250万ドルで前年同期比44.6%減だった。

出所:トルコ統計機構(TUIK)のデータを基にジェトロ作成

出所:トルコ統計機構(TUIK)のデータを基にジェトロ作成
シリアに関するトルコ人有識者の見解
トルコ海外経済関係評議会(DEIK)は2025年8月6日、イスタンブールでトルコ・シリア円卓会議を開催した。シリアのモハンマド・ニダル・アルシャール経済産業相、トルコのヴォルカン・アール貿易省副大臣、ブルハン・コルオウル・駐ダマスカス・トルコ臨時代理大使、DEIKからネイル・オルパク会長、シリア・トルコ合同経済委員会ヒュサム・エディン・モハメッド・ザカリア・タタリ会長などが参加し、両国経済界代表者とシリア復興について議論した。DEIKやシリア・トルコビジネス評議会、各商工会議所間でそれぞれ、合計10の覚書が締結された。ビジネス関係の再構築に向け、トルコ・シリア合同経済委員会(注1)が新たに設置されている。
ジェトロは、DEIKのトルコ・シリア合同経済委員会イブラヒム・フアット・オズチョレキチ会長に、トルコのシリア復興への取り組みについて見解を聞き、文書で回答を得た(回答日:2025年9月15日)。
- 質問:
- トルコのシリア復興へのアプローチについて、見解は。
- 答え:
- 両国の貿易額は、2011年以前は2億5,000万~3億ドルだったが、直近の2024年には25億ドルに増加している。トルコからシリアへの主な輸出品は、鉄鋼、プラスチック、家庭用品、建設資材、食品なのに対し、シリアからトルコへの主な輸入品は、綿、オリーブオイル、ヒマワリ油などの農産物だ。トルコは、中長期的目標として、シリアとの貿易額を100億ドルに増やすことを目指しており、その取り組みの一環として、現在、トルコ貿易省はシリア側と関税に関する取り組みの交渉を進めている。
- まず、シリアの農業について、同国は非常に肥沃(ひよく)な農地を有しているが、現在、生産インフラは深刻な打撃を受けている。これに対してトルコは、非常に先進的な農業技術、灌漑システム、食品加工技術を持っており、こうした知識と技術をシリアに共有することで、シリアの農業生産の活性化が期待できる。一方、産業については、特に繊維、食品、建築資材、化学分野での共同生産やシリア工業団地の設立を検討する余地がある。また、トルコは、特に建設、インフラ、エネルギー、物流の分野で、技術的ノウハウと実績がある。シリア復興でトルコ企業に期待される役割は、インフラ建設だけでなく、都市開発、エネルギー供給、港湾・交通システムの統合整備への貢献でもある。トルコの、官民一体での支援と国際的資金調達体系を通じて、両国の商業協力のさらなる強化を目指している。
- トルコのシリアビジネスで、両国にトルコ語を理解する人が多く住んでおり、共通言語がある点は重要な強みといえる(注2)。トルコはこの強みをビジネスチャンスにすべく、活用し始めている。また、シリアへの物流アクセスが良い、トルコ南東部のキリス、ガジアンテプ、ハタイ、マルディンなどのシリア近接都市の存在も大きな強みだ。高い工業生産能力を持つトルコは、シリアの復興需要を満たす最も近い供給源だ。さらに、トルコはシリアから多くの難民を受け入れてきた事実もあり、シリア人はトルコ人に対しシンパシーを感じている。その点も強みといえよう。トルコはこうした強みを効果的に生かせる。トルコ企業はシリア復興プロセスで重要な役割を果たすパートナーとなりうる。シリアでのビジネスを目指す外国企業は、トルコの地域的な優位性からもトルコを信頼できる拠点と認識しており、すでに協業相手を求めてトルコへアプローチがあると聞いている。
- シリアの安定化と経済復興は、トルコにとって、人道面でも経済面でも大きなチャンスになると考えられる。貿易の活性化は、特にシリア国境沿いのトルコの都市の経済活動を活性化させ、雇用、生産、輸出に好影響をもたらすことが期待される。同時に、シリアにとっても、トルコの製品やサービスが、同国の持続的な発展に極めて重要な役割を果たすと考えられる。
- 両国間で締結された覚書は、経済、社会、文化関係を再び活性化させ、両国間の各種制度の基盤を構築することを目的としており、民間主導の下、両国のビジネス界での体系的かつ持続可能な協力体制の強化を目指している。ビジネス分野だけにとどまらず、教育、女性の起業、青少年の育成、文化交流プロジェクトは、両国のコミュニティ間の絆を再構築するための重要な手段となるだろう。DEIKトルコ・シリアビジネス評議会は、経済分野だけでなく、人道的・文化的なレベルでも橋渡しをおこない、永続的な協力の基盤を強化することを目指している。
トルコの強み
トルコの強みとして、企業の商売に対する貪欲さ、フットワークの軽さ、リスクをいとわずビジネス開拓する姿勢、周辺国におけるビジネスネットワークの構築力などが根本にある。実際にトルコ企業には、企業の規模や場所を問わず、商機があると判断すれば海外を含め即座に出向き、商談を実施する姿勢がよく見られる。また、トルコ政府や関係機関・団体がこうした企業と両輪となって海外市場開拓の先陣を切る取り組みも多くみられる。例えばウクライナで、ロシアによる侵攻後も事業活動を継続するトルコの大手建設業者は、破壊された橋梁(きょうりょう)や道路などの再建作業にすでに従事している。ウクライナで他の外資企業が撤退する中、現地で事業を継続するトルコ企業に対するシンパシーが醸成されていることを指摘する声がある。これらは、復興が本格化した際、ウクライナビジネスでトルコが優位になる可能性につながるともいわれている。また、情勢不安な北部イラクでも、同様にトルコの強みを生かした事業活動が行われている。
- 注1:
-
トルコ・シリア合同経済委員会のメンバーは、DEIKのウェブサイト
を参照のこと。
- 注2:
- トルコとシリア両国の国境沿いの地域を中心に、文化や慣習の類似・共通点が多い。また、トルコ側に、シリアに親類を持つ人がいる、シリア内戦以前からビジネス関係を持っている企業もあるなどつながりが深い。同地域にはお互いの言語を使う人も多く住んでおり、相互理解が可能な土壌がある。
- 注3:
- 記事内のデータは、記事執筆時の統計データに基づく。ただし、統計データは過去にさかのぼって修正が行われることがある。最新の数値を確認する場合は、各機関のウェブサイトを参照のこと。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・イスタンブール事務所
井口 南(いぐち みなみ) - 日系銀行などを経て、2018年からジェトロ・イスタンブール事務所勤務。