オンライン学習提供でスキル向上支援(インドネシア)
積極的な企業の関与がカギ

2023年11月14日

デジタル化が一段と進むインドネシア社会で、オンライン学習を通した新たな知識・技能、特にデジタルスキル習得のニーズが高まっている。大手メディアのエコノミスト・グループのシンクタンク部門が2023年6月に発表したアジア大洋州地域の人材を対象に実施した調査「Menjembatani kesenjangan keterampilan: Menumbuhkan karier dan ekonomi di Indonesia(インドネシア語)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(639KB)」によると、インドネシアの回答者の60%がスキルアップすべき分野としてデジタルスキルを挙げていることが分かった。また、回答者のほぼ半数 (49%) が、スキルアップまたはリスキリング(新たな技能の習得)が現在の仕事のパフォーマンス向上に大きな影響を与えるとし、54% が新しい役割や興味のある分野を探求する上で大きな影響を与えると回答した。学習方法については、従業員の54% がオンライン学習を通じて職場外でデジタルスキルを習得していると回答した。

インドネシア政府は2019年に導入した人材開発支援策の「雇用前カード」(Kartu Prakerja)プログラムを実施し、オンライン学習を通じた人材のスキル習得を支援する。この政府プログラムは、18歳から64歳までの100万人の失業者や低所得の成人にトレーニングを提供する、主にオンラインのスキルアッププログラムだ。2022年12月時点で188機関による1,224件のプログラムを提供している。

この政府プログラムのプラットフォームパートナーの1社、ピンタール・プムナン・アシア(PT PINTAR PEMENANG ASIA)の創業者兼最高経営責任者(CEO)のレイ・プルンガン(Ray Pulungan)氏に、インドネシアのオンライン学習を取り巻く状況や、今後の展開についてインタビューした(取材日:2023年9月18日)。


同社CEOのレイ・プルンガン氏(ジェトロ撮影)
質問:
ビジネスの概要は。
答え:
産業界のニーズに即したトレーニング、資格認定、学習者の経済的機会へのアクセス向上を通じて、インドネシアの人材開発を行うプラットフォームを提供している。現在、200万人以上の学習者が能力・スキルを高めるために、当社のプラットフォームを利用している。そのうち 60%以上がジャカルタ都市圏外の居住者で、学習者全体の47%が女性だ。オフィスはジャカルタ、バンドン、ジョクジャカルタ、スラバヤ、バリなどに構えており、110人の従業員がいる。
質問:
どのように学習コースを開発・提供しているのか。
答え:
当社は、さまざまな業界の専門家や実務者、教師など80人以上の個人パートナーと協力しながら、学習コースの開発をしている。加えて、多くの教育機関と連携している。それらの教育機関が運営するコースを当社のプラットフォーム上で選択できる。内容は多岐にわたるが、SNSを活用した広告・マーケティングを学べるコースや、ウェブサイトデザインを学べるコースなどが人気だ。
質問:
提供しているサービスのラインアップは。
答え:
4つのサービスを提供している。まず「ピンタール・プラカルジャ(Pintar Prakerja)」は、インドネシアの人材のスキルと能力を向上させることを目的とした政府主導のプログラムだ。当社は政府プログラムの公式パートナーで、求職者や解雇された人材、スキルアップやリスキリングを目指す人々向けのコース、トレーニングを提供している。
次に「ピンタール・クリア(Pintar Kuliah)」は、学位取得を目的としたプログラムで、フルタイムの仕事を続けたまま、準学士号や学士号、修士号の取得を目指す労働者・社会人向けに提供している。現在はインドネシアの大学7校と提携している。学位取得を前提としないプログラムでは、英国、オーストラリア、シンガポールの大学がコースを提供している。
3つ目の「ピンタール・コルポラシ(Pintar Korporasi)」は法人向けサービスで、さまざまな企業のニーズに合わせた従業員の育成プログラムを提供している。最後に、最も新しいサービスが「ピンタール・クルジャ(Pintar Kerja)」で、職を求める人材とビジネスオーナーをマッチングさせる当社の職業紹介サービスだ。
質問:
インドネシアの教育業界にどのような機会があると考え、会社を設立したか。
答え:
3つの観点でチャンスがあると考えていた。まず1つ目は、人材の開発、スキルアップ、リスキリングに対する大きなニーズがあること。当社の持つデータによると、インドネシアの人材は近隣諸国と比較して労働生産性が低いと認識している。2つ目は、学習のグローバル化とテクノロジーによるアクセシビリティー向上により、産業に関連した高品質な学習プログラムを容易に利用できるようになっていること。3つ目は、経済的機会に直結したサービスが少ないこと。従来の学習プログラム、特に長時間の学習プログラムでは、経済的見返りが不透明な場合など、学習者のモチベーションが低いままになってしまう。
当社の使命は、生涯学習を通じて人材に力を与えることだ。学習者が労働市場での成功や起業家としての成功に向けて準備できるよう、サービスを設計している。
質問:
インドネシアの教育産業が抱える課題をどう考えるか。
答え:
業界を問わないと思うが、インドネシアの課題は地理的に分断されていることだ。都市の中心部から離れれば離れるほど、大企業などの経済的プレーヤーが少なくなり、人材開発や経済的機会へのアクセスが難しくなる。加えて、教育機関がこれまで、イデオロギー的な理由から産業界と距離を置いてきたことも事態に拍車をかけていた。しかし、今やテクノロジーによって、学習者の属性や場所を問わず、質の高い学習プログラムにアクセスできるようになった。そして、インターネットを通じて労働市場に参画できるようになった。物理的な距離はもはや障壁ではないと認識している。
質問:
新型コロナウイルス後のビジネス状況は。
答え:
新型コロナ禍による経済活動の停止により、多くの人材が休職もしくは解雇を余儀なくされた。政府がそういった人材に対するスキルアップの支援策を実施したため、当社のビジネスのみを考えれば、新型コロナ禍は前向きな影響を与えた。当社は政府と協力する教育プラットフォームのプロバイダー2社のうちの1社だ。そのため、経済が正常軌道に戻った際にすぐ職に就けるように、多くの人材にスキル習得の機会を提供した。
新型コロナ後は、一般企業から社内研修・トレーニングに関する問い合わせが増加している。財閥などの大企業は自社内で研修センターを設立し、プログラムの策定・実施までできるところが多いが、中堅・中小企業になるとそうはいかない。当社が持つコースから自社のニーズに合うものを選んでもらうほか、社内マニュアルのデジタル化を当社で支援するなどして、コース全体を調整し、サービスを提供している。
質問:
政府と協力するきっかけは。
答え:
人材開発について議論する上で、政府を除外して進めることはできない。自国の人材開発や競争力強化は政府の重要課題だからだ。教育・人材開発の分野では、政府や公共・社会セクターが良いパートナーとなるだろうと捉え、会社設立の当初から連携を強化してきた。
質問:
さまざまな分野のコースを提供しているが、どのような点を考慮し、コースを開発するのか。
答え:
当社のサービス・コースは市場の需要、スキルギャップ、業界のトレンドを組み合わせたものだ。例として、新しいコースを開始する場合、当社は次の4項目から検討する。
  1. データ:どのようなコースの追加が有益か、当社が持つデータと学習者のフィードバックからスクリーニングする。
  2. スキルギャップ:協力するさまざまな産業パートナー・企業から寄せられる要望から、不足しているスキルを特定する。
  3. 業界のトレンド:データサイエンス、人工知能(AI)、サイバーセキュリティーなど急速に成長している分野のコース、または世界の労働市場で適用できるスキルを提供するコースかどうかをみる。
  4. アクセシビリティーと包括性:初心者から上級者までさまざまなスキルレベルに応じたコースを提供できるかどうかをみる。

ピンタールのウェブサイト、「最高の投資は自分への投資」と掲げ、利用を促す(ジェトロ撮影)
質問:
同業他社と比較したピンタールの強みは。
答え:
当社は労働者階級に焦点を当てており、教育は社会・経済的流動性を決める最も重要な要因の1つだと信じている。ただし、非富裕層にとっては、教育とトレーニングには費用がかかる。そのため、履修後の経済的な果実が予測できるようなプログラムと、学習者へのきめ細かいサポートが重要だ。当社は関係者と緊密に連携し、企業から寄せられる生産性の高い人材需要に合わせて、学習プログラムを改善している。
質問:
次の10 年間の目標は。
答え:
ビジネス界の変化のスピードと規模が操業初期のころと大きく異なるため、確かなことは言いにくいが、当社が世界的機関のパートナーとなり、東南アジアのユーザーにサービスを提供して、市場全体での人材の流動性を高めることだ。そして、東南アジアのさらなる繁栄を人材面からサポートすることが当社の野心だ。
インドネシア市場に対して望んでいることは、米国など他国で起こっていることと同じだが、企業がもっと社員やステークホルダーへの教育機会の提供に積極的に対応することだ。インドネシアは他のASEAN加盟国と比べても、社員に教育を提供する企業の割合が低い。インドネシアの国としての課題で、当社にとってはビジネスチャンスだと感じる。
質問:
日本企業との協業の経験はあるか。どのような分野やスキームで日本企業との協業を考えているか。
答え:
資本パートナーとして協力することに興味を持った幾つかの日本企業と話したことはある。ただ、当時は当社が法人向けサービスの構築を中心に取り組んでおり、体系的な資金調達プロセスを行う準備ができていなかったため、協業は実現しなかった。
日本企業との協業については、製造業や介護サービスなどの業界で提携機会を模索している。インドネシアの人材を訓練し、可能ならば日本での雇用契約に結び付けるイメージだ。また、インドネシアの人材が在インドネシアの日本企業で働けるように、日本の訓練機関と提携する機会も検討したい。なお、当社のプラットフォーム上では、日本語を学習するコースも提供している。このプログラムを自社の従業員向けのトレーニングとして取り入れてもらうのも大歓迎だ。
会社概要
ピンタール・プムナン・アシア(PT PINTAR PEMENANG ASIA)
2013年創業のEdTech企業。オンライン学習のプラットフォームサービス「ピンタール」(PINTAR)を提供する。同社のサービス利用者は200万人を超える。直近では、インドネシア政府などの公的機関、インドネシア商工会議所(KADIN)などのビジネス機関との連携を強化している。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
尾崎 航(おざき こう)
2014年、ジェトロ入構。生活文化産業企画課、サービス産業課、商務・情報産業課、デジタル貿易・新産業部 EC・流通ビジネス課を経て、2020年9月から現職。