カナダにおける日本食・日本産酒類の可能性を探る
2024年10月17日
近年、カナダにおける日本食人気が高まっている。カナダにおける日本食ブームは、日本と地理的に近い西部から始まり、東部に伝播(でんぱ)した。オンタリオ州トロントでは居酒屋やラーメンのブームを経て、焼きそば、カレー、串焼きなどの安価な日本食が浸透する一方で、高級モダン和食レストランが相次いでオープンするなど多様化が見られる。また、2023年9月に更新されたミシュランガイド・トロントでは、星付きレストラン17軒のうち6軒が日本食レストラン、同年10月に発表されたバンクーバー版でも星付き全9軒のうち3軒が日本食レストランと、カナダにおける日本食人気の高さがうかがえる。
そのうち、ミシュランガイド・バンクーバーで一つ星を獲得した桶屋久次郎は、2020年にケベック州モントリオールに開店した寿司(すし)と和食の完全予約制レストランで、2022年バンクーバーに開店した2号店に続き、2024年5月にトロントに出店するなど、カナダでの事業を拡大させている。2024年8月にはトロント店において、1647年創業で「醸し人九平次」という日本酒を製造する萬乗醸造とともに、フランス料理のシェフやソムリエに向けた日本酒イベントを開催するなど、各店舗において日本文化の発信にも取り組んでいる。
今回は、桶屋久次郎オーナーの松田卓也氏と、萬乗醸造の海外営業・醸造工学部門のマテイ・ガブリエル・ニコラエ氏に、カナダにおける日本食のトレンドや、今後の展望などを聞いた(8月26日)。
- 質問:
- カナダ市場に注目した理由やきっかけは。
- 答え:
- (松田氏)初めてシルク・ドゥ・ソレイユを見たとき、圧倒的な芸術性と、言葉を介さずに人を感動させる体験に感銘を受け、私も同じようにお客様に楽しんでいただけるようなレストランを作りたいと考えた。1号店としてモントリオールを選んだのは、シルク・ドゥ・ソレイユの本拠地であることも理由の1つだ。1号店のオープン時から、バンクーバー、トロントへの出店も決めていた。
- (ニコラエ氏)カナダが最適な市場だったというよりも、われわれは全世界へ展開したいと考えており、その1つがカナダだった。日本酒の評価が世界で高まる一方、日本酒全体の国内売り上げは減少傾向にあるため、海外輸出の必要性を常に感じていた。このままでは日本酒が消滅してしまうという危機感から、カナダへの進出を決めた。
- 質問:
- 桶屋久次郎はカナダに3店舗あるが、店舗間で営業やコンセプトの違いはあるか。
- 答え:
- (松田氏)当社は、全店舗で、カナダと日本の新鮮な魚を使用し、目の前で料理を作り上げるライブ感を大切にしているため、コンセプトに違いはない。しかし、店舗によって来店客の人種構成が異なるため、メニューや使用する食材は来店客の反応を見て少しずつ変えている。バンクーバーはアジア系のお客様が多く、モントリオールは白人系が多い。トロントはさまざまな人種の方が訪れる傾向にある。また、日本からの距離や輸入検査にかかる時間、水の性質も3都市で異なるため、お客様に満足いただくためには、食材の入手ルートの見直しも絶えず行う必要がある。
- 質問:
- 醸し人九平次は世界各国に展開しているが、カナダ市場ならではの難しさや課題は。
- 答え:
- (ニコラエ氏)カナダでは、酒類の輸入・販売は、各州の専売公社を経由しなければならないという点で大きく異なっている(注)。カナダへの輸送についても各州の専売公社のルールに従う必要があり、販売についてもさまざまな規則があるところがカナダ以外の諸外国の市場との違い。難しい市場だが、現地の輸入エージェントと協力して、できるだけ多くのカナダ人消費者に日本酒を試していただく機会の創出が必要だと感じている。
- 質問:
- 今後のカナダでの展望は。
- 答え:
- (松田氏)超一流のレストランを目指している。美味(おい)しい料理を作るには、従業員1人1人を大切にすること、そしてチームワークが重要だと考えている。例えば、休暇制度の充実、役職にかかわらず社内での丁寧な言葉遣いの徹底、ビザのサポート制度などが挙げられる。また、弊社では日本文化の紹介も企業のミッションの1つと位置付けている。現在、モントリオールの店舗に併設するブティックでは日本の陶器や着物の販売、ワークショップなどを実施しているが、今後もこのような活動を通じた日本文化のプロモーションや電子商取引(EC)サイトの開設を行っていきたい。
- (ニコラエ氏)現在は日本食レストランへの営業を主に行っているが、今後は日本食以外のレストランへの営業にも力を入れたい。フレンチやイタリアンのお店のワインリストに日本酒が掲載されていることを目にすることもあるが、現状では不十分だ。どのジャンルのレストランに行っても、日本酒の取り扱いがあるという状況が理想だ。また、日本酒について詳しくないが、関心を抱いている消費者が多いと感じている。直近のプロモーションでは、消費者に直接、弊社の日本酒の作り方や、各銘柄の特徴を伝えられた。このような営業活動をこれからも継続していくことが大事だと考える。
日本食の流行と今後の展望
インタビューを通じて、カナダにおける日本食の広まりを感じた。カナダ・オンタリオ州では、禁酒法が廃止されて以来、約100年ぶりの消費者の選択肢と利便性を拡大する方針転換が行われた。2024年10月末までに、希望する州内全てのコンビニエンスストア、食料品店、大型店舗が、ビール、シードル、ワインなどを販売できるようになり、アルコール飲料を取り扱い可能な店舗の数が増える予定だ(2024年9月6日付ビジネス短信参照)。現在、同州酒類管理委員会(LCBO)において、日本酒はワイン扱いとなっていることから、日本酒も本件の対象である。この約100年ぶりの方針転換をチャンスとすべく、今後より一層、日本企業が消費者に対する日本食・日本産酒類の魅力発信に取り組むことが期待される。
- 注:
- トロントのあるオンタリオ州の場合、日本の製造業者は、オンタリオ州で唯一、酒類の輸入が認められている LCBO を輸入者として輸出を行う。ただし、製造業者は直接 LCBO と交渉するのではなく、自社の利益を代弁する在オンタリオ州の「エージェント」と呼ばれる仲介業者を選ぶことになっている。LCBO は、入札、受託在庫、個別発注の 3 方式で商品を調達しており、各エージェントは、製造業者の代理としてLCBO へ入札での商品提案を行うほか、受託在庫や個別発注を通じて、飲食店の注文を取りまとめる役割を果たす。詳細は「カナダ・オンタリオ州における日本産酒類および酒器の流通に関する調査」(2024年3月)参照。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・トロント事務所
山田 あゆみ(やまだ あゆみ) -
税理士法人、外資系メーカーでの勤務を経て、2014年、ジェトロに経験者採用で入構。
ビジネス展開支援部、海外市場開拓課(ヘルスケア)で主に中堅中小企業の海外進出・輸出促進事業に従事。
農林水産食品部を経て2022年3月から現職。