高付加価値縫製品、環境負荷低減に貢献(バングラデシュ)
繊維加工用薬剤メーカーに聞く

2022年3月14日

バングラデシュの主要産業と言えば、豊富で安価な労働力に裏打ちされた縫製業だ。衣料品輸出国として、世界第2位。国内には輸出志向型の縫製工場が5,000社程度あると言われている。新型コロナウイルス禍の中でも、縫製業は2021年12月に単月で過去最高額の輸出を達成するなど、当該産業の底堅さを見せた。

しかし、バングラデシュが輸出する衣料品の80%はTシャツやカットソー、デニムなど、ベーシックアイテムの綿製品が占めている。そのため、将来的には高付加価値品の製造や輸出先の多角化を図る必要がある。

今回は、高機能や高付加価値の製品に欠かせない繊維加工用薬剤を販売する日華化学(本社:福井県福井市)のバングラデシュ・リエゾンオフィスの竹内幸太郎所長に、バングラデシュでのビジネス動向と課題、将来展望について聞いた(2022年1月26日)。同オフィスはバングラデシュでの同社のマーケティング業務を担っている。


日華化学バングラデシュ・リエゾンオフィスの竹内幸太郎所長(日華化学提供)

バングラデシュの染色の加工薬剤市場は350億円ほど

日華化学は2000年ごろから、現地代理店を通じ、糸や生地の染色工程で使用する加工薬剤の販売を開始。2014年には、首都ダッカに主にマーケティング目的で駐在員事務所(バングラデシュ・リエゾンオフィス)を設立した。バングラデシュには染色工場や染色設備を持つ繊維工場が300社ほどあると言われている。そのうち、70社以上が同社の顧客だ。それらは、染色加工場や染色から編み立てと縫製までの作業を手掛ける一貫工場(コンポジット工場)で、主に欧米向け繊維製品を中心に生産している。

日華化学が販売する薬剤は、20~30種ほどある。バングラデシュ・リエゾンオフィスでは現在、マーケティング業務や薬剤を使用する際の技術指導、加工工程で起きる問題の解決サポートに対応。これらに加え、現地代理店の販売活動や新規顧客開拓のサポートなどにも取り組んでいる。

使用薬剤(抗菌剤、消臭剤、特殊機能剤など)のバングラデシュでの市場規模は、300億~350億円ほどだ。当社のシェアはそのうち数%程度。競合するのは欧米や中国の企業で、中でも欧米企業のシェアが10~15%に及ぶ。将来的には、競合他社と同程度以上のシェアまで伸ばしていきたい。

バングラデシュの衣料品ビジネスに改善の余地

バングラデシュでは現在、綿製品の輸出が8割程度を占めている。今後は衣料品輸出で競合する中国やベトナムに対抗できる競争力を上げるため、輸出商品のラインナップや輸出先の多角化が不可欠と言われている。当社は、以下の5点で競争力強化が期待できるとみている。

1つ目は、糸素材のバリエーションの増加だ。現状では、純綿が中心だ。そこから、CVC(綿リッチなポリエステルとの組み合わせ)、EC(ポリエステルリッチな綿の混合素材)、ポリエステル100%やナイロン100%に広げることなどが考えられる。2つ目は、生地組織の多様化だ。編みや織りの組織を複雑化することで、デザイン性の向上や生地の強化など、付加価値が大きくなる。3つ目は、生地自体の機能加工だ。撥水(はっすい)機能や抗菌機能のほか、生地自体の耐久性や柔軟性を付すことで付加価値を上げることができる。4つ目は、綿中心のベーシックアイテムから、スポーツウエアなどの高機能を要求される製品への対応。5つ目は、新規仕向け地の模索だ。現状では、輸出先の8割が欧米で占められている。

しかし、これらの実現には課題もある。生地や製品の複雑化の進行に伴い、バングラデシュにはない新規の技術力が求められるだろう。そのため、現在、特殊加工を得意とする中国やベトナムなどの国に、バングラデシュが技術面で追いつく必要がある。仮に、移転や多角化によって生地加工や染色の工程がバングラデシュにシフトしたとしても、新たな技術が生まれる可能性は低い。結果的に、他国で蓄積された技術やノウハウを生かせる適切な技術指導が不可欠になってくるだろう。その点、当社は創立以来80年間(注1)に培った技術やノウハウを活用し、バングラデシュ繊維産業に求められている多角化に貢献できると考えている。


染色工場で技術支援を行う様子(日華化学提供)

商品供給のリードタイムの長さにも課題

バングラデシュで事業展開する上での課題は、商品輸入のリードタイムの長さだ。競合企業も含めて、繊維加工用薬剤は輸入に依存している。新型コロナ禍での海上コンテナ不足や物流費高騰など、外部環境に大きく影響を受けているのが実情だ。タイムリーな商品供給ができないために発生する機会損失も含め、商品供給の迅速化が課題だ。

今後、リードタイムを短縮するために、現地の保税倉庫での在庫保持や現地生産の可能性を検討する必要がある。原材料は輸入に頼ったとしても現地生産に移行した場合、商品供給のリードタイムが短縮できる。顧客への商品供給体制が大幅に改善することになる。現状、顧客は1回のオーダーで数カ月分の化学品を輸入することが多い。また、その都度、輸入決済の信用状(L/C)開設や期限内の決済などキャッシュフロー管理が課題になる。となると、現状は当社にとっても代金の受け取りが遅れるリスクが生じる。将来的に現地在庫の保持や現地生産が実現できると、顧客の需要に応じたタイムリーなデリバリーが可能になる。顧客のキャッシュフロー改善も期待できる。

環境配慮型の商品展開を推進

国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、ファッション業界は工業用水汚染の20%を排出し、世界第2位の汚染産業と推定されている。綿Tシャツ1枚を作るのに使用する水は平均で推定2,700リットルと言われている。また、繊維産業の二酸化炭素(CO2)排出量は世界全体の約10%を占める。国連の持続可能な開発目標(SDGs)の議論でも、繊維産業の大量生産や大量廃棄、環境負荷などの問題がクローズアップされている。今後、この産業全体で「節水」「CO2排出削減」「リサイクル」への取り組みを加速させていくことは不可避だ。

染色工程(生地の洗い、漂白、染色)では、水を大量に使用する。それだけでなく、高温という条件も必須なため熱エネルギーも消費する。また、薬剤が粉末の場合は、作業工程で労働者の健康にも害を及ぼす恐れもある。日華化学では、随時、新規製品・加工プロセス(注2)を開発・提案し、作業環境を改善する液体製品の開発などを進めている。さらに、当社の新たな試みとして「繊維産業が抱える課題にサステナブルソリューションを提案し、地球環境に貢献する」をモットーに、「環境配慮商品であることを証明するマークも考案した(Smart Dyeing Processと名付け、登録商標とした)。今後、顧客の染色工場や縫製工場に対して当社のSmart Dyeing Process製品(注3)を提案することで、製造過程で環境に配慮した製品の普及に努めたい。現在、日系商社と協力し、環境負荷がより少ない加工処方を計画中。2022年の秋冬物の商品から導入できるめども立っている。


日華化学が開発した「Smart Dyeing Process」のロゴ

環境配慮型製品に加え、バングラデシュ発の商品ラインナップを日本でも増やしていく予定だ。現在、バングラデシュは定番の綿製品が主流だ。しかし、日本では消臭や抗菌などの機能を付与した商品を好む消費者が多い。これらの機能付与には、当社が貢献できる余地があると踏んでいる。

そのためにまず、日本人が好む高機能な商品がバングラデシュでも生産可能なことを知ってもらいたい。実際に、抗ウイルスや抗菌防臭、撥水、吸水速乾、UVカットなどの特殊機能加工薬剤の販売は伸びている。今後、バングラデシュから高付加価値品といえる環境配慮製品の供給を通じて、バングラデシュ繊維産業のさらなる発展に寄与していきたいと考えている。


注1:
日華化学は1941年、繊維加工用薬剤の開発製造販売を生業として創立。1968年に台湾に最初の合弁会社を設立して以降、韓国やタイ、インドネシア、米国、中国、ベトナムなどに拠点を設立。海外で幅広く製造販売活動を進めてきた。
注2:
改善された製品や加工プロセスにより、(1)CO2排出を削減する、(2)節水に貢献する、(3)加工時間を短縮する、といったことが可能になる。
注3:
持続可能な社会の実現のために、既存の精練や染色工程を見直し、工程削減・短縮、排水の公害値低減などを狙ったサステナブルな染色加工の実現を目指したソリューションの総称。環境負荷低減、生産効率向上、作業環境改善に貢献する加工処方を提案するもの。
執筆者紹介
ジェトロ・ダッカ事務所 所長
安藤 裕二(あんどう ゆうじ)
2008年、ジェトロ入構。アジア経済研究所研究企画部、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)、生活文化・サービス産業部、ジェトロ浜松などを経て、2019年3月から現職。著書に「知られざる工業国バングラデシュ」。