米国の小売り・外食にみる消費減速の兆し

2024年9月11日

世界最大の経済規模を誇る米国の景気は、GDPの7割を占める個人消費が支えてきた面があるが、最近、減速の兆しが見られる。個人消費の中でも、小売りに含まれる衣料や外食は柔軟に支出を調整できるため、関連する企業の業績・先行きを見ることで、消費のトレンドをつかみやすい。本レポートでは、小売・外食企業の直近の業績を概観し、先行きがどのように動き得るのかを理解するための注目点について見方を提示する。

米国の経済規模とそれを支える消費

米国の名目GDPは27兆ドル(2023年)と世界最大で中国の約1.5倍、日本の約6.5倍の規模を誇る(図1参照)。先進国の中では高い経済成長率になっており、新型コロナ禍の影響が直撃した2020年もG7諸国の中でマイナス成長の幅を最も小さく抑えた(表1参照)。

図1:名目GDPの世界ランキング(2023年)
米国は27兆3,6oo万ドルで世界最大。 中国が17兆6,600万ドルで2位。 日本は4兆2,100万ドルで4位。

出所:IMF「世界経済見通し(2024年4月)」から作成

表1:米国とG7諸国の実質GDP成長率(単位:%)(△はマイナス値)
国名 2020年 2021年 2022年 2023年
米国 △2.2 5.8 1.9 2.5
カナダ △5.0 5.3 3.8 1.2
フランス △7.5 6.3 2.5 1.1
ドイツ △3.8 3.2 1.8 △0.2
イタリア △9.0 8.3 4,0 0.9
英国 △10.4 8.7 4.3 0.1
日本 △4.1 2.6 1.0 1.9

出所:IMF 世界経済見通し2024年7月

米国の実質GDP成長率は2020年に、2008年に起きたリーマン・ショック以来、12年ぶりのマイナス成長となったが、図2のとおり、2021年は第二次大戦後最大の伸び率を記録。2023年も年率2.5%と、潜在成長率の1.8%を大きく上回る高い伸びを示した。その成長を牽引してきたのがGDPの7割を占める個人消費だ。

図2:実質GDP成長率と寄与度分解(年率換算)
米国の実質GDP成長率と寄与度を項目別に分解したグラフ。2021年Q1から2024年Q2まで四半期毎のグラフだが数値は年率換算されている。GDP全体の2021年はQ1が5.2%、Q2が6.2%、Q3が3.3%、Q4が7.0%と高い伸びだったが、2022年のQ1とQ2は新型コロナの影響でそれぞれマイナス2.0%、マイナス0.6%とマイナスになった。その後2022年Q3からはおおむね2%を越える水準で推移している。項目別の寄与度では、個人消費が大きな割合を占める形で推移している。

出所:米国商務省経済分析局

米国人の消費には、お金があれば即決で物を買っていくという、日本との「文化の違い」くらいにしか言い表せない側面がある。また、日本と大きく異なるのが金融所得の大きさだ。米国商務省の個人所得統計によると、2024年4~6月の金融所得は季節調整済み年率換算で3兆7,000億ドルと新型コロナ禍前を大幅に上回る水準になった。この金融所得の大きさも、米国人の旺盛な消費を支える一因といえよう。

好調に推移してきた小売・外食売上高

経済成長を牽引する個人消費を見る上では、速報性が高く、景気に敏感なビジネスを行っている企業が多い小売りや外食の売上高を見るとよい。小売・外食統計に含まれない住居費や保険料などのサービスは景気によって大して減らせない一方で、小売りに含まれる衣類や外食は比較的柔軟に支出を調整できる項目であるため、消費者のトレンドをつかむ上で適した指標となる。その小売り・外食の売上高は新型コロナ禍前の2019年まで穏やかに成長してきたが、2020年第2四半期に1兆4,200億ドルまで落ち込んだ。その後、回復基調に戻り、2024年第2四半期には2兆1,100億ドルまで成長した。

なお、新型コロナ禍のトレンドとして、小売売上高に占める電子商取引(EC)の割合が2020年第2四半期に19.0%を記録したことが挙げられる。外出制限の影響とみられる。2023年以降はその便利さに加え、中国EC勢の台頭による低価格のお買い得感が認知されたため、右肩上がりで推移し2024年第2四半期には19.8%まで上昇した。EC各社はネット上だけでなく、店舗で顧客に商品の実体験をしてもらいフィードバックを受けること(ポップアップストア)で、満足を高める活動にも取り組んでいる。

図3:小売・外食売上高と小売売上高に占めるEC割合の推移
小売・外食売上高と小売売上高に占めるEC(電子商取引)割合を2018年Q1から2024年Q2まで四半期毎に示したグラフ。 小売・外食売上高は新型コロナ禍前の2019年まで穏やかに成長してきたが、2020年Q2に1兆4,200億ドルまで落ち込んだ。その後、回復基調に戻り、2024年Q2には2兆1,100億ドルまで成長した。 小売売上高に占めるEC割合は順調に伸び、2020年Q2には19.0%を記録。その後、若干低下したが、2022年には再び伸び基調となり、2024年Q2には19.8%まで上昇した。

出所:米国商務省センサス局

小売・外食売上高の順調な伸びを支えてきた背景を把握するには、購入層を大きく2つに分けると分かりやすい。まず、中・低所得者層については、新型コロナ禍で政府からの現金給付があったことや外出制限で旅行などの裁量的消費が減ったため余剰貯蓄(当面使う予定のない資金)が増えた。これを原資に使うことで、インフレで購入単価が上がる中でも消費意欲の大きな減退が避けられ、小売・外食売上高の伸びは継続してきた。これに加え、高所得者層は、証券市場で見られる株高や金利高による利子・不動産価格上昇による収入増で、処分可能な資産が増えたことが大きい。

小売り・外食に見る減速の兆し

このように、米国の個人消費は新型コロナ禍以降も好調を維持してきたが、最近発表された米国主要外食企業の業績や営業状況に消費の減速を感じ取れる内容が含まれていた(2024年8月1日付ビジネス短信参照)。7月29日に発表されたマクドナルドの2024年第2四半期(4~6月期)の決算は、米国の既存店舗売上高が前年同期比0.7%減で、2023年同期の10.3%増から大幅減となった。顧客数の減少が、メニュー値上げに伴う客単価の上昇を上回った結果だという。クリス・ケンプジンスキー最高経営責任者(CEO)は、低所得者層の来店は2023年から減少し始めていたが、2024年は景気の減速がさらに深刻化・拡大していると述べている。また、食料品店で購入する食品価格がレストランでの食事より安価であることから、多くの人々が自宅で食事をすることを優先していることも指摘した。

消費者の行動の変化を示す一例として、米国金融サービス会社レンディングツリーが2024年4月に米国の消費者2,025人を対象に実施した調査では、米国人の78%がファストフードをぜいたく品とみなしているとした。このうち62%が価格高騰のためファストフードを食べる頻度が減ったと回答、特に年収3万ドル未満の消費者では69%に上った。この傾向は年収10万ドル以上の消費者でも52%と広まっており、幅広い顧客層に影響している。

マクドナルドは客足を改善する対策として、6月末に5ドルのセットメニュー(通常は約11ドル)の販売を開始。当初7月下旬までの1カ月限定としていたが、複数のメディアの報道によると、集客効果がよく、米国内の93%の店舗で延長する方針を示した。このような低価格販売は、ハンバーガーチェーンでは2番手のバーガーキングなどでも実施され、好評を博している。

外食大手2社目の事例として、7月30日に発表されたスターバックスの第3四半期(4~6月期)の決算では、北米で1年以上営業している店舗での売上高が前年同期比で2%減少し、2四半期連続の減収となった。2024年に入り、外食費の高騰が続く状況に反して、食料品店での物価上昇が緩やかになり、自宅でコーヒーを飲む人が増えていることや、ドライブスルーチェーンとの競争激化などによる営業不振が響いている。

小売りについては、8月に入って発表された主要3社、ウォルマート、ターゲット、メイシーズの業績発表(表2参照)で、それぞれの営業活動の違いから明暗が分かれた(2024年8月23日付ビジネス短信参照)。

ウォルマートは8月15日、2024年第2四半期(2024年5~7月期)の純売上高が前年同期比4.7%増の1,677億6,700万ドル、営業利益も同8.6%増だったと発表。2024年通期(2024年2月~2025年1月)の売上高見込みを前回の前年比3~4%増から3.75~4.75%増に引き上げた。同社が戦略として掲げる「顧客価値(Value Proposition)」により、高所得世帯を含むすべての所得層でシェアが拡大​​し続けたことが販売増につながったと述べた。同社売上高の半分以上を占める食品の価格を他スーパーマーケットよりも約25%安く設定するといった低価格戦略が優位性を高めているとみられる。また、消費者のインフレ疲れに応じて、7,200品目で値下げを実施したことも客足を押し上げた(CNN8月15日)。

スーパーマーケットで価格帯がウォルマートより高いターゲットは8月21日、2024年第2四半期(2024年5~7月期)の決算で純売上高が前年同期比2.6%増の250億2,100万ドルとなったと発表した。売上高は5四半期ぶりに増加し、金融業界の予想(1.15%増)を上回った。7月に開催されたアマゾンの大規模セール「アマゾン・プライムデー」に対抗するため、同社が独自のセールイベントを実施したことや、顧客の購入頻度が高い5,000品目を値下げした取り組みが買い物客を引き寄せた。同社のブライアン・コーネルCEOは、顧客は値下げに好意的に反応しており、同四半期の来店客数の増加に貢献したと説明。これまで販売が低調だった衣料品などの裁量品の売り上げも改善したが、これには新学期商戦による季節要因が後押しになったもようだ。通期(2024年2月~2025年1月)の既存店売上高の見通しについては、前年比横ばいから2.0%増になる見方を維持しているが、景気の不透明感を理由に、成長率は同範囲内の下限にとどまる可能性が高いとした。

景気の先行きを巡って不透明感が高まる中、大手小売業者の決算からは、消費者が生活必需品の購入を重視し、より安価に購入できるセール品を買い求める傾向が顕著になっていることを示唆している。このほか、バンク・オブ・アメリカによると、ディスカウント店での消費は2022年7月以降、小売り全体の支出を上回るペースで伸び続けている。

一方、百貨店では、選別傾向と販促競争激化で売り上げが伸び悩んでおり、メイシーズが8月21日発表した2024年第2四半期(2024年5~7月期)の純売上高は前年同期比3.8%減の49億ドル3,700万ドルと、市場予想に届かなかった。消費者が慎重姿勢を強めていることから、通期(2024年2月~2025年1月)の既存店売上高の見通しは横ばい~1.5%減から、0.5%減~2.0%減に下方修正した。

消費減速の背景として、家計での余剰貯蓄が底を尽き始めていることがある。余剰貯蓄は、インフレで購入価格が上がっても米国人の「消費したい」という気持ちを支えていたが、新型コロナ禍以降、貯蓄から支出へ流れたため、減少した。サンフランシスコ連銀によると、2021年8月には2兆1,000億ドルまで蓄積されていた残高が、2024年3月にはマイナスに転じており、全所得層で低価格を求める一因になっている。また、労働市場の減速に伴って賃金の伸びも減速傾向にあり、インフレによる影響を一層感じやすい状況にある。

こうした状況は、政府から発表される数字にも表れている。商務省発表の貯蓄率(毎月の所得のうち貯蓄に回す割合)の推移は極めて低水準にとどまっており、貯蓄がまた増える傾向は見られない。また、中・低所得者層のクレジットカードローンへの依存度が高まっている。図4で示したニューヨーク連銀が発表したクレジットカードローン残高と返済遅延率は上がっており、直近の遅延率は2011年以来の水準に上昇するなど、家計の財政状況の悪化が顕著になっている。

インフレ疲れと財政状況悪化の顧客心理を捉え、価格施策を打ったウォルマートやターゲットが直近の業績で成果を上げていることは、マーケティング的には成功しているといえる。

図4:クレジットカードローンの動向
クレジットカードローン残高と返済遅延率を2020年Q1から2024年Q2まで四半期毎に示したグラフ。 ローン残高は2020年Q1の約9,000億ドルから2021年Q1の8,000億ドル弱まで減少を続けたが、2021年Q2からは増加に転じ、直近では約1兆1,000億ドル台に増加している。 遅延率は2020年から下がり続け、2022年Q1に3%まで下落したが、その後伸びに転じ、最新の2024年Q2では7.2%まで上昇した。

出所:ニューヨーク連銀

今後の注目点

ここまで、直近の小売・外食企業の業績や関連する政府発表の数字を見てきたが、今後どのように状況が動くのかを見通すため、各種発表・情報をどのように読めばよいかを項目別に提示する。

各企業から発表される業績

実績も重要だが、前述5社の発表で見られたように、付随する企業幹部のコメントに消費の先行きを感じ取れる内容が含まれることが多い。関連する情報も踏まえながら読むと、業績予測の数字の意味合いが立体的に見えてくるだろう。

調査会社などから発表されるアンケート内容

大きなマクロ傾向は個々のミクロの積み重ねなので、消費者が何を考えているのか、それに対し企業はどう対応するのか考えながらデータをみることで、今後の動きがより具体的にイメージできる。状況は刻一刻と変わるので、適宜アップデートが必要となる。前述の企業業績の項目で紹介した米国金融サービス会社のアンケート結果などが参考になる。

政府機関が公表する数字や高官発言

結果としての数字や付随する高官発言はこれまでのストーリーを総括するものとして、先行きを考える際に留意する。

  • 消費者物価指数(CPI):インフレ動向を把握するための基礎的な指標となる。現状2%台で落ち着きを見せているが、小売・ECで扱う財に比べるとサービスの値下げスピードは遅いなど、個々の業種での動きには違いが見られる。
  • 雇用統計:労働市場の減速が続けば、賃金上昇率も低下し、特に中・低所得者層の緩やかな消費減速が予想される。
  • 連邦準備制度理事会(FRB)による金融政策:政策金利が下がると企業活動ではプラスで消費者の賃金上昇もある一方で、利子収入の減少は所得動向にはマイナスになるといった両面の可能性があり、一筋縄ではいかない場面も多い。8月23日のジャクソン・ホール会議でジェローム・パウエルFRB議長が「金融政策を調整すべき時が来た」と発言(2024年8月26日付ビジネス短信参照)したことにより、9月の利下げが確実と見なさされ、2024年内に複数回の利下げも予想される中で、利子収入は減少が予想される。他方、株式市場は利下げ期待と米国経済の減速に対する懸念が交錯し、しばらく不安定で変わりやすい動きになる可能性もある。先に挙げた各社の業績など個別企業への影響を一層注視していく必要がある。

次期政権の政策

民主党のカマラ・ハリス副大統領か、共和党のドナルド・トランプ前大統領のどちらが11月の大統領選挙で勝利するかによって政策が変わることになるため、それぞれが掲げる政策案には留意が必要となる。例えば、民主党が8月18日に発表した政策綱領(2024年8月20日付ビジネス短信参照)に含まれる「生活コストの削減」は、直接的な購入価格の減少メリットと企業業績低下で賃金低下を招く恐れというデメリットの両面があることにも考えを巡らせることが必要な場合があるので、有識者の分析にも注目が必要だ。7月発表の共和党の政策綱領でも、「インフレを終わらせ、米国に再び手頃な価格をもたらす」「労働者に大幅な減税を実施し、チップには課税しない」といった政策方針が掲げられており、これらの案がどう具体化されるかも気になるところだ(2024年8月9日付地域・分析レポート参照)。

執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課
本井 秀樹(もとい ひでき)
メーカーで、エジプト、モロッコ、セネガル、カナリア諸島向けテレビ・ビデオの営業ののち、PC用モニターのグローバル事業計画、商品企画を歴任。海外駐在は、英国・テルフォード市で1993~99年モニター工場、米国には1999~2002年にロサンゼルスとメキシコ・メヒカリ市にあったモニター工場にて、いずれも事業計画業務で経験。 2024年6月から現職。