人材不足とテレワーク志向が製造業者の逆風に(米国)
米国経時観測レポート

2023年10月13日

ジェトロは例年、北米に進出する日系企業を対象としてアンケート調査を実施している。その最新版「2022年度海外進出日系企業実態調査(北米編)」(2022年9月実施)の米国編(以下、在米日系企業調査、注1)で、米国に所在する多くの企業が経営上の課題として「従業員の賃金上昇」や「従業員の確保」など雇用・労務面に関するものを多く挙げた。2023年3月に実施した自動車部品関連の在米日系企業へのヒアリングからも、同様の傾向が聞かれた。

本レポートでは、当該調査とヒアリングの結果を通じて、米国の日系製造業者が雇用・労務面の課題に直面する要因を取り上げる。この記事も参考に、12月までに発表予定の2023年在米日系企業調査(2023年9月実施)の結果にも注目してもらえると良いだろう。

2022年9月:自動車部品関連の在米日系企業に雇用・労務課題

2022年度在米日系企業調査への協力企業を業種で分類すると、製造業の中で最も多かったのが自動車・二輪車(以下、自動車等)の部品メーカーだった。これらの企業に自動車等を製造する企業を加えた、自動車等・同部品関連企業が挙げる経営上の課題として、最も大きな割合を占めたのは、「従業員の賃金上昇」(82.9%)だった。そのほか、「従業員の定着率」(68.4%)や「従業員(一般社員)の確保」(63.2%)、「従業員(技術者)の確保」(59.2%)、「従業員の質」(57.9%)など、雇用や労務に関するそのほかの課題でも、調査対象企業全体や製造業全体と比べて高い値を示した(表参照)。

表:経営上の課題(複数回答)
課題となっている事項 分類 割合(%)
全体 製造業 自動車等・
同部品
従業員の賃金上昇 雇用・労務面 67.5 74.8 82.9
物流コストの上昇 原材料・部品調達面 56.9 70.1 77.6
調達コストの上昇 原材料・部品調達面 50.7 67.1 73.7
従業員の定着率 雇用・労務面 40.2 52.2 68.4
従業員(一般社員)の確保 雇用・労務面 51.4 59.5 63.2
従業員(技術者)の確保 雇用・労務面 39.4 52.9 59.2
従業員の質 雇用・労務面 42.7 49.6 57.9
物流遅延 原材料・部品調達面 37.5 42.4 47.4
取引先からの発注量の減少 販売・営業面 22.8 26.8 44.7
品質管理の難しさ 生産面 18.7 25.6 42.1
有効回答企業数 766 425 76

注:上位項目だけを抜粋。
出所:ジェトロ「2022年度海外進出日系企業実態調査(北米編)」

「従業員の賃金上昇」は、(1)人材不足、(2)インフレによる生活コストの増大という2つの影響を受けて生じていると考えられる。人材不足の有無を図る上で参考となる指標として、労働参加率(注2)が挙げられる。当該比率は、調査を実施した2022年9月時点で62.3%だ。一方、2011年から2019年までは、63~64%前後で推移していた。こうしてみると、2022年9月時点では新型コロナウイルス禍から回復傾向にあるものの、まだ従前の水準には戻っていないことがわかる(図1参照)。

図1:労働参加率と失業率の推移
労働参加率は2020年2月にかけて63~64%前後で推移したのち、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、2020年4月に60.1%まで低下。その後、徐々に増加するも、2023年7月時点で62.8%と、新型コロナ禍前の水準には回復していない。失業率については、2020年2月にかけて減少傾向であったが、労働参加率と同様に、新型コロナの感染拡大の影響を受け、2020年4月には14.7%まで上昇した。一方その後は順調に回復し、2022年9月には2020年2月と同程度の3.5%となり、2023年9月時点でも3.8%にとどまっている。

注:求人者数と失業者数はいずれも季節調整済み
出所:米国労働省労働統計局(BLS)よりジェトロ作成

失業率をみると、新型コロナ禍が始まった直後こそ、労働参加率と同様に、一時的に記録的水準まで上昇した。しかし、2022年には新型コロナ禍直前の水準に落ち着いた。この結果、新型コロナからの経済回復に伴って増加した労働者需要に対し、充分な数の人材が提供されない状態に陥った。その結果、2021年5月以降は、求人者数が失業者数を上回る状態が続いた(図2参照)。これにより、労働者側が求人条件をより精査できるようになり、雇用者側はそれらを改善する必要が生じ、これが賃金上昇へとつながったと考えられる。

図2:求人者数と失業者数の推移
求人者数は2020年2月にかけて上昇傾向で推移し、2020年2月は699万5,000人だった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、2020年4月に468万6,000人まで低下。その後は経済回復に伴い大きく増加し、2021年6月から2023年1月にかけて1,000万人を上回った。2023年7月時点では、882万7,000人となっている。失業者数については、2020年2月にかけて減少で推移し、2018年3月から2020年2月にかけて、求人者数を下回る時期が続いた(2020年2月は570万8,000人)。新型コロナ禍での経済活動の停滞により、2020年4月では2,305万人まで増加。2021年4月にかけて失業者数が求人者数を上回る状況が続いた。2021年5月以降は逆転し、2023年8月時点では635万5,000人と、求人者数が失業者数を約325万5,000人上回った。

注:求人者数と失業者数はいずれも季節調整済み
出所:米国労働省労働統計局(BLS)よりジェトロ作成

インフレの進行も、課題への対応を難しくしている。生活コストの増大には、新型コロナ禍からの経済活動再開や、2022年2月に発生したロシアによるウクライナ侵攻に伴いエネルギーや食糧価格が高騰したことが、とりわけ寄与したと考えられる。2022年6月の消費者物価指数(CPI)の上昇率(季節調整前)は、前年同月比9.1%増と、1981年以来約40年ぶりの歴史的な上昇幅になった(図3参照)。また、2021年4月以降は、CPI上昇率が賃金上昇率を上回る状況が続いた。

労働者にとって、生活コストの負担が徐々に重くなったことが、賃金水準の高い求人を探す誘因となった。そして、これにより企業側も給与水準を引き上げざるを得ない状況になった、と考えられる。

図3:CPI上昇率と賃金上昇率の推移
2011年は賃金上昇率はCPI上昇率を下回る状況が続いていたものの、2012年1月から新型コロナウイルスの感染拡大による影響が顕著に表れ始める前の2020年3月にかけて、賃金上昇率がCPI上昇率を下回った月は10カ月と、おおむね賃金上昇率がCPI上昇率を上回る状況が続いていた。新型コロナ禍の2020年4月には、単純労働者の多くが失業したことにより、賃金上昇率は8.1%増と急上昇し、その後2021年2月にかけて4%を上回った一方、CPI上昇率は2020年5月に0.1%増と大きく下落し、その後2021年2月にかけて2%を下回る状況が続いた。しかし、2020年4月における賃金上昇率急上昇がもたらしていたベース効果がなくなるとともに、CPI上昇率が大きく上昇した結果、2021年5月から2023年3月にかけて、CPI上昇率が賃金上昇率が上回った。

注:CPI(前年同期比)、および賃金上昇率(前年同月比)はいずれも季節調整前
出所:米国労働省労働統計局(BLS)よりジェトロ作成

2023年3月:人材不足が日系製造業者の職種横断的課題に

求人者数が失業者数を上回り、CPI上昇率が賃金上昇率を上回る状態は2023年に入っても続いた。そうした中、ジェトロは2023年3月12~19日、米国中西部のインディアナ州とイリノイ州に所在する自動車関連メーカー10社を対象にヒアリング調査を実施した。

その際、多くの企業が人材不足を課題として挙げた。もっとも、その要因は職種によって異なる。ここからは「工場などでの作業を要するか」「高度な技術や専門的知識を求められるか」という2つの側面に基づき、(1)高度な専門的知識が求められないデスクワークに従事する「一般事務職」、(2)工場などで単純な作業に従事する「一般工場労働者」、(3)法務、労務などの専門的な知識を必要とするデスクワークに従事する「高度事務職」、(4)工場などで特定の技術が必要とされる作業に従事する「高度技術者」の4種に分類して議論を進める(図4参照)。なお、高度事務職については、ヒアリングの対象ではなかったことから、本レポートでは取り扱わない。

表2:本レポートにおける人材の分類
項目 あり/なし 工場などでの作業必要性
あり なし
高度な技能・
専門知識の必要性
あり 高度技術者
(エンジニアなど)
(高度事務職)
なし 一般工場労働者
(ラインワーカーなど)
一般事務職

注:法務・労務など、高度な専門知識が要求され、かつ工場などでの作業を行わない人材については、ヒアリングの対象でなかったことから、本レポートでは取り扱わない。
出所:ヒアリングを基にジェトロ作成

一般事務職が特に不足していると回答した企業は、人材不足の理由として、主に(1)出社を中心とした勤務体制の忌避(注3)、(2)給与水準を重視した転職者の多さ、の2点を挙げた。事務職は工場労働者と異なり、工場などで働く必要はない。テレワークの有無や賃金水準の高さといった条件に基づいて、柔軟に勤務先を変更していると考えられる。聴取された声を挙げると、例えば、以下のような例がある。

  • ある自動車内装部品メーカー:毎日出勤を条件に事務職を募集してみた。しかし、条件にマッチする人材が限られ、3週間で1人としか面接をすることができなかった。
  • 自動車や産業機械用に部品を販売する企業:1ドルでも時給の良いオファーがあると派遣社員などが他社に流出する実態がある。その結果として人材不足に陥っている。

一般工場労働者については、肉体的に負荷の大きな作業を要求すると人材不足の要因になりやすいようだ。また、新型コロナ禍以前に一般工場労働者だった人材が職種転換して戻ってこないことも人材不足の要因になっている可能性がある。すなわち、新型コロナ禍による工場稼働停止などをきっかけに離職した後、テレワーク可の一般事務職に転換する例があると考えられる。

  • ある金属リサイクル企業(自動車などからアルミニウムを取り出して自動車部品メーカーなどに提供):屋外作業が必要で騒音なども発生する職種で、人材の定着が課題になっている。

一方、高度技術者については、テレワークの浸透が人材不足の要因として挙がらなかった。その理由は、高度技術者が持つ専門知識や技能は、工場などでこそ活用されるものであり、テレワークの活用や肉体労働からの解放といったメリットよりも、職種転換による待遇の悪化というデメリットの方が大きいからと推測できる。ただし、米国では日本と比べて転職が一般的だ。技能の習得をきっかけに、より良いオファーを提示する他社に転職する高度技術者は多いという声が聞かれた。また、高度な加工技術を持つ人材の給与水準上昇も、悩ましい。現地人材を雇用することが難しくなった結果、日本法人の技術者を駐在させているという企業も多くみられた。

製造業に特有の肉体的負荷の多さやテレワークの難しさ、他業種と比べた賃金水準の低さなどが、高度技術者の長期的減少につながっているというコメントもあった。

  • 自動車の内装部品を手掛ける企業:自社に興味・関心を寄せてくれる人材が限られている。その確保に向けて、パデュー大学など地域の大学と協力したり、夏季休暇中に地域の高校生を呼び込んだりするなど、試みている。しかしものの、あまり効果が得られない。
  • 別の自動車部品メーカー:当社では、大学や大学院を卒業した人材が新車の開発に携わっている。しかし、給与水準がテック系企業などに見劣りすることから、人材が集まらない。

若手高度技術者の要求する賃金水準の上昇は、大学進学などで必要になる費用の高騰が関係しているという指摘も聞かれた。大学進学を投資とみなし、卒業後に奨学金返還コストが発生する若手人材にとっては、インフレによる物価高騰の影響は特に大きい。その結果として、これらの人材はより多くの賃金を得られる職に就くことを重要視しており、これが若手高度技術者の流動性を高めているという。高度技術者の獲得を目指す企業側は、この要求に応えざるを得ない。そのために、それまでの賃金水準に1万ドル単位で上乗せし、人材を引き抜くケースもあるとしている。

9月:米国製造業者の3/4が労働者確保を課題として指摘

3月のヒアリング時点で課題として挙がった人材不足は、2023年度の日系企業調査が実施された9月時点でも解消していないと考えられる。同月に全米製造業者協会(NAM)が公開した「製造業者の展望」アンケート調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 〔2023年第3四半期(7~9月)版、注4〕によると、現在のビジネスの課題(複数回答)として最も多く挙げられたのは「質の高い労働者の確保と維持」(72.1%)だった。この調査の対象は米国の製造業者全体で、日系企業に限られない。しかし、雇用情勢の厳しさは日系でも同様と予想される。

雇用統計からも、人材不足がいまだに米国全体で広く影を落としていることが読み取れる。労働不足にかかわる指標として取り上げた労働参加率(図1)は、2023年9月時点でも62.8%にとどまる。また、求人者数は失業者数を約330万人上回っており、労働供給量が需要に追い付いていない状況も変わっていない。米国商工会議所発表の調査(2023年8月)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます では、(1)新型コロナ禍に伴う早期退職や移民の減少のほか、(2)新型コロナ禍で給付された失業手当や景気刺激策、子女税額控除などによって、労働の必要性が減少したこと、(3)さらにその結果、共働きから片働きに移行した世帯が増えたことなどが、米国全体の労働不足の要因と分析されている。

在米日系企業調査結果に注目

ここまで、在米日系製造業者が課題に挙げる人材不足について、ヒアリング結果や統計データを用いて概観した。高度な技術や専門知識を要さない職種については、新型コロナ禍を経て労働に対する人々の価値観が変化するようになったことが人材の雇用や維持に大きな影響を与えてきたことが分かった。より具体的には、工場などでの作業が避けられるようになった。一方、高度な技術や知識が求められる職種については、転職がより一般的な環境が人材確保の維持に影響を与えている。また、若手人材を中心に、賃金面の待遇重視といった点が給与水準を引き上げる圧力になっている。

ジェトロは2023年度も、在米日系企業調査を実施した(期間:2023年9月6~26日)。当年度調査では、前年までの調査項目だけでなく、職種ごとの人材不足の深刻度や人材の採用・定着に関する取り組みなどについても新設した。また、営業見通しや経営上の課題といったビジネス環境に関するより包括的な内容や、職種別・業種別の平均賃金といった人材不足に関連する指標については前年に引き続き調査対象となっている。

こうした設問に対する回答結果を通じて、(1)賃金水準の上昇や人材不足など、これまでに在米日系企業が影響を受けてきた環境に変化があったのか、(2)課題の解消に向けた動きがあるか、などが読み取れるだろう。2023年度在米日系企業調査の調査結果は、2023年12月までには公開する予定だ。


注1:
調査実施期間は2022年9月8~30日、調査対象は、(1)在米日系企業(製造業・非製造業)のうち、直接出資や間接出資を含めて、日本の親会社の出資比率が10%以上の企業、(2)日本企業の在米支店、1,841社・支店。有効回答数は787社・支店(有効回答率42.7%)。この調査は北米、中南米、欧州、アジア大洋州などの主要地域別に、原則として年1回、ビジネスの最前線にいる進出日系企業の活動実態を把握するために実施している。米国では1981年以降41回目。
なお、「2022年度海外進出日系企業実態調査(全世界編)」では、全地域で共通して立てた設問について、地域横断して結果を参照することができる。
注2:
生産年齢人口(16歳以上の人口)に占める労働力人口(就業者+失業者)の割合。
注3:
出社勤務を忌避する傾向は、テレワークの浸透がもたらした風潮と考えられる。
注4:
NAMが四半期ごとに実施する製造業者を対象としたアンケート調査。
この記事で取り上げた調査については、実施期間2023年5月18日~6月1日、回答数は305人。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課
滝本 慎一郎(たきもと しんいちろう)
2021年、ジェトロ入構。同年から現職。