資金調達額減少も、新興エコシステムに注目(米国)
米国スタートアップ動向

2023年8月22日

米国における2022年のスタートアップへの投資件数や金額は、前年からいずれも大きく減少し、その傾向は2023年第1四半期も続いている。それでもなお、米国は投資規模やユニコーン企業数は依然として世界最大を誇る、スタートアップ大国である。シリコンバレーやニューヨークといった主要なスタートアップ・エコシステムのほかにも、大学を中心に拡大したテキサス州オースティンなど、これまで必ずしも注目度が高くはなかったエコシステムもみられるようになった。本レポートでは、ジェトロが2023年7月に発表した「世界貿易投資報告2023年版」から、2022年における米国スタートアップ・エコシステムの動向を紹介する。

スタートアップへの投資総額は世界全体の約半分

オランダの調査会社ディールルームによると、2022年のスタートアップに対する投資総額のうち、米国は世界全体の46.8%を占め、引き続き国別最大となった。また米調査会社のCBインサイツが発表したデータ(2023年5月末時点)によると、米国にはユニコーン企業(注1)が656社所在し、世界全体(1,215社)の54.0%を占める。この数は、続く中国(178社)やインド(70社)と比べても格段に多い。

スタートアップの誕生や成長を支援するエコシステムも、質の高いものが各地に所在する。世界のスタートアップ・エコシステムを総合的に評価したランキング「グローバル・スタートアップ・エコシステム・レポート」2023年版(GSER2023)では、上位30都市のうち、シリコンバレーを筆頭に、ニューヨークやロサンゼルス、ボストンなど、米国のエコシステムが13カ所と半分近くを占める。

資金調達件数・金額ともに2022年は減少

他方、世界トップのスタートアップ大国であることは変わらないものの、2022年の米国での投資件数および金額はいずれも前年から減少し、資金調達をめぐる環境は大きく変化した。米調査会社のピッチブックと全国ベンチャーキャピタル協会(NVCA)が発表した報告書「ベンチャー・モニター(2023年第1四半期版)」によると、米国におけるスタートアップへの投資件数は1万8,610件(推計値)で前年(1万8,798件)から1.0%減少した。投資金額ベースでは2,463億ドルと、前年(3,460億ドル)から28.8%減となり、大幅に規模が縮小した。さらに2023年第1四半期には、同期間における資金調達額が370億ドルと、2019年第4四半期以来の低水準にとどまっている。

中でも、レイター・ステージやベンチャー・グロースでの大型の資金調達が困難になっている。2022年のVCによるレイター・ステージ向け投資額は966億ドルと前年から34.6%減、ベンチャー・グロースも39.1%減の大幅減となった(表1参照)。2023年第1四半期には、資金調達額が1億ドルを超えるメガラウンドの数もレイター・ステージでは18件、ベンチャー・グロースでは13件へと落ち込み、後者は2018年第1四半期以降で最少だった。

これらの要因には、「ベンチャー・モニター」では金利の引き上げや、景況感の不透明化が挙げられている。ロシアによるウクライナ侵攻や、新型コロナ禍からの経済回復の途上で発生したサプライチェーンの混乱による物価高を受け、連邦準備制度理事会(FRB)は2022年3月、それまで約2年間続けたゼロ金利政策を解除し、2022年末までに政策金利(FF金利)を4.25ポイント引き上げた(注2)。これによりリスクマネーの投下が難しくなり、投資家が相対的にリスクの低い投資先を選好するようになった結果、スタートアップ向け投資は全体として減少したと考えられる。

表1:VCによるステージ別投資総額(単位:10億ドル、%)(△はマイナス値、-は値なし)
項目 2018年 2019年 2020年 2021年 2022年(予測値)
金額 対2020年比 対2021年比
エンジェル/シード・ステージ 10.9 11.4 11.9 19.5 22.8 91.6% 16.9%
アーリー・ステージ 41.4 44.7 44.0 87.3 71.2 61.8% △18.4%
レイター・ステージ 64.7 58.2 70.3 147.6 96.6 37.4% △34.6%
ベンチャー・グロース 28.7 35.9 44.7 91.6 55.8 24.8% △39.1%
投資総額 145.7 150.2 170.9 346.0 246.4 44.2% △28.8%
投資総額の対前年比増加率 61.9% 3.1% 13.8% 102.5% △28.8%

注:アーリー・ステージは、シリーズAまたはBの、レイター・ステージはシリーズCまたはDの、そしてベンチャー・グロースはステージE以降の投資ラウンドを指している。
出所:ピッチブックおよび全国ベンチャー・キャピタル協会(NVCA)「ベンチャー・モニター」(2023年第1四半期版)からジェトロ作成

リモートワーク化が人材流動の要因に、テキサス州オースティンに注目

資金調達をめぐる環境は変化したものの、米国のスタートアップ・エコシステムは依然として世界最大規模であり、質の高いエコシステムが各地に点在していることは前述のとおりだ(GSER2023で上位だったシリコンバレー・ベイエリア、ニューヨーク、そしてボストンに関する詳細は「世界貿易投資報告2023年版」第II章第2節PDFファイル(1.43MB)を参照)。しかし、新型コロナウイルス禍が広がった2020年以降、リモートワークが広がり、人材の流動性が高まった結果、スタートアップ・エコシステムを巡る環境も大きく変化している。

商務省センサス局によると、サンフランシスコ、ニューヨークおよびボストンのいずれの都市についても、2020年7月1日から2022年7月1日までの期間に人口は減少している。特に、人口が5万人を超える自治体の中では、サンフランシスコが7.1%減と減少率で最大となり、ニューヨークは約40万5,000人減と減少幅で最大となった。これらの都市はいずれも生活コストが高く、新型コロナウイルス禍でリモートワークが導入されたことをきっかけに人口が流出したと考えられている。

大都市圏から多くの人材が流出した一方で、その流入先として注目を集めるのがテキサス州だ。前述した期間中に同州の人口は約80万人増加しており、全米50州の中で最大である。米金融情報会社のスマートアセットによる生活コストに関する調査では、同州内の都市が上位10都市中7都市を占めており、ここから、生活コストが人材の流入にも影響を及ぼしていると考えられる(表2参照)。

表2:米国主要都市における実質可処分所得(一部)
順位 実質可処分所得
1 メンフィス テネシー $86,444
2 エルパソ テキサス $84,966
3 オクラホマシティ オクラホマ $84,498
4 コーパスクリスティ テキサス $83,443
5 ラボック テキサス $83,350
6 ヒューストン テキサス $81,171
7 サンアントニオ テキサス $80,124
7 フォートワース テキサス $80,124
7 アーリントン テキサス $80,124
10 セントルイス ミズーリ $79,921
24 オースティン テキサス $73,777
68 ボストン マサチューセッツ $46,588
69 オークランド カリフォルニア $46,198
70 サンディエゴ カリフォルニア $46,167
71 ロサンゼルス カリフォルニア $44,623
71 ロングビーチ カリフォルニア $44,623
73 ワシントン ワシントンDC $44,307
74 サンフランシスコ カリフォルニア $36,445
75 ホノルル ハワイ $36,026
76 ニューヨーク ニューヨーク $35,791

注:年収が10万ドルであると仮定して課税額を差し引くとともに、生活コストに応じた実質的な可処分所得を算出したもの。​
出所:スマートアセットからジェトロ作成​

州内では、州都オースティンのエコシステムに注目が集まる。ディールルームによると、オースティンのスタートアップが2022年に調達した資金は50億ドルで、前年(54億ドル)から7.4%減少したものの、米国全体の28.8%減と比べると小幅にとどまっている。また、オースティンに本社を置くスタートアップの市場価値(注3)は総額1,280億ドルと、過去最高になっている。

オースティンの成長の理由には、人材面の充実が挙げられる。オースティンはテキサス大学が運営する産学連携組織IC2(アイシースクエア)を核とするエコシステムにおいて、ライフサイエンスやクリーンテックといった分野で、大学発ベンチャーを中心とした産業育成が積極的に行われている。このため、以前から高度人材を内製するシステムが組み込まれている。加えて、その生活コストもサンフランシスコやニューヨークといった大規模エコシステムの所在する都市よりも低いことから、前述したような新型コロナウイルス禍による流動性の高まりは、人材のさらなる集積を引き起こすかたちになった。

また、オースティンにはデル・テクノロジーズやオラクルなどの大企業の本社が所在しており、2021年にはテスラもカリフォルニア州パロアルトから本社機能を移転している。そのほか近年では、グーグルやアップルなど多くの大企業が拠点を設立してことから、一層、人材を引きつけるビジネス環境が整ってきている。大企業の集積は、資金や人材の流入、そしてM&Aなど出口戦略(イグジット)の充実などを通じて、スタートアップにもポジティブな影響を及ぼすことが期待される。

2022年以降のスタートアップを巡る環境は、新型コロナウイルス禍の巣ごもり需要やその後の経済回復により記録的成長を遂げた2021年から大きく変化し、資金調達などの環境は厳しいものとなっている。一方で、新型コロナウイルス禍前後の人材の集積とビジネス環境の充実により大きく拡大したオースティンのように、ビジネス環境の変化は新たなエコシステム登場のきっかけにもなり得る。世界トップのスタートアップ大国である米国の動向には今後も注目される。


注1:
時価総額10億ドル以上の非上場のスタートアップを指す。
注2:
2023年7月31日時点の政策金利は5.25~5.50%(2023年7月27日付ビジネス短信参照
注3:
2021年12月に本社をオースティンへと移転したテスラを除いた値。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課
滝本 慎一郎(たきもと しんいちろう)
2021年、ジェトロ入構。同年から現職。