サプライチェーンと人権の問題に積極的に取り組むドイツ企業

2023年3月13日

ドイツでは、2023年1月1日に「サプライチェーンにおける企業のデューディリジェンスに関する法律」(以下、デューディリジェンス法)が施行された。同法は、ドイツ国内で活動する企業が自社サプライチェーン全体において負うべき、人権に関する注意義務(デューディリジェンス)に関して定めたものである。

本稿では、「サプライチェーンと人権」への取り組みが進むドイツの動きとして、同問題に積極的に取り組むドイツ企業3社の事例を紹介する。

ドイツにおけるデューディリジェンス法

ドイツ連邦政府は、2016年に「ビジネスと人権に関する国別行動計画」(National Action Plan:NAP)を策定・公表した。その後、2019年と2020年に政府が行った企業調査「NAPモニタリング」の結果、人権に関するドイツ企業の自主的取り組みが不十分であったことを受け、デューディリジェンス法の法制化が進められた。法案の概要と成立までの経緯については、2021年6月11日付地域・分析レポート「ドイツで審議進む人権デューディリジェンス法案の概要と動向」にまとめられている。

同法は、2023年1月に施行された。対象となるのは、ドイツ国内に拠点を置く、一定の従業員数(注1)を持つ企業で、ドイツ企業のほか、在独日系企業など外国籍企業も含まれる。該当企業には、人権や環境に対するリスク管理体制の確立、責任者の明確化、定期的なリスク分析の実施が求められる。また、自社が同法の対象ではない場合でも、対象となるドイツ企業などと取引がある場合は、取引相手から人権や環境に関するリスク管理を求められることになる。なお、ジェトロは、ドイツ政府が国内企業向けに発表した同法におけるリスク分析に関するガイダンスの和訳も公開している。

ドイツ企業の取り組み

ここからは、ドイツ企業3社[(1)レーベ・グループ、(2)チボー、(3)アリアンツ・グループ]が各社ホームページで公開しているサステナビリティに関する取り組みの中から、サプライチェーンと人権に焦点を当てた事例を解説する。

1. レーベ・グループ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(食品小売り、観光)

レーベ・グループは、ドイツおよび欧州諸国でスーパーマーケットの運営や観光事業を行う企業(以下、レーベ)。同社は、特定の環境課題や労働基準違反のリスクが高いとされる原材料の生産と加工に焦点を当てた取り組みを行っている。食品分野において、特に重大なサプライチェーンと人権のリスクがある原材料として、青果、鮮肉、乳製品、コーヒー、カカオ、ジュース、紅茶、パーム油、鮮魚を特定。OECDと国連食糧農業機関(FAO)が策定した「責任ある農業サプライチェーンのためのOECD-FAOガイダンス」の核心要素を基に、同社が2017年に策定した「グリーン製品戦略2030」の枠組みに基づき、行動すべき分野として人・動物・環境の3分野を割り当てた。

青果に関する取り組みとして、レーベは2013年より、一次農産物のサプライヤーに対して、国際労働機関(ILO)によって規定された労働基準や関連する国内法に準拠することを求めている。これには、法定最低賃金以上、かつ交渉もしくは契約に基づいた給与の適切な支払いも含まれる。全ての青果生産者は、外部機関による監査を受けることで、提示されている要件に満たしていることを明らかにする必要がある。

また、中米地域におけるバナナやパイナップルの耕作において、悪質な労働環境や、殺虫剤の広範囲な使用による生態系へのダメージが問題となっていることを受け、環境改善に取り組んでいる。レーベは2013年から2021年にかけて、「バナナ基金」と題し、500万ユーロ以上の資金提供を実施した。同基金は、バナナやパイナップルの農園における労働者とその家族の生活環境や自然環境の改善に資するものである。プロジェクトへの申請や現地での実施に関する業務はドイツ国際協力公社(GIZ、注2)が担い、同基金からの資金提供については、サプライヤーやレーベの代表からなる認定委員会によって承認される仕組み。

レーベは、バナナ農園で働く労働者の生活賃金の確立や社会状況の改善を目的とした、様々なイニシアチブに参加している。エクアドルで行われた試験プロジェクトでは、現地のバナナサプライヤーに対して、サプライチェーンの構造や調達基準に関する調査を行った。そこで得られた回答を基に、農園における労働者権利の拡大、効果的な苦情処理システムの導入、賃金や労働環境の監視機能の保証に焦点を当てたリスク分析や効果的な対策の打ち立てを実施していく。同対策の実施には、標準化団体や、地域、市民社会団体、組織が協力する。

2. チボー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(小売り)

チボーは、ドイツ・ハンブルク州に本社を置く、コーヒーや生活雑貨を扱う小売業者。同社の持続可能な経営方針は、受賞などのかたちで度々社会から評価されている。

チボーが行うリスクアセスメントでは、第1段階として、製品を生産している国における人権尊重の状況を評価し、国際団体や研究機関、労働組合によって提示されている指標や、自社の経験に基づいて、分析を行う。これにより、国や地域ごとに特定された問題に合わせたガイドラインの策定が可能になる。第2段階では、製造業者と取引を始める前に、チボーが規定する社会および環境行動規範において示された、人権や労働者権利に関する最低限の基準を満たしているかを確認する。

チボーは、自社の人権や労働者権利に関するコンプライアンスを保証する上で、社会的責任監査(注3)の実施だけでは監査を行った時点での不備を明らかにすることに限られ、長期的な改善にはつながらないと考えている。そのため、自社で設定した評価基準に基づいた監査を行い、工場の現状把握に努めている。差別や労働組合権の侵害といった明らかになりにくい項目に関しては、監査の代わりに、チボー独自の取り組みであるWEプログラム(後述)や、労働組合と協力した取り組みを実施している。

WEプログラムとは、持続的かつ自立的な方法で、サプライチェーンにおける労働環境を改善する取り組み。2008年にGIZと試験運用を開始した。チボーのサプライチェーン内の工場で働く人々に、自身の権利に関する理解と保護を促すとしている。同プログラムは、チボーの食品以外のサプライチェーン上での人権リスクに関する評価から発展した。ILOや人権に関する国際条約によって定められた基準に基づき、特に改善を要する5つの項目である(1)労働時間と賃金、(2)労働組合の自由化、(3)差別とセクシャル・ハラスメント、(4)職場における健康と安全、(5)現代奴隷と児童労働、をカバーするものである。

WEプログラムには決まった手順が存在せず、各工場や部門別の問題に合わせた内容で構成される。最初に、プログラムに参加する工場の労働者たちは解決に急を要する問題を特定し、WEプログラムがカバーする5つの項目について、取り組む順番を決定する。WEプログラムの継続期間は少なくとも2年とされ、意見交換の場を3カ月ごとに設けることにより、進捗が滞らないようにしている。WEプログラムは、バングラデシュ、中国、インド、カンボジア、ミャンマー、パキスタン、トルコ、ベトナムで運用されている。これらの工場では、チボーや他の顧客向けに、衣類、テキスタイル、革製品、ジュエリー、電子機器、家具、貴金属製品や台所用品を生産している。

3. アリアンツ・グループ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(保険・金融)

アリアンツ・グループ(以下、アリアンツ)は、保険業務と投資家の資産運用をグローバルに行う、ドイツの大手保険会社。人権に関する取り組みとして、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に準拠し、国連グローバル・コンパクト(以下、UNGC、注4)に2002年から参加している。

人権への潜在的な影響を把握する上で、保険・投資会社、雇用主、サプライチェーンを含む企業全体、企業市民など、自社の多様な役割から問題を考えることが重要であるとし、役割ごとに人権リスクを管理するプロセスを組み込んでいる。

保険・投資会社として、アリアンツの人権デューディリジェンスのプロセスは、全社的なESG(環境・社会・カバナンス)アプローチの一環として、より広域なリスクマネジメントシステムに統合されている。保険・投資業務における人権侵害のリスクを特定するため、アリアンツは産業別と国別のアプローチを組み合わせている。具体的には、保険および非上場資産の投資業務におけるリスクアセスメントに人権の観点が含まれることを確保するため、人権侵害が危ぶまれる産業向けのESGガイドラインに、各産業独自の人権に関するガイドラインを設けている。また、組織的な人権侵害のリスクがあるとされる国に向けたウォッチリストを用意し、これらの国で行う事業すべてに、人権に関する一般的なガイドラインを適用している。

アリアンツは、世界的な事業展開を行う雇用主として、世界人権宣言を適用している。UNGCの10原則を同社の行動規範に組み込み、OECD多国籍企業行動指針も順守している。労働における基本的原則および権利に関するILO宣言を支持し、結社の自由および団体交渉権を承認。国内法により労働組合や労使協議会の結成が禁止されている国においては、国内法を尊重しながらも、交渉や結社を妨げず、UNGCの原則に従って行動するとしている。職場におけるジェンダー平等に関しては、2020年に最高経営責任者(CEO)のオリバー・ベーテ氏が女性のエンパワーメント原則を支持する誓約にサインしたことで促進された。

また、サプライチェーンを含む企業全体としては、人権に関する国際的な基準へのコミットメントを、サプライヤーの従業員や同社のサプライチェーンの影響を受ける人々に拡大している。調達関連の部署がサプライヤーと協働し、アリアンツの行動規範で規定したESGスタンダードを関係者が順守しているかどうかを確認。英国における事業活動では、現代奴隷法(注5)に準拠し、情報開示を年に1度、行っている。

企業市民の視点からは、1人も排除せず社会の構成員として取り込む「社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)」の一環として、人権尊重を促がす、世界中のプロジェクトやイニシアチブを支援している。アリアンツの関連会社による国際的ネットワークは、次世代の未来を守るための社会的な課題への取り組み支援を目的としている。アリアンツは寄付活動を積極的に行なっているが、寄付を受ける団体には、同社が掲げる人権に関する基準を守ることを義務付けている。

本稿で紹介した事例は各社の取り組み内容の一部であり、企業の社会的持続可能性を維持するため、3社ともに幅広い取り組みを行なっている。人権尊重に関する規制整備や、企業による取り組みへの期待が高まる中、問題解決に向け、全社的な対応が重要であると言える。


注1:
2023年1月の施行時には従業員数3,000人以上、2024年1月からは1,000人以上の企業。
注2:
持続可能な発展や教育事業に関する国際協力を行うドイツの政府機関。
注3:
製品を製造する自社工場や、サプライチェーン上にある取引先工場での労務・人権・環境などについてチェックを行い、問題があれば、その改善を促すこと。
注4:
国連と民間(企業・団体)が、ともに健全なグローバル社会を築くためのサステナビリティ・イニシアチブ。会員はUNGCの4分野(人権、労働、環境、腐敗防止)10原則に賛同し、実現に向けた継続した努力が求められる。
注5:
英国で2015年に制定、施行された現代奴隷労働や人身取引に関する法的執行力の強化を目的とした法律。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
前田 唯乃(まえだ ゆの)
2022年10月〜2023年3月、海外調査部欧州ロシアCIS課にインターン生として在籍。上智大学経済学部3年生。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
森 友梨(もり ゆり)
在エストニア日本国大使館(専門調査員)などを経て、2020年1月にジェトロ入構。イノベーション・知的財産部イノベーション促進課を経て、2022年6月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
牧野 彩(まきの あや)
2011年、ジェトロ入構。企画部情報システム課、ジェトロ福島、ジェトロ・ロンドン事務所を経て、2022年5月から現職。