二輪EVは主役になれるか
インド二輪車市場の現状と今後の動向(後編)

2024年2月16日

前編において、インドで日常の街乗りに使われている二輪車は125cc以下のガソリンモデルが多いという現状が見えてきた。後編では、最近登場している新しいモデルやインド政府が積極的に推進している二輪電気自動車(EV)などに触れ、今後のインド二輪車市場の見通しについて考察する。

新しく発売されたモデルを追加

前編で整理したインド市場の販売モデルに、販売上位7メーカー以外のメーカーが2023年に発表した新モデルを追加した(図1参照)。

図1:エンジン排気量とショールーム価格(販売上位7社+2023年新モデル)
前編図3に、販売上位7社以外のメーカーが2023年に発表した7モデルを追加したもの。そのうちの5モデルは、中排気量域(400cc前後)で価格設定が高いモデルである。

出所:各社公表資料からジェトロ作成

この図からは、付加価値を高めた中排気量(400cc程度)の数モデルが発表されていることが分かる。中排気量域モデルは、小排気量モデルを卒業した若年層がステップアップする領域でもある。本来バイクの持つ「心地よい排気音や鼓動感」を伴った「運転する楽しさ」を味わえ、価格が高くともユーザーが「乗りたい、欲しいバイク」として、各メーカーが注目している領域ということだろう。

業界大手が2023年7月に発売したアメリカンタイプ(注1)の440ccモデルは、予約開始から1カ月で予定数を上回る2万5,000台強を受注、早々に注文受け付けを終了した。同カテゴリーの人気の高さがうかがえる。また、オフロード走破性を兼ね備えたモデルも登場するなど、ユーザーの要望に応えられるさまざまなモデルが発表されている。

バイオ燃料対応モデルについて

インドは、米国、中国に続く世界第3位の石油消費国であり、石油の輸入削減や環境問題への対応などの観点から、バイオ燃料の供給拡大を急いでいる。2023年9月にインドで開催されたG20サミットで世界バイオ燃料同盟(GBA)が発足し、今後バイオエタノール活用の動きが活性化することが期待されている(2023年9月15 日付ビジネス短信参照)。

インド中央政府は2023年2月、インドでE20(燃料1リットル内に、エタノールを20%含有)を計画より前倒しで発売することを発表。2025年までに、環境対応燃料としてインド全国の給油所で購入できる取り組みが進められている。

現在発売されている二輪車のいくつかのモデルには、既にE20に対応していることを示すステッカーがガソリンタンクに貼られている(写真1)。


写真1:ガソリンタンクにE20ステッカーが貼られている対応モデル(ジェトロ撮影)

バイオ燃料であるE20使用時の注意点は、ガソリンとエタノールの理論空燃比(注2)が異なるので、燃費が悪くなる可能性があることである。タイで販売されているE20価格はガソリンより安く設定されているが、現在インドではE20価格がガソリンと同価格で販売されている(写真2、3)。今後、インド市場でエタノール含有率を増加したE85やE100などのバイオ燃料拡大時は、インド政府指導の下で安く供給できる体制が必要であり、価格メリットを享受できないとバイオ燃料普及は難しいだろう。


写真2:タイのE20(上から
2つ目)などの店頭価格例
(バーツ/リットル)、2023年
9月時点(ジェトロ撮影)

写真3:インドのE20(上から3つ目)などの店頭価格例
(ルピー/リットル)、2023年2月時点(ジェトロ撮影)

二輪EV販売車両の価格帯について

現在販売されている二輪EVは、どのようなモデルが多いのだろうか。モデル別にショールーム価格とバッテリー容量との関係を整理した(図2参照)。

図2:主要二輪EV_価格とバッテリー容量
モーターサイクルとスクーターが対象で、現在販売されている二輪EVはスクーターが多い。販売価格が高いEVほど、バッテリー容量が大きい傾向がある。販売価格が8万ルピー以下の比較的低廉な二輪EVは、バッテリー容量が2キロワット時以下のモデルが多く設定されている。

出所:各社公表資料からジェトロ作成

現在販売されている二輪EVはスクーターがほとんどで、ガソリンモデル同様に価格の安いモデルが比較的多く設定されている。バッテリー容量増加に伴い、価格が上昇する傾向があるが、インド中央政府から電動車早期普及促進制度(FAME、注3)による購入補助金があるため、ユーザーにとっては比較的安く購入可能となる。現状、バッテリーを構成する高効率のセルなどはインド国内で製造できず、まだ輸入に頼っている部分が大きいためコストがかかり、現在でも車体価格の半分を占めるとされている。

二輪EVのランニングコストについて

2024年1月現在、南部タミル・ナドゥ州チェンナイのガソリン価格(日本のレギュラー相当)は1リットル当たり約110ルピー(約198円、1ルピー=約1.8円)と、日本と比べても決して安くはない。ガソリン二輪車(125cc)の燃費が1リットル当たり35キロメートルと仮定すると、140キロメートル走行時のコストは440ルピーとなる。これに対して、二輪EV[バッテリー容量3.0キロワット時(kWh)]、カタログ記載の航続距離140キロメートルの場合、バッテリー容量をすべて使い切ると仮定すると、同距離を走行するのにかかるコストは一般用使用料金で最大約33ルピーと10分の1以下で、明らかにランニングコストが低いことが分かる。さらに、同州では、2カ月間の家庭全体消費電力が100kWh以下の場合、電力料金は無料となっている。

二輪EVのバッテリー容量と航続距離について

バッテリー容量と1回の充電で走行可能なカタログ記載の航続距離の関係を示す(図3参照)。バッテリー容量に比例して航続距離が長くなる特徴があることが分かる。あるモデルでは、1 回の充電当たりの航続距離が180キロメートルのところ、走行条件により80キロメートルと半分以下となるケースもあることを補足している。これは、バッテリー消耗レベルにより航続距離が大きく変わる可能性を示唆しているが、どのような環境条件や使用方法でバッテリーが消耗するのかの説明もないため、実際に使ってみないと分からない、ということだろう。

図3:主要二輪EV_バッテリー容量とカタログ記載の航続距離
サンプル数(N)は33データである。販売価格が高いEVほど、バッテリー容量が大きく航続距離が長い。バッテリー容量が1.5キロワット時前後のEVは、航続距離が50キロメートルから100キロメートル程度。バッテリー容量が4キロワット時前後のEVは、航続距離が120キロメートルから180キロメートルと幅がある。

出所:各社公表資料からジェトロ作成

なお、通勤者など市内走行中心の一般二輪EVユーザーが、1回の充電でカバーできる航続距離内であれば、毎日、家庭で充電が可能と思われる。一般的に、EV電池の低温時充電は電流が流れにくくなるので、充電されにくいといわれている。インド南部地域は1年中暖かい気候であるが、北部地域の冬季は気温も下がることが多いので、充電時間が長くなるケースもあるかもしれない。四輪EVでも電流が流れにくい環境での急速充電による容量低下や、局所的な発熱の可能性があるため、低温時の充電を制御しているメーカーも存在する。

二輪EVには長く乗れるのか?

インド市場の二輪ユーザーの多くは、日々、自転車代わりに使用している。調子が悪くなったら修理店に駆け込み、作業対応を受けている光景をよく目にする(写真4)。


写真4:店頭の路上で修理中のガソリン二輪車(ジェトロ撮影)

二輪EVが故障した場合、はたして基幹部品のモーターや電装関係のトラブル対応など、個人経営の修理店でのアフターサービス体制は十分なのだろうか。二輪EVの故障診断や対応方法など、ただ単に部品交換とならないような整備体制が必要だ。

今回、二輪EVディーラーを数件訪問したが、店内に交換されたバッテリーを見かけた。これは、約1年半使用して充電ができなくなったためクレームが発生し、メーカー保証3年以内であったため、無償交換されたということである(写真5)。


写真5:車体に格納されたバッテリー(左)と交換されたバッテリー(右)(ジェトロ撮影)

インド市場で二輪EVが本格的に発売開始されてから、まだ数年だ。2022年には、充電時にバッテリーが発火し車体が燃える事件も何件か報道された。原因とされたバッテリーの品質改善強化の通達が出されているものの、使用条件に左右されるバッテリーの性能劣化度合いも含め、課題がまだあることは否めない。特にバッテリーの保証期間経過後に、車体価格の半分と言われている高価なバッテリー交換が必要になれば、ユーザーにとっては大きな出費になる。初期購入価格や維持費が安くとも、修理や部品代が高額になるのであれば、長く乗れる移動手段として今後市民権を得ることは難しいのではないだろうか。

インド製二輪車を海外市場へ

2023年に、インド地場二輪車メーカーが、欧州市場やベトナム市場への新規参入・事業拡大方針を発表したことは記憶に新しい。また、既に日本への輸出販売も開始しているインド二輪メーカーも存在する。これは、インド中央政府が「メーク・イン・インディア」をスローガンとして国内製造業を奨励し、競争力のある魅力的な商品を海外市場へ展開、貿易赤字を解消する政策に呼応している。四輪乗用車メーカーでも、インドを生産拠点として完成車を世界各地に輸出する動きも活性化しており、今後はインド製二輪車が海外市場をターゲットに輸出拡大していく可能性は高いと思われる。

今後、インド二輪市場はどうなるのか

二輪EVは、維持費が安いということで日常の移動手段に重点を置くユーザーや、「運動性能」と「格好いい外観」の両立する二輪EVスポーツモデルに若年層がシフトしていく可能性はある。しかし、本当に長く乗れるかどうかなどの不安や課題は残されており、見極めるために様子をうかがっている消費者も少なくない。政府が掲げる2030年に新車販売の8割をEVにするという目標には届かないことが予想され、ガソリンモデルのスクーターがすべてEVに置き換わったとしても、約3割程度ではないだろうか。

一方、ガソリン二輪車メーカーは、厳しい排ガス規制への対応やバイオ燃料対応など、環境にやさしい二輪車作りに取り組んできている。今までの経験や実績から、ガソリン二輪車は信頼のおける移動手段としてユーザーから支持されている。今後増えていく若者購買層を対象に、バイク本来の醍醐味を味わえる魅力的なモデルも追加され、さらに支持層が広がる可能性は高い。また、インド製二輪車が世界各国へ展開される兆しもあり、今後インド二輪車産業が順調に成長していく方向に疑いはないだろう。


注1:
米国の広大な大地を走ることを目的とした二輪車。加速性より安定性を重視しているため、低重心で車体が重めに作られている。
注2:
燃料と混合気中の酸素が過不足なく燃焼する際の比率。エタノールで同じ排気量、同じ回転数を維持するにはガソリンの約1.6倍の燃料を要する。
注3:
Faster Adoption and Manufacturing of Electric and Hybrid Vehiclesの略称。EVやハイブリッド車(HV)の早期普及を促進するため、2015年からインド中央政府が支援している補助金制度。現在は2024年3月まで実施される第2弾のFAMEⅡが適応され、搭載するバッテリー容量1kWhあたり1万ルピー(上限は工場出荷価格の15%)の補助金が支給される。

インド二輪車市場の現状と今後の動向

  1. 市場の特徴
  2. 二輪EVは主役になれるか
執筆者紹介
ジェトロ・チェンナイ事務所 海外投資アドバイザー
淺羽 英樹(あさば ひでき)
大手自動車部品メーカーに34年間勤務。商品設計・評価、品質保証、マーケティング、代理店支援・販路拡大など、モノづくりからお客様対応までの全般業務を経験。サウジアラビア、ドイツ、タイ、ブラジルで、通算17年の勤務経験あり。2022年3月から現職。