伝統医療と西洋医学を融合し、研究を推進(スリランカ)
ガンパハ・ウィクラマーラッチ伝統医療大学(GWUIM)関係者に聞く

2023年1月20日

近年、伝統医療に対する関心が国際的に高まっている。人類が長年利用してきた伝統医療を活用することが、生物多様性や持続可能な開発といった観点からも注目されるためだ(注)。インドを発祥としてスリランカでも盛んなアーユルベーダ(Ayurveda)も、その一例と言える。ガンパハ・ウィクラマーラッチ伝統医療大学(Gampaha Wickramarachchi University of Indigenous Medicine、GWUIM)で、アーユルベーダなどの伝統医療に関する研究・教育を進めているのも、その現れと言えるだろう。なおGWUIMは、2021年3月、スリランカで16番目の国立大学として発足した。

本稿では、GWUIMで学長・教授を務めるランジャナ・ウィクレマ・セネヴィラトネ(Prof. Ranjana Wickrema Seneviratne)氏、国際センター長・上級講師。亜山歌・パレワッタ(Dr. Asanka Pallewatta)氏、国際センター国際協力担当のディナリ・アーリヤシンハ(Dinali Ariyasinghe)氏、登録官のクリシャンタ(B.A.N. Krishantha)氏に、伝統医療に関連した研究や教育、日本企業への期待について話を聞いた(インタビュー日:2022年12月30日)。なお、今回のインタビューは、観光情報や研修事業を提供するスパイスアップ・スリランカ社によるインターンシップ事業への協力の一環として実施した。


ガンパハ・ウィクラマーラッチ伝統医療大学(GWUIM)の教職員ら(左の4人)
(スパイスアップ・スリランカ社提供)

伝統医療の知識を、現代社会に応用

質問:
ガンパハ・ウィクラマーラッチ伝統医療大学の概要について。
答え:
本学は、1929年に伝統医療の教育機関として創立された。1995年には、ケラニヤ大学(国立大学)付属の機関として位置づけられた。2020年に7分野で学位プログラムが認められ、2021年3月に、スリランカで16番目の国立大学として発足した。スリランカでは、国立大学の学生は学費無料だ。その分、国家予算への影響も大きい。このため、国立大学としての認可を得ることは容易ではない。
現時点では、伝統医療部、伝統健康科学技術部、伝統社会科学管理学部の3つの学部と、医学、臨床、手術、経営学の4つの大学院修士課程を擁している。1学年あたりの学生数は、およそ350人。全員がスリランカ出身だ。ただし、今後は留学生の受け入れにも力を入れたい。また、国立大学として認定を受けたことで、研究・教育施設の拡充に注力していきたい。
質問:
現代において、伝統医療に関する研究や教育を進める意義とは。
答え:
スリランカは、ポルトガルに始まり、オランダ、英国が植民地支配してきた。そのため、西洋発の学問の影響を強く受けている。本学では、そうした西洋の学問と、それら国々による侵略以前に培われた伝統的な学問との融合を目指している。
例として、糖尿病治療薬を挙げることができる。天然の植物に由来する成分を活用することで、患者に副作用のない医薬の開発に取り組んでいる。この開発は、伝統医療の知識を現代社会に応用するものだ。西洋医学の場合、副作用が生じることも多い。そうした観点から、伝統医療への知見が求められている。スリランカでは、植民地支配以前の時期にも医療が発達していた。実際、(古都の)アヌラーダプラの遺跡から、現在の医療器具の原型物などが発見されている。
質問:
具体的に、大学ではどのような教育をしているのか。
答え:
現在は、伝統医療に関連した、美容や食事などの教育をしている。伝統医療には、インドを発祥とするアーユルベーダだけでなく、中東起源のユナニ医学、南インドのタミル地方に伝わるシッダ医学も教えている。
一方で、伝統医療に加えて、先端分野の研究にも力を入れている。情報通信技術(ICT)を活用したヘルスケア分野の研究も進めている。近い将来、遠隔医療や仮想現実(VR)など、最先端の研究にも足を踏み入れていきたいと考えている。

実践的な教育により、自発的に問題解決に取り組む人材を育成へ

質問:
企業での就職に向け、産業人材をどのように育成しているのか。
答え:
伝統医療分野の学生といえども、産業界での就職への関心が高い。また、アーユルベーダなどの伝統医療の知識だけでは、就職先が限られてしまう。そのため、企業への就職につながる教育に力を入れている。
もともとスリランカの大学では、講義形式による教育が主流だった。こうした授業形式では、一方的に教え込むことから「スプーン・フィーディング」と揶揄(やゆ)されてきた。学習内容の暗記を求める傾向も強かったが、一方的に知識を植え付けることについて産業界からも否定的な声が強かった。
このため本学では、実験やプレゼンテーションを通じて、実技の面での高度な知識と経験の定着を図っている。教育におけるカリキュラムについては、学問の発展や産業界のニーズを踏まえ、10年後を見据えて策定している。
質問:
理想とする学生像は。
答え:
自発的に、問題を解決する人材に成長してほしい。スリランカでは、官民問わず効率性を欠いた状態のまま、進展のないケースが少なくない。だからこそ、問題解決能力が重要となる。大学で学問に取り組む中で、理解が進まずに悩むことや、失敗も重ねることもあるだろう。そうした壁に直面することで、自分で切り開いていく能力を伸ばすことができる。そして、将来、課題に直面したときに、過去の体験をもとに試行錯誤を通じて解決を図ることもできるようになるだろう。
加えて、自身の興味がある学問を幅広く学んでほしい。いろいろな分野の知識を組み合わせることで、他人にはないユニークな能力を備え、社会で唯一の貴重な人材になることができる。自身(亜山歌氏)も、電子工学・ナノ工学を専門としつつも、音楽やファッション、国際関係論や語学など幅広い分野の知識を習得してきた。それが、研究だけでなく、自身が関わっている教育分野でも有益だったと実感している。これは、様々な学位プログラムに関するカリキュラムを開発した際に感じたことでもある。

日本の大学や企業との共同研究に期待

質問:
セネヴィラトネ氏は、日本に対してどのような印象を抱いているか。
答え:
2022年は、日本とスリランカの国交樹立70周年に当たる。そうした節目の年に、日本人が初めて来訪したことを心から歓迎したい。サンフランシスコ講和会議でのジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ氏による演説をきっかけに、これまで両国は友好関係を継続してきた。過去にスリランカ政府が、日本が提案した軽量高架鉄道(LRT)プロジェクトをキャンセルしたことは誠に遺憾だ。一方で、バングラデシュで日本の支援を通じて新たに都市鉄道が導入されたというニュースを最近、目にした。こうした取り組みは、交通渋滞が深刻なスリランカの首都圏でも必要だ。
質問:
亜山歌氏は、日本の大学で研究経験もあると聞いている。その際、どのような点が印象的だったか。
答え:
日本の高専や大学の学部・修士課程で、計10年間を過ごした。日本での研究生活で印象的だった点として、どの分野であっても常に「他者を考える(think about others)」ことがある。例えば安全の分野では、日本の社会の根底にある、他者への配慮が作用しているといえるだろう。スリランカの文化ではそれほど気にすることがないため、非常に感銘を受けた。
質問:
日本の企業にどのような点を期待しているか。
答え:
日本の企業に対しては効率性が高いという印象が強い。また、産業協力を通じて5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)をスリランカに浸透させたことには感謝を抱いている。スリランカは、まだまだ自動化や機械化を進める余地が大きい。そうした分野での日本企業による協力を通じ、効率性の向上にも期待したい。日本の大学や企業とは、ぜひ共同研究に取り組む機会があればありがたい。

GWUIMのキャンパス。朝7時台にもかかわらず多くの学生が集まり、活気があふれていた(ジェトロ撮影)

注:
世界保健機関(WHO)は2022年3月、インド政府の協力のもとで、グジャラート州ヤムナガールに伝統医療の研究拠点としてグローバルセンターを設立した。
また、日本の産業技術総合研究所も2022年10月、全インドアーユルベーダ研究所との協力覚書を締結。ストレス抑制や老化防止に役立つ植物由来成分の研究に取り組むと明らかにしている。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。