観光ポートフォリオの変化がもたらしたメキシコ観光業の強靭化
V字回復に至った不思議を探る

2023年3月23日

メキシコは、2020年に新型コロナウイルス感染拡大の影響を大きく受けながらも、観光業のGDPは約1年でV字回復を見せ、2022年にコロナ前を上回った。しかし、メキシコへの入国者数は依然としてコロナ前の6割強にとどまっている。コロナ禍によってもたらされた入国者のポートフォリオの変化に、この不思議を読み解くカギがある。

新型コロナ禍で生まれた入国者ポートフォリオの変化

メキシコは世界有数の観光地として知られ、民衆文化のみならず、自然なども楽しむために世界各国・地域から旅行客が訪れている。2023年2月現在、メキシコの世界遺産登録数は35(文化遺産27、自然遺産6、複合遺産2)で、世界第7位だ。こうした世界遺産だけでなく、メキシコは太平洋とカリブ海に面することから、リゾート観光地も多い。日本人にもハネムーン先として人気で、メキシコ最大の観光地のキンタナ・ロー州カンクンでは、州のGDPの約8割を観光業が生み出している。しかし、2020年からの新型コロナウイルスの世界的流行によって、観光業に依存した州などは経済的に非常に大きな影響を受けた。同州では、2020年第2四半期(4~6月)の実質GDP成長率は前年同期比で約6割減となった。だが、旅行先としてのメキシコの魅力が失われたわけではない。メキシコはパンデミック中にあっても、一度も国境を閉ざすことなく、国外からの旅行者を受け入れ続けただけでなく、入国に際してワクチン接種証明の提示やPCR検査の実施といった、他国で水際措置と考えられるものを一切実施してこなかった。そのため、諸外国での感染ピークの谷間(感染者数が下降傾向にある時期)には、入国制限がなかったメキシコが旅行先として選ばれていた。それを裏付けるように、宿泊・ホテル業の名目GDPの推移を見ると、2020年第2四半期は前期比91.3%減の168億ペソ(約1,277億円、1ペソ=約7.6円)と大打撃を受けたものの、1年半後の2021年第4四半期(10~12月)には、新型コロナ流行前の2020年第1四半期(1~3月)を超える2,051億ペソとなった(図1参照)。2021年第2四半期以降に特に急回復している理由は、米国でのワクチン接種の普及だ。同四半期には、ワクチンを2回接種済みの米国民が一定数に達していたことと、メキシコよりも感染が拡大していた米国から離れる人々が増えたためだ。

図1:宿泊・ホテル業の名目GDPの推移
2019年第1四半期が2,126億ペソ。第2四半期が2,194億ペソ。第3四半期が2,185億ペソ。第4四半期が2,195億ペソ。2020年第1四半期が1,927億ペソ。第2四半期が168億ペソ。第3四半期が738億ペソ。第4四半期が1,117億ペソ。2021年第1四半期が1,074億ペソ。第2四半期が1,636億ペソ。第3四半期が1,771億ペソ。第4四半期が2,051億ペソ。2022年第1四半期が1,971億ペソ。第2四半期が2,363億ペソ。第3四半期が2,279億ペソ。

出所:国立統計地理情報院(INEGI)

他方、メキシコへの総入国者数の推移を見ると、2019年は9,741万人、2020年は5,113万人、2021年は5,530万人、2022年は6,600万人と、入国者数の延べ数だけでは、2022年は2019年比で32.2%減だった(表1参照)。では、入国者総数がコロナ前の3割減という中、図1のとおり、宿泊・ホテル業が急回復しているのはなぜだろうか。それは、入国者数の内訳の変化にヒントがある。2019年は、メキシコでの宿泊者が4,502万人、宿泊をしない日帰り者が5,238万人だった。後者は主に、米国から車でメキシコに越境して職場に向かう人々や、ショッピングモールなどで安価な商品を購入して米国に戻る日帰り旅行客、リゾート地に到着する大型観光クルーズ船の寄港客などを指す。他方、2022年は宿泊者が3,832万人、日帰り者が2,766万人と逆転した。空路での入国申請者数だけに注目すると、2019年は1,964万人で、2022年は8.6%増の2,133万人だ。つまり、メキシコへの入国者総数はまだ回復していないものの、外国からの宿泊を伴う滞在型の入国者の増加というポートフォリオの変化がホテル・観光業にV字回復をもたらした要因の1つとなった。

表1:メキシコへの手段別入国者数の推移(単位:1,000人、%)(△はマイナス値)
項目 2019年 2020年 2021年 2022年 変化率
19/20年 19/21年 19/22年
総入国者数 97,406 51,128 55,301 65,996 △ 47.5 △ 43.2 △ 32.2
メキシコで宿泊する者 45,024 24,284 31,860 38,327 △ 46.1 △ 29.2 △ 14.9
階層レベル2の項目入国申請 23,758 10,815 18,044 25,425 △ 54.5 △ 24.0 7.0
階層レベル3の項目空路 19,635 8,338 14,602 21,330 △ 57.5 △ 25.6 8.6
階層レベル3の項目陸路 4,123 2,477 3,442 4,095 △ 39.9 △ 16.5 △ 0.7
階層レベル2の項目入国申請(国境地帯のみ滞在) 21,267 13,469 13,816 12,902 △ 36.7 △ 35.0 △ 39.3
宿泊をしない日帰りの者 52,382 26,845 23,441 27,669 △ 48.8 △ 55.2 △ 47.2
階層レベル2の項目国境地帯のみ滞在 43,287 24,264 21,687 20,594 △ 43.9 △ 49.9 △ 52.4
階層レベル2の項目クルーズ船の下船時のみ滞在 9,095 2,580 1,754 7,075 △ 71.6 △ 80.7 △ 22.2

注:国境地帯とは、メキシコと米国の国境から車両移動で3時間以内または200キロメール以内の地域を指す。
出所:国立統計地理情報院(INEGI)

宿泊を伴う国外からの旅行者が増加したことだけとは限らない。宿泊旅行者1人当たりのメキシコ国内での支出額も増えている。平均支出額に注目すると、2019年は496.5ドルだったが、パンデミック初年の2020年を除き、2021年に580.3ドル、2022年に687.4ドル(2019年比38.5%増)と上昇している(表2参照)。1人当たり支出額がコロナ前を上回っているのには、2つの要因が考えられる。1つ目は、滞在先がレジャー観光地に偏ったこと。2つ目は、入国した旅行者の6割以上が世界最大の経済国・米国からの渡航者だったことだ。このようにして、入国者数全体はコロナ前と比較して3割及んでいないものの、宿泊・ホテル業に活気が戻った。観光省によると、全国のホテル業界の収益は、2022年に2019年と同水準の2,498億ペソ、2023年に2,781億ペソを見込んでいる(図2参照)。

表2:メキシコへの入国者数と支出額の推移 (単位:1,000人、%)(△はマイナス値)
項目 2019年 2020年 2021年 2022年 変化率
19/20年 19/21年 19/22年
総入国者数 97,406 51,128 55,301 65,996 △ 47.5 △ 43.2 △ 32.2
階層レベル2の項目メキシコで宿泊する者 45,024 24,284 31,860 38,327 △ 46.1 △ 29.2 △ 14.9
階層レベル2の項目宿泊をしない日帰りの者 52,382 26,845 23,441 27,669 △ 48.8 △ 55.2 △ 47.2
支出総額 24,573.2 10,995.6 19,765.4 28,016.4 △ 55.3 △ 19.6 14.0
階層レベル2の項目メキシコで宿泊する者 22,354.0 9,860.8 18,487.3 26,346.9 △ 55.9 △ 17.3 17.9
階層レベル2の項目宿泊をしない日帰りの者 2,219.2 1,134.8 1,278.1 1,669.5 △ 48.9 △ 42.4 △ 24.8
平均支出額 252.3 215.1 357.4 424.5 △ 14.8 41.7 68.3
階層レベル2の項目メキシコで宿泊する者 496.5 406.1 580.3 687.4 △ 18.2 16.9 38.5
階層レベル2の項目宿泊をしない日帰りの者 42.4 42.3 54.5 60.3 △ 0.2 28.7 42.4

出所:国立統計地理情報院(INEGI)

図2: 全国のホテル業収益
2022年と23年は推計値。2019年が2,474億ペソ。2020年が1,037億ペソ。2021年が1,694億ペソ。2022年が2,498億ペソ。2023年が2,781億ペソ。

注:2022年、23年は推定値。
出所:メキシコ観光省

ホテル(ユースホステルなども含む)のカテゴリーを星別に1つ星~5つ星に分け、さらに、民泊業やキャンプ場などの未分類を含めた6段階にしたときに、1部屋・1泊当たりの平均価格を示したものが表3だ。2020年にパンデミックの影響を最も受けたのが民泊業者で、平均価格が58.5%下がった。これはもちろん、旅行を控える人が増えたこともあるが、一般民家を宿として利用する際の衛生面に不安を持つ人々が多かったことも要因だ。カテゴリーごとの平均価格に関しては、1~2つ星の安価なホテルでは、2021年にはコロナ前の価格を上回る早い回復を見せている。しかし、3つ星以上のホテルでは2022年にようやく2019年を上回った。メキシコも含めた世界的なインフレ率上昇により、メキシコ国内の人件費が上昇していることから、観光省は2023年は全カテゴリーで3%を超える宿泊費の上昇を見込んでいる。

表3:ホテルの星別平均宿泊費と変化率の推移(全国平均)(単位:ペソ、%)
項目 2019年 2020年 2021年 2022年 2023年
金額 変化率 金額 変化率 金額 変化率 金額 変化率 金額 変化率
平均額 1,857 4.5 1,673 △ 9.9 1,746 4.4 2,015 15.4 2,109 4.7
5つ星 2,206 6.8 1,987 △ 9.9 2,029 2.1 2,389 17.7 2,537 6.2
4つ星 1,335 2.3 1,256 △ 5.9 1,257 0.1 1,414 12.5 1,467 3.7
3つ星 1,048 3.4 994 △ 5.2 1,031 3.7 1,163 12.8 1,232 5.9
2つ星 825 3.9 800 △ 3.0 827 3.4 916 10.8 964 5.2
1つ星 570 5.2 567 △ 0.5 606 6.9 681 12.4 732 7.5
未分類 667 3.4 277 △ 58.5 446 61.0 658 47.5 700 6.4

注1:金額は、各カテゴリーの1部屋の1泊あたりの平均額。
注2:2022年と23年は推定値。
出所:メキシコ観光省


外国人に人気の5つ星ホテル(ジェトロ撮影)

5州でメキシコ全体の約半分の宿泊業収入を生み出す構造

メキシコ32州を宿泊業収入でランキング化した場合、上位5州でメキシコ全体の約半分を占めている。観光省の2022年の予測では、最大観光地カンクンのあるキンタナ・ロー州だけで23%を占め、次いでハリスコ州が9%、ナヤリ州が6%、南バハ・カリフォルニア州が5%、首都メキシコ市が5%となっている(図3参照)。ハリスコ州とメキシコ市は製造業や農業、金融業、その他のサービス業などが発達しているため、観光業に偏った経済構造ではないが、その他の3州は観光業が大部分を占めており、農業や漁業といった第一次産業が一部あるだけだ。従って、飲食とサービスを提供するホテルの客室稼働率が州全体の経済を大きく左右することになる。

図3:メキシコの宿泊業収入額(2022年予測)
キンタナ・ロー州が578億ペソでシェア23%。ハリスコ州が231億ペソでシェア9%。ナヤリ州が142億ペソでシェア6%。南バハカリフォルニア州が136億ペソでシェア5%。メキシコ市が130億ペソでシェア5%。ベラクルス州が108億ペソでシェア4%。シナロア州が100億ペソでシェア4%。ゲレロ州が98億ペソでシェア4%。ヌエボレオン州が90億ペソでシェア4%。チワワが67億ペソでシェア3%。その他の州が817億ペソでシェア33%。

出所:メキシコ観光省

2022年のホテルの客室稼働率をベースにランキング化した表4を見ると、ハリスコ州を除いた4州が5位までにランクインしている。首位のキンタナ・ロー州では、2020年の客室稼働率が前年比44.5%減と、減少幅でメキシコ最大となり、同年の州の実質GDP成長率が約6割減という状況に至ってしまった。2021年の客室稼働率に関しては、2019年を上回る州はなかった。2022年もコアウイラ州、サカテカス州、メキシコ州のみが2019年を上回った。観光省は、2023年にようやく13州が上回る予想をしているものの、半分以上の州が2019年の実績は超えないとしている。

表4:ホテル客室稼働率の推移(単位:%、ポイント)(△はマイナス値)
州名 2019年 2020年 2021年 2022年 2023年
稼働率 前年比 稼働率 前年比 稼働率 前年比 稼働率 前年比 稼働率 前年比
キンタナ・ロー 73.6 △ 2.5 29.1 △ 44.5 50.6 21.5 70.2 19.6 74.6 4.4
ナヤリ 74.1 △ 0.4 31.8 △ 42.3 46.1 14.3 68.7 22.6 73.0 4.3
ヌエボ・レオン 65.3 △ 3.3 24.2 △ 41.1 39.7 15.5 63.3 23.6 67.3 4.0
南バハ・カリフォルニア 65.8 0.3 32.5 △ 33.3 56.7 24.2 60.4 3.7 64.2 3.8
メキシコ市 65.5 0.4 23.5 △ 42.0 34.1 10.6 60.1 26.0 63.8 3.7
アグアスカリエンテス 57.5 △ 3.9 27.8 △ 29.7 39.5 11.7 56.6 17.1 60.2 3.6
サン・ルイス・ポトシ 56.0 △ 3.8 25.6 △ 30.4 35.4 9.8 55.2 19.8 58.7 3.5
イダルゴ 56.0 △ 1.5 24.8 △ 31.2 28.2 3.4 53.1 24.9 56.4 3.3
ハリスコ 55.8 △ 1.7 27.2 △ 28.6 41.5 14.3 53.1 11.6 56.4 3.3
コアウイラ 45.9 △ 11.4 27.6 △ 18.3 39.3 11.7 52.9 13.6 56.2 3.3
全国平均 56.5 △ 0.4 25.5 △ 31.0 38.9 13.4 52.5 13.6 55.8 3.3
チワワ 60.2 4.2 26.1 △ 34.1 47.3 21.2 51.6 4.3 54.9 3.3
ケレタロ 53.4 △ 2.3 21.5 △ 31.9 33.6 12.1 51.4 17.8 54.6 3.2
ソノラ 54.9 △ 0.5 26.7 △ 28.2 34.8 8.1 51.1 16.3 54.3 3.2
ユカタン 55.2 0.4 20.0 △ 35.2 33.5 13.5 50.6 17.1 53.8 3.2
シナロア 56.7 2.3 34.1 △ 22.6 49.9 15.8 50.2 0.3 53.3 3.1
サカテカス 49.2 △ 4.3 22.8 △ 26.4 28.9 6.1 49.3 20.4 52.4 3.1
プエブラ 52.2 0.6 17.6 △ 34.6 12.7 △ 4.9 47.7 35.0 50.6 2.9
ドゥランゴ 51.8 0.3 24.3 △ 27.5 36.7 12.4 47.5 10.8 50.5 3.0
タマウリパス 50.9 0.8 30.9 △ 20.0 23.1 △ 7.8 46.2 23.1 49.1 2.9
ゲレロ 49.4 2.0 23.7 △ 25.7 35.7 12.0 43.8 8.1 46.5 2.7
コリマ 47.0 △ 0.2 23.4 △ 23.6 38.9 15.5 43.6 4.7 46.3 2.7
バハ・カリフォルニア 46.9 0.1 27.1 △ 19.8 51.3 24.2 43.2 △ 8.1 45.9 2.7
オアハカ 47.8 1.4 19.9 △ 27.9 23.2 3.3 42.8 19.6 45.5 2.7
ベラクルス 43.1 △ 2.1 21.6 △ 21.5 32.7 11.1 41.7 9.0 44.3 2.6
グアナファト 39.8 △ 4.8 18.4 △ 21.4 24.9 6.5 41.1 16.2 43.7 2.6
カンペチェ 45.1 0.9 25.5 △ 19.6 35.7 10.2 40.7 5.0 43.3 2.6
モレロス 43.7 △ 0.2 24.1 △ 19.6 30.2 6.1 40.5 10.3 43.0 2.5
ミチョアカン 56.6 14.1 30.8 △ 25.8 39.1 8.3 39.2 0.1 41.7 2.5
タバスコ 43.7 3.6 25.8 △ 17.9 38.8 13.0 37.0 △ 1.8 39.4 2.4
メキシコ州 34.0 △ 2.9 14.3 △ 19.7 20.0 5.7 34.1 14.1 36.2 2.1
チアパス 36.8 2.1 17.2 △ 19.6 28.0 10.8 32.0 4.0 34.0 2.0
トラスカラ 29.3 △ 1.8 10.8 △ 18.5 16.5 5.7 28.7 12.2 30.5 1.8

注:2022年、23年は想定値。
出所:メキシコ観光省

執筆者紹介
ジェトロ・メキシコ事務所
志賀 大祐(しが だいすけ)
2011年、ジェトロ入構。展示事業部展示事業課(2011~2014年)、ジェトロ・メキシコ事務所海外実習(2014~2015年)、お客様サポート部貿易投資相談課(2015~2017年)、海外調査部米州課(2017~2019年)などを経て現職。