GJ州にグリーン水素ハブ構築を(インド)
水素製造・輸出国へ国際枠組みも模索

2023年8月24日

インドは、2047年までにエネルギー自給を達成し、2070年までにネット・ゼロ〔温室効果ガス(GHG)純排出ゼロ〕を達成することを目標としている(2021年11月5日付ビジネス短信参照)。インドは、世界で最も急速に再生可能エネルギー(再エネ)容量を増やしている国であり、再エネ分野への投資先としても有望と言える。そして、再エネの中でも、特にグリーン水素は重要な役割を果たすものとして注目されている。

インド政府は2023年1月、1,974億ルピー(約3,553億円、1ルピー=約1.8円)規模の「国家グリーン水素ミッション(National Green Hydrogen Mission)」を承認(添付資料PDFファイル(633KB)および2023年6月9日付地域・分析レポート参照)。ナレンドラ・モディ首相が、2030年までに年産500万トン(t)のグリーン水素生産を達成する計画を掲げた(2022年3月7日付ビジネス短信参照)。同ミッションでは、目標とする2030年までに、グリーン水素生産に伴う約125ギガワット(GW)の再エネ容量の追加を念頭に置いている。また、総額8兆ルピーの投資が期待され、60万人以上の雇用創出、1兆ルピー以上の化石燃料輸入の削減、年間約5,000万トンの温室効果ガスの削減を見込んでいる。ニルマラ・シタラマン財務相は当年2月に予算案を発表した際、「国家グリーン水素ミッションは、経済の低炭素強度への移行を促進する。化石燃料の輸入依存も減らすだろう。インドはこの有望分野における技術や市場でリーダーシップを取るようになるだろう」と述べている(2023年2月1日インド政府広報)。

「国家グリーン水素ミッション」について

「国家グリーン水素ミッション」は、ミッション達成に向けて複数部門を横断する包括的な取り組みが必要だとして、(1)インドで生産されるグリーン水素の競争力を高め、輸出および国内消費における需要を創出すること、(2)インセンティブ制度を通じて供給側の制約を解決すること、(3)規模の拡大・発展を可能にするエコシステムを構築すること、など3つの柱に基づいている。

7月5日~7日にかけてニューデリーで開催された「国際グリーン水素会議2023」において、R.K.シン電力・新再生可能エネルギー相は、国家グリーン水素ミッションの下、すでに350万tのグリーン水素製造能力を確立するために複数のプロジェクトが開始されており、インドはグリーン水素の導入においてもリーダー的存在になり始めている、と述べた。インドでは、世界でも最低コストでのグリーン水素の生産が可能であり、鉄鋼、自動車、肥料、セメントなどの各主要産業で大きなグリーン水素需要が見込めるとし、燃料電池、水素貯蔵などグリーン水素に必要な先端技術における産官学での連携を呼びかけた。さらに、インド政府はグリーン水素の製造および電気分解槽の製造に対する奨励制度も開始していると、述べた。

一方、電力・新再生可能エネルギー省のブピンダー.S.バラ次官は、「国家グリーン水素ミッション」の目的は、アンモニア製造や石油精製において化石燃料をグリーン水素に置き換えること、都市ガス配給システムにおいてグリーン水素を混合すること、鉄鋼製造にグリーン水素を用いること、その他、移動手段、船舶、航空など様々な分野において、化石燃料に代わるグリーン水素由来の合成燃料(グリーンメタノールなど)の利用を支援することだ、と述べた。また、同ミッションは段階的に実施されるものであり、初期段階では、既に水素を利用している分野のグリーン水素の導入に焦点を当て、研究開発、規制の構築、パイロット・プロジェクトのためのエコシステムを発展させる。次の段階では、前段階での基礎的な活動を土台として、他のセクターにおけるグリーン水素の様々な取り組みに着手する、と説明している(2023年7月5日インド政府広報)。

間もなくGJ州が新たな振興策を発表予定

モディ首相は、グジャラート(GJ)州を世界最大のグリーン水素ハブにするというビジョンを持っている。一方で、GJ州政府は、多様な産業分野が立地するインドの主要工業州としてネット・ゼロに貢献すべく、グリーン水素ハブを目指すと宣言しており、グリーン水素製造プロジェクトを担う優良企業を誘致する準備を始めている。2023年5月には、新たな政策として「太陽光、風力、風力ソーラー・ハイブリッド・エネルギーなどの非従来型エネルギー源を利用したグリーン水素製造のために、国有休耕地を貸与するための政策-2023」を打ち出している。グリーン水素製造、それに係わる太陽光、風力、風力ソーラー・ハイブリッド・エネルギー・プラントの開発、電解槽の設置、エネルギー貯蔵システムの設置に必要な土地が対象となる。

GJ州には現在、製油所、肥料工場、苛性ソーダ工場、製鉄所などの大工場が存在する。これら産業のエネルギー転換の必要から、グリーン水素に対する潜在的かつ巨大な需要が見込まれる。一方で同州は、輸送や船積みなどのための産業インフラが整っていることなどから、グリーン水素生産適地としても注目を集め始めている。実際、州政府は既にリライアンス・インダストリーズ、アダニ・グループ、トレント・グループなどの大手企業から、GJ州でのグリーン水素製造プロジェクトの初期提案を受けていたとされる(2023年1月15日「タイムズ・オブ・インディア」紙)。

州政府は2023年4月の州議会において、提案を提出した最初の5社が申請した合計32万6,000ヘクタールの提案に対し、19万9,000ヘクタールを割り当てた。各申請者には、1ヘクタール当たり1万5,000ルピーで40年間、土地をリース提供することを承認済みだ。内訳としては、(1)リライアンス・ニュー・エナジーが7万4,750ヘクタール、(2)アダニ・ニュー・インダストリーズ8万4,486ヘクタール、(3)トレント・パワー1万8,000ヘクタール、(4)アルセロール・ミッタル・ニッポン・スチール・インディア1万4,393ヘクタール、(5)ウエルスパン・グループ8,000ヘクタールだったという。これらのうちリライアンスやアダニ・グループなど、既に事業概要を公表した企業も見られる。これら有力財閥企業が巨額投資計画を表明したことが、先般の州政府の決定に繋がったとされている。

さらに、州政府のエネルギー開発機関、グジャラート・エネルギー開発公社(Gujarat Urja Vikas Nigam Ltd:GUVNL)も、州独自のグリーン水素政策の草案策定に着手した、と報じられている。州政府は、グリーン水素プロジェクトの開発を促進することを目的にする包括的な新政策案を、2023年7月末を目標に取りまとめて発表する予定とされており、新政策の成立・発表が待たれている(5月26日付「エコノミック・タイムス エナジーワールド」紙)。

なお、7月に新開発銀行(NDB、注1)も、インドでの気候変動緩和プロジェクトについて融資を行う方針を決定し、インドでのグリーン水素・クリーンエネルギー推進事業を後押しする姿勢を示したといえる(2023年7月16日「タイムズ・オブ・インディア」紙)。

日本などとの協定で国際取引促進をうかがう動きも

2023年7月4日付「エコノミック・タイムス」紙は政府筋からの情報として、インド政府が日本を含む外国と二国間協定締結を検討している、と伝えた。その眼目は、インドでグリーン水素製造に関連して投資したり製造物を購入したりするのと引き換えに、炭素クレジットを使用できるようにするところにある。パリ協定(注2)第6条に基づいて脱炭素化のための共同クレジット制度(JCM)を設立し、国と民間企業の間で炭素クレジットを共有する道筋も見えてくる。

これが実現すると、GHG削減プロジェクトによって獲得する炭素クレジットが取引されることになるだろう。そういった取引を通じ、インドのグリーン水素産業に、より多くの投資と確実な取引をもたらすと期待できそうだ。

グリーン水素の国内市場喚起と製造輸出に意欲

2030年までに500万tのグリーン水素を年産する計画を掲げるインド。インドに限らず、世界全体において、社会活動全般におけるクリーンエネルギーへの転換に向けた取り組みは、喫緊の重要課題となりつつある。現時点においてインドは、グリーン水素の製造国とは言えないが、潜在的な経済成長規模の大きさから来る、将来的なグリーン水素需要は巨大だ。一方、インドは低コストを競争力に、グリーン水素を生産する製造輸出拠点となることも目指している。国内需要喚起と製造輸出振興に並行して取り組むことで、国内消費への依存の偏重を避けつつ、海外市場をも開拓し、外貨を稼ぎながら、グリーン水素の輸出国としての地位を確立しよう、との野心がうかがえる。

特にGJ州はインド工業生産の約17%を担う主要な工業州であるため、将来的なグリーン水素の需要ポテンシャルは大きい。また、港湾、電力、道路などの産業インフラの整備状況が良好なことを武器に、グリーン水素の製造拠点を構築できる条件が整っていると考えている。これが実現すれば、GJ州はグリーン水素分野をリードする州となり、州内での地産地消が望めるだけでなく、製造輸出ハブとして新たな中核産業が生まれることになるだろう。


注1:
NDBは、いわゆるBRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国)が2015年に設立した国際金融機関。新興国のインフラや持続可能な開発プロジェクトに融資するのが、その目的。本部は中国・上海市。総裁は、創設メンバーのBRICS諸国から選出される。
注2:
パリ協定は、気候変動に関する国際条約。先進国だけでなく開発途上国まで対象に、法的拘束力を持つのがその特徴。
執筆者紹介
ジェトロ・アーメダバード事務所長
古川 毅彦(ふるかわ たけひこ)
1991年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ北九州、大阪本部、ニューデリー事務所、ジャカルタ事務所、ムンバイ事務所長などを経て、2020年12月からジェトロ・アーメダバード事務所長。