GNT100選の南武、海外展開のカギはスピードと情報(日本)

2025年11月27日

南武(神奈川県横浜市)は、金型用油圧式シリンダーや重工業用ロータリージョイントを製造するメーカーだ。同社は、2024年に自動車産業の成長目覚ましいインドに進出し、現在は工場の設立を目指している。本稿では、2025年10月3日に野村伯英代表取締役にインタビューした内容を基に、ニッチな製品で海外展開に挑戦する同社の取り組みと課題への対応を紹介する。国内外で安定して高いシェアを持つ同社が、なぜ次々と海外市場に出て行く必要があるのか―その問いから見えた同社の危機感やスピード展開は、業種や分野を問わず、今後海外展開を目指す企業にとって参考になるだろう。


取材に対応する野村代表取締役(ジェトロ撮影)

日本や世界の市場で大きなシェアを持つニッチな製品

まずは同社の2つの主力製品を紹介したい。

1つ目の製品は、金型用油圧シリンダーだ。自動車用エンジン、ミッションなど一部の精密部品の製造には、溶融アルミを金型に高速で充填した後に高圧力をかける、アルミダイカストという鋳造方式が用いられる。複雑な形状の部品の場合は、鋳造物の内部に空洞を作るための芯(中子)を金型に差し込み、溶融アルミが固まった後に中子を引き抜き、金型を外して鋳造物を取り出すという工程を経て鋳造される。同社の油圧シリンダーは、この中子を金型内で前後させる役割を担い、ASEANと北米を含む日系自動車市場で7割のシェアを占める。

2つ目は、重工業用ロータリージョイントだ。鋼板製造の最終段階において、圧延された帯鋼板はロール状に巻き取られる。このとき巻取設備の軸は、外からは見えないが、油圧によって巻き取り時には帯鋼板を密着させるために径を太く(拡大)、巻き取り後にはコイルから軸を抜き出すために細く(縮小)されている。また、巻取軸は回転しながら帯鋼板の高熱や摩擦に晒されているため、設備を保護するための冷却水や潤滑油が絶えず供給されている。同社のロータリージョイントは、このような回転体の内部に油などの液体を供給するもので、日本国内の熱延設備では100%のシェアを誇っている。

同社は2014年3月、これら2つの事業における取り組みが評価され、経済産業省からグローバルニッチトップ企業100選に認定された。


社内のショールームスペース(ジェトロ撮影)

海外展開の始まりは、現地日系企業からの要望

油圧シリンダー専門メーカーとして発足し、製品分野別売上比率も金型用油圧シリンダーが4分の3近くを占める同社だが、本格的な海外展開が始まったのは油圧シリンダーからではない。

同社は2001年、日系大手エンジニアリングの仲介で、米国インディアナ州の油圧機器修理メーカーのファイブ・スター・ハイドロリクス(FSH)と技術供与契約を締結した。米国鉄鋼大手USスチールの製鉄機器メンテナンスの一環でロータリージョイントを供給するためだった。なお、その後FSHは、4輪車や2輪車向けの金型用油圧シリンダーの取り扱いも始め、2015年には米国南部のアーカンソー州に第2工場を立ち上げて南武仕込みのサービスを北米全域に拡げていく。

FSHと提携した翌2002年には、タイのチョンブリ県アマタ・ナコーン工業団地内に同社初の現地法人を設立した。成長する東南アジアの4輪車や2輪車市場への金型用油圧シリンダーの供給を狙った拠点だ。拠点設立前の時点で既に90%近くの現地日系メーカー向けのシェアを有していたが、元々輸出先だった日系販売代理店の要望に応えての進出となった。

次いで、2010年には中国の江蘇州、2024年にはインドのタミル・ナドゥ州に現地法人を設立した。ただし、中国とインドへの進出は、顧客に引っ張られるかたちで展開した米国とタイとは事情が異なる。それらは、新規市場に活路を見出し、自社の危機的状況を好転させるべく「自社で判断」したものだという。

ニッチこそスピードが重要との気づき―自社判断で成長市場に挑む

同社の特長は高いシェアを持つニッチな製品だが、ニッチさは必ずしもアドバンテージにはならない。なぜなら、同社製品は生産設備に組み込まれるものだからだ。すなわち、他社製品が採用されるとそれを置き換えることは容易ではなく、また極端に言えば、生産設備の数が増えなければ製品の売り上げは伸びないということだ。野村氏が「日本のように人口が減少すると(工場生産が減少、稼働設備も減少し)当社製品のニーズが減る。従って、成長していく市場に出ていくしかない」と語るように、同社は新市場の顧客をいち早く捕まえる競争に勝ち続けなければならない。こうした課題について同社は、危機感をエネルギーに変え、スピード感のある海外展開で対応している。

その1つ目の例が中国展開だ。同社は、2008年に端を発したリーマンショックの余波を受けて日本とタイでの受注が減少し、苦境に陥った。その傍ら、野村氏は中国の自動車市場の隆盛を感じ取っていた。実際のところ、中国自動車工業会の2010年1月の発表では、2009年の新車販売台数は米国を抜いて世界最多となり、生産台数も世界最多となることが確実視されていた。同社にとって中国市場は当時未開拓だったものの、強い危機感のもとで2010年、中国の江蘇州に2番目の現地法人を設立した。野村氏は「必死な思いで、初めて海外進出を自社で判断した」と語る。中国拠点では、中国内の自動車、関連部品、金型などの各メーカー向けに油圧シリンダーや周辺機器を供給している。同社技術の流出トラブルに見舞われたこともあったが、ジェトロ・上海事務所から現地支援企業リストの提供を受け、「傷が比較的浅いうちに対処できた」という。

2つ目はインド展開だ。同社は2012年に拡張したタイ拠点からスズキやホンダ向けのインド地場ダイカストメーカーに営業と輸出をしていたが、新型コロナ禍でインドへの渡航を断念せざるを得ない状況に追い込まれた。新型コロナ禍の収束に伴い、同社が徐々にインド向け事業を元に戻す中、インドの自動車産業は急速に成長した。インド自動車工業会(SIAM)の2025年4月の発表によれば、2024年度(2024年4月~2025年3月)の国内販売台数は、乗用車が4年連続の増加、3年連続の過去最多記録更新となり(2025年6月19日付地域・分析レポート参照)、2輪車も3年連続で増加した。生産台数も、乗用車と2輪車ともに国内販売台数と同様の増加傾向をたどっていた。このようにインドでの商機が高まりをみせるのに反し、同社製品のシェアは減少した。同社のインド向けの営業活動が停滞していた時期にコピー品が市場に出回ったためだ。この事態を受けて同社は、ジェトロ・チェンナイ事務所に相談し、2024年10月にインド南部のタミル・ナドゥ州に現地法人を設立した。野村氏は「中小企業が単独でインドに工場を設けることは難しい。売れ筋製品の在庫販売拠点を設け、当座を凌ぐ狙いがあった」と振り返る。その後、同社が本社を構える横浜でも随時情報が得られるよう、ジェトロの「新輸大国コンソーシアム」に登録した。

その矢先、インド事業は急転直下の展開を迎える。2024年12月にスズキから「インドでメンテナンス事業ができないか」との打診が入った。野村氏は「手をこまねいているとスズキ向けの商機を他社に全て奪われる可能性がある」との危機感から、すぐにインド工場設立に向けた作業を始めた。スズキから打診のあった同月にジェトロ・ニューデリー事務所を訪問し、インドの市場動向に関する説明と工業用地リストの提供を受けた。スズキ向けの企業集積があるエリアが完売していたため、ほかの工業団地へのアポイントメント取得にもジェトロを頼った。同社は現在、インド北部のハリヤナ州で工業用地を購入する方向で検討しており、10月6日には訪日中のナヤーブ・シン・サイニー・ハリヤナ州首相の立ち会いのもと、同州政府との覚書(MoU)に署名した。これを受け同社は、工場設立に向けた取り組みを加速させていく。

情報面での十分な備えが重要

このように、同社は迅速な対応で課題に向き合ってきたが、スピードと同様に重視しているのが情報だ。

国際エネルギー機関(IEA)の「世界EV見通し」2025年版によれば、2024年の世界のEV新車販売台数(乗用車のみ)は、前年比で25%超の増加となった(2025年5月19日付ビジネス短信参照)。成長を続けるEV市場について同社は、期待をにじませつつも冷静に状況を見つめている。野村氏は「EVの台頭を含め、自動車業界は混沌としている」と語る。「注目が集まるEV車体のギガキャスト(注1)やこれに対抗する日系自動車メーカーによる新エンジンの開発の動きなどによって、アルミダイカストの出番が増えることは好ましい」としつつも、EVを同社の商機として捉えるには、中国のレアアース規制や米国の産業政策の動向などを注視する必要があるとした。

また米国は、第2次トランプ政権発足後、日本を含む各国に相互関税を課している(注2)。この措置を踏まえた同社の米国事業については、「一時期、米国事業を全て内製化できないか検討したが、人件費、人材の質と定着率の観点から困難だった」とし、引き続きFSHとの関係を維持していく考えだ。

インタビューの終わりに野村氏は、今後海外展開を目指す中堅・中小企業に対し、「当社が海外で勝負できているのは、ニッチな製品があるからだ。一般論としては、海外市場では、匠の技が評価されにくく、価格面での厳しさが増している。ジェトロのような機関をフル活用し、海外の情報を収集して十分に準備することが重要だ」と拙速な海外挑戦に警鐘を鳴らしつつも、エールを送った。

グローバルサウス諸国を中心に、今後世界の人口はますます増加していく見込みだ。これらの国の自動車産業や製鉄産業が発展するとき、縁の下で南武が支えていることを期待したい。


注1:
アルミダイカストを用い、これまで数十から数百点の個別部品を組み合わせて作っていたボディーなどの超大型部品を1つの工程で一括成形する鋳造技術を指す。
注2:
相互関税率は、米国が2025年9月4日に発表した大統領令にて、一般関税率(MFN税率)を含めて15%、一般関税率が15%以上の品目には相互関税は課されないと明記された(2025年9月5日付ビジネス短信参照)。
執筆者紹介
ジェトロ調査部調査企画課
坂戸 俊輔(さかど しゅんすけ)
2010年、ジェトロ入構。生活文化産業部ファッション産業課、企画部海外地域戦略班(北米・大洋州)、経済産業省通商政策局経済連携課(出向)、ジェトロ・ニューヨーク事務所、海外調査部米州課を経て、2025年8月から現職。