企業の取り組み
ファッションのサステナビリティー動向(フランス)(1)

2024年11月18日

現在のファッション業界は、エレン・マッカーサー財団や国連環境計画(UNEP)が指摘しているとおり、再生材料を使用せず未使用の資源から大量の繊維や衣類を生み出しているが、それらの製品は優れた耐用性を持つようデザインされておらず、リサイクルが難しい場合も少なくない。特にファストファッションの普及が消費サイクルを加速させ、多くの廃棄物を生んでいる。

ファッション産業が環境に与える影響

欧州議会が公表したデータによると、EUにおける2020年の、1人当たりの衣料品消費による二酸化炭素(CO2)排出量は、約270キログラムにのぼる。また、テキスタイルの生産は染色や製品仕上げに水を使うため、世界の浄水汚染の原因となるだけでなく、ポリエステルなど合成繊維の衣類の洗濯でマイクロプラスチックが排出されるため、海洋汚染の原因ともなっている。ファッション産業が引き起こす環境問題に対し、持続可能なアプローチが急務となっている。

フランスのブランドが先導するESGの取り組み

フランスは、世界のファッションシーンをリードする国で、経済への影響も非常に大きい。特にLVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)やケリング、エルメス、シャネルなどのラグジュアリー企業がフランス経済を強力に支えている。LVMHはルイ・ヴィトンやクリスチャン・ディオール、ジバンシィといった有名ブランドを擁する世界最大のラグジュアリー企業で、75のメゾンを傘下に抱えている。ケリングも、サンローランやバレンシアガなどの名だたるブランドを擁し、フランスが誇るラグジュアリー企業の一角を担っている。

フランスのラグジュアリー企業のESG(E:Environment環境、S:Social社会、G:Governanceガバナンス)への取り組みとして特筆すべき点は、一企業としてクラフツマンシップを重視し、長く愛される製品を提供するだけでなく、環境や社会への配慮の推進について業界全体に強いリーダーシップを発揮していることだ。これにより、ファッション業界全体の持続可能な取り組みが促進され、ファッション産業全体に変革をもたらしている。フランスのラグジュアリー企業はESGを基盤にビジネスモデルを構築し、サプライチェーン全体で持続可能な活動を推進している。これには、エコフレンドリーなプロセスを導入するためのサプライヤー支援や、独自の評価プログラムの構築などの活動も含まれている。また、ラグジュアリー企業は、匠(たくみ)の技の継承も重視している。こうした取り組みは、ラグジュアリーの本質である高い品質と持続性を支えている。以下に、各企業の具体的な取り組みを紹介する。

ケリングの取り組み

ケリングは、ラグジュアリー業界でESGの取り組みの先駆者として注目されている。同社は2011年に企業活動が環境に与える影響を定量的に評価する独自のツール、環境損益計算(EP&L)を導入した。持続可能なビジネス戦略を構築するために、他の企業も利用できるツールとして無料で公開している。2018年には同グループのブランドとサプライヤーを対象に、ESGに関する必須条件を「ケリング・スタンダード」として正式に規定した。2019年からは動物福祉に配慮した新しい基準を策定し、2020年には生物多様性の保護を目指して、100万ヘクタールの農地を環境再生型農業に転換するプロジェクトも開始している。また、2020年から2023年にかけて、主要原材料のトレーサビリティーを95%にまで引き上げ、サプライチェーン全体の透明性を大幅に向上させている。温室効果ガス(GHG)削減では2015年以降、スコープ1(自社による直接排出)、スコープ2(他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出)で71%、スコープ3(他社からの間接排出を含むサプライチェーン全体での排出)で52%の削減を達成し、再生可能エネルギー(再エネ)の使用率も100%に到達している。

素材開発では、2013年に「マテリアル・イノベーション・ラボ(MIL)」をミラノに設立し、グループ全体の持続可能な素材の調達をサポートしている。このラボは、8,000種類以上のオーガニックと認定された素材や生地を集約、代替レザーや天然繊維などを幅広く管理し、ケリング・スタンダードに基づいてサプライチェーン全体の環境負荷低減を図っている。また、同社はスタートアップとの連携にも積極的に取り組んでおり、日本のスタートアップとの連携事例もある。2024年1月、合成タンパク質から繊維を生産する日本のスタートアップ、スパイバーの「バイオスフィア・サーキュレーション・プロジェクト」に参画し、持続可能な素材開発を進めている。また、「ケリング・ジェネレーション・アワード」が、2024年には日本のスタートアップを対象に初めて日本で開催された。このアワードは、2018年に中国で発足し、ファッション業界における、環境と社会にポジティブなインパクトをもたらす持続可能なイノベーションの創出を目的としている。代替原材料やリテール・消費者エンゲージメント分野で多くの革新的スタートアップが集まり、岐阜大学発スタートアップのファイバークレーズの多孔繊維や、ロンドンを拠点にするアンフィコの100%リサイクル可能なテキスタイルが注目を集めた。最終選考は11月に行われ、受賞者は2025年3月に発表される。

こうした取り組みを通じ、同社はサステナビリティー推進の先駆者としての役割を果たすだけでなく、イノベーションと持続可能なビジネスモデルの構築でも、リーダーシップを発揮している。

LVMHの取り組み

LVMHは、75のメゾンを持つ多分野にわたるコングロマリット企業で、同社のESGプログラム「LIFE360」は幅広い戦略を展開している。LIFE360は、創造性に富んだ循環経済、トレーサビリティーと透明性、生物多様性の保護、気候変動との闘いという4つの柱で構成されている。

「創造性に富んだ循環経済」では、2030年までに全ての新製品をエコデザインで開発することを目標にしており、2026年までに化石原料由来のプラスチックを使用したパッケージングをゼロにする目標を掲げている。また、修理サービスやアップサイクル、素材の再利用にも注力し、ラグジュアリーな価値を保ちながら環境負荷を軽減する取り組みを実施している。例えば、社内スタートアップ「NONA SOURCE」は、デッドストック素材を外部のデザイナーに提供するプラットフォームを運営している。フランスでは「ジェルマニエール」という、NONA SOURCEの素材も活用するブランドによるアップサイクルコレクションがパリ・オリンピックの閉会式衣装に採用されるなど、アップサイクルが大きな注目を集めている。また、LVMH傘下の百貨店ル・ボン・マルシェでは、他店購入品も含めたリペア・アップサイクルサービスを提供しており、2023年から導入された政府の修理費用支援制度(2023年7月19日付ビジネス短信参照)も使用できる。このような取り組みを通じて、LVMHは製品の寿命を延ばし、資源利用を効率化することに取り組んでいる。

「トレーサビリティーと透明性」については、同社は2030年までにサプライチェーン全体でトレーサビリティーシステムを導入する計画だ。特に革の管理を強化し、飼育からなめし作業まで環境配慮を徹底していく方針を掲げ、2026年までに全ての新製品に消費者向け情報システムを導入し、透明性を確保する。「生物多様性の保護」については、森林破壊や砂漠化のリスクがある地域からの調達ゼロを目指し、2026年までに厳格な認証を取得した原材料を100%使用する計画がある。2030年までに500万ヘクタールの動植物の生息地を回復する取り組みも進めている。また、ユネスコと連携してアマゾンの森林保護プロジェクトに取り組んでいるほか、英国王チャールズ3世のイニシアチブのサーキュラー・バイオエコノミー・アライアンス(CBA)とも提携し、アフリカ大陸のチャド湖の水量減少の要因となっている綿花生産を持続可能な生産方法に革新するサポートを実施している。「気候変動との闘い」では、2019年を基準に2026年までにGHG排出量を50%削減するとともに、再エネを100%使用することを目指している。特にスコープ3に関連する排出量を2030年までに55%削減する計画を打ち立てている。

4つの柱に加えて、匠の技の継承と発展のため、2015年にメティエ ダールを創設し、2022年には日本での活動拠点として、LVMHメティエ ダール ジャパンを開設した。2023年4月にデニムメーカーのクロキと、同年11月には西陣織の細尾とのパートナーシップ締結を発表し、伝統技術を持つ日本企業との連携を進めている。

エルメスの取り組み

エルメスの製品は世代を超えて使われ、時の経過とともにビンテージ価値が高まるとされる。高い耐久性と希少性を持つ製品作りがESGの取り組みとして特徴的だ。また、同社は製品だけでなく、建物や設備にも投資し、環境負荷を軽減する取り組みを進めている。科学的根拠に基づく目標イニシアチブ(SBTi)によって検証された排出削減目標にのっとり、2018年から2030年にかけて、スコープ1と2で50.4%、スコープ3で58.1%のGHG削減を目指している。天然資源の保護では、自然に関する科学に基づく目標設定(SBTN:Science Based Targets for Nature)プロセスを導入し、生物多様性を保護する取り組みをNPOと連携して進めている。ジュエリー部門では責任あるジュエリー協議会(Responsible Jewellery Council)の認証を取得して、持続可能な素材を使用している。

シャネルの取り組み

シャネルは、ベルテメール家が所有する非上場の企業で、戦略の詳細は公開されていない。しかし、持続可能な未来に向けた取り組みを進めており、2019年に設立した「ラトリエ・デ・マティエール」では、デッドストックのテキスタイルや革を循環させることで、廃棄物の削減と新たなビジネス機会の創出を目指している。また、2022年に職人の拠点としてパリ市内に開設した「le19M」では、伝統技術を次世代に伝える、持続可能な製品作りを追求している。この施設では、シャネル傘下のアトリエの職人約700人がシャネルをはじめとする複数のメゾンのコレクション制作に携わっている。

ファッションのサステナビリティー動向(フランス)

  1. 企業の取り組み
  2. 環境規制
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
坂本 紀代美(さかもと きよみ)
ジェトロ・パリ事務所次長。2022年7月にジェトロ入構。
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
𠮷澤 和樹(よしざわ かずき)
2015年、ジェトロ入構。サービス産業課、クリエイティブ産業課、新産業開発課、デジタルマーケティング課、内閣官房への出向などを経て2023年6月から現職。これまでに日本の映画・映像、音楽、アニメーション、ゲーム、マンガなどをはじめとしたコンテンツ産業、ライフスタイル産業、日本発のスタートアップ企業の海外展開に従事。