中国EVを巡る中東地域諸国の動き
2024年10月1日
2024年5月、米国が中国の電気自動車(EV)(注1)を含む戦略分野で1974年通商法301条に基づく対中追加関税率の引き上げを指示した(2024年5月15日付ビジネス短信参照)。EUでは、同年7月5日から中国製バッテリー式EV(BEV)への暫定的な相殺関税措置が実施されている(2024年7月8日付ビジネス短信参照)。一方で、BYDをはじめとする中国のEVメーカーは、世界各国で工場の建設計画やその完工を発表しているほか、一部では量産開始するなど、海外進出は着実に進んでいる。欧州委員会でも、関税の是非を巡っては各国政府の意見が分かれていることがロイター通信(2024年6月16日付)で報じられるなど、中国のEVを巡っては各国で立場が異なる。そこで本稿では、エネルギーの多様化に取り組み、中国EVメーカーが次の市場として注目しているともいわれている中東地域諸国の対応をまとめ、今後の展望を推察する。
中東地域のEV事情と中国EVメーカーにとっての中東進出のメリット
中東地域諸国では脱石油を掲げ、化石燃料からの移行を進めており、その一環でEVへの関心が高まっているものの、国際エネルギー機関(IEA)が2024年4月に発表したレポートでは、現在、中東地域ではEVが少なく、自動車販売全体の1%未満であることが報告されている。一方で、同レポートでは、中国メーカーが海外市場開拓を積極化させる中で、今後、中東地域においても中国ブランドEVの販売台数が伸びる可能性も示唆された。
中東地域における中国ブランドEVの輸入状況についてみるため、グローバルトレードアトラスで中国側の輸出統計を参照する。2018年から2023年までの6年間における中国から中東地域へのEVの輸出金額と台数は次のとおり(図1・2参照)。2020年ごろまでは、金額・台数ともにほとんど輸出がされていなかったものの、2021年ごろからイスラエル、アラブ首長国連邦(UAE)、ヨルダンなどで徐々に増加し始め、2023年時点の輸出金額順では、イスラエルが12億6,657万ドルと最も多く、次いでUAEが7億4,698万ドル、3位ヨルダン(3億1,967万ドル)、4位トルコ(2億9,716万ドル)と続いている。
ここで、今後の中東地域における中国EVの展開を占ううえで、中国EVメーカーにとっての中東地域の位置づけや、進出のメリットを整理してみる。
第1に、中東地域では中長期的に人口増加が見込まれ、また産油国では1人当たりGDPが日本より高い国もあることから、消費市場としての位置付けが考えられる(2024年7月19日付ビジネス短信参照)。
また、アジア、欧州、アフリカの3大陸の交差点に位置する地理的利点を生かし、製造・輸出拠点として捉える動きもみられている。加えて、今後の北アフリカ地域への進出を見据えた際に、宗教や言語、気候などの類似点が多いことも、中東地域進出のメリットになっていると考えられる。
このほか、中国と中東地域諸国の政府レベルでの関係緊密化も、中国EV企業の展開を後押ししているとみられる。2022年12月に習近平国家主席が新型コロナ禍後初の訪問先にサウジアラビアを選んだ(ムハンマド・ビン・サルマン・ビン・アブドゥルアジーズ・アール・サウード皇太子とも会談した)ことに代表されるように、中国は中東地域での影響力を高めており、中東地域諸国の一部では国をあげて外国からの投資を誘致していることも中国企業の後ろ盾となっている。
こうした中、中東地域諸国における中国EVの展開を巡っては、各国・地域の自動車産業の有無(2024年7月8日付地域・分析レポート参照)などの状況の違いにより、現地政府の受け止め方や産業政策には差異がみられる。次では、中国EVの主要な輸出先を中心に、各国政府の対応や、中国EV関連企業の動向について概観する。
中国EVの勢いが増す自動車依存国イスラエル
前出の図1、図2において、2023年における中国からのEVの輸出金額、台数がともに中東地域で1位だったイスラエルで、中国EVの勢いが増している。従来は韓国メーカーや日本メーカーが大きなシェアを占めていたものの、2023年の新車登録台数(ガソリン車を含む)では、BYDや奇瑞汽車(Chery)をはじめとする中国メーカーの躍進が顕著だった。中国車に関連する統計は次のとおりで、同国における中国車の勢いが分かる(2024年7月4日付地域・分析レポート参照)。
- 自動車新車登録台数(2023年)
中国全体:3万8,626台(前年比2.6倍、全体の14.3%)
BYD:1万5,146台(同4.1倍、同5.6%)、メーカー別4位(前年18位)
※うちe-SUV(スポーツ用多目的車)の「ATTO3」が1万4,241台。
Chery:1万1,162台(同12.3倍、同4.1%)、メーカー別7位(前年32位)
イスラエルには自動車の生産工場がないため、国内で販売される自動車は全て輸入車になっている。一方で、同国エネルギー省が策定した計画では、2030年からガソリン車とディーゼル車の輸入を完全に禁止するとしており、自動車の輸入はEVまたは天然ガス自動車に限定されることになる。
また同国では、通常の自家用車と商用車に、原則として83%の物品購入税が課せられるが、2023年時点でBEVには20%、一定の要件を満たすプラグインハイブリッド車(PHEV、注2)に55%の優遇税率を適用している。BEVやPHEVの登録台数が増加したことは、この優遇が影響したと考えられる。ハイブリッド車(HEV)も2021年は物品購入税が50%だったが、2022年以降、通常税率(83%)に引き上げられている。
このように、イスラエルでは、グリーン政策としてEVの輸入に対して優遇措置を講じており、また同国は国土面積が小さく人口密度が高いことから、充電設備の整備などの面からも、今後、EVの普及が一気進んでいく可能性がある。BYDはじめ中国EVメーカーは、同国の特性や政策方針を的確に捉えタイムリーに攻勢をかけているといえよう。
中国EVメーカーと連携を深める産油国UAE
2023年における中国からのEVの輸出金額、台数がともに中東地域で2位だったUAEでは、産油国でありながらも政府がモビリティ分野をはじめ、脱炭素化の取り組みを推進。2023年には「UAEエネルギー戦略2050」を改定した。同戦略の中で、EVとHEVの普及の数値目標を設定し、国内保有台数に占める割合について、2050年には乗用車を53%、バスを60%まで段階的に増やす計画を打ち出した。
また、UAEはEVの製造ハブの設立、およびエジプトやタンザニア、ケニアなどの国への輸出も計画している。製造ハブの設立にあたっては、技術開発などの面で海外のパートナーとの協力を必要としており、こうした中で、BYD、吉利汽車、奇瑞汽車など中国EVメーカーが2023年ごろから、さまざまな形でUAEでのビジネス展開を進める動きがみられている。UAEと中国EVメーカーの動きについては次の表のとおり。表からも分かるように、UAEでは国内での中国EVの販売だけでなく、中国EVメーカーとの技術面での連携も進めており、前述のとおりEVの製造ハブを目指して着々と動いている。
UAE企業 | 中国メーカー | 年月 | 動き |
---|---|---|---|
AD Ports Group (物流・海運など) | NWTN | 2022年9月 | EV組立工場建設契約 |
Al-Futtaim(自動車・不動産など) | BYD | 2023年3月 | パートナー契約 |
AGMC(BMW輸入代理店) | 吉利汽車 | 2023年3月 | 代理店契約 |
Al Ghurair Investment(自動車・食品など) | Exeed | 2023年3月 | 戦略的提携 |
CYVN Holdings(アブダビ政府所有の投資会社) | 蔚来汽車(NIO) | 2023年12月 | NIOへ22億ドルの出資 |
Forseven Limited(CYVN Holdings子会社) | Nio Technology | 2024年2月 | 技術ライセンス契約 |
Ali & Sons(自動車・エネルギーなど) | Xpeng | 2024年2月 | 戦略的パートナーシップ締結 |
AW Rostamani Group(自動車・不動産など) | Zeeker(吉利汽車) | 2024年2月 | 業務提携 |
出所:各社発表などからジェトロ作成
トルコは自国の自動車産業保護も、EV普及を通して製造業強化
2023年における中国からのEVの輸出金額が中東地域で4位、台数が3位であったトルコは、欧州と中東の間に位置し、世界でも13番目の自動車生産国でもある。同国は、輸入による中国EVの自国への流入を防ぎつつ、足元では生産拠点の投資誘致によりEVの製造技術の獲得および製造業の強化を図る動きがみられている。
もともとトルコでは、同国発の国民EVメーカーTOGGが量産・抽選販売を始めたことを契機に、EVの販売が本格的に開始した。テスラをはじめとした輸入EVの販売も好調で、トルコEV・HEV協会(TEHAD)によると、2023年に販売(卸売り)されたEVは、TOGGが1万9,583台でTEHAD加盟ブランドのEV販売の約30%、テスラが1万2,150台で約19%を占める。2023年に新規参入した両ブランドで、TEHAD加盟ブランド全体の半分近くを占めた。
一方で、2023年は、トルコの自動車市場では中国ブランドの数が前年の3社から10社(注3)に増加し、その中で、MG(上海汽車傘下)がガソリン車とEVの両モデルを販売し、他のブランドもEVでトルコ市場に参入している。トルコ政府は、TOGGが定着する前に中国をはじめとする国外勢にEV市場を席巻される事態を懸念しており、輸入に制約を設ける動きをとった。2023年3月に、中国から輸入されるEVの追加関税率を20%から40%に引き上げた。さらに、同年末には、新規規制が発表され、例えば、EU関税同盟と自由貿易協定(FTA)締結国以外からEVを輸入・販売する場合、正規サービスステーションやコールセンターを設置しなければならなくなった。それら基準を満たした上で、当局から輸入許可を取得しなければならず(2023年12月4日付ビジネス短信参照)、中国は当該新規規制の主な対象国になった(2024年3月19日付地域・分析レポート参照)(注4)。
中国車への対策の背景には、巨額の貿易赤字に加え、トルコ市場での中国車の急激な拡大がある。トルコの自動車市場では前述のとおり、ガソリン車、EVの中国ブランドの進出が急増しており、2024年に入ってからもSWM〔斯威汽車、鑫源集团(Shineray Group)傘下のイタリアブランド)、ジェクー〔Jaecoo、奇瑞汽車のスポーツ用多目的車(SUV)ブランド〕が参入し、中国発のブランド数は12に増加した。トルコでの中国自動車(自動車、小型商用車)販売台数は2024年1月から4月までで2万9,539台、シェアは7.95%に達した(2024年6月11日付ビジネス短信参照)。
一方で、2024年7月には、BYDがトルコに約10億ドルを投資し、年産15万台のEVとPHEVの生産工場、モビリティ技術開発センターを設立すると発表した(2024年7月16日付ビジネス短信参照)。トルコでの生産によって「トルコが有するテクノロジーエコシステムの発展、強力なサプライヤー基盤、優れた立地、有能な労働力などの優位性を活用し、同社のブランド生産能力を強化し、物流の効率を向上させ、欧州の消費者に届けることを目指す」と言及。トルコを欧州向けの生産拠点と位置づけ、EUと関税協定を結んでいるトルコで物流効率を向上させることも期待している。
この発表には、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領やメフメット・ファーティヒ・カジュル産業技術科学相も参加した。カジュル産業技術科学相は「この決定は、強固な産業政策とビジネスに優しい環境を育むという我々の取り組みの証しである」と発言した。この発言からも、トルコは中国EVメーカーの工場設立(投資)を通して、最先端の技術導入や、サプライチェーンの構築、さらには雇用創出などにより、自国の製造業の強化を図っていることがうかがえる。
また、エルドアン大統領は同月にはハイテクノロジー産業誘致に向けた投資奨励プログラム「HIT-30」を発表し、国内でのEVやバッテリー生産の確立を目指すとした(2024年8月2日付ビジネス短信参照)。
BYDのほか、中国の鑫源集团(Shineray Group)傘下のイタリアブランドのSWMがトルコでの製造申請を行い、広州汽車がトルコ国産EVメーカーTOGGと共同生産を検討している、との報道もあるなど、中国自動車メーカーのトルコへの関心が高まっていることも垣間見える。
制裁下のイランと北アフリカのバッテリー生産拠点モロッコ
トルコに次いで中東地域で2番目に自動車生産台数が多いイランでも、欧米から経済制裁を受ける中、中国との連携が進んでいる。イスラーム共和国通信(2023年12月16日付)によると、産業・鉱山・貿易省の運輸担当のマヌチェヘル・マンテギ次官は、中国との25カ年の包括協定(2021年3月29日付ビジネス短信参照)では、イランの自動車メーカー6社が中国企業と協力し、EVを生産することになっているとして、中国からのEV関連技術の導入に積極的な姿勢を見せた。マンテギ次官は、EV導入について、イランには電気通信分野の知見を持った第一級の専門家がいることや、先進的な原料鉱山があること、安価で質の高い労働力が豊富に存在することという3つの大きなアドバンテージがある、と強調した。さらに、テヘランのアリーレザー・ザーカーニー市長は2023年10月に中国を訪問し、総額16億7,000万ユーロの自動車関連の契約を結ぶなど、市レベルでもEV導入に積極的な姿勢を見せている。この契約の内訳は電気バス2,500台、電気バン1万台、電気タクシー2万7,500台(空港路線など向けに2,500台のSUVを含む)の調達や組み立てとなっている(2024年3月5日付ビジネス短信・2024年6月20日付地域・分析レポート参照)。
なお、北アフリカのモロッコでは、政府がEV用バッテリー関連産業の育成を強力に推進。中国企業を中心に集積が進みつつある。中国企業は、モロッコがEUや英国、米国などと自由貿易協定(FTA)を締結していることに着目し、モロッコを当該地域向けの製品供給拠点として有望視している(2024年5月29日付地域・分析レポート参照)
EV用バッテリーの生産では、2023年6月に中国のリチウムイオン電池製造大手の国軒高科(GOTION High-Tech)がモロッコでの電池工場建設の意向を示し(2023年6月12日付ビジネス短信参照)、その後、韓国のLG化学と中国コバルト大手の浙江華友グループが電池素材製造の合弁工場建設を発表。不動産やバイオ製薬などを手掛ける中国民営大手の宝安集団傘下で、バッテリー素材生産大手の貝特瑞新材料集団(BTR)も2024年3月に進出計画を公表した(2024年4月9日付ビジネス短信参照)。このほか、複数の中国バッテリー関連企業の新規投資が報じられている。
同国の国内市場についてみると、圧倒的に支持されている燃料はディーゼルで、2023年における販売台数の内訳を見てみると、ディーゼルが85.8%、ガソリンが14.0%を占める。ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車を含むEVの割合は0.2%に限られる。その中で、EVの2023年の販売実績は7,165台(前年比3.0%減)で、販売全体の約5%と依然として小さい。一方で、同年には、BYDが販売拠点を主要都市に設置しており、中国メーカーおよび取り扱いモデルは、2022年の6メーカー、14モデルから、2023年は13メーカー、27モデルに拡大している。EVの販売も前年の約2.3倍の463台と、台数は少ないが数字を大きく伸ばし、売り上げでもBYDが、ルーマニア系のダチア(注5)、フランスのシトロエンに次いで3位となった。
中国EVメーカーの勢力拡大への課題と今後
中東地域における中国EVの普及には、いくつかの課題も指摘される。まず、認証取得の難しさが挙げられる。特にGCC(湾岸協力会議)諸国では、暑さも含めた厳しい気象条件への耐久性を証明する必要がある。また、夏の時期の性能テストのタイミングを逃すと、メーカーは次の夏まで1年間待たなければならないことから、販売承認を得るタイミングも非常に重要になっている。
さらに、中東地域諸国の市場規模が限られることも、進出時のネックになると考えられる。世界銀行が公表しているデータによると、2023年の中東・北アフリカ地域の人口はおよそ5億人であるものの、各国それぞれでみると市場規模は決して大きいとはいえず、中国メーカーにとっては輸出(販売)先としてだけではなく、今後は欧州やアフリカへの生産拠点としての役割が強くなっていくとも考えられる。
中東地域と中国の関係性は、政府レベルの良好な関係性のもとで、企業レベルでの具体的な連携プロジェクトも積みあがってきており、双方の協力関係は徐々に強固なものになってきているとも見受けられる。中国EV企業の技術・資本、中東地域諸国の資源と市場といった相互補完的な協力を通じて、課題の解決だけでなく、相互にとっての利益を獲得し、経済発展を共同で推進することが可能である。世界経済の情勢の変化の著しい昨今、中東地域は中国企業の新たな進出先として大きな可能性を秘めた地域であり、経済の多角化を掲げる中東地域にとっても、その発展には中国企業との連携は欠かせないものになっていると考えられる。EVはその1つの重要な分野であり、今後を占う1つの鍵になる分野でもあるとも考えられる。
- 注1:
- EVの定義は、各国や国際機関の報告によって異なる。BEV(バッテリー式電気自動車)のほか、PHEV(プラグインハイブリッド車)も含む場合もある。
- 注2:
- PHEVには内燃機関部分がガソリン仕様のものと、ディーゼル仕様のものがある。本稿でのPHEVはその両者を区別していない。
- 注3:
- スカイウェル(開沃新能源汽車)、MG(上海汽車傘下)、チェリー(奇瑞汽車)、リープモーター(零跑科技)、セレス(賽力斯集団)、VOYAH(嵐図汽車)、HONGQI(紅旗、第一汽車)、DFSK(東風小康汽車)、BYD(比亜迪)、マクサス(上汽大通汽車)
- 注4:
- トルコ貿易省は2024年6月8日に中国からの輸入自動車(HS8703:乗用車その他の自動車、ハイブリッド車を含む)に40%の追加関税を課すと発表。
- 注5:
- ダチアは、フランス・ルノーグループの傘下にある。モロッコ国内に生産工場も擁している。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中東アフリカ課
加藤 皓人(かとう あきと) - 2024年2月、都市銀行から経験者採用で入構し、現職。