アカデミアの強みを生かして「抗体薬品製造技術」を海外展開(日本)

2023年11月20日

埼玉大学発ベンチャー企業であるEpsilon Molecular Engineering(本社:さいたま市)は、アカデミアとのネットワークと製薬分野の研究者によるスペシャリスト集団という強みを生かし、海外ビジネスに取り組んでいる。製造業が盛んな埼玉県では、医療機器や輸送機器関連の技術を持った企業などが活躍しているが、そのような環境の中で、同社は数少ない埼玉県内のスタートアップ企業でもある。新しいチャレンジを続ける同社の海外ビジネスにおける現状と今後の展望について、同社執行役員・研究開発事業部長 兼 事業開発課長の讃良茂浩(さわら しげひろ)氏に聞いた(取材日:2023年8月6日)。


Epsilon Molecular Engineeringの讃良茂浩氏(同社提供)

スペシャリスト集団が活躍する事業形態

質問:
御社のビジネスについて。
答え:
当社は2016年に埼玉大学発ベンチャー企業として創業した。主な事業内容は抗体薬品に関する技術開発で、販売先としてのメインターゲットは製薬企業だ。最初の4~5年は国内事業のみだったが、2021年から海外向けビジネスを開始した。
質問:
どのような製品を扱っているか。
答え:
当社はモノを作っているのではなく、無形の「抗体薬品を生み出すための技術」を販売するビジネス形態だ。抗体薬品を作るとき、従来は、動物にウィルスを打ってその中で免疫が機能して生成される抗体を取り出し、それを人間に合う抗体に加工するという方法が主流だった。それに対して当社は、動物を使わずに実験室の中だけで抗体を作り出す技術を持っている。製薬会社が希望する抗体薬品のオーダーに対して、当社の実験室の中で製造し、その成果となる抗体遺伝子配列をデータで納品するというビジネスだ。そのため、製造装置を作っているわけでもなければ、抗体薬品を作って輸出しているのでもなく、無形技術を扱うビジネスとなる。
質問:
海外ビジネスを始めたきっかけは。
答え:
国内ビジネスのみではマーケットが限られるためだ。国内の製薬企業は30社程度しかなく、1社あたりで出せる資金もそう多くない。数と単価が限られる中にとどまるのではなく、さらなる成長を目指して海外展開に取り組み始めた。当社の特徴として、アカデミア人材集団であることが挙げられる。約20人の従業員のうち、8割を研究者・技術者が占める。そのような中で、私は2021年1月に当社が海外展開に取り組むタイミングで事業開発、海外展開を担当する職責で入社した。

複数のチャンネルを活用して海外へ

質問:
どのような手法で海外展開に取り組んだのか。
答え:
海外の取引先を見つけるチャンネルとしては大きく4つある。1つ目は、展示会出展と会場でのマッチングだ。米国ボストンで開催されるBio Internationalのジャパンパビリオンに2021年から現在まで出展してきた。ドイツで開催されるBio Europeのジャパンパビリオンにも同じく継続的に出展している。ジェトロが取りまとめるジャパンパビリオンに出展することで、出展手続きや出展費用の負担が軽減され、営業活動に注力できる点がメリットだ。また、展示会中には様々なバイヤーと出会うことができ、実際の取引にもつながっている。2つ目は、学会参加だ。主に米国で開催される製薬分野などの学会に参加して、製薬企業とネットワーキングをしている。3つ目は、セールスレップ(注)を通じた販路開拓だ。2022年の1年間のみだが、米国のセールスレップを契約していた。こうしたパートナーを見つけるのはなかなか苦労するところだが、当社の場合はベンチャーキャピタルから紹介された信頼できるセールスレップだった。最後に4つ目は、著名なジャーナルに論文を掲載することだ。大学発ベンチャーとして、アカデミアでの強みを最大限に生かせるフィールドになる。医薬品業界はデータが何よりも大事で、データに基づいた研究成果を有力ジャーナルに載せてパブリケーションされたものが製薬業界からの信頼につながり、ひいては引き合いにつながる。
質問:
海外展開の対象地域は。
答え:
現在の海外取引実績は、米国、中国、韓国だが、メインターゲットは米国だ。医薬品業界のエコシステムが醸成されている上、何よりも顧客単価が最も高い。また、歴史的に欧州は製薬業界においてプレゼンスが高く、とりわけ英国やドイツなどが有名だ。これらの国と取引実績があると、安定した技術を持っている企業だという信用につながる。
質問:
海外展開に取り組む上で大変なことは。
答え:
ターゲット企業にたどり着くまでの労力がものすごくかかることだ。先述の3カ国の企業にたどり着くまで、それこそ何百社もの企業にアプローチをしてきた。人員が限られている中でいかに効果的にターゲットを見つけ出してアプローチするか、よく検討する必要がある。これらの課題については、ジェトロの新輸出大国コンソーシアムの専門家によるハンズオン支援で、ターゲットへのアプローチ方法などについて戦略を立てるなどして対応してきた。
また、国ごとの商習慣の違いも気を付けるべき点だ。例えば、米国との取引の際は、大手製薬企業だったこともあって、契約にかなりの時間がかかった。それだけしっかりしているということでもあるのだが、法務のレビューに時間がかかったり、書類の形式がいろいろと細かく決められたりしていて大変だった。逆に中国や韓国は契約に至るまでのスピードがものすごく速かった。「スピード命」で、こちら側が追加条件を提示して交渉に臨もうとすると、先方が別のパートナーを早々に見つけてしまい、契約に至らないということがあった。

現地エコシステム参入を視野に新たな目標

質問:
今後の課題と展望は。
答え:
ビジネスを広げるにあたって、日本から海外へ出張ベースで行って、展示会やカンファレンスなどに参加して案件をとってくるということに限界を感じ始めている。現地エコシステムに入らないと、なかなか難しいと思う局面に入ってきた。将来的には、海外に拠点を持ってビジネス展開したいと思っている。現在、対象地域として考えているのは米国のボストンで、製薬業界をはじめとしたエコシステムが形成されている。また、新しいビジネス形態として、自社で抗体薬品を製造して製薬企業に権利を販売するということも視野に入れて取り組み始めている。

注:
セールスレプレゼンタティブのこと。営業・販売業務を代理で行う。
執筆者紹介
ジェトロ埼玉 係長(執筆当時)
清水 美香(しみず みか)
2010年、ジェトロ入構。産業技術部産業技術課/機械・環境産業部機械・環境産業企画課(当時)、海外調査部中東アフリカ課、海外調査企画課を経て、2021年9月から現職。