モーリタニア、欧州はグリーン水素生産の可能性に注目

2024年4月8日

マグレブ地域とサヘル地域の接点に位置する西アフリカのモーリタニアは、近年の周辺地域の政変やテロによる治安悪化にもかかわらず、国内の治安確保に成功し、着実な経済成長を続けている。2024年2月に開催された第37回アフリカ連合(AU)総会では、2024年の議長国に選出された(2024年3月1日付ビジネス短信参照)。EUは、アフリカ移民対策の連携相手としての重要性と、2024年に予定される天然ガスの生産開始やグリーン水素開発のポテンシャルの高さから、同国との関係強化を進める。フランス国際関係研究所(IFRI)アフリカ・サブサハラ地域ディレクターで、モーリタニア研究の第一人者のアラン・アンティル氏へのインタビュー(2023年12月19日実施)を交え、投資先としてのモーリタニアの可能性を視点に、同国の近年の政治経済情勢とグリーン水素開発に向けた動きを紹介する。


アラン・アンティル氏(本人提供)

多角的アプローチによる治安確保と移民問題への対応

サヘル地域で近年連続して勃発した軍事クーデター(2024年1月16日付地域・分析レポート参照)や、イスラム過激派によるテロが頻発する中、モーリタニアは、2019年8月のモハメド・ウルド・エルガズアニ大統領就任以降の政治的な安定をベースに、サヘル地域で数少ない治安の安定した国となっている。2023年5月に行われた国民議会、地方議会の総選挙では与党が大勝した。2024年6月には大統領選挙が予定されており、ガズワニ大統領の再選が予想されている。

アンティル氏は治安安定の背景について、「軍による諜報(ちょうほう)活動の強化と、移動部隊によるテロ抑制や国境線の治安確保、領土全域における国家機構の存在感の強化、さらには、国内の社会的結束を高めるための宗教的対話といった政府の多角的アプローチが功を奏している。また、マリでのテロ続発と政変によって大幅に増加した同国からのモーリタニアへの移民が10万人を超える中、モーリタニア国内でのテロ対策を強化している」と説明する。

EUはサヘル地域でのモーリタニアの重要性に鑑み、欧州への移民対策の連携相手として、同国との関係強化に乗り出している。2024年2月8日には欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長とスペインのペドロ・サンチェス首相がモーリタニアの首都ヌアクショットを訪問し、エルガズアニ大統領と会談した。この3者会談で、EUはモーリタニアに対し、移民対策として2億1,000万ユーロの融資を発表した。アンティル氏は「欧州が求めるアフリカからの移民対策にモーリタニア側も積極的に協力する姿勢だ」と述べる。

堅実な経済成長と投資促進の努力

国際通貨基金(IMF)によると、モーリタニアの経済成長率は2021年の2.4%から、農業と採掘産業(鉄鉱石と金)の大幅な成長を主因に、2022年は6.4%を記録した。2023年も4.8%と高い成長率を維持すると予想される。また、2015年に同国とセネガルの国境海域で発見され、英国石油メジャーBPを中心とするコンソーシアムと両国の石油公社が開発を進める西アフリカ最大規模のガス田「グラン・トルチュー・アハメイム(GTA)」での生産開始が2024年第3四半期(7~9月)に見込まれ、ガスの国内供給量の増加と財政収入への貢献、雇用創出効果が期待される。

これらを背景に、2022年の対アフリカ直接投資が全体で減少した中、対モーリタニアの外国直接投資(フロー)は前年比大幅増を記録した(図参照)。

図:2015-2022年対モーリタニア海外直接投資額(フロー)推移
(単位:100万ドル)
2016年以降増加傾向であり、2021年は10億620万ドルであったが、2022年は14億20万ドルと大きく増加した。

出所:国連貿易開発会議(UNCTAD)

アンティル氏は「モーリタニアはここ数年、開かれた国というイメージをアピールし、海外からの投資促進に力を入れている」と指摘する。2021年2月にはモーリタニア投資促進庁(APIM)が発足し、直接投資の窓口を一本化した。同庁は2023年3月、イスラム貿易開発センター(CIDC)と共催で、ヌアクショットで初のモーリタニア投資フォーラムを開催した。また、2013年に開設されたものの、その後停滞していた北部の経済都市ヌアディブの自由貿易地域(FTZ)の活性化のため、新投資法の制定を準備しており、その中でFTZでの税制優遇策を明確化し、さらに、官民共同プロジェクトとして、ヌアディブ深水港の建設を目指している。

欧州が注目するモーリタニアのグリーン水素

現在、同国への投資分野として注目されているのが、グリーン水素だ。欧州開発銀行、AU、太陽光に関する国際的な同盟(ISA、注)が2022年12月に共同発行した「アフリカの並外れたグリーン水素の可能性」と題した研究レポートでは、2035年までにアフリカ全体で年間3,000万トン以上のグリーン水素が生産可能で、その生産の中心地、輸送拠点として「エジプト・ハブ」「南アフリカ共和国・ハブ」、そして「北西アフリカ・ハブ」の3カ所が想定されている。北西アフリカ・ハブはモロッコとモーリタニアで構成し、両国合わせて1,250万トンのグリーン水素生産の可能性が予想される。そのうち750万トンが欧州向けに輸出されるというシナリオだ。

モーリタニア石油・鉱山・エネルギー省によると、年間1平方メートル当たり2,000~2,300キロワット時(kWh)の太陽光エネルギー生産が可能で、風力発電でも沿岸地域では1年を通して毎秒9メートルの風速に達し、安定した電力生産が期待できる。政府はこのポテンシャルを生かし、2021年以降、グリーン水素の総電解容量約50ギガワット(GW)の開発を目指す数件の合意書を締結してきた。2022年5月のセルビアの再生エネルギーデベロッパーのCWPグローバルとの30GWのグリーン水素計画「AMAN」に関する合意書を皮切りに、同年9月にはアフリカを中心にエネルギー事業を行う英国チャリオットと、北部で最高出力10GWのグリーン水素の開発計画「ヌール・プロジェクト」に関する合意書に調印した。さらに、2023年3月、エジプトのインフィニティーとアラブ首長国連邦(UAE)のマスダールの合弁会社インフィニティー・パワー・ホールディング、ドイツのコンジュンクタと、年間800万トンのグリーン水素生産工場をヌアクショット北東に建設する計画の合意書を締結した。2028年に第1フェーズの完成が見込まれており、同計画は総額380億ドルの投資が予定されている。

フランスは2023年3月に、経営者団体「フランス企業運動(MEDEF)」とフランス公共投資銀行(BPIFrance)による初のエネルギーミッションを派遣し、35社が参加した。EU諸国の中でもドイツがエネルギーの調達先としてアフリカを捉えている一方で、フランスはまずは「地産地消」に視点を据え、グリーン水素生産に必須となる水を確保するための海水淡水化と水素・アンモニア製造をセットにして、現地で水素のバリューチェーンを構築する考えだ。EUも2023年10月に署名された「チーム・ヨーロッパ・イニシアチブ」の一環として、3月にはモーリタニアに欧州企業ミッションを派遣し、同国での投資機会を見極めるとしている。

今後の課題と展望

アンティル氏はモーリタニアの課題として、「採掘産業と水産業に依存する経済構造の脆弱(ぜいじゃく)さと、公共教育レベルの低下、高失業率、現政権の努力にもかかわらず減少しない汚職のまん延、さらには、気候変動による干ばつと洪水の危機という大きな課題を抱える」と分析する。一方で、「豊富な鉱物、水産資源と再生可能エネルギー開発の可能性、政治的安定により、国際的ドナーからの支援を得ている」とし、同国のポテンシャルを説明する。IMF理事会は2023年12月19日、気候変動による被害に対する回復力の強化と、よりクリーンなエネルギー源への移行促進のために、モーリタニアに対して約2億5,821万ドルを融資する「強靱(きょうじん)性および持続可能性ファシリティー(RSF)協定」を承認した。

「モーリタニアへの投資には、信頼できる現地パートナーを確保することが最も重要となる。公的機関との連携によるプロジェクトへの参加というかたちが現時点のモーリタニアでは有効だろう」とアンティル氏は語る。


注:
2015年11月開催の国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で、太陽エネルギーの飛躍的な普及、拡大を目的とする多国間協力プラットフォームとして、インド政府とフランス政府が共同で立ち上げたイニシアチブ。
執筆者紹介
ジェトロ ・パリ事務所
渡辺レスパード智子(わたなべ・レスパード・ともこ)
ジェトロ・パリ事務所に2000年から勤務。アフリカデスク調査担当としてフランス及びフランス語圏アフリカ・マグレブ諸国に関する各種調査・情報発信を行う。