政府による規制
食品生産に係る森林減少ゼロへの英国の動き(前編)

2023年12月19日

欧州では近年、森林減少につながる農産品の市場への投入を規制する制度が整備されつつある。

本稿では、森林減少につながる可能性を持つ農産品に対する英国政府の制度の制定過程とその内容について、同様の制度を制定しているEUとの比較も交えながら紹介する。

食品生産が地球環境、森林にもたらす影響

食品生産活動は、その生産から廃棄に至るまで、土地利用あるいは温室効果ガス(GHG)排出などのかたちで地球環境に影響を与えている。世界自然保護基金(WWF)英国資料(2022年発表)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(7.3MB)によると、地球上の全ての居住可能な土地の50%、地球上のアクセス可能な水の70%が農業に使用されており、地球の生物多様性の60%は食料生産の過程で損失し、さらに、人為的なGHGの30%は食料生産によって排出されている。それにもかかわらず、世界で生産された食品の約33~40%が喪失あるいは廃棄されていると推定される。生産された食品が廃棄などされると、栽培、収穫、輸送、加工、その準備に関連するGHG排出量に加え、処分に係るGHG排出量が追加される。約700万人が食料貧困状態、または不安定な生活を送っている英国では、農場から食卓までの食品廃棄物を減らすことは、食料生産を増やすために自然へのさらなる影響を拡大せずに、食料の入手可能性を改善する上で重要だと言える。

土地利用の文脈に注目すると、森林減少の90%は農地の拡大によって引き起こされているとするEUの発表があるように、農業が森林に大きな影響を与えている。森林減少に対する世界的な動きとして、2021年に英国グラスゴーで開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)では、英国を含めた140以上の国・地域が森林と土地利用に関するグラスゴー首脳宣言を通じて、2030年までに森林の消失と土地の劣化を食い止め、さらにその状況を好転させるため、森林保全とその回復促進などの取り組みを強化することが発表された。図1は、世界資源研究所(WRI)による調査で、2001年から2015年にかけて地球上で農産品の生産のために減少した森林の面積だ。

図1:2001年から2015年にかけて農産品生産のために減少した森林面積
(単位:100万ヘクタール)
最も多くの面積に影響を与えているのは牛肉の約4,500万ha、次いでパーム油の約1,000万ha、大豆の約820万haとなっている。

出所:世界資源研究所「Deforestation Linked to Agriculture」を基にジェトロ作成

これらの産品の中でも、牛の生育が最も広い森林減少の原因となっていることが分かる。牛の生育はメタンガスなどのGHGを多く排出することから、牛肉の代替品として大豆が注目されているが、牛の生育ほどではないものの、大豆の生産も比較的広い面積の森林減少の原因となっている。また、図2のとおり、大豆の生産量は過去40年ほどで急激に増加しており、今後も牛肉の代替品としての需要が高まることで、さらなる森林減少につながる可能性も考えられる。

図2:1965年から2021年の世界の大豆生産量の推移(単位:100万トン)
1965年に約3,200万トンであった生産量は年々増加し、2021年には約3億7,200万トンに達している。

出所:国連食糧農業機関(FAO)のデータを基にジェトロ作成

英国規制の策定経過

このような背景もあり、英国やEUでは、森林減少と関連しない農産品が市場に投入されるよう、いずれも森林デューディリジェンス(注1)の実施を基本とした制度が整備されつつある。英国環境・食糧・農村地域省(DEFRA)は2021年に作成した森林リスク・コモディティー(注2)のデューディリジェンスに関する影響評価報告書で、英国の7つの農産品(牛肉と皮革、カカオ、パーム油、大豆、ゴム、パルプと紙、木材)の需要を満たすために必要な海外の土地は、英国の総土地面積の88%相当(2016年から2018年の平均)だったと推定し、これら農産品の英国における需要が海外の生産に及ぼす影響度を明らかにした。また、違法伐採は陸上生物・動物の約8割の生息域を危険にさらすことや、生態系の劣化を通じて世界中の約12億人の貧困層の生活を脅かすこと、GHG排出の相当の要因となっていることなど、環境的、社会的、経済的な悪影響を及ぼしているとした。英国では、サプライチェーンでの違法な森林減少に取り組むために、2021年11月に2021年環境法(注3)を制定し、世界をリードする森林デューディリジェンスを導入した。2021年環境法は、「森林リスク・コモディティー」に該当する商品、あるいは該当する商品から生産された製品は、その該当する商品が現地の法律を順守して生産されたものでない限り、英国内の商業活動での使用が禁止されている。また、「森林リスク・コモディティー」に関するデューディリジェンスと報告義務も導入される。

DEFRAは、二次法(委任立法、一次法の施行にあたり細部を補足するもの)を通じた2021年環境法の森林リスク・コモディティー条項のデューディリジェンス規定に向けて、意見公募を2021年12月3日から2022年3月11日の期間で実施した。この意見公募は、規制すべき森林リスク・コモディティーの対象や制度の対象となる事業者の要件など、二次法を実質的なものにするための有益な証拠や改善案を収集する目的で行われた。その後、DEFRAは2022年9月に公表した意見公募の結果報告書で、この意見公募に対する合計1万6,838件の回答の概要と英国政府の対応の概要を発表している。概要では、森林リスク・コモディティーの具体的な対象品目について、回答を踏まえた二次法で決定するとしているが、意見公募での対象事業者に関する質問では、前述のデューディリジェンスに関する影響評価報告書において言及された、牛肉、カカオ、コーヒー、皮革、トウモロコシ、パーム油、ゴム、大豆が挙げられていた。なお、英国木材法によって既にデューディリジェンス実施の対象となっている木材や木材製品については、森林リスク商品の対象から除外することとされている。

英国政府は今後、二次法と付随するガイダンスを策定するに当たって、意見公募の回答を考慮した政府のアプローチを公表し、二次法を通じてデューディリジェンス規定を早期に実施することを約束している。2023年12月9日にCOP28に際して公表された英国政府のプレスリリースにおいて、(1)対象企業は、売上高が5,000万ポンドを超えかつ対象商品を500トンを超えて使用する企業、(2)対象商品は、牛肉、皮革、大豆、パーム油、カカオに限定され、意見公募で挙がっていたトウモロコシ、コーヒー、ゴムは除外、とされているが、2023年12月時点では二次法の案は公表されていない。

英国大手スーパーマーケットのテスコの最高経営責任者(CEO)ジェイソン・タリー氏は、2020年に環境法案(後の2021年環境法)の議会への提出を受け、「デューディリジェンスは、森林減少を食い止め、気候変動と闘い、コミュニティーを保護する上で重要な役割を果たす。われわれは、これらの新たな措置について、森林減少ゼロというテスコの目標に沿った、英国での公平な競争条件の創出に向けた重要な第一歩として歓迎する。これにより、全ての企業が正しいことをするようになることを願っている」と述べている。

EUとの比較

EUでも、同様の規則が英国よりも一足先に制定されている(2023年6月13日付ビジネス短信参照)。以下の表は英国とEUの森林リスク・コモディティーに関するデューディリジェンス政策のうち、対象企業と対象品目を比較したものだ。英国規則の具体的な内容は二次法の制定を待つ必要があるが、現状ではEU規則の対象企業は全ての企業となっている一方、英国では大企業となっている(ただし、英国規制の具体的な基準は今後決定)。対象品目についても、EU規則の方が広い品目となっている。さらに、森林リスク・コモディティーに対するデューディリジェンスを実施するに当たって課される要件は、英国が合法性の確保のみなのに対して、EUは合法性に加えて、商品が2020年末以後の森林減少と関連しないことの証明が求められる。

表:英国とEUの森林リスク・コモディティーに関するデューディリジェンス政策の比較
項目 英国 EU
対象企業 英国で活動し、森林減少リスク・コモディティーを扱う大企業(2023年12月9日のプレスリリースでは、売上高が5,000万ポンドを超えかつ対象品目を500トンを超えて使用する企業とされている) 対象商品をEU市場に上市もしくは輸入する全ての企業。ただし、大企業と中小企業については適用開始時期が異なる。
対象商品 二次法により決定
※2023年12月9日のプレスリリースでは、牛肉、皮革、大豆、パーム油、カカオとされている。
※木材や木材製品に関しては、英国木材法の対象のため、森林リスク・コモディティーには含めない。
パーム油、牛肉、木材、コーヒー、カカオ、ゴム、大豆。
皮革、チョコレート、家具、印刷紙、一部のパーム油ベースの派生製品など、派生製品を含む。
課される
要件
合法性 合法性と2020年末以後の森林減少と関連しないことの証明

出所:英国政府の発表とEU官報を基にジェトロ作成

実効性と運用性に注目

英国は2020年末にEUから完全離脱し、2020年末時点で適用されていたEU規則などが「維持されたEU法(retained EU law)」として国内法化され、多くのEU規則を引き継いでいる。しかし、時間の経過とともにそれぞれ新たに独自の規制を開始しているものもある。分野によっては、同様の規制でもその厳しさに差が出てきており、この森林リスク・コモディティーへのデューディリジェンスの規制もその1つだ。前述のとおり、EU規則の方が対象企業、対象品目ともに範囲が広く、また、課される要件も、合法性に加えて、基準日以降の森林減少と関連しないことの証明を求めるなど、森林減少防止という目的を果たすためには実効性の高い内容と言える。一方で、運用面では必然的に複雑化することが予想される。英国規制の具体的内容は二次法の制定を待つ必要があるが、英国とEUの規制、それぞれの実効性と運用性が注目される。


注1:
森林リスク・コモディティーに関連する情報を入手し、その商品に関連する現地の法律が順守されていないリスクを評価し、そのリスクを緩和する手順のこと。
注2:
動植物や有機体から生産され、その生産のために森林が農地転用される可能性があると所管大臣が見なすもの。
注3:
2021年環境法には、森林デューディリジェンスのみならず、廃棄物取り扱いや、大気、水質を目的とした法律も含まれる。

食品生産に係る森林減少ゼロへの英国の動き

  1. 政府による規制
  2. 植物性食品開発
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所(執筆当時)
永田 結子(ながた ゆいこ)
2023年5~7月、ジェトロ・ロンドン事務所にインターン研修生として在籍。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所(執筆当時)
飯田 俊平(いいだ しゅんぺい)
2006年、農林水産省入省。2020年9月から2023年9月までジェトロ・ロンドン事務所に在籍。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
林 伸光(はやし のぶみつ)
2009年、農林水産省入省。2023年9月からジェトロ・ロンドン事務所に在籍。