植物性食品開発
食品生産に係る森林減少ゼロへの英国の動き(後編)

2024年1月26日

欧州で近年、サステナブルや動物福祉の推進に向けた関心が高まっている。それら観点から、植物由来(plant base)品や有機(organic)製品などが目立つようになった。「〇〇フリー」を標榜し、動物由来品、アレルゲン、遺伝子組み換え材料などを含まないことを訴える例も多い。こうした商品が専門店だけでなく、大手小売店などでも広く販売されているのだ。こうした風潮を背景に、これからは「森林減少フリー」商品が同じ棚に並ぶことになるかもしれない。

英国の消費者意識については、英国食品基準庁(FSA)の「2021年消費者動向調査」などから読み取ることができる。この調査では、「環境への影響が少ない食品を購入することが重要」と考える回答者が約4分の3に上った。同時に、全回答者の半数以上が「食習慣をより持続可能なものにするために食事を改善したい」とした。

英国のビーガン協会(the Vegan Society、注1)によると、2020年時点で、売上高上位10位以内の当地スーパーマーケット全てが、ビーガン食品コーナーを持つ。また、同じく上位10位以内のレストランチェーン全てが、ビーガンメニューを提供しているという。英国で、ビーガン食品は普及していると言えるだろう。

肉を多く食べる習慣は環境負荷が大きいという研究結果がある。温室効果ガス(GHG)排出量、土地利用、水利用、富栄養化、生物多様性の全てにわたり、ビーガン食習慣に比べて負の影響を与える可能性があるという(注2)。しかし、本稿前編で紹介した通り、大豆やパーム油の生産が森林減少の原因になっている。となると、植物性食品の生産まで含めて環境への影響を考慮する必要があるかもしれない。

本稿では、森林減少への影響や環境負荷の低減に訴求する植物性食品の開発事例を紹介する。

ルパン豆入りアイスクリーム

前編では、大豆の森林減少への影響を紹介した。では、より環境負荷が低く代替可能な作物はないのだろうか。ルパン豆がその候補になるかもしれない。大豆と同様、窒素固定できるマメ科植物だ。そのため、栄養が乏しい土壌でも栽培できる。その上、大豆よりも低温で育つことができる。将来、英国の自国産タンパク質供給源となると期待されている。食物繊維やマグネシウムなどのミネラル、ビタミンが豊富。さらに、必須アミノ酸を9つ全て含んでいるとされる。すなわち、「完全タンパク質」なのだ。

当地スーパーマーケット業界にビーガン商品の流行を広めた(注3)とされるのが、ウィキッド・フードだ。ルパン豆を使った100%植物性のアイスクリームを販売していることでも知られる。同社によると、ルパン豆は完全タンパク質というだけでなく、抗酸化物質と免疫力を高める特性が非常に豊富だ。しかも、砂糖を含まない。そのため、ルパン豆ベースのアイスクリームは栄養価が高く風味豊かになるという。ルパン豆は他の作物より少ない水で栽培可能、かつ土壌に養分を供給する。環境的なメリットを付加し、持続可能な食品でもあるとされている。

カカオフリーチョコレート

チョコレートの主要な原材料と言えば、カカオ。スイスには、カカオ産業の持続可能性を推進する団体がある。「持続可能なカカオのためのスイスプラットフォーム」だ。この団体によると、アフリカ地域で世界生産量の約7割が(西アフリカのコートジボワールとガーナだけで約6割が)生産されている。一方、そうした地域では森林喪失も深刻だ。コートジボワールでは2019年以降、カカオ生産地域の熱帯雨林が1万9,421ヘクタール(同国内森林総面積の2%/2019年時点)喪失。ガーナでは、3万9,497ヘクタール(同4%)が喪失したという推計がある(注4)。カカオ生産も、森林減少をもたらしかねないことになる。

さらに、スイスで持続可能な生活に関する情報を紹介するウェブサイト「持続可能な食事(nachhaltig leben)」によると、カカオ1キログラム(kg)を生産するために必要な水の量は、その他の主要農畜産物(牛肉、豚肉、チーズ、大豆など)を1kg生産するよりも多い。カカオ生産に伴う環境負荷の大きさが読み取れる。

そうした環境負荷を低減させるため、サステナブルなチョコレートを生産しようという取り組みがある。ロンドンに本社を置くWNWNフード・ラボは、世界初のカカオフリーチョコレートを発表した。見た目、香り、味、溶け方、食感、焼き具合、いずれも本物そっくりだ。何世紀にもわたってビールやウイスキーに使用されてきた英国産大麦や、ポリフェノール抗酸化物質が豊富なイナゴマメなど、持続可能な食材を活用。独自の発酵技術により、「チョコ」に変えた。乳製品、パーム油、カフェインも含まれない。グルテンフリーで、同等の製品よりも糖分が少ない。入手が容易な原料と承認手続きや高価な設備などを必要としない製造方法により、同社のチョコレートは従来品よりも手頃な価格で提供できるほどだという。

アボカドそっくりEcovado

健康ブームによって、世界中のカフェやレストランで大量に消費されているアボカド。しかし、アボカドの生産が地球環境や自然に与える影響を意識している人は多くないかもしれない。

英国の「イブニングスタンダード」紙(2017年7月20日付)は、コンサルタント会社カーボン・フットプリントが実施した調査結果を紹介している。この調査によると、アボカドが2つ入ったパックのCFP(carbon footprint of products、注5)は846.36グラム。1kgのバナナのCFP(480グラム)の2倍弱に上る。さらに、調査会社ダンウォッチによると、1kgのアボカドを生産するには水が約283リットル必要になる。

Ecovado(エコバド)は、そうしたアボカドの代替品だ。生産に係る環境負荷を減らし持続可能にするため、輸送に伴うCFPが少ない地元食材で製造する。生産地ごとに風味が異なる多様性も特徴だ。英国で最初に作られたEcovadoには、ソラマメ、ヘーゼルナッツ、リンゴ、菜種油などの食材を使用した。他国で作られるEcovadoはそれぞれ異なる味がするそうだ。

同社によると、アボカドには繊細で傷つきやすい性質があるため、そもそも輸出するのに向かない。最も持続不可能な作物の1つなのだ。世界的な需要を満たしてきた栽培手法は、多様性に富む土地の森林減少を助長している面があるという。

一歩進んだ理解に向けて

地球環境問題を念頭に、農作物の消費を呼びかけること自体には意義があるだろう。しかし、それが森林減少を促進したり大量の水を使用したりすることにつながると、どうだろう。結果として環境負荷が大きい農作物の生産が増えるとしたら、本末転倒かもしれない。今後は、負荷を可能な限り抑えた方法で生産・製造される食品の重要性がいっそう高まっていくと考えられる。本稿で紹介した環境負荷の低い代替植物性食品の開発が活発に進む所以(ゆえん)だ。

サステナブルな食生活への意識が高まる中、消費者としても「農作物だから環境負荷が低い」とは限らないことを知っておく必要がある。食品を生産・製造すると、その過程で地球環境にどのような影響を与えるのかを理解しておきたいところだ。その上で、環境負荷の少ない商品を選択することが大切だろう。また、供給側からそのような知識や選択肢を提供することも、サステナブルな社会に一歩近づく上で重要な課題と言えそうだ。


注1:
ビーガン協会は、完全菜食主義を推進する英国の団体。
注2:
オックスフォード大学が実施した食習慣と環境への影響に関する研究に基づく。
注3:
例えば、英国のスーパーマーケット大手のテスコは、ビーガン商品の売り上げを拡大している。
注4:
環境NGO、マイティ・アースが2022年2月に公表したレポートに基づく推計。
注5:
CFPは、商品やサービスのライフサイクル全体(原材料から廃棄・リサイクルに至るまで)を通して排出されるGHGの排出量をCO2に換算したもの。

食品生産に係る森林減少ゼロへの英国の動き

  1. 政府による規制
  2. 植物性食品開発
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所(執筆当時)
永田 結子(ながた ゆいこ)
2023年5~7月、ジェトロ・ロンドン事務所にインターン研修生として在籍。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所(執筆当時)
飯田 俊平(いいだ しゅんぺい)
2006年、農林水産省入省。2020年9月から2023年9月までジェトロ・ロンドン事務所に在籍。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
林 伸光(はやし のぶみつ)
2009年、農林水産省入省。2023年9月からジェトロ・ロンドン事務所に在籍。