コロナ禍でも日本の直接投資継続(タイ)
近年は、中国に存在感

2022年1月6日

タイの投資恩典制度は、主にタイ投資委員会(BOI)が構築。内資外資を含め、企業の対内直接投資を促進している。特に近年は、産業高度化を目指す国家のビジョン「タイランド4.0」の下、重点12分野(ターゲット産業)への投資誘致に注力してきた(注)。本稿では、こうしたタイ政府の投資促進策を踏まえ、近年の日本からの動きを中心に、タイの対内直接投資を分析する。


まず、BOIの投資認可データを基に、対内直接投資に占める外資の割合をみる。データが公表されている2015年以降を平均して、外資(日本を含む)が認可額全体の過半を占めている(図1参照)。対内直接投資全体に占める外資、中でも日本の存在感は大きい(外資に占める日本の割合は、各期を通じた平均で3割近くを占める)。日本以外を含め外資による投資は、地域統括、国際貿易業などが多数を占める(件数ベース)。また、自動車、電気電子が上位を占める(金額ベース)。

図1:対内直接投資認可額
2015年以降、認可額で、外資(日本含む)が、全体の過半数以上を平均して占めている(グラフ1参照)。また外資に占める日本の割合も、平均4割を維持している。

出所:BOI統計からジェトロ作成


次に、先述したターゲット産業12業種に絞って、内・外資を含む対内直接投資の傾向をみる(図2参照)。2019~2021年上半期の投資額は、自動車、電気電子、化学などの分野で多い。うち、外資の割合は、同期間を平均して7割に達する。特に、電気電子および自動車では、外資が約9割を占める。タイ政府が投資促進するターゲット産業でも、やはり外資が投資を牽引している。

図2:ターゲット産業への投資認可額(2019~2021年上半期)
2019~2021年上半期の投資額は、自動車、電気電子、化学などの分野で多く、うち外資の割合は、同期間を平均して7割に達する。特に、電気電子および自動車では、外資が約9割を占める。

出所:BOI統計からジェトロ作成

存在感を高める中国、日本の投資分野と重複も

一方、国・地域別でみると、2018年以降、中国の割合が増加している。2019年には中国からの投資が738億バーツ(2,583億円、1バーツ=約3.5円)と、前年の2.25倍に急拡大。外資全体に占める割合は、前年の12.8%から26.2%に倍増した。2020年も22.1%と、2年連続で日本に次ぐ第2位の投資国になった。2021年上半期には中国が19.3%で、日本を抜いて首位となった。

日本と中国の主な投資先分野を金額ベースでみると、日本は金属・機械、電気電子、化学分野がいずれの年も大半を占める。他方、中国からの投資も、金属・機械を中心に増加。日本企業と投資先分野に重複がみられる(図3参照)。一方、2018年以降、中国企業による20億バーツ以上の大型投資をみると、自動車用ゴムタイヤの製造事業が多数認可されているのも特徴だ(表1参照)。その要因として、米中貿易摩擦が挙げられる。米国は、中国から輸入されるゴムタイヤに高関税を課した。それにより、中国からタイへの生産拠点が移管したと考えられる。ジェトロがヒアリング(2020年12月時点)した在タイ中国企業は、「賃金はベトナムの方が安い。しかしタイでは、投資恩典を得れば土地が所有できる。またインフラも整っている。総合的にみて、タイの魅力は高い」と、投資先としてのタイの優位性を説明した。他方、同期間の日本企業による大型投資も、やはり自動車分野で多い。例えば、電気自動車の製造事業が複数認可されている。

図3:日本・中国企業による投資認可額
日本と中国の主な投資先分野を見ると、農業、鉱物・セラミック、軽工業・繊維、金属・機械、電気・電子、化学・製紙、サービス、イノベーション開発のなかで、日本は金属・機械、電気電子、化学分野への投資額がいずれの年も大半を占める。他方、中国からの投資も、金属・機械を中心に増加しており、日本企業と投資先分野に重複が見られる。

出所:BOI統計からジェトロ作成

表1:中国・日本の大型投資認可

中国からの大型投資認可(20億バーツ以上)(2018年~)
業種 内容 認可時期
自動車 自動車の製造 2018年
その他 動物用飼料・飼料生成 2018年
自動車 自動車用ゴムタイヤの製造 2019年
自動車 自動車用ゴムタイヤの製造 2019年
自動車 自動車用ゴムタイヤの製造 2020年
自動車 電気自動車 (BEV) ・部品の製造 2020年
日本からの大型投資認可(20億バーツ以上)(2018年~)
業種 内容 認可時期
自動車 電気自動車(HEV)の製造 2018年
自動車 電気自動車(HEV)・部品の製図 2018年
自動車 エコカーの製造 2018年
自動車 電気自動車(PHV)・部品の製造 2019年
自動車 トランスミッションの製造 2019年
自動車 電気自動車(PHV、BEV)の製造 2020年
自動車 電気自動車(BEV、HEV)・部品の製造 2020年

出所:BOI統計からジェトロ作成

日本企業、コロナ禍でも引き続き新規登記

前段まで、外資による対内直接投資動向をBOIの認可ベースでみてきた。ただし、BOI統計には、既にタイに進出している外資企業による再投資も含まれる。そこで、新規投資の動きを把握するため、タイ商務省の登記データから確認してみよう。

2010年以降、日本企業のタイへの新規進出(新規登記)は、毎年継続してきた。業種別でみると、企業数としては、非製造業が一貫して製造業を上回っている(表2参照)。総資本金額でも、2014年以降は非製造業が製造業を上回るようになった。もっとも、中小企業や個人資本による登記数が増加したこともあり、非製造業の総資本金額は以前と比べて縮小した。ジェトロが3年ごとに実施する「タイ日系企業進出動向調査」でも、2014年時点の調査で、非製造業が製造業の割合を上回った。その後2017年、2020年の調査で、この傾向がより顕著になったことが確認できる。ちなみに同調査によると、非製造業企業の場合、日本側資本比率が50%未満で、地場企業との合弁により進出する例が非常に多い。タイでは、非製造業分野への投資は、「外国人事業法」により外国資本50%未満での進出が原則求められる。非製造業でのタイ進出では、適切な地場パートナーとのマッチングが重要だ。

表2:2010年~2020年における日系企業の新規登記(単位:社数、1,000バーツ)
企業数 資本金 事業分類別
製造 非製造 その他(注1) 分類不明
企業数 資本金 企業数 資本金 企業数 資本金 企業数 資本金
2010 293 86,511,584 91 28,068,955 190 57,960,630 12 482,000 0 0
2011 466 86,827,790 198 67,783,533 259 18,722,757 9 321,500 0 0
2012 594 64,162,946 225 46,176,851 354 15,708,495 14 2,273,600 1 4,000
2013 676 53,184,088 206 38,440,178 458 14,711,910 11 30,000 1 2,000
2014 565 52,385,326 103 8,850,766 453 43,508,359 8 26,000 1 200
2015 505 22,312,776 86 7,269,500 404 14,937,276 15 106,000 0 0
2016 495 29,109,517 79 11,669,087 399 17,349,630 17 90,800 0 0
2017 447 26,582,727 49 10,188,200 385 16,354,027 12 39,500 1 1,000
2018 507 26,124,051 59 6,342,400 436 19,691,151 11 85,500 1 5,000
2019 375 7,068,186 48 2,743,216 320 4,300,470 7 24,500 0 0
2020 233 8,540,183 30 4,217,872 197 4,265,311 6 57,000 0 0
合計 5156 462,809,174 1174 231,750,557 3855 227,510,017 122 3,536,400 5 12,200

注1:農業、建設など。
注2:稼働中の企業のみカウント。
出所:商務省統計からジェトロ作成

新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年、タイで新規登記した日本企業は233社(前年比37.9%減)。総資本金額は85億4,018万バーツ(20.8%増)だった。2021年上半期は76社(前年同期比52.5%減)、総資本金額は32億5,638万バーツ(15.2%増)だ。両期とも、件数が減少した一方で、総資本金額では前年同期比で増加したことになる(表3参照)。新型コロナウイルス禍下でも、日本企業によるタイへの投資が継続していることがわかる。投資分野でみると、日本企業の新規登記は、件数では、小売・卸売業、製造業、事業関連サービス業(コンサルティング業など)で多い。他方、総資本金額では、製造業、金融・保険業、小売・卸売業が多い。日本企業による主要登記案件をみると、製造業では、自動車部品製造の工場設立(設立:2020年、資本金額:22億バーツ)、グラスファイバー製造会社の設立(2020年、9億6,200万バーツ)、自動車鉛蓄電池の製造・販売会社の設立(2020年、7億8,000万バーツ)などが挙げられる。また非製造業では、食品(ワイン)の輸入・卸売会社の設立(2020年、1億バーツ)、半導体・電子デバイスなどの販売会社の設立(2020年、1億バーツ)、加工食品の輸出入会社の設立(2021年、1億バーツ)などが挙げられる。先述の外国人事業法により、外国企業が、(地場企業との合弁ではなく)単独で小売り・卸売りなどの販売業を行う場合、資本金1億バーツ以上の投資が求められる。既述した非製造業案件が3件とも総資本金額が1億バーツに設定されたのは、そのためと推察される。

表3:2019~2021年上半期における日系企業の新規登記(単位:社数、1,000バーツ)
事業名 2019年 2020年 2021年上期
企業数 資本金合計 企業数 資本金合計 企業数 資本金合計
農業、林業、漁業、鉱業 2 6,000 3 46,000 2 3,000
製造 48 2,743,216 30 4,217,872 17 1,859,300
電気、ガス、水道業 1 2,000 3 141,000 0 0
廃棄物処理 0 0 0 0 0 0
建設 5 18,500 3 11,000 1 2,000
小売・卸売 112 1,257,300 64 1,795,221 18 178,300
運輸、倉庫 4 73,680 2 628,000 1 1,000
宿泊業 8 23,000 1 2,000 0 0
飲食店 36 145,000 26 79,000 4 17,000
情報通信業 21 74,000 13 66,500 7 33,500
金融・保険業 11 125,300 8 909,030 3 1,005,000
不動産、賃貸業 29 1,587,800 14 187,700 3 8,000
事業関連サービス(注1) 57 606,840 42 331,860 12 108,170
マネジメント、支援サービス業(注2) 17 342,350 11 60,000 5 34,010
教育事業 9 18,200 6 45,000 1 5,000
医療、福祉 4 13,000 1 1,000 0 0
スポーツ、エンターテイメント 5 16,000 1 4,000 0 0
その他のサービス業 6 16,000 5 15,000 2 2,100
分類不明 0 0 0 0 0 0
合計 375 7,068,186 233 8,540,183 76 3,256,380

注1:広告、コンサル、会計、法律事務所など。
注2:観光ガイド、レンタル、代行業、トレーニングなど。
出所:商務省・事業開発局(DBD)統計を基にジェトロ作成

コロナ禍を契機に非製造分野の案件相談が増加

ジェトロには、タイ進出についてしばしば相談が寄せられる。特に新型コロナウイルスの感染拡大以降は、「タイに会社を設立せず、日本から技術者を派遣し技術指導したい」「独資で、アフターサービス、卸・小売販売に取り組みたい」など、リモートサービスを含めた非製造事業の案件が多い。

しかし、こうしたサービス提供は、やはり外国人事業法に抵触する可能性がある。外資規制や許認可の有無につき、確認が必要だ。また、在タイ日系企業間の競争激化、また販路・調達先の拡大目的から、顧客を日系以外(地場・外資)に広げたいという相談も多い。こうした場合、商習慣の違いへの対応や債権回収などのトラブルの事前回避策などが重要だろう。また小売・卸売業などの非製造業では、現地市場への適切なアプローチも必要になる。そのため、地場パートナーが有するコネクションやリソースに頼る部分も大きい。パートナーとの良好な関係の構築・維持に加え、パートナーへの権限移譲、役割分担の明確化が、今後のタイでのビジネス展開に向けより重要になると思われる。


注:
タイの新たな育成対象となる産業を「ターゲット産業」とし、対象業種は、医療、バイオテクノロジー、デジタル、航空、自動システム・ロボット、防衛、人材開発・教育、電気電子、石油化学・化学、農業・食品加工、自動車・同部品、観光の12分野。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課リサーチ・マネジャー
田口 裕介(たぐち ゆうすけ)
2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。