欧州・英国の香辛料トレンドと日本産食材
「ゆず」に続く「すだち」の可能性

2023年7月11日

本稿では、欧州および英国の香辛料市場を概観した上で、英国で好まれている日本のフレーバーと比較しながら、新たな需要が期待される日本独自の香辛料の可能性を探る。なお、本稿での香辛料はスパイス、ハーブを指し、特にハーブに関しては、食品で使われるもののみとし、医療、殺虫、殺菌などで使われるハーブは対象としない。

欧州の香辛料輸入

始めに、オランダ発展途上国輸入促進センター(CBI)のレポートを基に、欧州での香辛料事情について概説する。欧州では、2015年から2017年にかけて香辛料の輸入額が毎年10%以上伸びており、2018年に大幅に減少したものの、新型コロナウイルスの流行以降、免疫を高めるとされている生姜(ショウガ)、ターメリック、ニンニクなどの売り上げが急激に伸びるなどの要因もあり、長期的には成長傾向にある。2021年の世界における香辛料の輸入割合は図1のとおりで、欧州の輸入は世界全体の約4分の1を占めている。アジアがトップで、次いで欧州、北米(米国・カナダ)、アフリカ、中南米・カリブ海諸国、オセアニアと続いている。欧州はアジアの次に高いシェアとなっており、他地域の香辛料に興味を持つ市場であると考えられる。

図1:世界における香辛料の輸入割合(2021年)
アジアは45%、欧州は28%、北米(米国、カナダ)は17%、アフリカは4%、中南米・カリブ海諸国は4%、オセアニアは2%となっている。

出所:「What is the demand for spices and herbs on the European market?」
オランダ発展途上国輸入促進センター(CBI)を基にジェトロ作成

欧州以外からの欧州への香辛料の輸入額の95%以上は途上国からだ。2019年から2021年にかけて途上国から欧州への香辛料の輸入額は約18億ユーロに達したとされており、欧州が途上国に強く依存していることが分かる。主要な香辛料の欧州の総輸入額に占める途上国の割合は図2のとおりである。主要な香辛料12種類のうち半数が8割以上途上国から輸入されており、途上国との密接な関係が見て取れる。

図2:主要な香辛料の欧州の総輸入額に占める途上国の割合(2021年)
主要な香辛料のうち、チリ・パプリカ、バニラ、クミン、メース、カルダモン、ペッパーの6種類の8割以上が開発途上国から輸入されている。

注:ジュニパーほか(*)は、アニスシード、ハッカク、キャラウェイ、フェンネルを含む。
出所:「What is the demand for spices and herbs on the European market?」
CBIを基にジェトロ作成

英国の香辛輸入と市場状況

英国でも、香辛料の需要が年々高まっている。前述のCBIのレポートによると、英国が輸入する香辛料の品目は多いものから順に、ショウガ、唐辛子、胡椒(コショウ)である。その次にターメリックとカルダモンが続く。英国政府の輸入統計によると、2021年の英国の香辛料の総輸入額は約2億7,600万ポンド(約505億円、1ポンド=約183円)となっている。

香辛料輸入額の国・地域別割合は図3のとおり。英国が最も香辛料を輸入している相手国はインドであり、総輸入額の約23%を占めている。これは、英国における大規模なインド人コミュニティの存在が大きく影響しているといわれている。中国は、英国への第2位の供給国であり、総輸入額の約16%を占めている。また中国は、2017年から2021年にかけて急速に供給量の増加のスピードが早くなったといわれており、中国もインドと同様、英国にとって主要な供給源となっていることが分かる。インドと中国のほか、英国への主な香辛料の輸出国として、ベトナムは主に胡椒を輸出しており、グアテマラはカルダモンを輸出している。

図3:英国の香辛料の輸入額の国・地域別割合(2021年)
インドが23%、中国が16%、ベトナムが8%、グアテマラが3%、EUが26%、その他が24%となっている。

出所:英国歳入関税庁の輸入統計を基にジェトロ作成

また、英国の香辛料市場の特徴は、現地系スーパーマーケットのような大規模な市場が関与しているところにあると考えられる。英国の主要スーパーのオンラインサイトの香辛料部門をみると、2023年1月時点で、テスコでは195点、ウェイトローズで144点、セインズベリーで69点、アルディで29点のスパイスが販売されており、実際にスーパーに足を運んでみても、スパイスコーナーには最低でも1段以上の棚すべてに様々なフレーバーのスパイスが置かれている。中でも品薄あるいは売り切れている傾向にあるのは、パプリカや胡椒、ガーリックソルトなど香りが強く、多用途に使うことができるスパイスであった。

現地系スーパーに香辛料を供給する大手シュワルツ(Schwartz)は、英国のスーパーで一度は目にするブランドで、他の大手の供給者と同様に、貿易、加工、包装、マーケティングすべてを管理し、大量かつ効率的にスパイス、ハーブを供給するなど供給面の体制を整えているのが特徴である。


英国現地スーパーにおける、大手メーカー製品と自社製品を陳列したスパイスコーナー(ジェトロ撮影)

英国の食品原材料の輸入商社ユーレン・フード・イングリディエンツの2023年のフレーバートレンドに関する記事によると、大胆でエキゾチックなフレーバーや、糖分、脂肪分を抑えた健康志向のフレーバーが人気を集め始めているとされている。また、最近では、伝統的なレシピに、スパイス、ハーブ、果物、野菜など伝統的ではない原材料を使用することで、現代的なアレンジを加える傾向があるという。特に、料理により深みをもたせる、ジンジャー、ターメリック、カルダモンなど風味を加えるスパイスが、人気を集めているとされる。

同記事では、2023年に流行すると見られるフレーバーや商品群として、キノコ類、昔ながらのフレーバー、ストリートフードのフレーバー、重層的なスパイシー食品、風味を重視した甘味料、ノンアルコールの代替品などが挙げられており、スパイス事情に敏感な英国では、常に新しいトレンドが生み出されていると考えられる。

英国市場における「すだち」の可能性

欧州、英国の人々の傾向として、強い香りのスパイスを好む人が多い。日本を代表するフレーバーである「ゆず」は、ハーブのような感覚で使用でき、レモンよりも香りが強くピリッとしたフレーバーとして、近年定着しつつある。ゆずカスタードを使用したデザートや、前菜料理やメイン料理にゆずが使用されている。現地スーパーでは、食料品だけでなく、日用品である洗剤や手洗いせっけんなどにもゆずの香りの商品が販売されており、ゆずが英国の人々に広く浸透していることがわかる。

これらの事例から分かるように、近年の英国では、ゆずが香酸柑橘(注)の中で人気を誇っているが、本稿では、トレンドを生み出すことにたけているとされる英国市場で、ゆずの次にはやりそうなフレーバーとして「すだち」に焦点を当てる。大分県が運営するサイトによると、「すだち」の特徴は、香酸柑橘の中でもクセのない酸味と強い香りを持つこととされており、苦みが少なく様々な食材に合う味わいで、しっかりとしたさわやかな香りを持つため、香りの強い食材ともよく合うとされている。栄養成分に関しては他の香酸柑橘と同様、疲労回復や血流改善などの効能を持つクエン酸を多く含むほか、同サイトによると、「すだち」の皮に含まれるポリフェノールの一種「スダチチン」は、体重抑制や糖分・脂質代謝改善の効果が期待されているとされている。

英国の食品・飲料分野では年々、健康志向が高まっているとされている中で、比較的強い香りを持ちつつクセがないため、料理に使いやすく、また、健康面の効能を有する「すだち」が英国の人々に浸透し、ゆずのように定番のフレーバーとして定着する可能性は大きい。そんな「すだち」は近年、欧州ではデザートや多国籍料理などで徐々に使われつつある。欧州、中東、アジア地域の11カ国において高級食材を紹介するクラシック・ファイン・フーズが2018年に発表した「新しい料理とペイストリー2018製品コレクション」において、フランスの果物加工メーカーのキャップフリュイが販売している冷凍ピューレの新作の味として、すだちフレーバーが掲載された。また、同社が2022年に発表したオンラインカタログ「クラシック・ファイン・フーズ英国新製品コレクション2022」においても、フランスの果物加工メーカーのポンティエが発売している、すだちフレーバーのジェラートが掲載されていることから、「すだち」への注目が一過性のものではなく、徐々に市場に浸透していると考えられる。その他にも、「すだち」を英国のレストランで使用しているシェフがいる。英国・ロンドンにあるミシュラン2つ星のモダンブリティッシュ料理「ザ・クローブ・クラブ」のシェフであるアイザック・マックヘイル氏は2015年に、世界中のシェフを取り上げているウェブマガジン「オー・ドゥ・ガム(HAUT DE GAMME)」で、最も好きなフレーバーが柑橘系であると述べており、ロブスターやカニに自ら作った花ゆずのゆず胡椒を添えて提供したほか、「すだち」をスズキのから揚げに添えるなど、現地ではまだあまり知られていない方法で提供している。

今後の展望

本稿では、ゆずに続いて英国での需要拡大が期待される柑橘系のフレーバーとしての「すだち」の可能性を概観した。新型コロナ禍以降、欧州や英国では香辛料需要の盛り上がりが続いている。また、英国の人々の健康志向の高まりから、ビーガンやオーガニックも注目されている。そのような背景もあり、栄養成分が豊富で、健康に良いといわれている柑橘系フレーバーはこの先も年代を問わず、より需要が拡大すると考えられる。その中でも、「ゆず」はハーブ感覚で多用途に利用され、欧州、英国で日本のフレーバーとして浸透しており、また、英国の人々は強い香りを好む傾向にあることから、クセも酸味もあまりなく香りが強い「すだち」が次に流行する可能性は高いとみられる。ゆずと同じ柑橘系であるものの、異なる特徴、特に英国人が好む香りの強さを有するとして、料理、飲料の風味付けなどに提案すると、「すだち」が受け入れられ、ゆずのように流行する可能性があると考えられる。


注:
農林水産省によると、温州みかんなどとは違い、実を食べるのではなく、果汁の酸味や果皮の香りを楽しむ柑橘類の総称。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所(執筆時)
神舎 明歩(かんじゃ あきほ)
2023年1月~3月、ジェトロ・ロンドン事務所にインターン研修生として在籍。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
飯田 俊平(いいだ しゅんぺい)
2006年、農林水産省入省。2020年9月からジェトロ・ロンドン事務所に在籍。