初めてのパキスタン出張に向けた安全対策
テロの脅威や窃盗・強盗に要注意

2023年4月18日

パキスタンの治安情勢を俯瞰(ふかん)する上で特筆すべきは、テロ発生件数(注)が近年大幅に減少している点だろう。ピーク時の2009年には同国全土でテロ件数は3,816件に上り、死者・負傷者数は2万5,000人を超えた。2013年に始まった政府の過激派組織への掃討作戦が功を奏し、テロ発生件数はその後、減少を続け、2022年には262件にまで縮小したが、後述するTTPによる停戦合意破棄によりテロの脅威が高まっている点には注意が必要だ(図1)。

図1:パキスタンのテロ発生件数
ピーク時の2009年には、同国全土でのテロ件数は3,816件に上り、死者・負傷者数は合わせて2万5,000人を超えた。2013年に始まった政府の過激派組織への掃討作戦が功を奏し、テロ発生件数、死者数、負傷者数は、その後、減少を続けた。2020年はそれぞれ262件、419人、734人だった。

出所:パキスタン平和研究所

テロ発生件数はピーク時から9割減

2022年のテロ発生件数を州・地域別にみると、北西部のハイバル・パフトゥンハー(KP)州が169件と、65%を占めている。日本人ビジネスパーソンが渡航する可能性があるカラチ(6件)、パンジャブ州(3件)、首都イスラマバード(2件)は非常に少ない。

日系企業の拠点が多いカラチを見ると、テロ発生件数は2013年をピークに減少している。死者数(8人)、負傷者数(31人)の規模も縮小している(図2)。

図2:カラチ市内のテロ発生件数
2013年はそれぞれ356件、492人、908人であった中、2022年には6件、8人、31人に減少した。

出所:図1に同じ

TTPが政府との停戦合意を破棄、テロが増加

パキスタン北西部を拠点とする過激派組織パキスタン・タリバン運動(TTP)は2022年11月、政府との停戦合意を破棄し、テロ攻撃の開始を宣言した。その結果、国内のテロ件数は上昇に転じている。12月には治安が厳しく維持されているイスラマバードで自爆テロがあった。2023年2月にはカラチ中心部で警察署を襲う事件が発生した。TTPによる攻撃はアフガニスタンと国境を接する北西部KP州に集中しているとはいえ、カラチ中心部でテロが発生したことで、日本人駐在員コミュニティーもテロリスクへの認識を新たにしている。TTPは法執行機関(軍や警察)を標的にすることを宣言しているため、警察署などへは近づかないことが重要だ。

窃盗・ガンポイント強盗に最大の注意を

在カラチ日本総領事館によると、2020~2022年の3年間でカラチ在住の日本人駐在員(家族を含む)に犯罪被害は発生していない。

カラチ市内の一般犯罪については、窃盗、強盗といった路上犯罪が多いのが特徴だ(表)。強盗犯はバイクに乗り、信号待ちをしている車に向けて拳銃を突きつけて(at gunpoint)、財布や携帯などを強奪することが多く、防犯対策が不十分な場合、出張者が被害に遭う可能性もあるため、十分に注意したい。

表:カラチ市内の犯罪統計(単位:件)
殺人 強盗 窃盗 身代金
目的誘拐
合計
2020年 394 5,872 14,253 27 61,244
2021年 427 9,619 33,666 41 84,045
2022年 505 9,236 26,066 47 72,513

注:合計はその他の犯罪を含む。
出所:在カラチ日本総領事館

出張の事前準備は周到に

パキスタン出張を計画する場合、準備段階で具体的にどういった点に注意すべきだろうか。

第1に重要なのは、出張日程だ。パキスタンの祝祭日(ジェトロのウェブサイト参照)の中でも、特に宗教に関連する祝祭日は治安が不安定になりやすい。テロやデモ行進が起こった前例のあるイード・ウル・フィトル(断食明け大祭)、イード・ウル・アドハ(犠牲祭)、アシュラ(モハラム)といったこれら行事の当日やその前後は避ける方が賢明だ。また、ラマダン期間中〔2023年は3月24日(金)ごろから4月21日(金)ごろ〕は治安が不安定化しやすく、夜間の活動ウエートが大きくなるために、睡眠不足による交通事故も起きやすい。半日休みになっている企業も多く、アポイントメントも取りづらい。祝祭日以外では、毎週金曜日はイスラム教徒の安息日のため、他の曜日に比べて政治デモやテロなどが起きやすい点にも留意したい。

第2に、パキスタンへの渡航フライトについて。日本からカラチに渡航する場合、直行便が存在しない。日本人はタイ国際航空(バンコク乗り換え)とエミレーツ航空(ドバイ乗り換え)のいずれかで渡航するケースが多い。可能ならば深夜や早朝でなく、日中に発着する便が望ましい。

第3に、宿泊先について。パキスタンでは過去、欧米ブランドのホテルで爆破テロが発生しており、そうしたホテルはできれば避けた方がよい。また、爆破テロの手法として、爆弾を積み込んだ車両を使ってホテルに突入してくる事案が多いため、ホテル敷地入り口にセキュリティーゲートがあって車両と人に対する検査を実施する施設に宿泊することが望ましい。具体的には、アバリタワーズ・カラチ、パールコンチネンタルホテル・カラチなどが該当する。両ホテルには日本食レストランもあり(酒類はなし)、日本人出張者は多い。

第4に、移動車両と警備員について。カラチでは、日本人の市内移動は車両が原則となる。特に銃を見せて脅迫するタイプの強盗が多いカラチでは、外を出歩くべきでない。カラチでは、銃を所持した武装警備員(Armed Security Guard)を伴って、ドライバーの運転による車で移動することが日本人駐在員(家族を含む)の間で慣例となっている。出張者もレンタカーと武装警備員をセットで用意しておきたい。取引先や知り合いに手配を頼むのが一番だが、レンタカーについては宿泊先のホテルに頼める場合が多い。ただし、大抵のホテルでは警備員の手配は請け負っていないため、自前で別途手配する必要がある点に留意すべきだ。レンタカーは座席位置が高い大型のスポーツ用多目的車(SUV)など高級車が推奨される。


移動には武装警備員を随行させる(ジェトロ撮影)

第5に、外務省の「たびレジ(海外安全情報配信サービス)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」へ登録しておきたい。登録しておくと、現地滞在中はリアルタイムに安全情報が配信され、リスクを未然に回避できる可能性が高まる。また、同省の「海外安全ホームページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」は、パキスタンの安全情報や安全の手引を無料公開している。

コランギ地区、ビン・カシム地区に注意

現地に到着してからは、治安のよくないエリアは避けたい。安全上、特に注意を要する地区は、コランギ(Korangi)、カラチ中心部の東10キロ)、ビン・カシム(Bin Qasim)、同東20キロ)の2カ所だ(図3)。両地区は工業地帯で貧しい世帯が多い。ランディー(Landhi、同東10キロ)とリアリ(Lyari、同北西3キロ)も数年前までは犯罪が多い地域だったので、注意したい。カラチ市内で日本人ビジネスパーソンがよく訪れる場所は、中心商業エリアのほか、日系メーカーが多く立地するビン・カシム工業団地とシンド工業団地(SITE)周辺などだが、コランギやランディ地区、リアリ地区は通過せず迂回(うかい)した方がよいだろう。

図3:カラチ市内ビジネス・マップ
安全上、特に注意を要する地区として、コランギ(Korangi)地区(カラチ中心部の東10キロ)、ビン・カシム(Bin Qasim)地区(同東20キロ)の2カ所を示している。加えて、数年前までは犯罪が多い地域だったランディー(Landhi)地区(同東10キロ)とリアリ(Lyari)地区(同北西3キロ)も図示している。ランディー地区を東へ進むと、日系メーカーが多く立地するビン・カシム工業団地がある。リアリ地区の北西側に同じく、日系メーカーが多いシンド工業団地がある。他方、カランギ地区を西側に行くと、商業エリアに入る。

出所:©OpenStreetMap contributors外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を基にジェトロ作成

また、地区を問わず、軍・警察施設、宗教施設、集会、マーケットなどの人込みには近づかないことを心掛けたい。

主要道のシャラエ・ファイサル通り(Shahrah-e-Faisal Road、ジンナー国際空港付近~商業エリアの区間)や、日本人が多く住む住宅エリア(DHA地区、市中心部の南東5キロ)については、警察による警備が厳重なため、比較的安全とされている。


7~8月のモンスーン中は豪雨被害を受けやすく、蚊も増える
(カラチ市内、2022年8月ジェトロ撮影)

車両での移動中は特に気を付けたい。ガンポイントの実行犯はバイクに乗りながらターゲットを探している。対策として、車の窓にブラインドシェードを付けると防犯効果がある。スマホやタブレットの画面の光は、強盗犯の目を引きやすいため、外に漏れないようにしたい。バッグやパソコンなどもトランクに入れ、窓から見えやすいところに置かないといった工夫が必要だ。

医療面では、新型コロナウイルス症、激しい下痢や食中毒(飲み物に氷は避ける)、蚊を媒介としたデング熱に罹患(りかん)する可能性もある。現地で急に体調が悪くなった場合は、South City Hospital(市内中心部)、Aga Khan University Hospital(中心部から北東に約6キロ)など、日本人がよく使う病院を利用するとよいだろう。

新型コロナ感染防止のための入国規制などは、既にほとんどないが、ワクチン接種証明書は万が一求められた時のために所持しておくとよい。なお、医療機関や込み合った空間ではマスク着用が推奨されている。

その他、筆者が日ごろ留意している事項としては、次のとおり。

  • パキスタン入国ビザはオンラインで申請してハードコピーで所持することになるが、空港での入国審査時に検査官に取られてしまうことがあるので、コピーを数枚余分に所持する(万が一のためにパスポートやワクチン接種証明書、クレジットカードのコピーも)。
  • パキスタンでは数種類のコンセントが使用されているので、万能プラグは必携。また、ホテルの電源は位置が悪かったり、壊れていたりすることがよくあるので、日本の延長コード2m程度(3~4口付き)を持つと非常に便利。
  • 空港でポータブルWi-FiレンタルやSIM販売はないので、日本から持参し、充電器も必須。
  • 車の中やホテルの部屋に蚊がいることがあるので、手動スプレータイプの殺虫剤も便利(スプレー缶タイプは機内持ち込みできないものがあるので、注意)。

パキスタンの出張にあたっての不明点や、現地で問題に直面した場合は、ジェトロ・カラチ事務所在カラチ日本国総領事館外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます まで。


注:
狭義のテロ攻撃の発生件数。政治暴動や部族間衝突などは含まない。
執筆者紹介
ジェトロ・カラチ事務所長
山口 和紀(やまぐち かずのり)
1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・シドニー事務所、国際機関太平洋諸島センター(出向)、ジェトロ三重所長、経済情報発信課長、農水産調査課長、ジェトロ高知所長、知的財産部主幹などを経て、2020年1月から現職。