韓国スタートアップ企業のテックトレンドとアントレプレナーシップを探る

2023年3月9日

2023年1月に、米国ラスベガスで世界最大のハイテク見本市のCESが3年ぶりにオフラインで開催された。全世界から約3,200社が参加し、このうち韓国企業は過去最多の約500社が参加した。政府関係機関[大韓貿易投資振興公社(KOTRA)、韓国創業振興院]、自治体(ソウル市)、大学(ソウル大学)も大手財閥企業と共にパビリオンを設けた。本稿では、CESに参加した企業の製品・サービスから見た韓国のスタートアップ企業のテックトレンドと韓国人のアントレプレナーシップについて紹介する。

「CESイノベーション賞」受賞企業、韓国が最多に

CES2023に出展した全世界の製品・サービスの中で、技術、デザイン、イノベーションに優れた612の製品・サービスが「イノベーション賞」を受賞した(注1)。このうち、韓国企業は216のイノベーション賞を受賞し、イノベーション賞全体の35.3%を占めた(表1参照)。これは、2022年の受賞数(139)の1.5倍だ。

表1:国・地域別のCES2023イノベーション賞受賞数
区分 韓国 米国 台湾 フランス 中国 日本 カナダ 全受賞
受賞数 216 177 38 37 29 21 16 612
割合(%) 35.3 28.9 6.2 6.0 4.7 3.4 2.6 100.0

出所:韓国貿易協会

さらに、「ベスト・オブ・イノベーション賞」を受賞した20社による23製品・サービスのうち、9社、12製品・サービスが韓国企業によるものとなり、最多受賞国となった。韓国企業9社の内訳は、スタートアップ企業が5社(表2参照)となり、このほかはLG電子、サムスン電子、サムスン電子アメリカ、SKと大手企業だった点からも、韓国のスタートアップの技術力の高さを客観視できる。そこで、スタートアップ企業の受賞製品・サービスを簡単に紹介する。

表2:CESベスト・オブ・イノベーション賞を受賞したスタートアップ企業
企業名 製品名 製品説明 受賞分野
Dot Dot Pad 触覚グラフィック装置 アクセシビリティ
Microsystem DFG-aided AI Surveillance Camera AI監視カメラ スマートシティ
Verses Meta Music System for Streaming メタバース音楽サービス ストリーミング
Zkrypto zKvoting ブロックチェーンを活用した投票アプリ サイバーセキュリティ・
プライバシー
Graphene Square Graphene Radiator グラフェン暖房機器 家庭用機器

出所:中小・ベンチャー企業部

「Dot Pad」(注2)は、視覚障害者向けの触覚グラフィックタブレットで、点字だけでなく、2,400のピンを通じ各種図形、記号、写真などが触覚を通じて認識することができ、アクセシビリティを画期的に向上させることが可能となる製品だ。「DFG-aided AI Surveillance Camera」(注3)は、高度なマイクロ流体技術を利用し、センサーの表面にある様々な汚染物質を迅速に除去することができ、日常生活、スマートシティ、工場などに高い汎用性があり、降雨時などの気象条件下でも鮮明な映像が提供できる。「Meta Music System for Streaming」(注4)は、仮想空間で利用者自身がアーティストや音楽を好みに合わせてアレンジ可能なアプリケーションで、クリエーターとしても能動的に音楽体験ができるサービスだ。「zKvoting」(注5)は、ブロックチェーン技術を活用した秘密投票ソリューションで、ゼロ知識証明(zero knowledge proof)により、投票者の個人情報、投票内容などの情報が完全に保護され、選挙の透明性や信頼性が向上するアプリケーションだ。最後に、「Graphene Radiator」(注6)は、最も薄く、強度性に優れたグラフェンを利用した仮想暖房家電で、一般のヒーターよりエネルギー効率が高く、薄く透明なため、空間を有効活用でき、デザイン性にも優れている。

「K-スタートアップ館」に51社が参加

中小・ベンチャー企業部は、CESの開催期間中、Eureka Park(注7)に「K-スタートアップ館」を設けた。そこには、国内の審査を通過した51社が参加した(表3参照)。これらの企業は、CESイノベーション賞の受賞のためのコンサルティング、申請書作成などの事前支援に加え、開催期間中は、発表会(Demo Day)の開催、投資家との間のビジネスマッチングなどの支援を受けることができた。ソウル市からも、通訳、広報などの支援が受けられた。K-スタートアップ館に入居した企業のうち、CESイノベーション賞を受賞した企業は14社(注8)だった点からも、政府支援の一定の効果があったと評価できよう。

韓国のアントレプレナーシップの背景を探る

2023年のCES参加企業や、受賞数などをみると、韓国ではアントレプレナーシップが育成されていると感じられる。そこで、起業までの経緯や成功までの道のりの一部を紹介したい。

  1. 企業名:sendbird
    • 設立:2015年
    • 事業内容:BtoBチャット、音声、ビデオ対話ソフトウェアサービス
    • 主要顧客:Yahoo、Reddit、Delivery Hero、Nexon、国民銀行など
    • その他:韓国で誕生した初のBtoBユニコーンスタートアップ企業

    sendbirdの代表は、ソウル大学でコンピュータ工学を学ぶ傍ら、「サムスンKHAN」(注9)で活動し、第1世代のプロゲーマーとして活躍した。自らの当時を「ゲーム廃人」と語っている。その後、ソフトウェア企業での勤務を経て、2007年にゲーム会社を設立、2012年に会社の売却に成功し、資金を確保した。2013年に米国で育児コミュニティーのスマイルファミリーを立ち上げ、コミュニティー事業のオンラインチャットと音声・ビデオ通話プラットフォーム部分を企業向けのアプリとして開発した。同社は、2021年に1億ドルの投資ラウンドでシリーズCの資金調達に成功し、10億5,000万ドルの企業価値が認められ、シリコンバレーに進出した韓国人が立ち上げたスタートアップとしては初のユニコーン企業となった。同代表は、スタートアップが持つべき第1のビジネスマインドとして、「顧客が求めるものを即座にキャッチして、サービスに反映できる情熱」と語る。具体的には、シンガポールの営業先が契約をためらう場面があったが、同社は契約を諦めず、エンジニア、プロダクトマネージャー、デザイナーなど従業員が即座にシンガポールに飛び、顧客とミーティング、週末は徹夜で顧客が求める機能を追加し、翌週の月曜日に契約することができたという。代表は、「『契約すれば求めるサービスを提供します』ではなく、『今週中にサービスを提供します』が、sendbirdの企業文化だ」と強調する。高度な技術やサービスの提供に加え、アナログ的な徹夜作業とのコンビネーションが印象的である。

  2. 企業名:Bear Robotics
    • 設立:2017年
    • 事業内容:自動運転サービスロボットの研究・開発・製造・販売
    • 主要顧客:KT、ロッテグループ、CJグループ、グーグル、ペプシ、マリオットなど
    • その他:2020年にソフトバンクロボティクスグループと日本市場進出のパートナーシップを締結

    Bear Roboticsの代表は、ソウル大学のコンピュータ工学科を卒業したエンジニアだったが、渡米し、テキサス州のオースティン大学でコンピュータ工学の博士号を取得した。その後、研究所勤務を経てグーグルに入社し、JAVAの開発者として6年間勤務した。グーグル在職中に何気なく軽い気持ちで「スンドゥプ」(注10)のレストランをオープンしたが、間もなく安易な考えだったと気付く。小さな意見の違いでコックが辞め、重労働に耐え切れず従業員が出ていった。去っていった従業員の代わりをこの代表が担うことになったが、配膳、片付け、整理といった単純かつ重労働をビジネスチャンスとして捉え、グーグルを退職し、配膳ロボットを開発することにした。2017年にシリコンバレーで同社を立ち上げた。現在では配膳ロボットの「Servi」が全米40州で普及している。同代表は「依然、タイル張りの床にスープをこぼすことなく持ち運びできるかなど、解決すべき課題がある」と更なる改善に取り組んでいる。思いがけないきっかけが、起業から成功へと導いたストーリーである。

続いて、これまでの2例とは異なり、韓国国内で、新たな社会的課題の解決に取り組むビジネスを、以下に紹介したい。

  1. 企業名:モノプラットフォーム
    • 設立:2021年4月
    • 事業内容:違法駐停車の取り締まり事前通報アプリ「ホイッスル(Whistle)」サービス
    • アプリDL数:200万(2023年1月時点)

    韓国では、自家用車の保有者の増加により、違法駐車が増え、これによる交通渋滞と事故の多発が社会的課題となっている。ソウル市だけで毎月14万~15万台の車両が違法駐車による過料を払っている。自治体が管理する違法駐車の取り締まりは、主に特定地域に設置された監視カメラ(CCTV)で取り締まる固定型と、取り締まりの職員や移動型のCCTVによる移動型に分かれる。各自治体は、早急な車両移動を促すため、それぞれ独自のシステムを開発し、ウェブサイトから携帯電話番号や車両番号を登録することで、違法駐車の事前警告を受けることができるが、利用者は自治体ごとにこれら情報を登録しなければならないという不便が生じている。「ホイッスル」は、アプリに必要な情報を一度登録することで、提携した自治体(注11)からの違法駐車の事前警告が受け取れるサービスだ。

    「モノプラットフォーム」は、金融、バイオ、モビリティのプラットフォームを提供するIT企業の社内公募により設立された企業だ。代表は「昨年末からソウル市とも議論を進めており、今年中にはソウル市でのサービス開始を目指したい」と話す。しかし、地域住民などからは、違法駐車に対しては、違法駐車を事前に知らせるのではなく、罰金を科すべきとの意見もある。このような意見に対して、「ホイッスルのサービスは違法駐車による被害のリスク早急に回避することで円滑な交通の流れを確保することだ。特に、スクールゾーン内の違法駐車問題は一刻も早く解決しなければならない課題だ」と強調し、地域との融和を図っている。新たなビジネスは、時として多様な意見を持つ者との対立を生むこともあり、特に社会問題解決型のビジネスの拡大のためには乗り越えなければならない壁であろう。

米国でスタートアップが成功する秘訣は

さて、米国で成功したスタートアップ企業の事例を紹介したが、これを支援する側はどのように見ているのか。KOTRAシリコンバレー貿易館長は「米国で成功するには『インサ』(注12)になれ」と語る。この意味するところは、自分一人で良いサービスをつくればよいということでは足りず、スタートアップの成功のカギとなるのはネットワーキングにあるということだ。多くの人とネットワークをつくり、投資家に辿り着くプロセスが重要であるという。

KOTRAシリコンバレー貿易館は、韓国のスタートアップ企業にとって、ラウンジのような場所だ。50社の入居企業と投資説明会、マーケティング展示会、ネットワーキングイベントなど数十の行事が定期的に行われている。KOTRAが多くの現地ネットワークを構築できた背景を、「20年にわたってKOTRAの職員が様々な関係を構築したこと、直接企業を訪問し、韓国スタートアップに関心を持つ企業を常に発掘していること」と語る。

さらに、同館長は「シリコンバレーで韓国人がチャンスをつかむことは決して容易ではなく、特に言葉の壁がある場合、一念発起して米国に来たものの、業界関係者とうまく付き合えず、結局韓国に戻っていくケースも少なくない」という。KOTRAでは、こういったシリコンバレーでのビジネスの仕方、ネットワーキング、各種イベントなどを積極的な支援している点は注目すべき点となろう。

2022年末時点の韓国のユニコーン企業は22社

中小・ベンチャー企業部によれば、2021年末に18社だった国内ユニコーンは、2022年末までに7社増えた一方、3社が上場、買収・合併によってユニコーンを卒業した。この結果、2022年末時点で22社になった(注13)。2022年の後半から世界的な景気減速懸念が高まる中、2022年の全世界の新規ユニコーン企業が2021年の半分以下の258社に減少したことを踏まえれば、韓国スタートアップ企業は健闘していると評価できよう(表4参照)。新たにユニコーン企業になった企業としては、世界100カ国以上の農畜産水産に関するニュースや現地情報の提供、1,200以上の品目に関する価格データ、HSコードを用いた貿易データなどを提供する「TRIDGE」、AIを通じたモバイルマーケティング、モバイル広告の効果測定、分析などを手掛ける「IGA Works」などが挙げられる。

表4:世界のユニコーン企業数
(2023年1月時点)
順位 国・地域名 ユニコーン企業数
1 米国 651
2 中国 172
3 インド 70
4 英国 49
5 ドイツ 29
6 フランス 25
7 イスラエル 23
8 カナダ 20
9 ブラジル 16
10 韓国 14
シンガポール
12 オーストラリア 8
メキシコ
14 オランダ 7
スウェーデン
香港
インドネシア
18 日本 6
スイス
アイルランド
合計 1,204

注:CBインサイツに掲載されたユニコーン企業数の比較。
出所:中小・ベンチャー企業部プレスリリース

資金面での支援が今後の課題に

2022年2月に結果が発表された創業企業実態調査(注14)によると、2020年末時点で創業した企業は307万1,694社だった(注15)。このうち、「技術基盤企業」(注16)は67万6,000社だった。創業における障害については、「資金の確保」と回答した企業が70.7%(複数回答)と最も多く、「失敗への恐怖」(40.3%)、「知識、能力、経験不足」(28.3%)と続いた。創業時に必要とされる資金は、平均で3億1,800万ウォン(約3,400万円、1ウォン=約0.105円)で、資金の調達方法は、「自己資金」が93.8%と高い割合を占め、政府からの支援や投資を受けた割合は6.0%だった。また、海外進出の経験がある企業の割合は2.6%との結果であった。 韓国のスタートアップ、ユニコーン企業の躍進は、現政権のスタートアップ企業のグローバル展開方針が達成に向けて順調なステップを踏んでいることを示すものだ。その一方、資金面での支援など、政府の支援拡充が求められよう(注17)。


注1:
CESを主催するCTA(全米民生技術協会、Consumer Technology Association)が選定した87人の審査委員が技術、デザイン、イノベーションを中心に評価を行い、イノベーション賞を選定。全分野を通じて優れた製品にはベスト・オブ・イノベーション賞を授与している。
注2:
製品の詳細は、Dot Padウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を参照。
注3:
製品の詳細は、Microsystemsウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を参照。
注4:
製品の詳細は、VERSES.KRウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を参照。
注5:
製品の詳細は、zKvotingウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を参照。
注6:
製品の詳細は、Graphene Radiatorウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を参照。
注7:
Eureka Parkは、Tech West地区に位置し、各国のスタートアップの展示が集積している。
注8:
CESイノベーション賞を受賞した企業は、表3の「RAONARK」「Seven Point One」「Supernova」「EVAR」「Air Deep」「AU」「inDJ」「In Hand Plus」「Curing innos」「DNA corporation」「Mars Auto」「SMARTOOTH KOREA」「Algo care」「Becon」の14社。
注9:
サムスン電子のプロeスポーツ団体。
注10:
純豆腐。スンドゥプチゲ(豆腐鍋)の略称として使われるほうが一般的。
注11:
2023年1月現在で、京畿道、釜山市など41の自治体でサービス提供が可能。
注12:
英語の「Insider」を短縮した韓国語の造語。「集団にうまく溶け込める人、社交的な人」という意味。
注13:
米調査会社CBインサイツに掲載された14社に、同部が把握した8社を追加した22社。
注14:
韓国の国家承認統計で、毎年、調査が実施されている。
注15:
2014年1月1日から2020年12月31日までに創業した企業数。
注16:
製造および知識サービス業(情報通信、専門・科学サービス、事業支援サービス、教育サービス、保健・社会福祉、創作・芸術・余暇)の各業種。OECDおよびEUの基準に基づく分類。
注17:
2022年9月に発表された「K-スタートアップグローバル進出戦略」では、2027年までにグローバル・ユニコーン企業10社の育成などを目標と掲げている。
執筆者紹介
ジェトロ・ソウル事務所 副所長
当間 正明(とうま まさあき)
2020年5月、経済産業省からジェトロに出向。同年6月からジェトロ・ソウル事務所勤務。