IN Venture ―VCとしてイスラエル企業へ投資―
総合商社と実現する価値創造

2023年4月7日

米国、英国に次いで世界第3位(2022年時点)のスタートアップエコシステムであるイスラエル。2022年の人口100万人当たりのクラウドスタートアップの数は世界第1位で、2021年のスタートアップの調達額は250億ドルに上った。スタートアップ大国イスラエルで、日本の大手総合商社・住友商事の「ベンチャーキャピタル(VC)」である「IN Venture(インベンチャー)」が活動を加速させている。本記事では、インベンチャーのプリンシパルの高田寛之氏と、インベストメントアナリストの永野真理子氏に、イスラエルのスタートアップへの投資の狙いや、日本・イスラエル間のビジネス創出の可能性について話を聞いた(2022年10月25日)。


IN Venture プリンシパル 高田寛之氏
(本人提供)

IN Venture インベストメントアナリスト 永野真理子氏
(本人提供)
質問:
インベンチャーの事業概要について。
答え:
(高田氏):インベンチャーは住友商事のベンチャー投資の5拠点のうちの1つで、2019年に設立した。これまで、モビリティー、環境エネルギー、ヘルスケア、IT/サイバーセキュリティー、フィンテック、リテールテックといった分野のシードからアーリーステージまでのイスラエル企業8社に投資してきた(うち1社はイグジット済み)。
世界を変えるようなインパクトあるスタートアップに早い段階からアプローチし、影響力のある株主となった上で住友商事との協業を推進することで、将来、大きなかたちで住友商事とスタートアップ双方の事業変革につなげたいというビジョンを持っている。イスラエルにファンドを置いていて、トップもイスラエル人。投資の意思決定は通常のベンチャーキャピタル(VC)と同様に、そのスタートアップの成長ポテンシャルで判断している。ただ、投資後は住友商事の事業の強みや知見を生かして伴走し、スタートアップを支援し、協業をサポートしていくことになるので、VCとコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の「いいとこどり」というイメージだ。
質問:
事業シナジーというよりも、投資リターンを重視しているのか。
答え:
(高田氏):事業部のニーズだけで投資の判断をすると、失敗することがある。そのため、投資検討時には純粋にVC的な発想で、バリュエーションやリスク、リターンを見ている。投資後には住友商事との協業を推進していくわけだが、幸い、住友商事の事業が多岐にわたっているので、将来何らかのかたちでどこかの事業に接するだろうということも、このような動き方ができる理由だと思う。
(永野氏):一般的なCVCの中には、事業部やグループ会社が求める技術を探しているところもある。一方、インベンチャーは短期的なビジネスの可能性だけに固執せず、その先の先、新しい事業を一緒に作っていこうという視点で、先進的なやり方を試みている。
(高田氏):日本企業のCVCは意思決定が遅いといったネガティブなイメージもあるが、インベンチャーは、イスラエルのスピード感についていくために、投資決定までのスピードを重視しており、直近の新規投資案件は、初回面談からわずか1カ月で最終投資委員会まで上がった。
投資検討時に住友商事の事業部の意見を聞くことはあるが、それが投資の意思決定に影響を与えることはない。あくまでもインベンチャーとして判断をしている。その点で、インベンチャーは一般的なVCと同様のオペレーションをしている。
表:インベンチャーの投資先一覧(2023年3月時点)
社名 分野 設立年 概要
Anagog IT(リテールテック) 2010 スマートフォンを活用した位置・行動情報の解析ツールを開発
H2Pro 環境・エネルギー 2019 CO2フリーの水素製造を高効率低コストで実現
Classiq IT(量子コンピュータ) 2020 量子回路を自動生成する量子コンピューティングSWを開発
Ottopia Technologies モビリティ 2018 自動運転車両の遠隔操縦技術を開発
Genoox ヘルスケア 2014 医療分野におけるゲノムデータプラットフォームを構築
BRIA IT(AI) 2020 AIによる画像・映像作成
Confetti IT(HR) 2017 バーチャルチームイベントフォーム  

出所:In Venture

質問:
インベンチャーに参画した理由は。
答え:
(永野氏):もともと、さまざまな人たちとゼロからビジネスをつくっていけることに魅力を感じて商社に入った。本社にいた時は、シリコンバレーや香港など他拠点のCVCを担当しており、投資先の日本での事業開発やミドルオフィス業務を担っていたが、やはり現場に出て、現地のスタートアップのエコシステムに触れたいと思うようになった。イスラエルは今、一番成長している地域だと思うし、イスラエル人の熱意や生き方に引かれ、インベンチャーへの異動を希望した。
(高田氏):イスラエルは国内市場が小さい分、最初から世界を見ているので、海外企業とコワークしたいという思いが他国よりも強く、私たちのような海外資本のファンドも歓迎されるという特徴はあると思う。私自身は投資をずっとやっていて、プライベートエクイティファンドに出向したり、企業の買収案件を担当したりしてきた。次は海外という切り口でキャリアを進めたいと思っていたところで、イスラエル行きが決まった。
質問:
日本企業との連携の可能性は。
答え:
(高田氏):スタートアップとの事業化は、住友商事の中での発想にとどまらず、他の日本企業も巻き込んでいくべきだと思っている。2号ファンドでは外部の投資家も募っている。イスラエルに関心はあるけれども人は配置できないというような日本企業がインベンチャーに参加してくれれば、一緒に進めていくことができると思っている。
質問:
これから海外とのオープンイノベーションを進める日本企業へのアドバイスは。また、今後の抱負は。
答え:
(永野氏):最初から全方位的に情報収集すると、情報量も多く、良しあしの見極めが難しいと思う。まずは得意な事業などで特定の分野を決めて、その業界のスタートアップと会話していくところから始めてもよいのではないか。
(高田氏):スタートアップと最初に話をする時には、将来どの方向に行くのか分からない状況だ。互いに理解を深めていく中で「こうしたら何かができるかも」という部分が徐々に見えてくるのだと思う。最初から何かを得ようという姿勢ではなく、まずは私たちのほうから価値を提供する。この部分を覚悟することが大事だと感じる。
インベンチャーはこれから、イスラエルでトップクラスの規模を誇るファンドになれるよう、財務的にも事業開発面でも成功を積み重ねていきたいと考えている。インベンチャーに投資するとこういうことができるのだという成功例を生み出していき、イスラエルで知名度のあるポジションを確立したい。
執筆者紹介
ジェトロ イノベーション部ビジネスデベロップメント課
小沼 千晴(こぬま ちはる)
外資系IT企業で法人営業とCSRを経験。大学院修士課程(科学技術イノベーション政策)、国連工業開発機関(UNIDO)でのインターンシップを経て、2021年にジェトロ入構。対日投資部DX推進チームを経て現職。