キッコーマン、インド風中華料理からインド市場攻略へ

2022年6月30日

キッコーマンは2022年4月、これまでと全く異なる新製品をインド市場に投入すると発表した。その新製品とは、ベジタリアンでも楽しめる「オイスターソース」(正式商品名Kikkoman Oyster Flavoured Sauce、オイスター・フレーバー・ソース)。一風変わったこの新製品は、中長期的に主力製品である本醸造しょうゆ(醬油)をインドに浸透させようとする、壮大な戦略に基づくものだ。キッコーマン海外事業部で、インド事業を担当する羽柴玄氏と中村明日香氏に話を聞いた(2022年5月12日)。

長い年月をかけて浸透してきた「インド中華」

13億人以上の人口を抱えるインド。日本でインド料理と言えばカレーのイメージが強いかもしれないが、実際には数百に上る民族がそれぞれ独自の食文化を持つ。また、宗教・信仰上の理由で肉類を食べない人口も全体の約4割に上るといわれ、日本や欧米諸国とは大きく異なる食文化圏となっている。

ただ、保守的な傾向が強いともいわれるインド社会にも、長い年月をかけてゆっくりと浸透してきた食文化がある。インド風の中華料理(Indian-Chinese Cuisine、以下「インド中華」)だ。元々、19世紀後半、当時英国の支配下にあったインドの旧首都カルカッタ(現コルカタ)に移住した中国系移民が、最初に中華料理をインドにもたらしたとされる。1920年にコルカタでインド国内初の中華料理店が開店した後、ボンベイ(現ムンバイ)やマドラス(現チェンナイ)など他の都市にも中華料理が伝播(でんぱ)。20世紀後半までに、醤油や生姜(ショウガ)、ニンニクなどの中華要素を残しながら、インド料理でもおなじみのレッドチリやターメリック粉、ガラムマサラ(ミックススパイス)などの香辛料がたっぷり使われるという独特の「インド中華」が誕生した。

2017年に発表された研究によると、国内の36主要都市におけるレストラン約5万4,000店のうち、何らかのインド中華を提供しているとする店舗は37.6%に上る。この比率は、インド最大都市ムンバイに限れば52.7%にまで上昇する(注)。現在は大都市を中心として、インド中華が一定程度の市民権を得ていることがうかがえる。


首都ニューデリー市内にあるインド中華のスタンド店(ジェトロ撮影)

キッコーマン、ベジタリアン対応の「オイスターソース」を開発

インド国内で独自に発展してきた「インド中華」に着目したのは、日本のしょうゆメーカーであるキッコーマンだ。キッコーマンは2020年9月にインド法人を設立し、飲食店の営業制限など新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けながらも、インド市場の開拓を本格化させている。

キッコーマンが実地調査をしたところ、インド人の一般家庭を訪問すると、台所にしょうゆが並んでいることが何度かあったという。しかし、インドにおける各種カレーには数多くの香辛料が入っており、しょうゆとの相性は必ずしも良くない。欧米や東南アジアでは浸透している「SUSHI」などの日本食も、インドにおいてはまだ成長途上である。それでは、しょうゆを一体、何に使ってもらうのか。たどり着いた答えがインド中華だった。

そこでキッコーマンは、まず高所得層が訪れるようなインド中華料理店に狙いを定めることにした。調査の過程で、インド中華料理店でしょうゆの補完的な調味料として使われるオイスターソースが、一般的にベジタリアン対応をしていないことを発見。来店するインド人の4割を取りこぼしている可能性がある点に焦点を当てた。

キッコーマンは2022年4月、インド市場向けの新しい「オイスターソース」を発表。インド人シェフの意見を参考にしながら、約2年間かけてインド市場向けに開発した自信作だ。2022年6月からは大都市内の複数のインド中華料理店で、ベジタリアン対応の調味料として使われ始める予定である。


キッコーマンが新規開発した「オイスターソース」(右)と本醸造しょうゆ(左)
(キッコーマン提供)

この新製品には、様々な工夫が凝らされている。まず、通常のオイスターソースと遜色ない味であるものの、実際には動物性原材料は入っていないオイスター ”フレーバー” ソースである。すなわち、従来のオイスターソースであれば手を出すことがなかったベジタリアンのインド人でも、このソースを使った料理であれば楽しむことが可能だ。また、保存料を使っていない点も、健康志向の消費者を念頭に置いている。さらに、インド人の味覚に合うよう味には徹底的にこだわりつつ、隠し味として自社の本醸造しょうゆを使用した。キッコーマンとしては、この「オイスターソース」を突破口として、従来から自社に強みのある本醸造しょうゆの浸透をも図りたい考えだ。

アジアソースでNo.1ブランドへ

キッコーマンがインド中華に照準を合わせているのは、インド中華の市場が今後さらに拡大する可能性が高いとみているためでもある。主な理由は2つある。1点目は、インドの人口動態だ。インドでは人口の半数以上が25歳未満の若年層であり、現在も人口は拡大傾向にある。このことから、インド中華を食べる人数も今後、順調に伸びることが見込まれる。

2点目は、特に都市部における生活習慣の変化だ。インドでは伝統的に女性が家庭で時間をかけて料理をすることが普通である。しかし、経済成長に伴い女性の社会進出が進んでいくと、伝統的なインド料理を作るために必要な時間を十分確保することが難しくなる。このため、短時間で調理できるインド中華の需要が高まることも考えられるという。

元々、インドの一般的な食文化において、調理の際のスパイスの調合は非常に重視されている。味の調合へのこだわりが強いということは、インド中華においても調味料ごとの違いにこだわりが出る可能性が高い。品質に定評のあるキッコーマンの製品が、インド市場でも受け入れられる素地はあり得るのだ。

キッコーマンの目標は、インド国内での「日本」ソースではなく、「アジア」ソースとしてNo.1ブランドになることだ。まずは飲食店向けの展開に注力した上で、中長期的に個人向け販売にも手を広げていくことを目指すとしている。

ベンガルールのインド中華料理店におけるキッコーマンPRイベント(2021年12月開催)。
協力シェフ(左)と提供レシピ(右)(キッコーマン提供)


注:
出所:Amal Sankar「Creation of Indian-Chinese cuisine: Chinese food in an Indian city」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (Journal of Ethnic Foods第4巻第4号、2017年12月発行)
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
広木 拓(ひろき たく)
2006年、ジェトロ入構。海外調査部、ジェトロ・ラゴス事務所、ジェトロ・ブリュッセル事務所、企画部、ジェトロ名古屋を経て、2021年8月から現職。