ドイツ企業の先進事例
EUで人権デューディリジェンス義務化(2)

2025年4月23日

グローバルに広がるサプライチェーン全体で、企業が人権尊重に取り組むことが求められるようになっている。特に欧州では、人権デューディリジェンス(注意義務/以下、DD)の実施を法的に義務付ける動きが進んでいる。

中でもドイツは、人権DD義務化で先行する。そのため、当地グローバル企業の取組事例は、日本企業が欧州の人権関連法制への対応準備を進める上で、実務的に参考になる。本稿では、ドイツの製薬・化学業界の3社〔バイエル(医薬品)、BASF(化学)、ベーリンガーインゲルハイム(製薬)〕の取り組みを紹介する。

ドイツは人権DD義務化で先行

ドイツでは、国際的な宣言やガイダンスに沿った企業の自主的な取り組みでは不十分との判断から、人権DDを義務付ける法整備が進んできた。

2021年には、サプライチェーン・デューディリジェンス法(以下、LkSG)が成立。2023年1月1日に施行した(注1)。同法では、一定規模以上の企業(日本企業を含む、注2)に対し、自社のサプライチェーンで人権や環境分野に悪影響を及ぼさないよう、注意義務を課している。ここでいうサプライチェーンには、国内外の間接的な取引先も含む。なお、LkSG上、適用要件としてドイツ国内の従業員数を規定している。従来3,000人以上だったところ、2024年1月からは、1,000人以上にその対象範囲を拡大した。

既述の通り、人権・環境DDの法制化は、ドイツなど一部の加盟国で先行してきた。この状況を踏まえEUは2024年7月25日、「企業持続可能性デューディリジェンス指令(CSDDD)」を施行した。CSDDDは、人権・環境DDをEU全域で統一していくことを目指すものだ。一定の条件を満たす企業に対して、事業活動上で人権や環境への悪影響を予防・是正する義務を課す内容になっている(2024年5月28日付ビジネス短信参照)。

ただし、欧州委員会が2025年2月26日に発表したオムニバス法案では、持続可能性関連のDD実施義務の範囲・頻度や開示義務を大幅に簡素化する方針を示した(2025年3月7日付ビジネス短信参照)。また、加盟国による(1)国内法化の期限を2027年7月26日に、(2)適用開始時期を2028年7月26日に、それぞれ1年間延期する見込みだ(2025年4月7日付ビジネス短信参照)。

オムニバス法案は今後、EU理事会(閣僚理事会)と欧州議会で審議され、ドイツでもCSDDDの国内法化への対応として、LkSGを改正する見込みになっている。

LkSGの影響を受けるのは、ドイツに所在する日系企業や、LkSGの対象になるドイツ企業と直接取引のある日本企業だけではない。加えて、ドイツ企業と間接的に取引のある日本企業も、法律に沿った対応が必要になる(2025年4月11日付地域・分析レポート参照)。

ドイツ法に個別対応したレポート公開

LkSGでは、(1)前会計年度の自社のデューディリジェンス義務履行に関する年次報告書を作成すること、(2)会計年度終了後4カ月以内に当該年次報告書を公開すること(第10条第 2 項)、(3)ドイツ語の報告書を提出すること(第12条)などの義務を規定した。これに対応するため、バイエル、BASF、ベーリンガーインゲルハイムの3社とも、「サステナビリティーレポート」や「統合報告書」を作成。加えて別途、2023会計年度の「LkSGに関する報告書」をドイツ語で公開済みだ(注3)。報告書には少なくとも、(1)企業が認識している人権・環境に関するリスク、(2)その違反事例、(3)DD実施義務のために実施した措置とその影響・効果の評価方法、(4)今後実施予定の措置の4点について記載する必要がある(第10条第2項)。3社ではさらに、人権方針の組織内への定着や、自社事業領域、直接取引先に対するリスク分析結果と予防措置、リスクマネジメントの見直しなどについても、詳細に報告している。

また、LkSGにより、リスク管理体制構築の1つとして「企業内の監督責任者の選定(第4条第3項)」が必要になる。そのため、3社とも人権担当役員(Human Rights Officer)を任命している。人権担当役員は、人権リスク管理を監督し、取締役会などで定期的に報告している。

業界共同イニシアチブでサプライヤーの監査負担を軽減

各業界のリーディングカンパニーは、業界共同イニシアチブに参画し、業界全体のCSR基準を積極的に引き上げている。また、基準を標準化して、サプライヤーの負担軽減にも取り組む(注4)。

この記事では、(1)製薬サプライチェーン・イニシアチブ(PSCI)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますと(2)トゥギャザー・フォー・サステナビリティ(TfS)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを取り上げる。

このうち(1)は、「責任あるサプライチェーンマネジメントのためのPSCI原則」を策定。5領域(「倫理」「人権」「健康と安全」「環境」「ガバナンスと管理システム」)で、サプライチェーンを構成する全ての企業が順守すべき行動規範を定めている。なお、PSCIには、世界の製薬・ヘルスケア企業80社以上が加盟する。例えば、既述3社や、複数日系企業が参加している(注5)。

また(2)は、化学品サプライチェーンでのCSR基準を積極的に引き上げ、グローバルスタンダード構築に取り組む。3社の中では、バイエルとBASFが参画中だ。 2つのイニシアティブの取り組みを概観すると、次のとおり。

  • 両者共通
    評価・監査共有プラットフォームと、監査ガイドラインアンケート、研修プログラムなどを提供。これら取り組みを支援するツールを提供している(注6)。
    サプライヤーのDD実施状況に関する監査は、国際基準や各イニシアチブが定める原則といった共通の基準で実施。サプライヤーは他の会員企業と監査結果を共有することができる。
    また、会員企業が利用できる研修プログラムも提供。バイエル、BASFでは、これをサプライヤーのキャパシティービルディングに活用している。
  • (2)独自の取り組み
    TfSでは、a)オンラインアンケートへの回答結果とb)外部ステークホルダーの意見を組み合わせた評価スコアカードをTfSの全メンバーに提供。サプライヤーは、TfSに加入していないバイヤーにもa)やb)を共有することができる。
    オンラインのTfS評価と実地監査結果を踏まえ、欠点を特定する。また、その欠点に対処するため、是正措置計画(CAP)を策定する。

このように、共通の評価基準を設定して、評価・監査結果が共有できるプラットフォームを整備する仕組みを整えている。その狙いは、a)企業とサプライヤーの双方の立場から、監査を効率化する、b)サステナビリティー評価結果をサプライチェーン全体で継続的に改善していく、ところにある。

また、サプライヤーのサステナビリティーを評価する上で、第三者専門機関(「エコバディス(EcoVadis)」や「セデックス(Sedex)」など)が提供するサービスを利用する動きもある。当該情報共有プラットフォームを活用することにより、バイヤーは情報を一括管理でき、サプライヤーはバイヤーごとに異なる質問票に回答する必要がなくなる。

サプライヤーのリスク評価を共同実施

バイエルは、自社のサプライヤーに対し、行動規範の順守やアンケート回答を一方的に要求するだけではない。特定したリスクを軽減・予防する措置までプロセスに組み込み、その結果をモニタリングできる体制を整備している。そうすることで、継続的に評価結果の改善を促している。

サプライヤーのリスクを効率的に評価するためPSCIとTfSの共同監査プラットフォームを活用していることは、前述した。そのリスクの優先順位付けに基づき、4ステップのアプローチを実施している。

表:サステナビリティーを改善するため、バイエルが採用する4段階の取り組み
段階 取り組み
ステップ1 サプライヤー行動規範の策定などによって、意識を向上させる。
ステップ2 リスク(自社にとっての戦略的重要性・事業領域のカテゴリー・国によるリスク)と閾値(いきち、年間調達額50万ユーロ)の組み合わせで、評価対象になるサステナビリティーリスクの高い企業を選定する。
ステップ3 評価対象企業に対し、EcoVadis評価、TfS・PSCIによる監査または内部監査を実施する。
ステップ4 評価結果が低い場合、具体的な改善策・行動計画を共同で策定する。改善のため、キャパシティービルディング・モニタリング・再評価する。

出所:バイエル「サステナビリティーレポート2023」を基にジェトロ作成

バイエルの2023年サステナビリティーレポートでは、2023年の状況について次の通り報告した。

  • 同年、サプライヤーからの調達金額(114億ユーロ)のうち50.2%が、Ecovadis、TfSまたはPCSIによるサステナビリティー評価・監査を受けたサプライヤーによるもの。
  • 18社のサプライヤーで、重大な違反が見つかった。これは、評価・監査対象の1%に当たる。これを受けバイエルは、特定できたリスクの是正を要請するとともに、再評価またはフォローアップ監査を通じてモニタリングした。
  • ただし、持続可能性の評価結果だけを理由にサプライヤーとの取引関係を解消した事例はなかった。

サプライヤーのリスク評価結果だけでなく、その後のフォローアップや改善も含めた進捗状況を毎年詳細に情報開示していることが読み取れる。それを評価結果の改善につなげ、透明性を確保しているというわけだ。

ステークホルダーとの対話深化

人権尊重の取り組みを遂行する過程の各ステップで重要となるのが、ステークホルダーエンゲージメントだ(注7)。

BASFは2023年、「サステナビリティーラボ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」という新しいステークホルダー参加型のフォーラムを導入した。2年に1度、BASFの経営層と、科学やビジネス、政治、市民社会などさまざまな分野からの外部ステークホルダーが、一堂に会する。特定の課題を掘り下げ、BASFの取り組みを批判的に検証するとともに、課題や解決策について共同で議論する。(1)開催前の事前インタビュー、(2)開催結果を踏まえた各地域ステークホルダーとの対話、(3)引き続いての具体的なアクション、という一連のプロセスを組み込んでいることも特徴だ。

また、大規模な生産施設には、「地域諮問委員会」を設置している。この仕組みにより、近隣の地域社会の代表者と施設の経営陣が継続的かつ長期的にオープンに意見交換できる。

このように、個々のステークホルダーとの対話にとどまらず、顧客、従業員、投資家、サプライヤー、事業所周辺の地域社会、市民社会の代表者など、さまざまなステークホルダーと、双方向・継続的なコミュニケーションを実現。体系的なシステムの構築に取り組んでいることがうかがえる。

原材料調達先零細農家の認証取得を支援

バリューチェーン全体での持続可能性の実現には、原材料調達先の労働者の人権尊重も重要な要素だ。特にカカオ、コーヒー、紅茶、パーム油などの産品では、国際機関から原材料生産地での児童労働・強制労働が指摘されている。こうした調達先から原材料を調達すると、結果的に人権侵害への間接的な関与になるという懸念が生じる(注8)。

そこでBASFは、2023年に初めて、「『責任ある調達』に関する報告書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(33.8MB)」を公表した。この報告書で、パーム油、ココナッツオイル、ヒマシ油など主要な持続可能原料の調達について、自社の施策と進捗状況を包括的に報告している。例えば、化粧品、洗剤、食品など幅広い製品で使用されるパーム油については、BASFパーム調達方針を策定。あわせて、持続可能なパーム油ということを認証するため、RSPO認証(注9)を受けた原材料だけを調達するという目標を掲げた。事実2024年には、パーム油の98.1%をRSPO認証で調達した。これは、同年末までに全世界から原料調達するパーム油の96.7%について、製油所レベルまで追跡した結果だ。

BASFでは、パーム油由来の原材料のほとんどをマレーシアとインドネシアから調達。その総生産量の約3分の1を零細農家が占めている。しかし、十分な知識や資金を持たない零細農家にとっては、RSPOのような認証取得は困難なのが現状だ。そこでBASFは、零細農家に持続可能な農法に関する教育や生産性向上のための技術支援を提供し、零細農家の認証取得を支援している。そうすることで、零細農家での持続可能性を実現し、労働環境・生活を改善することにつながる。

例えば、インドネシアでは2018年~2023年、「プロジェクト・ランプン」を実施。このプロジェクトは、RSPO、現地市民団体、エスティローダー(米化粧品大手)との共同イニシアチブによって進めた。その結果、1,003軒のパーム油独立零細農家に対し、持続可能な生産のための実践的な技術支援や認証を受けたアブラヤシの苗を提供している。プロジェクト終了時には、313軒の参加農家がRSPO認証を取得。RSPO小規模農家基準外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに従ってプログラム参加農家の3分の1に認証を与えるという目標をほぼ達成した。

継続と実効性がカギ

人権DDは、1回実施したら終わりではない。自社の事業活動の中に組み込み、継続的にプロセスを回していくことが求められる。バイエル、BASF、ベーリンガーインゲルハイムの3社では、効率的に取り組みを継続できるよう、体系的なプロセスと体制を整備。あわせて、実際に自社のビジネスによって影響を受ける人々の人権侵害の予防と是正につながる実効性あるアプローチを模索している。

特にサプライヤーに対しては、リスクを特定して対応を求めるだけではなく、負の影響や潜在的なリスクの軽減、キャパシティービルディングに協働して取り組む姿勢がうかがえる。もちろん、サプライヤーの評価・監査での負担軽減や、原材料生産地の零細農家の持続可能性の実現など、個社では解決が難しい構造的な課題もある。そうした課題に対しては、幅広いステークホルダーと共同で解決策を模索している。そして、これらの試行錯誤のプロセスや進捗状況をモニタリングし、詳細に情報を開示している。そうすることで透明性を確保するとともに、取り組むべき課題を特定し、さらなる改善・発展につなげている。

こうした取り組みは、日本企業の参考にもなるだろう。リスクベースのアプローチにのっとり、まずは自社の事業活動によって負の影響が最も生じやすい分野から対応を始め、可能な範囲で徐々に範囲を広げていくと良い。その中で、より実効性が高く、継続可能な取り組みを常に試行錯誤し、一連のプロセスについて、高い透明性をもって情報開示を継続していくことが重要になるだろう。


注1:
ジェトロ「ドイツ サプライチェーンにおける企業の デューディリジェンス義務に関する法律 (参考和訳)」PDFファイル(550KB)(2022年5月)
注2:
LkSG第1条によると、対象となるのは、「ドイツを本拠とし(ドイツでの事業活動 を行うだけではなく、経営の意思決定がドイツで行われる ことも含む)、ドイツ国内の従業員数が1,000人以上の企業(2024年1月以降)」。従業員にはドイツ国内の株式上場 の関連会社の従業員も含む。 第1条に該当しない場合、またはドイツ国内には事業所を持たない日本企業であっても、第1条に該当する規模の在独企業との直接・間接取引があれば、 当該在独企業からリスク管理や情報提供を求められる可能性がある。
注3:
各社の「LkSGに関する報告書」(2023会計年度分)は、バイエルPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(212KB)BASF(PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)199KB)ベーリンガーインゲルハイムPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(9.79MB)を参照。
注4:
LkSGのデューディリジェンス義務には、(1)自社事業領域(第6条第1項、第3項)と(2)直接供給者(第6条第4項)について予防措置を定着するだけではなく、(3)間接供給者のリスクに関するDD実施も含む(第9条)。
サプライヤーに対する是正措置で考慮すべき事項(第7条第2項第2文)としても、「産業別イニシアチブや産業別基準の枠組みの中で他の企業と協力すること」が挙げている。
注5:
日本企業では、武田薬品、エーザイ、協和キリン、中外製薬、塩野義製薬などがPSCIに加盟している。
注6:
(1) PSCIの「セルフアセスメント質問票」「監査報告書のテンプレート」日本語版、(2) TfSの「監査準備チェックリスト」日本語版を、それぞれのウェブサイトからダウンロードできる。
注7:
「ステークホルダー」とは、企業の活動により影響を受ける(またはその可能性のある)利害関係者を指す広い概念。企業は、自社の活動によって直接影響を受ける可能性のある人々の利益を十分に考慮する必要があるため、注目を集めるようになった。
日本政府「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますとジェトロ「『ビジネスと人権』早わかりガイド」PDFファイル(2.1MB)では、ステークホルダーの例として、取引先、自社・グループ会社および取引先の従業員、労働組合・労働者代表、消費者のほか、市民団体などの NGO、業界団体、人権擁護者、周辺住民、先住民族、投資家・株主、国や地方自治体などを挙げている。人権尊重の取り組み全体にわたって、ステークホルダーと対話することで、人権侵害リスクの実態やその原因を理解し、リスクへの対処方法を改善しやすくできる。また、ステークホルダーとの信頼関係の構築を促進できる。
注8:
日本政府「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料(別添1)参考資料」66頁、農林水産省「食品企業向け人権尊重の取組のための手引き」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます5頁参照。
注9:
「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)」は「持続可能なパーム油を当たり前のものにする」ことを目的としたマルチステークホルダーフォーラム。世界市場で競争力がある持続可能なパーム油生産のサプライチェーンを育成するとともに、農家の社会的・経済的利益を増大させることを目指す。
BASFやバイエルは、2004年から積極的に支援してきた。

EUで人権デューディリジェンス義務化

  1. 日本企業の対応は?
  2. ドイツ企業の先進事例
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
川嶋 康子(かわしま やすこ)
2023年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2025年4月から現職。