グローバルな知財紛争解決に「香港仲裁」の魅力

2022年2月8日

ライセンスロイヤルティーの支払いや技術・営業秘密漏えいなど、国境を越えた知的財産契約にトラブルが発生した際の紛争解決手段として、国際仲裁(注1)が注目されている。訴訟なら、契約に関連するビジネスが行われる各国・地域で一つ一つ提起しなければならない。しかし仲裁なら、1回の手続きで複数国・地域の紛争を同時にコストパフォーマンス良く解決することが期待できる。また、紛争関連分野の識者を仲裁人として委任することで、高い専門性による正確な判断も期待できそうだ。争点自体も、当事者間で決定できる。訴訟審理が原則として公開されるのに対して、仲裁プロセスは非公開だ。このように、国際的な知財紛争解決では、訴訟よりも仲裁の方がしばしば好都合だ。

英国ロンドン大学クイーン・メアリー校は2021年5月6日、「2021年国際仲裁調査」で、世界の望ましい仲裁地(注2)のランキングを発表した。その中で3位にランクインしたのが香港だ(2021年5月14日付ビジネス短信参照)。香港では、これまでにも多くの商事仲裁が取り扱われてきた。知財紛争は、商事仲裁案件の争点の1つとして扱われることが多い。また、香港では近年、国際知財紛争解決の仲裁地として魅力を高める取り組みが活発化している(注3)。

そこでジェトロは、経験豊富な仲裁専門家として、ラウス(Rouse)知的財産事務所のダグラス・クラーク(Douglas Clark)氏と、CMS法律事務所のマリエル・ディムジー(Mariel Dimsey)博士の2人にヒアリングした(2021年12月~2022年1月に聴取)。その結果から、国際知財紛争仲裁地としての香港の魅力を探る。あわせて、香港での知財仲裁の動向を紹介する。

知財仲裁に重点を置き「仲裁条例」を改正

香港では、知財仲裁の合法性が法律で明示的に認められている。2017年の「仲裁条例」の改正により、知財章を新設。この新章では、香港または他の司法管轄区の管轄範囲内にある知財紛争について香港での仲裁で解決可能と明記をした。香港では、それまでも仲裁を通じて知財紛争を解決すること自体は可能だった。他方で当該修正には、「知財紛争を仲裁で解決可能であること」と「知財が関わった仲裁判断の強制執行は公共政策(Public Policy)に反するものではないこと」を明文化。知財仲裁を法律的に裏付けたかたちだ。

さらに当該知財章では、知財紛争と知的財産の定義を例示した(表参照)。さまざまな知財紛争が香港での仲裁で解決できることを示した。

表:「仲裁条例」103B、103C
項目 定義
知的財産 特許、商標、地理的表示、外観設計(意匠)、著作権とその隣接権、ドメイン名、IC回路設計図、育成者権、機密情報・営業秘密・ノウハウにまつわる権利、(詐称通用・不正競争に対する)訴訟を提起し名誉を保護する権利、その他のあらゆる性質の知的財産権(IPR)。
※香港で登録済みか否か、登録可能か否かを問わない。
知的財産紛争 強制執行性(enforceability)、侵害(infringement)、存在(subsistence)、有効性、所有権、範囲、期限、当該知財のその他の特徴、知財取引に関する紛争、ロイヤルティー費用に関する紛争など。

出所:「仲裁条例」103B、103Cを基にジェトロ作成

「仲裁条例」103D条4(a)によると、香港内か否かを問わず、当該知財紛争を管轄する権利が与えられた「特定の主体(specified entity)」がある場合でも、香港で仲裁判断を下すことが可能だ。例えば、香港の競争事務審裁処が所掌する不正競争紛争や、中国の特定の行政機関がそれぞれ担当する特許権や商標権の有効性などについて、判断を得ることができる。一方、例えば、中国を仲裁地とする場合、特許権、商標権の有効性判断を行えるのは指定された行政機関に限られる。そのため、仲裁で解決することができない。このように、香港の仲裁廷は広い管轄権を有するため、当事者はニーズに応じた争点を高い自由度で選択することができる。

香港の仲裁制度がよく整備されているのは、知財紛争に特化した新規条文だけではない。例えば、「仲裁条例」18条1では、当事者双方の合意なしに、仲裁の進行や判断についての資料を公開してはいけないことを明文化している。一部の国・地域の仲裁制度では機密性の保持について明文化せず、ケース・ロー(注4)や仲裁合意での取り決めに頼っているところもある。ライセンス条件や、特許の有効性に関する情報、営業秘密における証拠など、機密情報が多く関わる知財紛争の観点からみれば、機密性保持が明確化されていることは安心材料の1つといえよう。

香港での仲裁では、当事者に対しさまざまな「暫定措置」命令を発することができる。「仲裁条例」35条1(2)によると、暫定措置とは、仲裁判断がなされる前に、現状の維持や、仲裁手続きに対する妨害の予防、仲裁判断で示される賠償請求などに充てるための財産保全や、証拠保全などの目的で執行され得るものだ。これにより、例えば、知財ライセンス契約に仲裁合意があるにもかかわらず一方の当事者が関連訴訟を提起することや、損害賠償・ロイヤルティー支払いを回避するための資産の移動、知財侵害の証拠隠滅などを阻止することが可能だ。

なお、「仲裁条例」63条によると、香港を仲裁地とする場合、当事者は仲裁代理人および仲裁人を資格・国籍問わず選任することができる。すなわち、準拠法や知財紛争の内容に応じて適切な人材を自由に選べることを意味する。一方、中国で中国法を準拠法として仲裁を求める場合、外国事務所の弁護士が代理人となることが原則として禁止されている。日本でも、以前は当事者の一部または全部が外国に住所を有する場合に限って、外国弁護士を仲裁代理人として参加させることが可能とされていた。この規制は、2020年の「外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法」(外弁法)改正により条件が一部緩和された。だとしても、一切の規制がない香港の方が依然として自由度が高いといえる。

国際仲裁で中国のゲートウェイとしての役割

クラーク氏やディムジー博士の仲裁経験によると、中国企業と外国企業の紛争における仲裁地として、しばしば香港が選ばれるという。中国企業と外国企業との契約に基づく仲裁にあたっては、中国企業が中国本土を仲裁地とするように要求することが多い。これに対し、外国企業側は契約相手の「ホーム」での紛争解決を避けるべく、香港を仲裁地として提案することが多い。その大きな理由は、「一国二制度」の下で独立した司法制度を有し、後述するとおり執行性についても期待できるところにある。同時に、中国企業は香港を中国の一部と認識し、香港は中国語が堪能な専門家を多く擁する。そのため、中国企業にとっても受け入れ可能な提案となり得ることになる。

香港を仲裁地とする場合、「ニューヨーク条約」(注5)に基づき、その締約国で仲裁判断を執行することができる。これに加え、中国との間では、2000年発効の「中国本土と香港特別行政区における仲裁判断の相互執行に関する手配」と、2020年発効の同「追加手配」の下、香港で示された仲裁判断は、中国の裁判所での執行が確保されている。すなわち、知財紛争の相手が中国企業だったり、中国に資産や関連事業を有する外国企業だったりする場合でも、柔軟性の高い香港での仲裁を通じて、仲裁判断や暫定措置を中国で執行することが期待できる。

ただし、留意点もある。クラーク氏によると、特許権の有効性など特定の判断は中国で執行されない可能性がある(注6)。ただし、これを理解している仲裁人なら、実効的な対処策を示すことができるという。実質的に特許有効性を争点としつつも、仲裁判断ではロイヤルティー費用・損害賠償の支払いの有無についてだけ最終決定するとのことだ。有効性判断について具体的な決定を避けることで、中国での執行性を確保することが可能になる。

仲裁判断の執行だけでなく、暫定措置の面でも香港は中国での執行に優位性を持つ。2019年10月に発効した「中国本土と香港特別行政区の裁判所における仲裁手続きの暫定措置の相互協力に関する手配」(以下、手配)は、香港仲裁における暫定措置の中国本土での執行を確保した。すなわち、香港を仲裁地とする場合、当事者は、特定の要件を満たした仲裁機関(注7)を通じて、中国の裁判所に財産保全や証拠保全、行為保全の3種類の暫定措置(注8)を申し立てることが可能とされた。

暫定措置の迅速な執行は、さらなる損害の防止や相手側の財産移動を制限し、仲裁判断の執行性を高めるために非常に重要な手続きになる。中国本土の仲裁以外では、香港でだけで中国の裁判所へ申し立て可能という点は大きなメリットといえる。香港国際仲裁中心(HKIAC)の統計によると、「手配」が導入された2019年から2021年までに、中国の裁判所への暫定措置申し立てにより127億元(約2,286億円、1元=約18円)の財産が保全された。この申請者の実に約8割が香港企業または外国企業(日本企業を含む)で、中国籍企業はわずか2割だった。最近の具体例としては、イスラエル企業と中国企業の間の特許権ライセンスロイヤルティー紛争(2021年)がある。この事案では、イスラエルの技術開発企業と中国浙江省寧波市のモジュール組立企業の間で、前者が所有する特許権のライセンスロイヤルティーをめぐって争われた。結局、香港での仲裁を通じた暫定措置命令に基づき、寧波市中級人民法院が当該中国企業の財産保全を執行し、仲裁判断の支払金が確保された。

香港の裁判所は仲裁フレンドリーな姿勢

香港の裁判所は、仲裁について非常にフレンドリーなスタンスを有しているといわれている。すなわち、仲裁合意の履行を尊重し、仲裁人の判断を可能な限り執行している。例えば、ライセンス契約に仲裁合意があっても当事者が訴訟を別途提起する場合、香港の裁判所は仲裁合意の履行を優先する。例えば、2019年には、仲裁合意が存在し仲裁が進行しているにもかかわらず、中国本土の裁判所(異なる司法管轄区)に訴訟を提起した企業に対し、香港の裁判所は訴訟禁止命令(Anti-Suit-Injunction)を出した。

判断の執行地としても、香港の裁判所は仲裁フレンドリーだ。裁判所は、仲裁紛争の実質的な利益や仲裁判断の正確さについては判断せず、仲裁廷が適法手続きに従わなかった場合にだけ仲裁判断を取り消す。実際の状況を見ても、仲裁判断の執行率は高い。HKIACのデータによると、2020年に香港で51件の仲裁判断が執行され(図参照)、破棄されたのは2件だけだった。

図:香港における、仲裁判断の執行件数推移(2011年~2020年)
2011年に執行された仲裁判断件数は22件、2012年に26件、2013年に26件、2014年に34件、2015年に29件、2016年に32件、2017年に34件、2018年に36件、2019年に36件、2020年に51件である。執行されなかった仲裁判断について、2011年から2014年迄が0件、2015年に2件、2016年に1件、2017年に0件、2018年に2件、2019年に2件、2020年に2件である。

出所:HKIAC「Enforcement of Awards in Hong Kong」を基にジェトロ作成

実績ある国際仲裁機関が香港に拠点

仲裁地としての役割以外にも、香港は実績のある国際仲裁機関を有している。上記の「2021年国際仲裁調査」で評価の高い国際仲裁機関とされた5機関のうち3つが香港に拠点を置いている。そのうちの1つが香港に本部を置くHKIACだ。1985年に設立されたHKIACは政府に干渉されない独立機関で、香港の代表的な仲裁機関と目される。2019年にロシアの常設仲裁機関として初めて認定された国際仲裁機関でもある(2019年5月21日付ビジネス短信参照)。同センターは知財仲裁にも注力。知財紛争を解決するための「知財紛争仲裁人パネル外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を設置している。

HKIAC以外にも、外国の仲裁機関が香港に拠点を置くことがある。例えば、フランスに本部がある国際商業会議所(ICC)の国際仲裁裁判所(ICA)や、中国の常設仲裁機関・中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)などが香港拠点を有する。CIETACは、香港を仲裁地とした場合、CIETACの最高責任者が承認することを条件に、CIETAC所属ではない仲裁人に委任することが可能という特例を設けている。

仲裁にも、デジタル化とコスト削減の動き

新型コロナウイルスが流行する「ウィズコロナ」時代にあって、各分野でデジタル化が進んでいる。国際紛争解決の場も例外ではない。香港の国際仲裁機関はオンライン紛争解決(online dispute resolution、ODR)を積極的に推進している。そもそも仲裁には、訴訟よりプロセスがシンプルで速いという特徴がある。ODRを活用すると、当事者の移動が不要となるためさらに迅速化する。旅費などのコスト削減も期待できる。例えば、HKIACはオンライン仲裁案件管理プラットフォーム「HKIAC Case Connect」を発表し、このサービスの利用を2022年末まで無料として、ODRの普及を図っている。HKIACでオンライン審問を行った経験のあるディムジー博士は、同機関のODRサービスがインターネット環境やモニター設備などインフラを完備している点などを高く評価した。そのほか、リーガルテックを活用した香港発のODR機関、eBRAM国際オンライン紛争解決センターは、中小零細企業(MSMEs)向けに少額越境ODRサービスを提供するなど、オンラインに特化したサービスを提供している。

ODR以外にも、香港での仲裁をコスト面からさらに活用しやすくする動きがある。法律改革に関する課題を研究する政府系機関の「香港法律改革委員会」は2020年、仲裁の弁護士費用制度の改革を政府に提案した。この提案上、香港で現在禁止されている「結果と結びつく費用徴収構造(outcome related fee structures、ORFS)」を可能にすることが挙げられた。ORFSとは、弁護士費用の支払いについて、いわゆる成功報酬制や損害賠償額に基づく費用の支払いなどを指すものだ。ORFSが解禁されると、当事者と弁護士の相談によって費用の支払い方法や比率などを柔軟にカスタマイズできるようになる。

国際仲裁は、一回的解決が望めない国際訴訟に比べると、コストメリットがある。しかしそれも、あくまで比較の問題だ。仲裁人や仲裁代理人の費用などを考えると、決して低コストでは済まない。香港でのODRやORFSの導入は、中小企業が紛争解決に当たって少額仲裁を選択するハードルを下げる効果が期待できるだろう。

「知財の現状把握の励行を」「紛争解決では本源国法も尊重すべき」

仲裁人や仲裁弁護士として長年の経験を持つクラーク氏とディムジー博士は、ライセンス契約や仲裁について、日本企業に以下のようにアドバイスする。

  • ディムジー博士:
    知的財産権のライセンサーとなる場合、ライセンシーの実施内容の実態を十分にモニタリングしなければならない。特にグローバルライセンスの場合は、現地で視察を行うことのできる人員を確保して定期的にチェックすることが重要だ。これにより不利な状況に陥ることを回避することができる。
    ライセンス契約で仲裁条項を定める際は、国際仲裁機関のモデル仲裁条項に準ずることが望ましい。
  • クラーク氏:
    知財に関連する準拠法や仲裁条項の交渉について、香港を仲裁地とし香港法を契約の準拠法とする場合でも、知財の有効性や侵害に関する判断については、本源国法(lex originis)の下でするように確保すべきだ。すなわち、例えば、米国の特許権は米国法で判断すべき。司法管轄区によって特許や商標などの知的財産権の有効性・侵害における基準が異なるため、本源国法ではない法律に基づいて判定する場合、関連する知的財産権の有効性や侵害判断に異なる結果が出たり、判断の執行を難しくしたりする可能性がある。
    仲裁条項は契約上、非常に重要だ。知財紛争に伴う交渉にあたっては、他の条項に優先されて然るべきだろう。
    また、当事者は仲裁条項の項目、例えば、異なる仲裁地や仲裁機関を選択する意味や効果などについて、しっかり理解しておく必要がある。

香港は、中国政府の「第14次5カ年(2021~2025年)規画」で「アジア太平洋地域における国際法律および紛争解決の中心地」として位置づけられた。それに対し、香港政府は2021年10月に発表した施政報告で、知財関連の仲裁と調停を推進することに言及した(2021年10月11日付ビジネス短信参照)。政策の後押しを受けた香港が今後、国際知財紛争の仲裁地としてどのような発展を遂げるのか、注目に値する。


注1:
国際仲裁を含め、知財仲裁については、特許庁「知財仲裁ポータルサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を参照。
注2:
仲裁地(seat of arbitration)とは、すなわち、仲裁判断が下されたとみなされ、かつ仲裁手続きを監督し、仲裁に関連して提起された訴訟を受理する権利などの管轄権を有する裁判所の所在する場所。
仲裁の審理手続きなどが実際に行われる場所(venue of arbitration)や、仲裁を管理する仲裁機関(arbitral institution)とは、異なる概念であることに注意。
注3:
現時点で、知財仲裁件数に関する厳密な統計は存在しない。
注4:
過去の裁判先例の判断に従うこと。
注5:
ニューヨーク条約の締約国は、仲裁判断を相互に執行する義務がある。締約国リストについては、「締約国一覧外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を参照。
注6:
誤解を避けるため付言すると、香港での知財に関する仲裁判断のほとんどは中国で執行可能。ここで例示した「特許権の有効性」などは、あくまでも例外だ。
注7:
2021年9月時点、香港国際仲裁中心(HKIAC)、国際商業会議所(ICC)の国際仲裁裁判所(ICA)、中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)、香港海事仲裁協会(HKMAG)、華南(香港)国際仲裁院、eBRAM国際オンライン紛争解決センター。
注8:
中国の裁判所に申し立て可能な暫定措置としては、財産保全、証拠保全、行為保全の3種類がある。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
ユミ・ラム
2020年香港中文大学日本研究学科卒業。2020年12月から現職。

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