中小でも、徹底したサステナビリティー経営(スペイン)
バスクの先進的モデルに学ぶ

2023年11月17日

近年、サステナビリティーに配慮したESG(環境、社会、ガバナンス)経営に注目が集まっている。一方スペインのバスク州では、サステナビリティーと競争力に重点を置いた独自の経営モデルやそれを客観的に評価する仕組みを発展させてきた。1992年から官民連携で進められた結果だ。そうした取り組みで高い評価を受ける企業の1つが、当州でバイオクリーナー製造を手掛けるA&Bイノベーティブ・ソリューションズ(本社:ビトリア)だ。

そこでジェトロは、同社に話を聞いた。聴取先は最高経営責任者(CEO)のパトリシア・グティエレス氏、品質・研究開発・イノベーション部長のジョン・ケパ・イサギレ氏、輸出課長のイケル・ロドリゲス氏(2023年10月10日にかけて取材)。バスクで先進的経営モデルはどう実践され、サステナビリティーが確保されているのだろうか。

バスクの先進的経営モデルとは

はじめに、バスクの先進的経営モデルは、業種や企業規模などを問わず、競争力向上と持続可能な組織の実現に向けて経営改善指標を示すところに特徴がある。このモデルでは、主に、以下の6つの領域で強みと改善点を追求していくことになる。

(1)
「戦略」:明確に定義された戦略を通じて実現される長期ビジョンの策定
(2)
「顧客」:顧客志向の差別化された付加価値の提供
(3)
「人材」:従業員の共有プロジェクトへの帰属意識の醸成
(4)
「社会」:社会全体の持続可能な発展への取り組みの促進
(5)
「イノベーション」:組織のあらゆる分野において革新を推進
(6)
「結果」:持続可能かつ均衡の取れた方法で、全てのステークホルダーが満足する結果を創出

このモデルは、(a)企業の社会的責任(CSR)や(b)総合的品質管理(TQM)、(c)イノベーション促進などのコンセプトを基に、これを導入したバスク企業・機関が蓄積した経営ノウハウを発展的にまとめ上げたもの。ちなみに(c)は、1990年代初期に始まった産業クラスター政策を背景に気運が高まった。これらの実践に取り組むバスクの企業・機関は800を超える。

危険有害性警告表示が不要な製品づくりを目指す

A&Bイノベーティブ・ソリューションズ(2001年創業)は、従業員数34人の小規模企業だ。微生物や酵素由来の活性物質を使ったバイオ技術製品を扱い、開発から生産・販売までを一貫して担う。同社の製品は洗浄剤、脱脂剤、消毒液、メンテナンス関連製品、水処理用関連製品などで、業務用と一般消費者向けの両方で展開。有害化学物質の使用は、最終製品に至る製造工程で最小限にとどめた。その結果、素材を傷めず、人体(作業者)にとって安全・安心、かつ環境負荷が低い製品ラインアップを実現している。

同社には、EUの「エコラベル」認定商品が19ある(2023年10月20日現在)。「エコラベル」は、環境パフォーマンスの高い商品に限って使用を認める表示制度だ。これほど幅広くエコラベル認証が得られるのは、製品開発の段階から製品が環境に与える影響を分析し、製品中化学物質の代替を検討するとともに、循環型のエコデザインと環境マネジメントを貫いているためだ。デザインとマネジメントにあたっては、原材料、製造工程、流通、使用、再使用までの製品サイクル全体を体系的に考慮している。

その手段になるのが、グリーンケミカルとバイオ技術だ。同社が製造・販売する「エコ溶剤」は、一般的な有機溶剤と異なり、(ア)エコデザイン、(イ)使用上の安全性、(ウ)低環境負荷の3基準に基づいて設計されている。これにより、現場のエンドユーザーにとってのリスクが排除され、作業環境が大幅に改善される。その上、工業用洗浄・脱脂性能も向上。廃棄物の発生を最小限に抑えて、揮発性有機化合物(VOC)の排出を回避するという価値も提供できる。「この製品は産業用溶剤にもかかわらず、危険有害性を表すピクトグラム(図記号)によるラベル表示が不要だ。全製品で『ピクトグラム・フリー』を実現するのが当社の目標」という(イサギレ氏)。

さらに、製造に必要なエネルギーは太陽光発電で賄う。徹底した脱炭素化も実現できていることになる。

欧州大手自動車メーカーとも協業

売上高の構成は、33%が機械工業など向け、20%が食品産業向け、20%が清掃・公共事業、残りがホテル・レストラン・ケータリング(HORECA)産業向けや一般消費者向けなどだ。例えば欧州の大手自動車メーカーも、主要顧客になっている。この場合、サステナビリティーの取り組みと自動車部品の頑固な汚れの解消の両立が求められる。顧客ごとのニーズに合った種類・配合の製品となるよう調整しながら、最適な製品をオーダーメイドで開発し、供給している。従来型の化学薬品では落ちない汚れが、同社の(バクテリアベースの)製品で落ちた例もあるなど、機能性も備えているという。ロドリゲス氏は「製造業など工場では、必ず構内での洗浄や水処理などの工程が発生する。食品から自動車まであらゆる業界が当社の顧客になりえる」と話す。

また、売上高の4分の1近くが国外向けだ。輸出先は、欧州や中東、アジア、中南米など世界20カ国以上に及ぶ。例えば即効性吸収剤は、フィンランドのタクシー会社によく売れている。「同地では、タクシー利用者が酔っ払って車内で嘔吐(おうと)してしまうことが多いらしい。営業所に戻らなくても、すばやく車内清掃できることが好評を博しているようだ」という(ロドリゲス氏)。同氏によると、吐しゃ物を処理するパウダー製品だけでなく、吐しゃ物処理後もなお残る異臭を除去するスプレー製品もセットで売れている。いずれの製品も、エコデザイン、エコラベルの認証を得ている。


同社の一般消費者向けブランド「ビー・フリー・ホーム」の洗浄剤などの商品(同社提供)

部門横断的な意思疎通で認証対応

イサギレ氏によると、同社の経営手法は、バスクの先進的経営モデルがベースになっている。(5)の「イノベーション」で積極的に認証取得を進めているのも、その現れだ。例えば、ISO9001(品質)、ISO14001(環境)、ISO14006(エコデザイン)、UNE166002(研究開発・技術革新管理規格、注1)などを取得している。UNE 150301(現ISO14006)の取得は、スペインの化学業界で同社が第1号だった。「この4つの認証全てを取得している企業は、大手・中小を問わず、欧州の中でも珍しい」(ロドリゲス氏)と話す。

取得認証が多いと、その分、システムの導入・実践、見直し、認証更新時の厳しい監査対応など、業務量が大きくなるのが一般的だ。中小企業の同社にとって、過大な負荷ではないのか。

この点について、イサギレ氏は「当社では、それぞれの取得認証ごとに、部門横断的なプロジェクトチームを形成。対応業務を完全にプロセス化している。具体的には、あらゆる項目を定量的にデータで把握。そのため、各部門担当者が日々どのように行動すればいいかを各自が理解可能だ。その結果、一致団結して対応できている」「確かに、一般的な中小企業にとっては同対応のハードルは高い。しかし当社では、日頃から各部門の担当者間でコミュニケーションを取っているため、実はそれほど大変な作業ではない」と、あっさり返された。

同社には「イノベーション部屋」と呼ぶミーティングルームがある。そこに異なる部門担当者が日頃集まって、様々な観点でブレインストーミングを行い、同社の社内イノベーション促進につなげているという。そうした日頃の活動が、認証更新対応業務にも活かされているようだ。

高い帰属意識で経営難を乗り切った

また、(3)の「人材」について、グティエレス氏は創業時の考え方にも触れた。「当社創業者は、バスクの先進的経営モデルをベースにした企業経営を志向。環境に配慮した製品・プロセスは、顧客、従業員、社会、地球や未来に良い影響を与えるという強い信念を持っていた。その考え方に賛同する人が集まって、当社が設立された」。そして、その考え方は従業員にも浸透しているという。というのも、「理念に賛同する人だけを採用するようにしてきた」からだ。さらに、「当社従業員には、目先の商売(=お金を稼ぐこと)よりも、より長期的な視野でこの理念への取り組みに関心を持つというDNAが備わっている」と話す。

このDNAは、同社の経営危機からの脱出にも貢献した。同氏は「世界金融危機後、主力の産業・業務用製品(BtoB)事業の売り上げが落ち込んだ。当社の業績は低迷し、2012年(注2)には売上高が前年比35%減に落ち込んだ。経営難を乗り切るため、仕方なく一時的に人員削減をせざるを得なかった」という。また、同氏は「そのころ、従業員たちの支えだった創業者が亡くなった。当社にとっては業績面と体制面の両方で、一時的な危機状態になった。しかし、全従業員が創業者の意志を受け継いで業務にまい進したことで、業績が次第に回復していった。経営危機克服・業績回復には、バスクの経営モデルが寄与したと感じている」と続けた。さらに、「仕事に対し、従業員一人一人の帰属意識が高い。こうした組織は、経営危機や創業者不在などの有事の際にも『足腰が強い』と実感した」と振り返る。

「時代が当社に追い付いてきた」

同社の理念は、(4)「社会」や(2)「顧客」面にも及ぶ。経営手法を学ぼうとする企業からの訪問受け入れにも積極的に対応しているという。「当社では、経営手法について話を聞きたいという企業の要望には、業種を問わず積極的に対応している。当社にとっても、他社の経営手法で学べることがあれば習得できるいい機会になるからだ。ともに底上げしていくチャンスといえる。グッドプラクティスと思ってもらえる事例があれば、それを各社が実践してくれることで、理念を共有できる企業の輪が広がり、全体的な意識向上につながる。また、口コミで当社の(良い)評判も広がる」(イサギレ氏)。

この理念は、ディストリビューターの選定にも適用される。「どこにでも、少なからず当社と同じ考え方を持つ人がいる。そのため、当社の方針に理解を示してくれるディストリビューターを各地で探して採用している」という。

サプライヤーの選定も同様だ。同社はバイオ技術を活用したグリーンケミカル企業ということもあり、原材料の素材にも配慮やこだわりがある。換言すると、サステナビリティー対応などの条件を満たす企業からしか調達していない。「当社では、複数ある調達基準ごとにAからDまでの点数をつけて判定している。合格点になるまでは、調達しない。ただ不合格となっても、『基準をクリアできるようになった段階で、また提案いただければ採用が可能』とその企業に伝えている」(ロドリゲス氏)。「エコラベルやエコデザインなどの数々の認証を持つ当社だからこそ、説得性をもってサプライヤーを巻き込むことができる」(イサギレ氏)。

また、脱炭素化だけでなく調達先との持続可能な関係構築の観点からも、同社はできるだけ距離の近いところに立地するサプライヤーからの調達を心掛けているという。

この調達基準は、すべてのサプライヤーに適用している。大企業だからといって、例外適用は一切行わない。イサギレ氏は「近年は、調達基準にサステナビリティー対応が取り入れられる時代になった。世の中の風潮がようやく当社の考え方に追い付いてきたと感じる。脱炭素対応などの法規制強化の流れも含め、当社の理念、ビジネスの両方にとって追い風だ」と話す。

横のつながりの追求を

昨今、サプライチェーン全体での脱炭素化や、人権対応などサステナビリティー対応が求められるようになっている。そうした中で対応が遅れると、取引先関係の途絶リスクにつながる。同社はしかし、理念からビジネスモデルまで、100%サステナブルと言える。しかし、日本の中小企業が一夜にして、同社をまねるのは非常に難しいのが実情だろう。そこで、今回聴取した3人からヒントをもらった。「まずは、より大きなサイクル、より広い裾野で、より多くの関係者を巻き込んでいくことが大事」という。

筆者がバスク州に行って感じたことは、業種やビジネス規模の大小を超えて、企業同士が互いの強みを知り抜いていることだ。そのようなことが可能になる背景には、官民連携の経営モデル評価機関がある。また、大企業は中小企業を牽引するだけでなく、小さな企業の成功事例に真摯(しんし)に耳を傾けている。こうしたバスク企業の横のつながりこそが、同州の全体的な底上げ、先進性を後押しする原動力となっているのだ。


注1:
UNE規格は、スペイン規格協会(AENOR)が発行する国家規格。
注2:
2007~2010年頃の世界金融危機の後、欧州では2010~2012年頃に欧州債務危機による景気低迷などの影響が続いていた。
執筆者紹介
ジェトロ企画部企画課 課長代理
古川 祐(ふるかわ たすく)
2002年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課(欧州班)、ジェトロ愛媛、ジェトロ・ブカレスト事務所長、中小企業庁海外展開支援室(出向)、海外調査部国際経済課などを経て現職。共著「欧州経済の基礎知識」(ジェトロ)、共著「FTAの基礎と実践」(白水社)。
執筆者紹介
ジェトロ・マドリード事務所
伊藤 裕規子(いとう ゆきこ)
2007年よりジェトロ・マドリード事務所勤務。