独自の決済プラットフォーム創設を(BRICS)
目指すのは脱ドル依存

2024年9月27日

BRICSサミットが2024年10月22~24日、ロシアのカザンで開催される。今次サミットでは、(1)BRICSブリッジ(加盟各国間で利用可能な決済プラットフォーム)の詳細(各国間でどのように実装され、使用されるのか)、(2)関連技術インフラ、規制の枠組み、導入・普及時期、(3)金融機関やテクノロジー企業との協業、について提案・議論が進む可能性がある。

関連する提案は、2023年BRICSサミット(前回)の「ヨハネスブルグ宣言PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(329KB)」を受けるものだ。当該宣言の第45項では、財務相や中央銀行総裁に対し「現地通貨、決済手段およびプラットフォームの問題を検討し、次回のサミットまでに報告する」よう指示していた(表1参照)。

この記事では、加盟各国の思惑や課題を解説する。

表1:BRICSサミット共同宣言に見るBRICS決済プラットフォームの取り扱い
2019年BRICSサミット宣言 2020年BRICSサミット宣言 2021年BRICSサミット宣言 2022年BRICSサミット宣言 2023年BRICSサミット宣言
  • 第10項
    加盟国で短期的な国際収支圧力を未然に防ぐためのメカニズムとして、予備準備制度(CRA)を継続する重要性を強調。
    2018年実施テストランの成功に続いて、必要に応じてリソースの要求に対応するための運用準備を確実にするため、さらに複雑なテストランに取り組んでいる。
    CRAのマクロ経済情報交換システム(SEMI)の機能を歓迎。
    BRICS現地通貨債券基金の設立に向けた継続的な努力を歓迎。実際に運用開始できることを期待。また、CRAとIMFの協力も支援。
  • 第61項
    CRA文書を更新するための修正を実施する上での進展、BRICS諸国の中央銀行がCRAに対する分析支援を増強する努力を認識。
    BRICS経済速報は、CRAを支援するための年次分析文書として歓迎。前払いを伴う3回目のテストランが成功裏に終了したことを歓迎。
  • 第57項
    CRAメカニズムを強化する重要性を認識する。第4回CRAテストランが成功裏に完了したことを歓迎。CRAとIMFとの間の調整の枠組みを改善する作業を支持。
  • 第58項
    CRAの分析および研究能力を強化する努力の一環として、COVID-19がBRICS諸国の国際収支に与える影響に関する各国中央銀行による初の共同研究と「BRICS経済速報2021」の公表を歓迎。
  • 第42項
    世界的な金融セーフティネットの強化に貢献し、既存の国際通貨および金融取り決めを補完するCRAメカニズムを強化する重要性を認識。CRA条約の改正を支持し、他の関連するCRA文書の改正の進展を歓迎。
    CRAメカニズムの柔軟性と即応性を高める修正案の最終化を期待。2022年後半に5回目のCRAテストランが成功裏に完了することを期待。
    CRA・IMF間の調整の枠組みを改善するための作業を支持。合理化されたCRA研究プログラムの一環として、BRICS経済速報2022の開発が進展したことを歓迎。
  • 第44項
    国境を越えた決済プラットフォームの相互連結を含め、決済インフラに関するBRICSメンバーによる経験の共有を歓迎。
    BRICS諸国間の協力を一層強化し、BRICS加盟国や他の開発途上国間での貿易投資の流れを促進するための決済手段に関するさらなる対話奨励を信じる。
    BRICSとその貿易相手との間で、国際貿易および金融取引にあたって現地通貨の使用を奨励する重要性を強調。
    BRICS諸国間のコルレス銀行ネットワークを強化し、現地通貨決済を可能にすることを奨励。
取り扱いなし。
  • 第62項
    各国の決済システムの協力に関する継続的な作業、特にBRICS決済タスクフォース(BPTF)の創設を賞賛。このトラックがさらに進展することを期待。
  • 第59項
    BPTFの下での対話と議論を通じた実りある協力を認識
    「BRICS現地通貨債券ファンド」イニシアティブで達成された進展に留意し、その運用を期待する。
  • 第43項
    既存ワークストリーム(金融セクターにの情報セキュリティーを含む)の下で継続的に作業していく重要性、および経験と知識を交換するためのプラットフォームとしてのBPTFの重要性を強調。決済トラックで、中央銀行がさらに協力することを歓迎する。
  • 第45項
    財務相および(または)中央銀行総裁に対し、適切な場合には、現地通貨、決済手段およびプラットフォームの問題を検討し、次回のサミットまでに首脳に報告するよう指示。

注:BRICSに予備準備制度(CRA)を設立する条約は、BRICS加盟国間で2015年7月に発効した。
なお、CRAは、加盟国の短期的な国際収支悪化を防ぐために資金供与する金融セーフティネットとして機能する。すなわち、BRICS版の国際通貨基金(IMF)とも理解できる。CRAでは、BRICS加盟国の既存通貨やデジタル通貨での資金供与が検討されるようになった。そのため、ドル依存の低下を促進する側面もある。
出所:各年BRICSサミットの共同宣言

ロシア:SWIFT代替決済手段に期待、BRICS以外の利用も狙う

ロシアは、2024年1月からBRICSサミットの議長国になった。同年2月に、BRICS加盟国の財務副大臣と中央銀行総裁によるオンライン会議を開催。同月下旬には、G20財務相会合の前日に拡大BRICS財務相・中央銀行総裁会合を開催した。「BRICSブリッジ」と呼ばれるデジタル決済プラットフォームの創設を提唱したのも、ロシアだ。

BRICS議長国サイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(ロシア中央銀行サイト内)によると、BRICSブリッジは、「中央銀行デジタル通貨(CBDC)や非現金資金、デジタル金融資産を使用して国境を越えた決済を実行するために、ISO20022規格を実装するプラットフォームを確立する」ものだ。また、同サイトによると、加盟各国の中央銀行は2024年4月、BRICSブリッジの創設に向け調整会議を開催。この会議では、(1) BRICSブリッジによる決済、(2)そのためのインフラ形成、(3)加盟各国の通貨準備メカニズム改善、(4)マクロ経済、(5)情報セキュリティー、(5)フィンテックなどを議論したという。またロシアのノーボスチ通信(2024年8月1日付)によると、ワレンチナ・マトヴィエンコ・ロシア連邦上院議長は「10月のサミットで、BRICSブリッジ創設の決定を下すことになる」と自信を示した。

では、ロシアがここまでBRICS独自の決済プラットフォーム整備に注力するのはなぜか。その背景には、ロシアのウクライナ侵攻に伴う厳しい制裁がある。ロシアはその結果、国際銀行間通信協会(SWIFT)システムを使用した貿易決済などに深刻な打撃を受けているのだ。その代替手段として、BRICSブリッジ創設に望みをつないでいるとみられる(ロシア「独立新聞」、2024年4月18日付)。

ロシアはさらに、BRICSブリッジの利用をBRICS現加盟国以外に拡大する意欲まで示している。ロシア政府系メディア「スプートニク」(2024年2月26日付)によると、ロシアのアントン・シルアノフ財務相は「BRICSブリッジは多国間デジタル決済プラットフォームとして機能するように設計。中国やユーラシア経済連合(EAEU)加盟国、他の湾岸諸国外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますとの『実験』を開始する準備ができている」と語った。

インド:人民元が支配的になる可能性を懸念

もっとも、BRICSブリッジの創設を巡って、加盟国から懸念も浮上している。その一例が、インドだ。同国は、BRICSブリッジに対する独自提案を検討。今次BRICSサミット会議に先立ち、独自提案の有効性を徹底的に調査するよう指示した(インド「ビジネススタンダード」紙、2024年2月20日付)。

BRICSブリッジ本来の目的は、脱ドル依存だ。インドとしても、そのこと自体には異存がない。一方で、人民元が支配的な立場を取るようになるのには懸念がある。そこで利用通貨については、BRICSの決定が拘束力を持たないようにする(すなわち、決済通貨を選択可能にする)ことを検討しているようだ。この選択権により、インドは人民元の使用を避けて、他のBRICS加盟各国と貿易できるようになると考えている節がある(インド「ビジネスライン」紙、2024年8月26日付)。

他の加盟国から提案が出てくる可能性もありそうだ。

中国:人民元国際化や決済プラットフォーム技術向上に期待

一方、報道ぶりをみると、中国は好意的だ。今回の提案に伴い現実にBRICSブリッジを創設できると、対米ドル依存が低下する、人民元の国際化が推進するなどの結果を想定できる。中国の存在感が向上するという観点から、ポジティブな論調が目立っている。

既に、ロシアとの貿易は70%が人民元で決済されている。また、欧米諸国は中国に対し、警戒感ありありだ。そうした中、BRICSが独自に決済プラットフォームつくることは、対欧米を含めて問題改善に役立つという見方が多いようだ。

中国は、BRICS諸国の中でいち早くデジタル通貨を普及させた(デジタル人民元)。そうした経験から、BRICSの決済プラットフォームを検討するに当たり、中国の技術が貢献している、との報道もある。例えば、セキュリティーやデータ収集・分析、中央銀行デジタル通貨(CBDC)をスムーズに相互リンクする上で有用という(スウェーデンのブロックチェーン専門紙「Ledger Insights外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」、2024年2月28日付)。

2019年から始まったBRICS決済システムの検討、世界標準での利用目指す

BRICS加盟国は、BRICSブリッジのベースになる決済システムの検討を2018年から進めてきた。その主眼は、ドル依存軽減に置かれている。

BRICSビジネスカウンシル(注1)は2018年、最優先課題として「BRICSペイ・プロジェクト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を立ち上げた。当該プロジェクト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、BRICSペイは、加盟国の企業や市民、全世界すべての決済ソリューション向け選択肢を提供するBRICS決済システムを目指している(表2、表3参照)。

表2:BRICSペイの特徴とメリット
特徴 メリット
分散型決済システム 資金の流れを、一定数の参加者に分散する。すなわち、中央のオペレーターの手に集中しない。
これによりシステム障害のリスクを軽減し、作業条件の安定性と透明性が向上する。
相互運用性 顧客がどの支払いシステムを使用していても、顧客が自分のアカウントにアクセスできるようにする。オープンAPI(銀行と外部の事業者との安全なデータ連携を可能にする取り組み)通じて実現。
その結果、システム間をより迅速かつ安全に資金移転できる。
平等な機会と権利 金融取引に関与するすべての当事者が平等な権利を持つ。経歴や財務履歴、収入、場所、その他の要因に関係なく、平等な機会を提供する。
その結果として、いかなる個人や企業も不当な不利益を受けないようにする。
高い効率性 支払いに当たって取引コストが低く、支払い処理時間が高速。
高い安全性 決済システムでは、金融情報と取引のセキュリティーを確保。詐欺やサイバー攻撃から高度に保護。
高い透明性 BRICS ペイのルールと規制は明確で、すべての参加者に公に伝達。
持続性 BRICS ペイは、長期的な経済の安定と経済発展に対する人工的な障壁の回復力を促進するように設計。
表3:BRICSペイ・プロジェクトで実装されたソリューション
課題 ソリューション
金融メッセージング 非対称暗号化を備えた独立した分散システム。SWIFTメッセージング標準をサポートし、CIPSおよびSPFSメッセージングとも連携。
メッセージ変換 BRICSペイ金融メッセージングシステムには、異なる形式間の支払いメッセージコンバーターの作成を含む。
BRICS加盟国の中央銀行デジタル通貨(CBDC) BRICSペイ諸国間の決済は、卸売デジタル通貨で実行されることが予想される。各国の通貨との相互作用、レートの計算、発行量、清算の原則は開発中。
決済と清算 決済と清算を担う中心機関は、民間銀行または各国の中央銀行のいずれか。この判断は各国に委ねられる。

出所:BRICSペイ・プロジェクトの公式ウェブサイト

BRICSペイ・プロジェクト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますの公式ウェブサイト、BRICSサミット宣言、その他報道によると、これまでのプロジェクトの取り組み進捗は次のとおり。

  • 2018~2019年
    ドル依存を減らす目的から、共通決済システムを概念化する議論が進行。 ロシアは2019年、「BRICS加盟国がBRICS決済システムの構築を進めることに賛成した」と発表した。
  • 2020年
    BRICSサミットで、BRICS決済タスクフォース(BPTF)を正式に結成(表1参照)。
  • 2021~2022年
    既存システムを参考に、BRICS決済システムの技術的・規制的枠組み構築に向け、BPTFが取り組み開始。ちなみに、参考にした既存システムとは、SWIFTや、インドのUnified Payments Interface(UPI)など。
  • 2022年
    システムの機能とセキュリティーを確認するため、パイロットテストを実施。
  • 2023年
    一部企業がBRICSペイを採用。実際に、取引開始。
  • 2024年
    シームレスな取引を確保するために、金融機関や規制機関との協力などBRICSの決済システムを加盟国の既存の国内決済システムと統合の検討を開始。

デジタル共通通貨構想に、加盟国の賛同得られず

2024年議長国ロシアが狙っていたのは、BRICSブリッジの創設だけではない。あわせて、BRICSデジタル共通通貨の提案も模索していたようだ。

前回のBRICSサミットで、ブラジルのルーラ大統領は「BRICSメンバー間の貿易・投資取引のための通貨の策定は、私たちの支払いオプションを増やし、私たちの脆弱(ぜいじゃく)性を減らす」と述べた(本会議演説、2023年8月23日)。これに対して、ロシアのプーチン大統領は「ルーラ大統領は、我々全員にとって最も重要な諸問題を強調した。私は単一の決済通貨は間違いなく注目に値すると信じている。これは複雑な問題だ。しかし、何らかの方法で解決に向けて進まなければならない」と語った(メディア声明、同年8月24日)。このように、単一通貨の検討に前向きだった。

しかしその後は、インドやブラジルなどが既存の国内通貨の利用拡大を主張。南アフリカ共和国(南ア)に至っては、イーノック・ゴドングワナ財務相が「非公式の会議でさえ、誰もBRICS通貨の問題を持ち出さなかった。共通通貨の立ち上げはBRICS中央銀行の創設を含み、金融政策の独立性が喪失することを意味する。どの国も、対応する準備ができているとは思わない」と語った(ロシア「独立新聞」、2024年4月18日付)。その結果、BRICS共通デジタル通貨の話は前へ進んでいないようだ。

片や、ロシアはどうか。実のところ、BRICSデジタル共通通貨の中身に関して、公式見解はない。ロシア財務省は、ここで言う「共通通貨」が現実の通貨なのか、BRICSブリッジ勘定科目上の価値単位なのかすら、明言を避けている。現時点で確認できるのは、独自の決済プラットフォーム「BRICSブリッジ」の創設を目指すことを強調することくらいだ。

通貨構想の背後にデジタル通貨「ユニット」が見え隠れ

ここまで見たように、共通通貨構想は頓挫していると理解できる。一方で、デジタル通貨「ユニット」が取りざたされるようにもなっている。

ロシア政府系メディア「スプートニク」(2024年2月26日付)は、デジタル通貨「ユニット」がBRICSビジネスカウンシル内の金融・投資ワーキンググループで議論されていると報道。ロシアの閣僚会議で議題にあがったとも報じた。この情報が拡散しているのだ。

「ユニット」公式ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、同通貨の概要は表4のとおり。同通貨がすべての経済主体にとって新しい非政治的な代替世界通貨になること目指し、BRICSプラス(現加盟国+新規加盟国)、ユーラシア経済連合、西アフリカ・中央アフリカでも利用可能と主張。ユニットの概念的な開発者として名前が上がるのは、(1)ロシアの金融専門家アレクセイ・スボティン氏(注2)と(2)コンピュータエンジニアリング博士号を持つ中国の金融専門家Ji Luo氏だ。

表4:デジタル通貨「ユニット」概要
目的・特徴など 解説
目的・基本構想 すべての経済主体にとって新しい非政治的な代替世界通貨になる。ユニット・エコシステムは、世界の貿易と資本の流れを外部の非経済的干渉に対してより強靭化する。既存の金融インフラストラクチャ内で利便性が高く、安定していて、グローバルな代替手段を提供する。
特徴(1)
代替可能な通貨
ユニット(トークン)は、ユニット・エコシステムの勘定単位で完全に代替可能な通貨。
特徴(2)
非政治的な金銭
ユニットは、政治的な議題に影響されない非政治的なかたちで金銭を提供。安定性と中立性を確保する。
ユニットは本質的に非政治的。すなわち、政府の債務やその他負債を負担することはできない。
特徴(3)
オープン決済・清算システム
ユニットは、オープン決済および清算システムを介した支払いの通貨として使用できる。柔軟性と利便性を提供。
特徴(4)
グローバルな接続性
ユニットは世界中で自由に売買・通貨として利用できる。シームレスなクロスボーダー取引が可能。
特徴(5)
分散型で高い透明性
ユニット・エコシステムは分散化台帳技術(ブロックチェーン)を使い、分散型ネットワーク上で動作する。これによりすべての金融取引の透明性とセキュリティーを確保する。
ユニットトークンを発行し、ネットワークのノードに同期すると、「完全に代替可能」になる(この段階で、「法定通貨として使用」できる)。既存の銀行インフラを使用した口座間転送も、「十分に可能」という。
「ユニット」の価値 ユニット(トークン)の価値は40%の金とBRICSプラス(現加盟国+新規加盟国)の通貨バスケットの比率シェアで測定。その経済的価値は、需給によって決定する。
金と通貨バスケットの比率シェアで測定するという点で、ユニットは暗号資産とは異なる。
また、ユニットでは、本質的な価値がいかなる資産にも直接リンクされていない。そのため、ステーブルコインでもない。

出所:「ユニット」公式ウェブサイト

BRICSは、どれほど金を積み増した?

米国金融業界などの間では近年、BRICSの中央銀行が脱ドル依存を進めるために金の購入を増やしていることが話題になっている。これは、BRICS共通通貨の発行に向けた布石なのだろうか。そういった憶測には、現時点で疑問符が付く。

まず、エコノミストの間では「仮に金に裏打ちされBRICS通貨を目指すとしても、その道程は険しく何年もかかる」という見方が一般的だ(注2)。

また、2000年末から直近2024年第2四半期末にかけて、BRICS加盟各国の外貨準備高に占める金の保有状況をみると、金保有の増加ペースは穏やかだ。確かに、BRICS全体の外貨準備高に占める金保有の割合は、増えた。しかし、その上昇率の4分の3弱は、近年の金価格高騰に起因するものだった(表5参照)。またBRICS加盟国すべてが金保有量を増やしている訳ではない。中国とインドだけが継続的に金購入を進めている。

なお、BRICS加盟国の外貨準備高に占める金の保有状況は、次のとおりだ。

  • 外貨準備高に占める金保有割合は、2020年末に6.3%。それが、直近2024年第2四半期末時点で、8.3%に増加している。
    なおこの構成比(8.3%)は、米国(72.4%)の9分の1弱に当たる。
  • 同期間の金保有額は3,105億ドルから4,269億ドルへ37.5%増加した。一方、金重量は5,116トンから5,696トンの11.3%増にとどまっている。
    この重量(5,696トン)は米国(8,133トン)の7割に相当する。
  • 同期間、金保有重量が増えたのは、(1)中国(316トン増、16.2%増)、(2)インド(164トン増、24.2%増)、(3)ブラジル(63トン、94.0%増)、(4)ロシア(37トン増、1.6%増)。(5)南アの保有量は、125トンで変化なし。
  • (1)~(4)のうち継続的に金保有量を増やしているのは、(1)中国と(2)インドだけ。
    (3)ブラジルの金保有量が増加した年は、2021年(63トン)だけ。(4)ロシアは、積み増し量が全般に非常に小さい。2022年から2024年第2四半期にかけては、3トン増加しただけだった。

表5:BRICS加盟国の外貨準備高と金保有

2020年、2021年、2022年
国・地域名 2020年 2021年 2022年
外貨準備総額(100万ドル) うち金(100万ドル) シェア(%) 金重量(トン) 外貨準備総額(100万ドル) うち金(100万ドル) シェア(%) 金重量(トン) 外貨準備総額(100万ドル) うち金
(100万ドル)
シェア(%) 金重量
(トン)
中国 3,357,022 118,239 3.5 1,948 3,427,039 113,118 3.3 1,948 3,306,930 117,241 3.6 2,011
インド 590,151 41,064 7.0 677 638,139 43,783 6.9 754 567,334 45,914 8.1 787
ロシア 596,511 139,494 23.4 2,299 631,187 133,633 21.2 2,302 581,815 136,031 23.4 2,333
ブラジル 355,607 4,088 1.2 67 362,151 7,528 2.1 130 324,679 7,561 2.3 130
南ア 54,994 7,607 13.8 125 57,540 7,278 12.7 125 60,559 7,311 12.1 125
BRICS計 4,954,285 310,492 6.3 5,116 5,116,056 305,339 6.0 5,259 4,841,317 314,058 6.5 5,386
日本 1,390,723 46,440 3.3 765 1,405,361 49,117 3.5 846 1,227,611 49,332 4.0 846
米国 627,454 493,605 78.7 8,133 712,426 472,229 66.3 8,133 707,010 474,294 67.1 8,133
2023年、2024年第2四半期
国・地域名 2023年 2024年2Q
外貨準備総額
(100万ドル)
うち金
(100万ドル)
シェア
(%)
金重量
(トン)
外貨準備総額
(100万ドル)
うち金
(100万ドル)
シェア(%) 金重量(トン)
中国 3,450,694 149,375 4.3 2,235 3,454,962 169,690 4.9 2,264
インド 628,206 53,697 8.6 804 658,476 63,007 9.6 841
ロシア 598,417 155,880 26.1 2,333 594,006 175,051 29.5 2,336
ブラジル 355,088 8,664 2.4 130 357,978 9,716 2.7 130
南ア 62,556 8,380 13.4 125 62,129 9,401 15.1 125
BRICS計 5,094,962 375,996 7.4 5,627 5,127,551 426,864 8.3 5,696
日本 1,295,071 56,530 4.4 846 1,231,914 63,398 5.2 846
米国 777,610 543,499 69.9 8,133 841,827 609,528 72.4 8,133

出所:WGC(ワ―ルド・ゴールド・カウンシル)


注1:
2013年に開催された第5回BRICSサミットで結成された評議会。BRICS間の対話促進と、経済、貿易投資面での強化でボトルネックとなる問題に対処。加盟各国5名ずつ各種業界代表で構成。年2回の会合を行い、その最終報告書はBRICS首脳会談に提出される。
注2:
ロシア政府系メディア「スプートニク」(2024年2月26日付)によると、スボティン氏は、投資銀行業務、資産運用、企業法務など豊富な経験を持つ金融専門家。事業としては、アルハンゲリスク・キャピタル・マネジメントを創設した。また、国際的な政府間組織「国際研究システム研究機構(IRIAS)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」後援の下、「ユニット」のプロジェクトを率いている。
なお、同氏は、米国の「特別指定国民および資格停止者(SDN)」リスト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに含まれる人物。
注3:
BRICSの中央銀行が金購入を増やしていることについては、次のような著作などを参照した。
(1)劉宗媛氏およびMihaela Papa氏「BRICS諸国の脱ドル依存の取り組みと新金融システムの可能性を探求外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(ケンブリッジ大学出版局、2022年2月)。
(2)ピエール・ラソンド氏「世界の金市場で中国の果たす重要な役割についてコメント外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(米国アトラス大学「アトラス・ソサイエティー」誌所載、2024年4月29日付)。なお、ラソンド氏は、フランコ・ネバダの名誉会長。
(3)マイケル・ローチ氏「金に裏打ちされたBRICS通貨の可能性を含め、米国とBRICS間でシフトする力関係を記述」(オーストラリア「The Intepreter」誌2023年8月号所載)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます。ローチ氏は、経営コンサルタント兼研究者。
(4)「金は世界の戦場になりつつあるか?/BRICSはドル支配に挑戦するために地金に目を向ける」(「Kitco News」2024年4月5日付)。Kitco Newsは、米国の貴金属専門紙。
執筆者紹介
ジェトロ調査部主幹
大久保 敦(おおくぼ あつし)
1987年、ジェトロ入構。ジェトロ・サンパウロ事務所調査担当、ジェトロ・サンティアゴ事務所長、ブラジル日本商工会議所理事、同副会頭、ジェトロ北海道地域統括センター長等を経て現職。