衛星インターネット通信網の構築計画が始動(中国)
山東省に航空宇宙産業クラスターを設置

2024年9月26日

中国が初の人工衛星「東方紅1号」を1970年4月に打ち上げてから現在に至るまで、宇宙探査活動や衛星の国際的な利用促進で、成果を上げている。中国独自の衛星測位システム「北斗」が代表例と言えよう。当該システムは2023年11月、国際民間航空機関(ICAO)の標準に正式に加わった。これにより、世界中の民間航空機で利用することが可能になり、広く応用されるようになった。

「北斗」や宇宙ステーション、火星探査機などのプロジェクトには、多大な投資が避けられない。そうしたことから、今なお「政府衛星」が主体となっている。換言すると、商業化が進んでいなかった。

一方で、科学技術の進歩と宇宙産業の発展に伴い状況は変わりつつある。まず、リモートセンシングやナビゲーションの需要が高まった。また、人工衛星の小型化や打ち上げコストが低下し、衛星インターネット通信網の構築などが進んだ結果、商業衛星が注目されるようになった。宇宙産業は、次世代産業として高い国際競争力の求められる領域となっている。

加速する中国の宇宙開発、その理由は

世界各国・地域で近年、民間の宇宙関連企業が急成長している。例えば、米国航空宇宙企業スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(スペースX)がベンチマークになり得るだろう。同社は、宇宙開発を迅速かつ低コストで実現しようとしている(2024年7月18日付ビジネス短信参照)。

スペースXが開発した衛星通信サービス「スターリンク」は、(1)地球低軌道に4万2,000基の人工衛星を打ち上げること、(2)世界中をカバーする衛星インターネット通信網を構築しサービス提供すること、を発表済みだ。当該通信網を車載型基地局や可搬型基地局に導入することにより、災害時や従来型の基地局では使用できなかった砂漠や森林等の自然環境でも通信サービスの利用が可能となる。

もっとも、地球低軌道に打ち上げが可能な人工衛星数には限りがある。すなわち、衛星インターネット通信網を無制限に構築できるわけではない。国際電気通信連合(ITU)によると、低軌道を含む衛星軌道への打ち上げは優先的使用権を獲得する必要がある。そのために、国際的な競争が生じている。2024年現在、衛星軌道位置への衛星打ち上げ数で他国・地域を大きくリードするのは、米国だ。スペースX公式サイトによると、スターリンクは8月21日、22基の衛星を打ち上げた。同社の打ち上げは、これで187回目になる。現在までに打ち上げた衛星の総数は6,917基に達し、約6,325基が同軌道上を回る。スターリンクのもたらす収益も急増。スペースXの主な収入源になっている(2022年に14億ドル、2023年42億ドル。2024年は66億ドルを超える見込み)。

このように衛星インターネット通信網の構築は巨額の収入をもたらす。宇宙産業分野の国際競争は今後、激化していくだろう。

宇宙産業の商業化、衛星インターネット通信網構築を促進

このような状況下、国家・地方政府が宇宙事業に取り組むだけでは十分でない。米国のように、民間企業が積極的に参入できる仕組みを整備する必要がある。

そのため国務院は2014年11月、「重点分野で投融資メカニズムを創新し社会投資を奨励することに関する意見」を発表。その中で、民間企業が衛星産業の実用化に積極的に参画するよう促した。また、国務院は2015年5月、「民間企業による商業宇宙飛行の取り組みを奨励し、宇宙産業において政府と民間企業の共同推進を図る」と発表した。その後、中国国家発展改革委員会は2020年4月、衛星インターネット通信網の構築を「新基建(新型インフラ建設)」(注1)に組み込んだ。国務院は2024年3月に発表した「政府活動報告」で、商業宇宙飛行について初めて言及。あわせて、中国経済を牽引する「新成長エンジン」と定義した。2024年4月に発表した「2023中国商業宇宙産業投資報告」によると、2023年時点で宇宙産業に対する投融資事業案件は80件超。融資額は200億元(約4,000億円、1元=約20円)を超えた。

中国では科学技術革新制度「新型挙国体制」(注2)に基づき、科学技術を含む関連政策と民間企業の市場開拓が進展。当地宇宙産業は、急発展が見込まれる。中国はこれまでの50年余りにわたり、衛星研究開発と技術力を蓄積してきた。その結果、低軌道衛星通信による大容量通信を独自に設計・開発できる国の1つになった。また、製造、打ち上げなどの産業基盤を強化している。

「中国宇宙科学技術活動青書(2023年)」などによると、中国は2023年に宇宙探査機を67回打ち上げた。実績回数で世界2位に当たる。そのうち、民営宇宙企業による打ち上げは13回、成功率92%だった。分野別には、商業衛星の打ち上げが24回、36%を占めた。現在時点で、国内の民間宇宙企業数は500社を超える。そのうち衛星メーカーが140社、地上端末・実験施設製造140社、通信衛星サービス運営205社、衛星を打ち上げる企業が52社だ。

中国はまた、衛星インターネット通信網を独自に構築する計画を立てている。この計画では、衛星の多様性と機能性を重視。その種類としては、(1)全世界向けにインターネットサービスを提供する通信用、(2)正確なナビゲーションを目的にする測位用、(3)環境モニタリングや災害警報用にリモートセンシングするためのもの、などがある。この計画の目的は、各軌道上で協力し、グローバルにカバーする強力な宇宙ネットワークを構築することだ。山西省の太原衛星発射センターは2024年8月6日、18基を打ち上げ、いずれも予定軌道に乗った。この打ち上げは、中国版スターリンクと呼ばれる「千帆星座」(G60)計画の第1弾に当たる。同計画の下、2024年内にも2回にわたって打ち上げを予定している(それぞれ、36基と54基を発射予定)。なお、衛星インターネット通信網の主な構築計画については、表参照。

表:衛星インターネット通信網を構築する中国の計画
計画の名称 衛星の打上げ予定数 実施企業 企業形態 企業設立年
GW(国網) 1万2,992基 中国衛星網絡集団 国有 2021年
G60(千帆星座) 1万5,000基 上海垣信衛星科技 国有 2018年
Honghu-3(鴻鵠) 1万基 上海藍箭鴻擎科技 民営 2017年

出所:中国航天科技集団の発表などからジェトロ作成

ほかにも、中国の宇宙産業に関連して2024年に見られた主要実績には、次の4点がある。

  1. 衛星通信サービスなどを提供する中国時空信息集団を設立(4月に河北省雄安新区に登録)。登録資本金は40億元(約800億円)。株主は、中国衛星網絡集団(出資比率55%)と中国兵器工業集団(25%)、中国移動通信集団(20%)だ。
  2. 酒泉衛星発射センター(甘粛省酒泉市)で6月、再使用型運搬ロケット(注3)の垂直離着陸試験飛行を実施した(「科技日報」2024年6月24日)。飛行距離は10キロ級。中国最大規模の再使用型ロケット垂直離着陸飛行のテストになった。
    同ロケットの開発チームは今後、70キロメートル級の垂直離着陸飛行テストを実施するとしている。
  3. 海南商業宇宙発射場(中国初の商業宇宙打ち上げ施設)では、6月から打ち上げできるようになったと発表。
  4. 北京郵電大学が7月、第6世代移動通信システム(6G)の実地試験ネットワークを設置し、運用を開始すると正式に発表した。6Gでは、通信と人工知能(AI)が融合する。実際に運用段階に入るのは、世界初。
    この実地試験では、オープンな共同研究開発、検証環境を全世界に向けて整備済み。目的は、セマンティック通信など重要技術の国際標準化を推進し、将来的に使用できる環境を醸成するところにある。ただし、現時点では、4Gまたは5G環境で6Gの通信システムの実現が可能か検証している。

山東省に「海陽東方航天港」

北京市は、宇宙飛行事業の国内発祥地だ。宇宙産業サプライチェーンが最も強固で、なおも発展している。一方で、他地域・都市も当該産業育成を図っている。

例えば、山東省発展改革委員会は2022年3月、戦略的新興産業クラスターを13件形成すると発表。そのうち、海陽市(煙台市の県級市)を航空宇宙産業クラスターとして位置づけた。2019年6月5日には、ロケット(長征11号)の海上打ち上げを同市で実現。国内5カ所目のロケット打ち上げ基地になった。なお、ロケットの海上発射は、中国初になる。

山東省、煙台市、海陽市などの各級政府関連部門は、この打ち上げをきっかけに当地での産業化を積極的に推進している。その現れが、航空宇宙産業クラスター「海陽東方航天港」の設置だ。そのために、総額230億元を投資。具体的には、(1)海上発射場から自動車で15分の位置に、ロケット製造作業エリアを造成し、(2)内陸と近海をつなぐ約6キロの道路を建設、(3)道路沿いには衛星産業エリアも設けている。このクラスターの強みは、通常の陸上発射と比較して、ロケット生産地から発射場までの運送距離が圧倒的に短いことなどにある。

このクラスターでは2020年12月、「長征11号遥9」を製造・出荷。このことを皮切りに、煙台市、海陽市でロケット製造・組立産業が急成長し始めた。将来的には固体燃料ロケットを年間20体、生産する見通しだ。

また海上打ち上げも、現在まで累計11回実現済みだ(搭載した衛星は合計61基)。2024年には、打ち上げを10回以上予定している。建築機械加工や保温材生産など、従来から所在していた地場企業なども、これを機会に技術革新を進めるようになった。その狙いは、宇宙産業サプライチェーンへの参入だ。

当クラスターでの宇宙産業生産額は2023年、29億8,400万元を達成した。このように、山東省では当該産業で一層の飛躍を目指している。


注1:
新基建(新型インフラ建設)とは、2020年4月に国家発展改革委員会が定義した概念。新型インフラは、「中国の新たな発展理念に従い、技術イノベーションを推進力に、情報ネットワークを基盤として高品質の発展ニーズに合わせ、デジタル化やスマート化、融合・イノベーションなどのサービスを提供するインフラ」を指す。
国家発展改革委員会はさらに、「新型インフラの意味合いや広がりは、技術革命や産業の変化とともに変わる。すなわち、確定的なものではない」と強調している。
注2:
新型挙国体制とは、「市場の役割を重視しつつ、政府も役割を発揮し、国の科学技術力や社会資源を総動員させ、科学技術の重大な課題の解決に取り組む」国家体制のこと。
注3:
宇宙に繰り返し打ち上げることのできる打ち上げ機。
執筆者紹介
ジェトロ・青島事務所
李 燕(り えん)
2015年、ジェトロ入構。青島事務所総務・経理(2015~2019)、サービス産業部サービス産業課(2015~2017年)、農林水産・食品部農林水産・食品課(2018~2019年)を担当。