インド工科大学ハイデラバード校就職説明会「JAPAN DAY」開催
新企画「日本企業との共同研究」にも大きな関心

2022年3月8日

新型コロナウイルス危機を受け、目下、感染拡大防止と経済活動の両立が目指す課題だ。そうした中、電子商取引(EC)やオンライン会議など、多様な場面でデジタルツール利用が急速に拡大した。その結果、事業と組織自体のデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む企業が大幅に増加。一方で、それを担うIT人材については、依然として量・質ともに不足している。その補完策の1つとして日本企業が取り組んでいるのが外国籍IT人材の登用だ。

厚生労働省ウェブサイトからわが国の情報通信業の外国人雇用状況(総数7万1,284人/2020年10月末時点)をみると、圧倒的に多いのは中国籍(香港などを含む)人材だ。全体の47%(3万3,533人)を占める。これに、韓国13.9%(9,961人)、ベトナム6.7%(4,790人)などが続く。近隣アジア諸国からのIT人材流入が顕著に見て取れる。一方で、世界第2位の人口を擁し、工学系学生が毎年150万人卒業するIT大国がインドだ。当該分野に強みを有する同国高度人材に対する日本企業の採用・活用は、他国と比べて出遅れているのが現状だ。

そうした中、ジェトロは2021年9月24~25日、インド工科大学ハイデラバード校(IIT-H)と共催で、在学生・卒業生を対象に、日本企業就職説明会「JAPAN DAY 2021」をオンライン開催した。今回で4度目になる企画だ。一方で、今回初の試みとして、産学官連携促進セッションも設けられた。なおIIT-Hは、インドで理工学系高等教育機関として最高峰と認識されている。また、その開学には、国際協力機構(JICA)と日本政府が支援した経緯もある。

イベントの継続実施を通じて、IIT-H学生が有する日本企業への具体的な就業イメージや、日本企業採用後の定着に向けた課題が見えてきた。そこで、本稿では、「JAPAN DAY 2021」の取り組みを総括するとともに、課題について論じる。あわせて、産学官連携促進セッションで浮かび上がった日本とインドとの新たな連携可能性についても触れる。


「JAPAN DAY」の広告(ジェトロ作成)

新卒採用システムはインド独自

ジェトロは2018年から年1回、IIT-Hで日本企業就職説明会「JAPAN DAY」を共催してきた。今回は、前年度に引き続き完全オンライン形式で、9月24~25日の2日間にわたり開催した。

25日には、従来型の企業説明会として「学生・企業交流セッション」を実施。このセッションでは、優秀なインド人学生の本採用だけでなく、インターン採用やPRに関心のある日本企業も対象とした。参加企業は13社で、規模別の内訳は、大手が4社、中堅中小2社、スタートアップ7社。また業種別には、情報通信業9社、金属製品製造業1社、精密機器製造業1社、輸送用機械器具製造業1社、サービス業が1社という顔ぶれだった。一方で、参加した学生は351人。日本での就職やインターン機会を模索するIIT-H在学生や、JICAの奨学金を得て日本の大学に留学しているIIT-H卒業生(JICA奨学生)らだ。日本企業は学生に対し、開発技術・商品や、求める人物像・スキル、職場環境、待遇などについて、趣向を凝らして紹介した。


B.S.ムルティIIT-H学長による冒頭あいさつ(ジェトロ撮影)

IIT-Hでは、就職課が「プレースメント」という採用面接会を設けている。この面接会は、12月1日から数週間にわたる。JAPAN DAYはプレースメントに先立って人材を確保するために行われ、学生採用を狙うJAPAN DAY事業参加企業は、プレースメントに向けJAPAN DAY公式ページや当日のプレゼンと交流会で情報発信することができる。それが、多数の学生の応募につながる。1つのポストに100人を超える応募が殺到することもある。各社は履歴書や学力テストの実施により、11月までに最終面接者を絞り込んでいく。

その特徴の1つは、企業が参加できる採用面接会は1日に限られることだ。企業は、面接時には採用の可否をその場で判断する必要がある。もう1つは、内定オファーを得た学生は、その日の午後9時までに返事をする必要があることだ。内定を受けた場合、その学生は翌日以降の面接に参加することができなくなる。すなわち、できるだけ早い日程で面接枠を獲得することが求める人材を採用する確率を高めることになる。しかし面接枠そのものは、就職課が各企業の過去の採用実績や待遇などに照らして決定する。その結果、早い日程枠はおおむね年収800万円を提示する世界的IT企業などが占めることになる。例えば、GAFAM(注1)などだ。待遇面で不利なため、日本企業は極めて厳しい人材獲得競争にさらされることになる。

そのため、前年度からジェトロは、参加企業にインターンを活用して採用に結び付ける「2カ年計画」を提案している。学部3年生と修士1年生(研究をより重視する3年制修士課程では2年生)をまずはインターンとして採用。終了時に内定を出すことで「プレースメント」のプロセスを回避する作戦だ。企業は2カ月間のサマーインターン、または6カ月にわたるセメスターインターンの中で、学生により深く自社を理解してもらうとともに、学生の実力を見極めることができる。入社後の定着促進につながる期待が生じる。もっとも、新型コロナウイルス感染症に関する水際対策強化に係る措置により、インドからの来日型インターンの実施が困難になっているのが懸念材料だ。ことにオンラインでのインターンで代替ができない製造業にとっては、実施困難な状況だ。

インド人学生に日本はどう映る

「JAPAN DAY」は、日本企業をより多くの学生に知ってもらう重要なイベントだ。ジェトロが参加登録した学生に実施したアンケート(回答総数596件)では、2021年度の参加登録学生の所属学科(複数回答可)は、(1)機械・宇宙工学(19%)が最も多かった。次いで、(2)電気工学(18%)、(3)コンピュータサイエンス工学、(4)デザイン(いずれも同列12%)だった。この中で、とくに(4)の伸びが大きい。前年度のアンケートでは、18学科中の上位15番目、全体のわずか2%にすぎなかった。デザイン学科の学生が日本での就業期待を高めていることは、注目すべきことだ。インド工科大学の就職課担当教授のアビナブ・クマール氏は「デザイン学科で習得するのは、製品システムやサービス、クラウドソースのデザインにとどまらない。ビジネス倫理やサステナビリティー、教育、ウェルネスなど、イノベーションを牽引する注目分野について広く学ぶ。このような学生が日本企業にイノベーションの可能性を感じていると言えるのではないか。2018年からJAPAN DAYを継続開催してきた成果とも言えるだろう。コンピュータサイエンスや電気工学を専攻する学生が日本企業に本採用・インターン採用される例を見て、デザイン学科を含む他の分野の学生も触発されているように思う」と述べた。

また、実際にイベントに参加した学生について、就業希望分野(複数回答可、日本に限らず)を見ると、最多が(1)IT/ソフトウエア関連だった(学生の64.3%が回答、前年度比7.2ポイント増)。(2)研究/シンクタンク/コンサル(52.2%、3.6ポイント増)、(3)マーケティング/ビジネス開発、(3)エレクトロニクス」(いずれも、26.1%、25.1ポイント増)が続く。前年度に(1)と(2)に次ぐ3位だった「製造」分野(29.5%)は、今年度は7.8ポイント減(21.7%)。6位にやや後退したかたちだ(図1参照)。

図1:IIT-H学生(JICA奨学生含む)の就業関心分野(複数回答可)
「ITおよびソフトウエア関連」は64.3%で昨年度比7.2ポイント増加。次いで「研究/シンクタンク/コンサル」は52.2%で同3.6ポイント増加。「マーケティングおよびビジネス開発」と「エレクトロニクス」はともに26.1%でそれぞれ同25.1ポイント増加。以上が上位3分野で、その後エレクトロニクス 、ネットワークおよびテレコム、 製造 、宇宙、エネルギー 、金融、ヘルスケア/バイオテクノロジー 、オペレーション、構造工学デザイン 、インフラ、化学工学 、建設 とつづく。

出所:実際にイベントに参加した学生に対して実施したアンケートからジェトロ作成

実際にイベントに参加した学生に日本企業のイメージ(複数回答可)を聞くと、「興味深い技術をもつ」という回答が最多だった(回答者に占める比率93%)。次いで、「国籍面で多様性のあるチームを有する」「社会課題解決に向けた挑戦や新しいことを学べる環境がある」(それぞれ、同73%)が続いた。他方で、日本就業に際しての懸念としては、「言語の壁」「生活コスト」「食事」が上位を占める(図2参照)。

図2:IIT-H学生(JICA奨学生含む)の日本就業に際しての懸念事項 (複数回答可)
「言語の壁」と回答した学生は71人、「生活コスト」43人、「食事」35人、「コロナの状況」32人、「一人暮らし」28人、「家族」25人、「友人関係構築」15人、「労働文化」12人、「特になし」19人。

出所:実際にイベントに参加した学生に対して実施したアンケートからジェトロ作成

目下、新型コロナ禍にあって不安が先行しがちなのが現実だろう。JAPAN DAY参加学生が日本での生活イメージをできるだけ鮮明に描けるようにすることも大切だ。そのためジェトロは、「Destination Japan / Mr. Bakre’s life in Tokyo」と題したショートムービーを制作。イベントで配信した。Mr. Bakreとは、高度外国人向けビザを取得して日本で働くラサド・バクレ氏だ。氏は2003年に来日。名古屋大学で1年間、交換留学生として日本語を学んだ。その後、2008年から6年間、日本企業に勤めた。その後、シンガポールでMBAを取得して再来日。現在はエレクトロニクス製造企業でインド関連事業を担当している。


IIT-H学生にメッセージを送るバクレ氏(ジェトロ作成)

高度インド人材の定着に向けて

終身雇用制が続いてきた日本の就業環境は、世界的にみても独特だ。こうした中、インドに限らず、高度外国人材獲得後の定着率向上が日本企業共通の悩みになっている。高度インド人材には、日本をキャリアアップの環境と捉える者もいる。にもかかわらず、その多くが日本を移住先として選択肢には加えないのはなぜか。

その背景について、バクレ氏は「米国では、マイクロソフトのサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)しかり、同胞がグローバル企業のトップとして活躍している姿がビビッドに見える。しかし日本では、ロールモデルとなるインド人や、優秀なインド人材を採用するに当たって理想的な環境を提供できる企業の例が少ない。長期的なキャリア形成を想像しにくいことになる」と指摘。その上で、理想的な企業に必要な4つの環境要件を挙げた。「第1に、表彰制度があるなど、才能を認めること。第2に、実績に応じた報酬が得られること。第3に、意思決定が可能な立場で組織に貢献し、充実感を得られること。さらには、尊敬できる同僚・上司との交流を通じて自身の将来を思い描けること」だ。このうち「尊敬できる同僚・上司として特にインド人、あるいはマジョリティー(中国や韓国、ベトナム籍など)には属さない外国人材がいることが重要」という。「特にIITの卒業生は、新卒でもマネジャークラスで入社することが多々ある。そのため、入社1年以内、あるいは1年を経た段階で、そのような意思決定が可能な立場を得られなければ、やりがいが失われやすいのではないか」と分析した。

IIT-Hで唯一の日本人教官、片岡広太郎准教授(計算機科学・工学科、注2)も、採用インド人材の定着を阻害する要因について、指摘する。解決策の1つとして、「自己評価と実際の評価とのギャップを埋めるために、タスクを与える場合にはできるだけ細かくマイルストーンを設定した上で、実績を定量化していくマイクロマネジメントが有効だ。また、インド人は緩やかな昇給ではなく階段型を期待する。そのため、インセンティブを設けるなど給与体系の工夫が肝要」とした。このように、評価基準やキャリアパスが明確に伝わっていないことを指摘する。

日本企業とIIT-H間の共同研究にも大きな関心

 JAPAN DAY のメインイベントは、もちろん日本企業とIIT-H学生の交流セッションだ。一方2021年度は、新たに「日印産学官連携促進セッション」を企画した。その交流セッションに先立つ9月24日の開催だ。前年度の「JAPAN DAY 2020」では、満足度アンケートで参加企業の半数以上がIIT-Hとの共同研究に関心を示したことが、その背景にある。これまでの「JAPAN DAY」は、日本企業と個別学生との交流の場にとどまっていた側面もある。日本企業がIIT-Hの研究室と接点を得ることで、より長期的かつダイナミックな日印連携にもつなげるのが、新たな企画の狙いだ。

このセッションでは、日本企業との共同研究に関心のあるIIT-H研究室が候補となる研究テーマや施設(facility)を紹介した。そのほかパネルセッションでは、共同研究に活用できる日印補助金制度や、日本とインド間の産学官共同研究事例(注3)が紹介された。さらに、注目を集める人工知能研究室をはじめとした特定研究室と接点を希求する日本企業との間で、グループ面談が行われた。

参加企業からは、「インドの研究レベルの高さを認識した」「研究室情報を深いレベルで把握できた」といったフィードバックがあった。IIT-Hが有するインキュベーション施設IITH Technology Research Parkの案内を受けた参加企業もあった。なお。当該企業は、インド市場進出への足掛かりとして強い関心を示していた。また、一部の日本企業は、JAPAN DAY後も共同プロジェクトの可能性について個別に議論を続けている。


インキュベーション施設 「IITH Technology Research Park」(IIT-H提供)

IIT-Hは2020年にインド科学技術庁から予算を受け、産学官連携ハブとして「TiHAN」(The Technology Innovation Hub on Autonomous Navigation System)を立ち上げた。このハブをベースとし、自動運転の分野で民間企業などと連携した研究成果の社会実装が加速化している。そうした民間企業の中には、タタ・コンサルタンシー・サービシズなどのインド企業はもちろん、スズキ自動車、マルチスズキ、エヌビディア(米国)、コンチネンタル(ドイツ)、ハネウェル(米)など、国籍も業界も異なる企業が名を連ねている。「TiHAN」の例に見られるように、今後、大学が産学官連携プロジェクトの主体となる動きが加速化すれば、政府や企業にとって、各大学との協力関係はより一層重要になる。

 IIT-Hのムルティ学長は「JAPAN DAY は、4年間にわたって実施されてきた。その意義は非常に大きい。これまで築いた信頼関係をベースに、日本企業との協力関係をさらに深化させていきたい」と語る。日本とインド、両国間の中長期的な共同研究プロジェクトの場は、日本企業がインド人学生の能力を見極める場として活用されてきた。また、日本企業が採用したIIT-H卒業生がプロジェクトにアサインされることで、現役のインド人学生は自らが日本企業で能力を発揮する将来像を描きやすくなることも期待される。

IIT-Hは、今後も共同研究を促進していきたい考えだ。同時に、学生が希望企業に就職できること、日本とインド両極のイノベーションを深化させること、両輪を加速させたい狙いを持っている。


注1:
GAFAMとは、世界的な影響力を持つ米国ICT企業5社の通称。具体的には、グーグル(アルファベットが運営)、アップル、メタ(旧フェイスブック)、アマゾン、マイクロソフト。
注2:
片岡准教授は、初年度からJAPAN DAY事業でインドとの架け橋役を担ってきた。
注3:
共同研究事例は、産業技術総合研究所(AIST)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、科学技術振興機構(JST)から提供された。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション・知的財産部 スタートアップ支援課(執筆当時)
伊藤 生子(いとう しょうこ)
2021年4月、国立研究開発法人産業技術総合研究所(AIST)から出向。
スタートアップ支援課での勤務を経て、同年12月から、ジェトロ・パリ事務所勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所
夏見 祐奈(なつみ ゆうな)
2010年、経済産業省入省。通商政策局、製造産業局などを経た後、日本とインド両国の政府間合意に基づき設置された日印スタートアップハブの担当として2021年7月からジェトロ・ベンガルール事務所に勤務。